引っ越し稼業 2

 僕らは会社から引っ越し現場に向う準備をする。


 引っ越しに必要な物と言えば、大量の段ボールが思いつく。

 しかし僕たちが持ち込むのは5個ほどの段ボールとクーラーボックス。他には僕らが履いているものと同じ、ゴツゴツとしたブーツのような靴が三足だけだった。


「この荷物で大丈夫なの?」


「大丈夫よ。今回はロボットも居るからね」


 なるほど、ロボットに荷物を運搬させるのか……



 ここで僕は疑問を抱いた。ロボットに引っ越しをやらせるのなら、僕らは不要なのではないだろうか?


「姉ちゃん、ロボットが働くなら、僕たちは必要なのかな?」


「必要よ今回の引っ越しのメインはあなたたちで、ロボットは配線をする補助タイプの一体だけだから」


 姉ちゃんが手で合図を送ると、高さ30センチから40センチくらいの小さなロボットがやってきた。


「この子、可愛い!」


 ミサキは喜ぶが、こんな小さなロボットが引っ越しに役立つとは思えない。


 どうやら、荷物の運搬などは、僕らがやらなくてはいけないらしい。

 移動距離も長いし、とても今日中には終わらないだろう。


「じゃあ、移動しましょう」


 姉ちゃんに言われて、いつもより二回りほど大きな『どこだってドア』をくぐり、目的と思われるマンションに着いた。



 姉ちゃんと僕らはマンションの中に入り、玄関のチャイムを鳴らし、出てきた家族に挨拶をする。


「この度は急ですいません。急遽、引っ越しを請け負う事になった笹吹ささぶきあやかと申します」


「これはこれは、まさか有名な社長が自らやって来るとは思いませんでした、矢板やいたと申します。引っ越し業者が捕まらず、困り果てていた所でした。本日はありがとうございます」


「では、早速ですが、引っ越しをしましょうか。身の回りの物はダンボールに詰めて頂けましたか?」


「いえ、時間がなくて、テーブルの上などの荷物しか片付けておりません」


「十分です。後は我々が行なうので、ご心配なく。こちらが書類です、サインを頂けますか?」


 矢板さんと書類のやり取りが行なわれる。


 どうやら荷造りが終わっていないようだ。しかも矢板さんの家はエレベーターが付いていないマンションの3階だった。

 これは大変だ、荷物を運び出すだけでも、今日中に終わるかどうか分からない。やはり時間が圧倒的に足りない気がする。



「さてと、書類も終わったし、引っ越しに移りますか」


 姉ちゃんに言われて僕らは家の中に向う、玄関で靴を脱ごうとすると、注意された。


「その靴は履いたままでお願い。ビニールカバーを渡すからそれをつけてね。部屋の中でもその靴を脱がないで」


 僕らはビニール袋を渡され、靴の上にかぶせる。

 室内に入ると、部屋は少しは片付いているものの、聞いていた話のように、荷造りが全くされていない。


「じゃあ、弟ちゃん、ジミ子ちゃんは食器棚の食器を、この緩衝材入りの段ボールに詰めて。

 ヤン太くんは冷蔵庫の中身を、このクーラーボックスの中に移し替えて。

 ミサキちゃんと、キングくんは背が高いから、カーテンをカーテンレールから外しておいて。

 小型のロボットくんは、配線周りをお願い。冷蔵庫以外の配線は外しておいて。あと、地震の転倒防止の固定器具があったら、それも外しておいてね」


「はい」「分かった」「了解しまシタ」


 それぞれが返事をして指示の通りに働く。


 僕とジミ子は台所へと移動した。

 台所の隣の部屋からは、奥さんと小学生くらいの子が心配そうにこちらを覗いていた。


丁寧ていねいに作業するんで、安心して下さい」


 僕がそう言うと、小学生くらいの子がうなずく。どうやら、ちょっとだけ安心したようだ。

 僕らは慎重に、ゆっくりと、食器を段ボールへと移す。


 一方、姉ちゃんはどこかへ電話をしているようだ。トラックの手配などがあるんだろう。



 20分後、僕らはようやく食器類を段ボールへと詰め終わった。

 しかし、作業はこれからが本番だろう。


 部屋をちょっと見回ったが、タンスが4つほどあった。

 引っ越しをする時は、タンスの中身も外に出さなくてはならない。服が入ったままだと重くて動かせないからだ。

 それに、もし服を入れたまま強引に運ぶと、トラックで移動している間にグチャグチャになるだろう。

 タンスの中の服を移し替えるだけで手間がかかりそうだ。



 しばらくすると、キングとミサキがカーテンを両手に抱え戻ってきた。


「外れないカーテーンレールがあって大変だったわ」


 ミサキがため息交じりに言う。


 こんな調子で引っ越しが終わるのだろうか?

 ますます不安になって来た。



「次は何をするんだろう」


 僕が独り言のようにつぶやく。

 膨大な作業を前に、どの作業から取りかかれば良いのか分からない。


 やや思考停止になりかけていた時に、姉ちゃんが戻ってきた。


「準備ができました。まず、矢板さんの家族のみなさんはこの靴を履いてください」


 姉ちゃんはゴツいブーツのような靴を矢板さん達に渡す。家族は言われるがまま、その靴を履いた。



 姉ちゃんは、靴を履き終わるのを確認すると、こう言った。


「じゃあ、引っ越し先と繋げちゃいましょう」


 そういって部屋の中心に新聞紙を敷くと、外にあった大きめの『どこだってドア』を軽くひょいと持ち上げる。

 そのドアを室内に持ち込むと、新聞紙の上に設置して扉を開け放つ。

 すると扉は別の室内へと繋がった。


「荷物を運ぶ前に、引っ越し先の場所を確認してもらえますか?」


「あっはい、分かりました」


 驚きを隠せない家長の矢板さん。扉をくぐり抜け、あちらの家の玄関から外へと出て、場所を確認をする。


「間違いありません。この家で合ってます」


「じゃあ、荷物を運び入れちゃいましょう」


 なるほど、どこだってドアで古い家と引っ越し先を繋げるのか。

 引っ越し元と、引っ越し先は県の端と端に位置しており、車だと1時間以上かかるが、これなら距離は関係ない。

 しかも、ここはエレベーターの無い3階で、地獄のような荷物運びが待っていると思っていたが、これなら簡単にすみそうだ。



「よっしゃ、じゃあ力仕事と行きますか!」


 ヤン太が気合いを入れ、作業服の袖をまくる。


 すると姉ちゃんが、こう注意した。


「いや、力は入れなくていいわ。ゆっくりと慎重に動かしてちょうだい」


 確かに家具を傷つけないことは重要だろう。でも力は絶対に必要だ。


「無理だよ、あの冷蔵庫とか重いでしょ? 力を入れないと動かせないよ」


 僕はキッチンの中央に置いてある大型の冷蔵庫を指さしながら言う。


「私達で運べるかしら?」


 ジミ子がおじけづく。キングは冷蔵庫の型番からスペックを調べだした。


「ええと、カタログスペックで、重量はおよそ100キロ、かなり重いぜ」


「まあ重いけど、5人要りゃ運べるだろう」


 ヤン太は意外と気楽に言う。

 確かにヤン太は体格の割に力があるが、非力な僕やジミ子に力を期待しないで欲しい。



 100キロの物を動かせるかと不安になっていると、姉ちゃんがこんな事を言い出した。


「あの冷蔵庫なら二人もいればで余裕でしょ」


 とんでもない事を言い出す。僕が反論しようと口を開こうとすると、姉ちゃんは手をかざして、こう言った。


「ちゃんと移動の補助の機械を用意したから大丈夫よ」


 なるほど、おそらくフォークリフトのような機械を用意してくれているのだろう。

 乗り物や運搬する機械を想像したのだが、姉ちゃんの取り出して来た機械は大きく違った。


 大きさは30cmほどの、浮遊する正八面体の金属が二つ。

 何のための機械だか、僕はまるで想像が付かない。


 姉ちゃんは正八面体の金属の一つをドアのこちら側、もう一つをドアの向こう側に置くと、こんな命令をする。


「ええと、重力は5パーセントでお願い」


 すると、正八面体の金属は薄く光だし、僕らの体が異様に軽くなる。


「姉ちゃん、これは?」


 僕が質問すると、姉ちゃんは得意気に応える。


「重力を5パーセントにしたわ。100キロあるあの冷蔵庫は、今は5キロと同じよ。これなら簡単に運べるでしょう?」



 僕とジミ子は、試しに一番重いと思われる冷蔵庫を動かす。


「軽いわね。大きいからぶつけないように気をつけないと」


 ジミ子と僕は軽々と冷蔵庫を動かし、簡単に所定の位置へと設置した。


 僕らの履いているブーツのような靴は、この軽い重力の中で、いつも通りに歩けるようにする装置だったらしい。磁石でも入っているように、地面へと吸い付く。

 初めはちょっと動きづらかったが、すぐに僕らは慣れる事ができた。、


「この調子でどんどん運びましょう」


 姉ちゃんに言われて、僕らは次から次へと荷物を運んだ。


 重くて普通は持ち上がらないタンスも、中身を入れたまま動かす。

 重力が5パーセントは異様に軽い、40キロある食器棚は重さが2キロに、80キロある洗濯機は4キロの重量と同じだ。

 ちなみに配線は、姉ちゃんの連れてきた小型のロボットがやってくれるので、僕らは家電を置くだけで良かった。


 矢板さんのお子さんは、この低重力の空間が気に入ったらしく、靴を脱いで楽しそうに跳ね回っていた。



 そして、僕らはあっという間に引っ越しを終えた。

 姉ちゃんが最後に確認をする。


「さて、引っ越しが終わりました。いまなら気に食わない家具の位置を簡単に直せますよ。どうしますか?」


「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」


 矢板さんは笑顔で応える。


「では、元に戻しますね。重力をゆっくりと元に戻して」


 姉ちゃんがそう言うと、徐々に重力が戻ってきた。

 すると矢板さんのお子さんが不満そうに言う。


「もう終わっちゃったの? もっと引っ越ししたいな、次はいつ引っ越しするの?」


「また、そのうちね」


 矢板さんは子供に言い聞かせるように言った。

 この低重力の引っ越しが気に入ったみたいだが、引っ越しなどそうそう行なうものではないだろう。



 最後に僕らは簡単な掃除をして引き上げる。

 ここまでかかった時間は、およそ3時間。普通の引っ越し業者だとありえない時間だ。


「はい、これバイト代の2万円。ありがとね。今回のシステムはどうだった?」


「最高でした」「楽だった」「たのしかったぜ」


 みんな笑顔で返事をする。

 初めは重労働だと思っていたが、こんな楽でおいしい仕事は他にはないだろう。

 このシステムが使えるようになれば、引っ越しも簡単になり、安くなるはずだ。

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