第22回目の改善政策 1

 教室で席に座って待機していると、いつもの番組が始まった。


「みなさま、お元気でしょうか。第22回目の改善政策の発表が始まります」


「ヨロシクネー」


 福竹アナウンサーと宇宙人が挨拶をすると、早速、今週の改善政策の内容に移る。


「さて、今週の改善政策は何をするのでしょうか?」


「今週はこれネ」


 宇宙人は慣れた手つきでテロップを出す。そこには『労働基準法ろうどうきじゅんほう』と書かれている。



「『労働基準法』ですか。これはまた壮大そうだいなテーマですね」


「今回の改善は、最小限の改善しか行なわないので、壮大とは言えないネ」


「そうなんですか?」


「ソウネ、必要最小限ネ」


「なるほど。それでは具体的にはどのような事を変更するのでしょうか?」


「まず一つ目は『法令厳守ほうれいげんしゅ』ネ」


「法令厳守ですか。流行の言葉で言うと『コンプライアンス』ですね」


「ソウネ。法律をちゃんと守ってほしいヨ」


 宇宙人が意外にも普通の発言をする。

 会社が法律を守るのは当然だろう。



 法令厳守という言葉は、あまりに漠然ばくぜんとしすぎているので、福竹アナウンサーは改善政策の詳細を聞き出そうとする。


「コンプライアンスを尊重するという話しですが、今までとはどのように違うのでしょうか?」


「コノ社会には、まだ法令厳守していない会社が多いヨネ?」


「ええ、はずかしながら。厳格に対応している会社は、一部の企業しかないでしょうね」


「なんで守らないと思うカネ?」


「えっ、なんででしょうね。法律を守るよりも、利益の方を優先してしまうとか……

 そこら辺の判断をするのは経営者なので、結局は『経営者のモラルが低い』という事ですかね?」


「では、守らせる為には、どうしたら良いと思うカネ?」


「それは…… ちょっと難しいんじゃないですか。経営者の考え方を根本から変えるようなものですから」


「簡単は方法があるネ。ソレはこれネ」


 宇宙人はテロップを出す。すると『罰則ばっそくの強化と適用』と書かれていた。



「『罰則』ですか。確かに、労働基準法に違反しても注意や勧告かんこくだけで、罰則が無い規定も多いですよね」


「ソウネ。それにたとえ罰則があったとしても、小額の賠償で済むものが多くて、何度もくり返す場合も多いネ」


「そうですね。脱税などは、何度も毎年のように繰り返している会社も多いですね」


「ソコデ、罰則を厳格化するネ。違反した者には実刑を与えるヨ」


「実刑ですか? それは厳しいですね」


「秘書が『罰金だと懲りずに何度でもやるから、実刑でも与えないとダメ』と、言っていたネ」


「……まあ、そうかもしれません」


 どうやら労働基準法に違反した経営者は、刑務所に放り込まれるようだ。



 さらに福竹アナウンサーが話しを掘り下げる。


「『実刑』という事は、執行猶予しっこうゆうよとか付かないんですか?」


「付かないネ。相応の期間、刑務所で就労しゅうろうしてもらうネ」


「相応の期間とはどのくらいでしょうか? やはり厳しいのでしょうか?」


「そんなに厳しくないヨ、指標となるのは『時間』と『金額』ネ」


「『時間』と『金額』ですか? それは具体的にはどのように算出するのでしょう?」


「分かりやすい例を作って来たネ」


 そういって宇宙人はまたテロップを出す。



 テロップには、こう書かれている。


『時間に対する補填ほてんの場合』


 テロップのほとんどはテープで隠されていて、それを剥がしながら宇宙人が説明する。


「まずはこれネ『経営者A』が『従業員15名』を『20時間』ずつサービス残業させたヨ」


「なるほど『サービス残業』ですか。それは違反している会社が多そうですね」


「この場合、『経営者A』は従業員の奪われた時間の分を働いてもらうネ。『従業員15名』の『20時間』だカラ、合計すると『300時間』、この時間に達するまで刑務所で働いてもらうネ」


「なるほど。刑務所で日に8時間働いたとして、37.5日。休日などを考慮すると、1ヶ月半から2ヶ月近く掛かるでしょうか。意外と大変ですね」


「そうなのカネ? あまり働かせなければ良いだけダヨ」


「まあ、そうですね。経営者のみなさんは注意しないといけませんね」



 福竹アナウンサーが説明に納得すると、宇宙人はさらに説明を続けた。


「続いてはこれネ」


 テープを剥がすと『金額に対する補填ほてんの場合』と書かれている。


「コノ場合は、違反をした賠償金額に達するまで、刑務所で就労してもらうヨ」


「なるほど、ちなみに刑務所での時給ってどのくらいなんでしょうか?」


「この国では、およそ『6円』カラ『50円』くらいが相場らしいヨ」


「……そうなんですか、安すぎますね」


「ソウネ、秘書からも『さすがに安すぎる』て言われたカラ、時給『300円』から『500円』くらいで考えるヨ」


「なるほど分かりました」


「『経営者B』が『100万円』の脱税した場合、ソレに達するまで、就労してもらうネ」


「ええと、時給400円として計算すると、2500時間かかりますね。一日8時間労働で、およそ312日。休み無しで働いて1年近くですか…… これは割に合わない犯罪ですね」


「割の合う犯罪は、存在しない方が良いネ」


「まあ、確かにそうですね。経営者のみなさん、注意しましょう」


 福竹アナウンサーがテレビ越しに訴えてきた。



 今週の改善政策は、経営者には厳しいが、サービス残業や脱税などをしなければ良いだけの話だろう。

 番組はまだまだ続くが、この様子だと、今週は無事に済みそうだ。

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