動物と人間 1

 ペットなどの動物と喋れるようになってから、世界はちょっとした混乱が続いていた。


 ニュースでは連日、動物関係のデモが続き、街中まちなかをプラカードをもった人が練り歩く。

 動物愛護団体が今まで以上に権限を主張してきた。

 彼女たちは話せることにより『彼らにも人権に近い権利を持たせるべき』と言い始める。


 たしかに、会話ができる存在となってしまったので、動物たちは、より人に近い存在になった気がする。

 だが、一部の動物を除き、動物側の本質は全く変わっていない。変わったのはあくまで人間の動物への認識だけだ。



 そんなある日、教室にピンク色の『どこだってドア』が設置された。


 2時間目、数学の授業のはずだが、国語教師で担任の墨田すみだ先生がやってくる。


「まあ、このドアを見れば分かると思うが、いまから宇宙人がやってくる。必要以上に騒がないように」


 そういって携帯電話でどこかに電話かけると、すぐに扉が開き、例の宇宙人がやってきた。


「ハーイ、ヨロシクネ」


 宇宙人は片手を挙げて気さくに挨拶をしてきた。



 今日はなんの用事だろうか……

 とりあえず僕は手を挙げて宇宙人に質問を投げかける。


「すいません、きょうはどのような用事ですか」


「ソウネ、意識調査ネ。一般的なアンケートだと思うヨ」


 いたって普通の答えが返ってきたが、僕は安心できない。

 『実地調査』とか言って、クラス全員が酔っ払いにされた経験があるからだ。


 僕は警戒をして確認をする。


「そのアンケートには、何か薬品とか使いますか?」


「何も使わないヨ。心配しなくてもイイヨ」


 とりあえず宇宙人は否定したが、まだ安心は出来ない。できればこのまま何もせず帰って欲しい。

 僕が怪訝けげんな表情で宇宙人を睨んでいたら、むこうは何か勘違いしたようだ。


「アア、お金の事だネ。大丈夫、今回も協力費として一人当たり2万円払うからネ」


 そう宇宙人が言うと、クラスが沸いた。


「いいぞツカサ!」「でかしたツカサ!」「さすが、おっぱいが大きいだけじゃ無いな!」


 クラスメイト達から賞賛される僕。

 そういう結果を引き出したかった訳ではないのだが、この雰囲気だと、引き受ける事になりそうだ……



 しばらくしてクラスが落ち着くと、今度はミサキが質問をする。


「すいません『意識調査』って何に関しての意識調査なんでしょうか」


 すると、宇宙人が真剣な感じで、今日のメインテーマを語り出した。


「ソレね、今週の政策で動物たちと喋れる様になったじゃナイ。世間でもアンケートを集めてるんだけど、チョット意見がまとまらなくてネ。直接、話しを聞きにきたワケだヨ」


 なるほど、たしかに動物に関しては意見が割れている。

 色々な主張が出てきているが、ニュースなどで流れてくる人達はどれも極論ばかりで、中庸的ちゅうようてきな意見はあまり聞かれない。

 あまり先入観のない高校生の意見は、意外と参考になるのかもしれない。



「デハ、まず大体の意見を聞くヨ、今週の政策が良かったと思う人、手を挙げてネ」


 そういうと7割ほどの人が手を挙げた。


「今度は、反対の人、手を挙げてネ」


 残りの3割ほど人が手を挙げる。


「ナルホド、賛成の人が多いネ。サテ、次は何を聞こうかナ」


 宇宙人が次に何を聞くか考えている。

 ここで僕はふと疑問に思う事があった。手を挙げて発言してみる。


「ペットを飼っていて、あの装置を実際に使った人の意見はどうなんでしょうか?」


「ナルホド、デハ、ペットが居て、あの装置を試した人、立ち上がってネ」


 すると4人ほどが立ち上がった。その中で僕と親しい人はミサキくらいだろうか。

 厳密に言うとミサキは、ペットを一時的に預かっているだけで飼い主ではないのだが、まあ大丈夫だろう。


「デハ、先ほどと同じ質問をするヨ、今週の政策が良かったと思う人、手を挙げてネ」


 すると、4人のうち手を挙げたのはミサキ一人だけだった、残りの3人はどうやらダメだったらしい。


「ウム、デハ4人の意見を聞かせてくれないかナ、窓側に人から順にお願いネ」


 まずはミサキが指名された。



 ミサキはちょっと熱っぽく語る。


「猫ちゃんの気持ちが聞けて楽しいです、あの装置が無いときは少し不仲だったのですが、いまでは仲良しです」


 満面の笑顔で答えた。


 確かに、あれ以降はミーちゃんとの仲が上手くいっていると話しをしていた。

 あの翻訳のイヤホンで仲良しになれたと言うなら、今週の政策に賛成するだろう。



「ハイ、次の人」


 続いて、野口のぐちくんの発言に移る。


「うちの犬は、老犬なんですが、発言を聞いたら厳しかったです。『疲れた』『だるい』『最近の若い者は……』、年寄りの小言を聞かされている気がしました。しかもたまに小言を言うだけなら良いんですが、年がら年中言っているみたいで……、あのイヤホンは返品しました」


 苦笑いを浮かべながら野口くんは言った。

 たしかに年寄りの小言を聞かされ続けるのはツラいだろう。



「ハイ、次の人」


 続いて、村林むらはやしさんの番になった。


「うちは座敷犬なのですが、犬の順位付けが、私より上だと思っていて『そこは俺の席だ』『邪魔だどけ』『俺に従え』って、うるさく吠えられました。前からその傾向はあったのですが、あそこまでハッキリ言われると……」


 これは、飼い主の家族より、自分の方が立場が上だと感じている犬のようだ。

 言葉が分からなければ、まだ聞き流せたのだろうけど、意味が分かってしまうとなかなかツラい。



「ハイ、次の人」


 最後に田淵たぶちくんが指名される。


「うちの猫は毒舌でした。餌が『まずい』とか、『安っぽい』とか。僕や家族の事を『センスが無い』とか、『不細工』だとか、『くさい』とか……」


 そこまで言うと言葉を詰まらせた。田淵くんは涙目だ。


 クラスメイト達は雰囲気を察して励ます。


「そんな事ないよ」「酷い猫だ」「猫の言う事など気にするな」


「あ、うんありがとう」


 フォローを受けて、少しだけ立ち直る田淵くん。


 人間同士なら『空気を読む』とか、『言っちゃ行けないライン』とか、言いにくい事はやんわりと伝えるが、動物はどうもソレができないらしい。これはツラい。



 一通り、翻訳機の使用者の意見を聞いた後に、意見の協議ディスカッションとなる。

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