隠れた才能 2

 ミサキが将棋をやり出すと言い出して、ルールを覚える前に挫折した。

 すると今度はチェスをやり出すと言い始めた。



 チェスのルールを知っているジミ子の説明が始まった。


「チェスは将棋と違って6種類の駒があるわ」


 ミサキがあごに手を当てて、神妙しんみょうな顔つきでこたえる。


「なるほど、将棋が8種類だったから少し楽ね」


「チェスの駒の種類は『ポーン』『ナイト』『ビショップ』『ルーク』『クイーン』『キング』というわ。まずは『ナイト』の動きから教えましょう」


 そういってジミ子は実際にナイトが、どのマスに移動できるのかやって見せた。


「いい、この8マスに移動できるからね、覚えた?」


「ちょ、ちょっと待って、どのマスに行けるの?」


「もう一度やるよ、ここと、ここと、ここね」


 ジミ子はテンポ良くナイトの駒を移動させるが、そのスピードにミサキの理解力がまるで付いてこない。


「もういっかい、もういっかいお願い」


 こうして何度も同じ事が繰り返された。

 しかしジミ子はなんで一番難しいと思われるナイトの駒の動きから教えだしたのだろう?

 単純な駒から教えていった方がいい気もするのだけれど……


 その理由は後でわかった。



「どう、ナイトの動きはもう覚えたでしょう?」


「ええ、ああ、うん。まあ」


 ジミ子の問いかけに曖昧な返事をするミサキ。おそらくちゃんと覚えていない。


「さて、ようやく一つ目が終わったは、次は『ポーン』を説明しましょう、将棋で言うと『歩』にあたるわ」


「おっけー、それなら簡単そうね」


ミサキが安堵あんどする。たしかに将棋の歩は一つ前進するだけの最も単純な動きの駒だ。だがチェスのポーンには罠が仕掛けられていた。


「まず、ポーンは1マス前に進めます」


「おっけー、簡単だね」


「ただし、最初の位置にいる場合は2マス進む事もできます」


「なるほど」


「斜め前に敵が居る場合は斜めに進めます」


「あっ、うん、わかった」


「だけど目の前に敵がいる場合は進めません」


「なんで?」


「一番奥まで行くと変身できます」


「…………」


「『アンパサン』といって、相手の『ポーン』が2マス動いた時、その間のマスへ自分の『ポーン』を動かす事ができると、相手の移動先の『ポーン』が消滅します」


「ちょっと何言ってるかわからない」


 困惑した表情を浮かべるミサキ、これはもう完全にワケが分からない状況だ。ちなみに僕もよく分かっていない。



 そんなミサキにジミ子は追い込みをかけた。


「どうしたの? 説明はまだ6つある駒のうちの2つ目だよ?」


「あ、うん、わかった。チェスは私に向いてない、あきらめるよ……」


「そう? あと4つ覚えるだけだよ」


「無理! これなら将棋のほうがまだ簡単だわ」


 あっさりとミサキはチェスをあきらめてしまった。

 ジミ子はあえて難しい駒から説明することで、おそらくミサキの心を折りに行ったのだろう。これはジミ子の作戦勝ちだ。


 ……まあ、本当にチェスを打とうとするのなら、これらのルールを全て覚えなければならないだろうけど。



「まだよ、まだ終わらないわ。こんどはコレよ」


 ミサキはまだ懲りてないらしい、こんどは緑色の盤面に、白黒リバーシブルの丸い駒。子供にも同じみなゲーム『オセ口』を取り出した。


「これで私は世界を目指すわ」


 ……そういえば日本人の小学生が世界王者になったというニュースもやっていた。

 小学生ができるなら、自分にも出来ると思ったのだろう。



 オセ口ならルール説明は要らない。対戦相手として僕が名乗り出る。


「じゃあ、僕から対戦するね」


「こてんぱんにして上げるわ」


 自信満々のミサキ、そしてゲームの行方は……


 僕がミサキを圧倒した。そのスコアはおよそ倍、ダブルスコアでの圧勝だ。


「まあ、たまたまよ、たまたま負けただけだから」


 強がりをいうミサキ。



「じゃあ、次は俺が行くか」


 今度はヤン太が相手になる。

 序盤は甲乙付けがたい勝負だったが、終盤でヤン太が角をとると、勝負の行方が決まってしまった。

 次々と一方的にひっくり返されていくミサキの駒。

 結果は数えるまでもなくヤン太の勝ち。


「まあ、ちょっとスキがあったな」


 ヤン太がミサキに忠告をする。


「大丈夫よ、次は負けないわ」



「じゃあ、次は私ね」


 ジミ子とミサキが打ち始める。

 ゲームは終盤でミサキに運が巡ってきたようだ。


「おっ、角が取れる、いただき!」


 何も考えずに角をとるミサキ、だがこれは罠だったらしい。


「じゃあ私はここを貰うわ」


 内部から次から次へとひっくり返していくジミ子。

 そして最後の方は自分の駒を置くことも出来ないミサキ。

 ミサキの手番はスキップされて、ジミ子だけが駒を置き続ける。


 勝負は明白で、やはりミサキの負けだった。



「こ、こんどこそ。一番ゲームが強いキングに勝てば、今までの負けは取り戻せて私がトップになるのよ」


 謎のルールを持ち出してきたミサキ。


「いいぜ、全力で戦ってやるよ」


 それに応えて全力を出すキング。

 そしてゲームを始めるが、キングは本当に全力だった。

 ミサキはゲームの途中で全部の駒をひっくり返されてしまう。


「も、もう一回お願い」


 この後、何度かキングとゲームを繰り返したが、ミサキが勝つことは無かった

 どうやらミサキにはオセロの才能はなさそうだ。


「ちょ、ちょっと休憩しましょう……」


 僕らは、また雑談を開始する。

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