第百十三話 偽女神
結局、シュタール軍はこのまま北へ向けて進むことになった。
ディアや僕は説得はしたけど、やはり国王一人で変えられるものでは無いと言われて話しを切られてしまった。
仕方なしに、今は国王の近くをついて行く事にした。
「しかし、このままでは、本当にフォルクヴァルツへ攻め入ってしまう。アリアちゃん。どうにかならない物だろうか」
「そうだな、、、、。国王一人じゃダメって言うんなら、誰を説得すれば良いんだろう。フォルクヴァルツには枢機院っていう、国の方針を決める機関があるけど、シュタールには無いの?」
「シュタールは七賢者と言うエルツ最強の英雄が居て、その者達が国を動かしている。父上、、、国王もその一人だ」
「今、その7人はこの軍の隊列にいるの?」
「いや、父上とベトン将軍、コーレ卿、ザントシュタイン卿の4人だけがここに居るはずだ。あとの3人は年寄りだから戦場には出てこれない」
うーむ。多数決ならここに居る人達だけでも説得できれば、この軍は止められるかもしれないのか。
国王は分かってくれたんだし、後の3人を探してみるか。
「止まれー!全軍停止ー!」
「停止ー!」
何だ何だ?国王が止めていないのに隊列が止まり始めたぞ?
「伝令!前方デマルティーノ帝国国境付近にて帝国軍が展開!我が軍が通行するのを止めに来ている模様!」
「何だと?帝国には先遣隊を送り、通行許可は取り付けていたのでは無いのか?」
「そ、それが、国王のみなら通行を許可したと、言っているようでして、、、」
「何を子供染みた事を、、、。もう一度、話しを付けてこい!コーレ卿も共に行き、確実に軍が通れるようにしてきてくれ」
「はい。かしこまりました」
ああ、あの宰相さんみたいな人がコーレ卿なのか。
一人見つけたぞ。帰ってきたら、説得してみよう。
説得をしにコーレ卿達が行ってから一時間程経過した。
「長いな。何を揉めておる。通行料も払うと言っておるのに、、、」
「帝国は元からエルツにはあまり友好的ではありませんでしたからな。最近、何故か急激に国交を取ろうとし始めたり、街道を整備したりと何か不自然でしたが、こうなって来ると、どうにもきな臭くなってきましまたな」
隊列は横に広がり国境近くに軍の大半が集まっていて、その真ん中に陣を張って皆んな休憩をしている。
街道を進んだ先にはデマルティーノ帝国軍らしき兵士達が、こちらと同じように陣を張っているのが見えた。
シュタール軍が来るのを分かっていなければ、ここで待ち構えてはいないだろう。
どうにかしてシュタール軍の動向を掴んで準備していた、、、と言うことは、始めからシュタールを通すつもりはないって事だ。
「大変です!コーレ卿が!!交渉に行かれた先で斬られました!」
「な、何だと?!何故だ!通行の交渉に行っただけではないか!」
「そ、それが、、、今は帝国軍は自国の領土内で魔物狩りをしていて、そこに国境を越えてきた魔物を狩っただけだと、、、」
「な、何を言っている!帝国は我らエルツを魔物だと言っておるのか!」
これで、帝国がシュタールを敵として見ている事は確実になったな。
しかも、エルツを人として見ない、と公的な発言として出すなんて、今まで裏では言われていても、こんな事は初の事だ。
どの国も表向きは国としてはエルツを、シュタール王国を人の国として認めているし、外交こそほとんどないけど、国際的な会議にもエルツは出席が出来ている程には世間には国として認知されている。
だけど、デマルティーノ帝国はエルツの王がいると分かっていながら、交渉に来た国の要人を斬ってしまった。
戦線布告だとしても、国際ルールには反したやり方だ。
他国からも講義が来るのではないだろうか。
「許せぬ!この進軍がエルツの誇りを取り戻す為の物と分かっておりながら、このふざけた仕打ち。フォルクヴァルツよりも先にデマルティーノを討ち亡ぼす!戦闘準備だ!」
「せ、戦闘準備!」
「総員戦闘準備!」
まずい、この場で戦が始まってしまう。
気持ちはわかるけど、ここまでわざとらしく煽ってくるんだから、帝国だって勝てる算段がついている筈。
何か罠を仕込んでいる可能性だってある。
「コーレ卿が!戻ってこられました!」
一緒に交渉に行った人達は無傷のようだ。
コーレ卿を何人もが担いで連れて帰ってきた。
「コーレ卿、、、。早く!回復を掛けるのだ!」
「急げ!もう意識もないぞ!」
回復師が何人も集まり回復魔法を掛けるけど、傷は深く通常の治療魔法の範疇を超えていた。
何度も無抵抗のまま斬られたらしく、見るも無残な姿になっている。
回復の魔法は効かないのか、どんどんと肌が土気色になっていく。
「すみません!通してください!私がやります!」
「何を、、、邪魔をするな」
このまま放っておけない。
「セラフの翼!第三の翼 空虚反転!第二の翼 命の源泉!」
翼は非表示にして、回復魔法を掛ける。
「おお!傷が塞がっていく、、、血の気も戻ってきたぞ!」
「ぐぼぉ、ゴホゴホっ、、、はあはあ、こ、ここは」
「コーレ卿!意識が戻られた!」
「き、奇跡だ!」
これでよし。
何とか怒りをおさめてもらえないだろうか。
「国王様。コーレ卿は回復しました。これで、矛を収めていただけませんでしょうか」
「アリア殿。素晴らしい回復の力だ。卿を救っていただき、感謝する。だが、治れば良いと言うことではない、とわかってもらえるだろうか」
「え、ええ。それは、理解できます、、、。ですが!これは罠です!わざと刺激するような事をして、誘い込もうとしているんです!」
「そうであろうな。だが、もう止まるものではないだろう。ここに居る兵士皆の気持ちは同じだ。私もそうだ。コーレ卿は我が国の重要な人物だが、それ故の怒りなのではない。エルツの尊厳の問題なのだ」
ダメだ。これは止められない。
僕自身が国王の言葉に納得してしまっている。
僕も家族のフィア達がこう言う扱いを受ければ、怒りで何をするか分からない。
だけど、理解はするし、気持ちは賛同するけど、同時に罠と分かってそこへ突っ込むエルツの人達をこのまま放っておくのも嫌だ。
「分かりました。国王様!ボクも共に戦います!」
「アリアちゃん?!ダメだ!これはシュタールの問題なのだ。別の国の要人が関わってはいけないのだ!」
「ディー。アリア殿は国の要人なのか?」
「はい。アリアちゃんはフォルクヴァルツ王国の国王付きの王宮魔導師です」
「そうか。それ故のあの回復魔法か。フォルクヴァルツの魔導師は思っていたより高位の者がいるのだな」
変な役職なんていらなかった。
こんな時になんの役にも立たないどころか、その地位が今は邪魔になってしまっている。
「アリアちゃん。私もダメだと思うっす。私らがここに居るのも、ちょいまずいんすから。せめて、邪魔にならないようにしていましょう?」
「うん。カティ達は後ろの方に退がっていて。ボクは独断で動くから」
「ダメです!アリア様!フォルクヴァルツ国王陛下からアリア様だけは、命に代えてもお護りするようにと言われております!我々だけ安全な場所に隠れていると言うのは出来ません!」
そんな話しをしているうちに国境の辺りでは、戦闘が始まってしまった。
国王の号令も掛かっていないのに、コーレ卿が担がれてくる痛ましい姿を見た兵士達が、怒り狂って攻め始めたのだ。
「アリア殿。お気持ちは有り難いが、元々貴殿の国に攻め入ろうとしていたのだ。ここで、それを助けるような事をしてはならない。ディーの友としての申し入れだろうが、ここは大人しくしておいてもらえぬだろうか」
ああ!もう!!
皆んなして、勝手なんだから!!
もういい!皆んながそう言うこと言うんなら、僕もワガママを言うぞ!
「ボクはたった今からフォルクヴァルツを捨てる!フォルクヴァルツ人じゃなく!一人のアリアージュとして、動く!ユーリエ・フォス、カティア・カナリス、ファルコ・ラスカー、ヘルマン・ギーレン!今までご苦労様でした。私はこれからは一個人として勝手に動きますので、あなた達は解任です。来た道は、、、大変でしょうから、この戦が終わるまではどこかに隠れていなさい!いいですね!」
「そ、そんなあ、アリアちゃん、捨てないでくださいっす〜」
「ダ、ダメです!我々が怒られますよ!」
「問題ありません!国王付き魔導師のアリアはもういません。国に帰ったらボクは天の国に帰ったと伝えてください。それであなた達はお咎めなしです」
もう、国とか国王付きとかどうでもいい!
僕はフィア達とフィア達の仲間を守る!
「国王!私はもうフォルクヴァルツとは無関係になりました!それに、もうあなたの顔色も伺いません!私は私がやりたいようにやります!いいですね!」
「何を、、、アリア殿?!」
「もう、フルパワーでやってやる!セラフの翼!」
バサァ
こっちにもあっちにも翼をわざと見せつけてやる。
「天使様!」
「いや、女神様だ!」
「うおお!我が軍に女神様がご降臨されたぞ!」
「「「うおおおお!」」」
違うよ。別にこっちに味方するわけじゃない。
こっちが負けないようにしたいだけで、優しくするわけじゃないんだよ!
まあ、結局助けることには変わりないんだけど。
僕の気持ちの問題なんだよ!
僕はもう一人で戦う!
翼を出したまま、シュタール軍の兵士達の間を駆け抜ける。
国境を示す、木で出来た柵がある辺りでは、既にデマルティーノ軍との戦闘が始まっている。
兵士達が剣で斬り合い、魔導師が後方から火の魔法や氷の魔法を撃ち込んでいる。
柵は壊され、両軍は入り乱れて戦っている。
戦術も何もあったもんじゃない。
いや、デマルティーノ軍の方がまだ指揮官がきちんと戦法を用いて攻めてきているから、シュタール軍はどんどん押されてきていた。
そこを僕が駆け抜けていく。
「うわっ、、、て、天使?」
「何だ?鳥の魔物か!?エルツは本物の魔物も飼っているのか!」
失敬な!
戦場真っ只中に入り、その中にある小さな丘に登る。
ここなら辺りが見渡せるかな。
「シュタールの兵士達よ!デマルティーノの兵士達よ!聞きなさい!わたくしは、女神セラフィナイトです!この戦を直ちにやめるのです!わたくしはこの戦を望みません!わたくしの意に沿わない行いをする者には、天罰を下します!」
もう、何でもありだ!クロの名前も借りた。
あとでクロに怒られるだろうけど、その時はその時だ。
土下座でも何でもしてやる!
「は、ははあっ!!!」
「女神様、、、おお、神々しい、、、」
おお?エルツの人達は土下座するのかよ。
まあ、いいけど、、、。
種族違ってもやっぱりこうなんだろうか。
でも、デマルティーノ軍はあまり気を引いてないみたいだ。
マナ弾を薄ーく周りに発して、眩しさで神々しさアップしてもダメか。
「我らの神は唯一ベニトアイト様だけだ!お前のような低硬度神なぞとは神格が違うのだ!」
「流石エルツだ、味方する女神まで腑抜けてやがる」
なんかクロを馬鹿にされたみたいで頭くる!
アイツを馬鹿にしていいのは僕だけだ!
「セラフの翼!第四の翼!擬グングニル!目標!デマルティーノ軍兵士全員!」
『ターゲット抽出中。しばらくお待ちください』
流石に多過ぎたか。
『ターゲットロックオン完了。ターゲット数、5283人』
そんなに居るのか。
『ターゲット数が多過ぎます。同時に攻撃できる数を増やしますか?ただし、同時射出数を増やすと一つあたりの出力はその分低下します。最大数は10』
「増やす!増やす!最大数まで!」
「土下座なんてしてやがるうちにエルツを叩き潰せ!」
「おおおお!」
うわっ卑怯な!
って土下座させたのは僕だった!
「いっけぇ!」
10本の羽ペンサイズの雷槍が辺りのデマルティーノ兵に向かって飛んでいく。
兵士の胸の辺りを槍が突き抜けると、バチッと音がしてそのまま倒れてしまう。
瞬間的に放電されて、一気に気絶してしまうようだ。
一本の槍が10人ほどを失神させた後に消え去ると、再び僕の顔の横辺りにプカプカと浮いて出る。
後は放っておいても、どんどんと射出していき、近くにいたデマルティーノ兵は皆んなバタバタと倒れていく。
これ結局、効率いいんじゃないの?
命に別状は無いみたいだし、マナの消費も少ないみたいだし、、、、ああ、でも、5千人もいるのかぁ。
時間かかりそうだな。
一回の攻撃で100人程が倒せるけど、まだ50回くらいかかりそうだ。
いくら低燃費だって言っても、マナが持たなさそうだ。
デマルティーノ兵達を倒しながら、北へ向けて歩いていく。
周りを敵兵に囲まれるけど、10本の雷槍が飛び回り次々倒していく。
あれ?後ろからシュタール兵が付いてきているな。
「ねえ。シュタール兵さん」
「は、はい!女神様!」
近くにいた兵士に声を掛ける。
「倒れている敵兵を攻撃するのは許さないよ!いいね!」
「は、はい!」
「もし、攻撃するようなら、この槍のターゲットをシュタール軍にも向けるから」
「お、おい!伝令だ!倒れた帝国軍兵には手を出すな!」
別にシュタール兵は付いてこなくても良いんだけどな。
あ、居た居た。
「あなたがデマルティーノ軍の偉い人?」
「な、なんだお前は!」
「あ、セラフの翼!あの偉そうな軍人さんはターゲットから外して」
『ターゲット変更完了』
よし、これでゆっくり話せるな。
「こんにちは。ボクは女神セラフィナイト。この戦いを止めに来ました。あなた達には剣を収めて貰いに来ました」
「訳のわからぬ事を言うな!女神だと?そんな嘘を信じるバカが居るか!」
「第六の翼 窓を破壊する者(ウィンドウブレーカー)」
目の前の軍人さんのレベルを6から1に変えてしまう。
その上、加護の欄にも書き込みを入れる。
「ステータスを見てください。今私があなたに対して行った事が分かるはずです」
「何を言って、、、ス、ステータスウィンドウ!、、、な、何!レベルが1だと!それに、か、加護欄に女神セラフィナイトの神罰、だと」
「あとで、元に戻してあげますよ。でも、これで信じてもらえましたか?エミーリオさん」
「な、名前まで、、、くっ、、、確かに本物の女神のようだな」
これ、偽証し放題だな。
ああ、これ、あとですんごい怒られるだろうな。
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