第二十九話 王都の住まい
叙勲式も無事(?)終わり王宮からまた馬車でアウグステンブルクの屋敷に戻ってきた。
このままマルネまで送ってくれると言われたけど丁重に断った。
というのも王都に入れたのは都合が良かったからだ。
僕はこの王都にある王宮学校に入学して、クロが言っている勇者候補を見つけなければならない。
その為には色々な問題をクリアしなければいけなかったけど、その内の王都まで来る旅費とか、後で気付いたけどエルツ族のみんなが検問に引っかからず通るという問題を今回の件で達成してしまった。
マルネに居続けなければいけない訳でもないし、このまま王都に住んでしまうのが得策だ。
ただ、レティだけはギルドの仕事がある。
ギルドに異動を届けるにしても、受理されるのかもまだわからないし、引き継ぎもあるからすぐに異動になるとは限らない。
それでもレティは人族だし、王都に後から来るのは特に問題ないから、一旦一人でマルネまで帰って行った。
今はこの王都での住む場所を探している。
レリアの所で住まわせてくれるという提案もしてもらったけど、流石にそこまでお世話になるわけにはいかない。
正装を仕立ててくれ、ここまで連れてきてくれただけでも十分なのに、これ以上甘える訳にはいかないと、みんなで考えた結論だ。
「あのさ、なんでフィアとラナは僕の両腕を掴んでるの?そんなのしたことないよね」
僕も男だし嬉しくない事はないけど、そういう、いい雰囲気な訳ではない。
二人ともキョロキョロしていて落ち着かないみたいだ。
(だって、ご主人!白金貨よ!大金貨も5枚よ!)
(あなたはよくそんな胸ポケットに入れて平然としていられるわね。少し尊敬してしまったじゃない)
二人とも顔を近づけて小声で囁いてくる。
ドキドキするけど、やっぱりあまりいい雰囲気ではない。
「これってさ」
(しーーっ!!周りに聞こえちゃうでしょ!しーっご主人!)
(……。これってさ。いくらくらいなの?)
見つめ合う姉妹。
あ、呆れてるのか。
(あなたね。本当に一般常識はぽっかり抜けているのね。白金貨は千、大金貨は百よ)
(なんだ。じゃあ今回のは合わせても1500フォルクか。大したことないね)
(違うわよ。ご主人。桁が4つ違うわよ。合わせて1500万フォルク)
「な!せんごひゃくま」
「「しーーーーっ!!!」」
ああ、びっくりしたー!
何て金額を10歳の子供にくれてるんだよ国王様!
今回の件は僕を英雄のように仕立てて、それを叙勲した国王や取り立てた騎士団、というより国の派閥の人たちの功績にするという企みなだけで僕自身の活躍とかはあまり関係ない。
僕は言わば政治利用されている訳だからその口止め料的なお金なのだろう。
多分、後で社交界のパーティとかで挨拶しろとか、貴族の人達と話をしろだとか、色々こき使われそうだ。
そしてこのお金をもらってしまった以上、断れないのだろうな。
皆んなでビクビクしながら、ようやくこの辺りの住まいを売買したり貸してくれるお店にまで来た。
お店の名前はイモビーリエンヘンドラーとか書いてあってとても覚えられそうにない。
どうせ一回しか来ないだろうから覚えなくてもいいだろう。
僕の、名前の覚えられる量、というのはあまり無いのだから、無駄な物は覚えないに限る。
「お店の前に張り紙がいっぱいしてあるわね」
「これは家の間取り図?かしら」
「ギルドから徒歩5分!風呂トイレ別。月金貨1枚!だって。これでいいんじゃない?ご主人!」
「まあ待って。中で話聞こうよ」
お店の中にずらずらと連なって入る。
「いらっしゃいませ〜。ああ、お父様かお母様はどちらに?」
「あ、いえ、ぼく、、私達本人が家を探しに来ました」
「失礼ですが、この中に大人の方はいらっしゃいませんよね。そうなりますとお住まいをお売りする事もお貸しする事も出来かねますが、どなたか大人の方をお呼びする事はできませんか?」
そうなのか。
マルネでは全部レティがやってくれたからな。
唯一の大人だから色々と任せっきりになっていたんだ。
早く大人になって、レティの負担を減らしてあげたい。
でも今は家の事だ。
どうにかならないかな。
(ねぇご主人。あの勲章を見せたら何とかしてくれないかしら。王様が認めてるんだから大人と同じ扱いにならない?とか)
(国王だからって、そんな権限無いんじゃないの?勲章だってそんな深い意味無いだろうし)
(別にわたし達からしたら関係ない王様だけど、貴方にとっては自分の国の王様なんでしょ?もうちょっと敬いなさいよ)
あ、そうか。僕は政治利用されて受勲したのが分かってるから、大した事ないと思ってるけど、みんなからしたらそうは思わないか。
それにあんないたずらをするような国王だから余計に僕の中の評価は下がってるんだよなぁ。
「えっとこれで何とかならないですかね」
姉妹二人に出せ出せと言われて渋々勲章を二つ取り出す。
一つでも二つでも同じだろうから片方だけ見せる。
あ、カーネリアンの方だった。
「こ!これは!カカ、カーネリアン勲章!ほ、本物、のようで。これは貴方様の物という事でよろしいのでしょうか?あ、いえ疑う訳では無く。勲章はご本人様の証明になりますので、もしそうであればもちろん大人の方と同じようにお売りもお貸しも可能になります」
「ほらあ、やっぱりいけるじゃない!」
「ああ、うん。それで証明ってどうすれば」
どの勲章にも本人でしか反応しないような仕掛けがあって、本人のマナを注げば青く光るらしい。
当然、僕がマナを勲章に注ぐとボウッと青い光がついた。
「おお!正にご本人様の勲章で。そのようにお若いのに。は!もしや今日叙勲式があった最年少の方というのは」
「あ、はい。僕です。すみません」
「と、とんでもない!そのお方が当店にお越しくださるなんて大変光栄でございます!そうとなれば、早速お住まいをご紹介いたします!これなんて如何でしょう?王宮のすぐ近くで部屋数は12、大浴場二つにトイレは4つあります。今なら何とお値段白金貨32枚!」
「待った待った!誰が3億2千万の家が買えるって?!そんなにお金ないですから!賃貸で6人が住めればいいので、普通の所をお願いします」
今は一時的に大金が入ったけど今後は今まで通りギルドでクエストをこなす分しか稼ぎはない。
最低限生活に困らない程度であればいいと思う。
「そ、そうですか。てっきり勲章をもらうお方は報奨金もとてつもない金額をもらっていらっしゃるのかと思いましたよ。ですが、6名様となりますと、賃貸よりは中古でも一軒家をお買いになられた方がトータルでお安くなるかと。これなんて如何です?」
そ、そういうものなの?
分からないけど、勧められた一軒家は間取り図だけみると広そうだし、王都の中心地の近くで立地も良い。
築年数は、、、213年!!
ええええ。
そんなに古い家って大丈夫なの?
「ねぇ、ご主人!これにしましょうよ!これ!絶対これ!」
「え?何その食い付き。何か惹かれるものがあったの?」
「リン!何をしているの?早く契約をしてしまいなさい!ここで決めて男を見せるのよ!」
フィアも何故かこの家に食い付いている。
マルモとブロンも目をキラキラさせて間取り図を見ている。
僕にはさっぱりだけど、エルツ族には誘われる何かでもあるのだろうか?
あ、ダメだ。
販売価格が白金貨5枚だ。
完全に予算オーバーだよ。
「ああ、皆んなはこれが良いみたいなのですが、予算が足りないので、別のはありますか?」
「ちょっ、ご主人!何を諦めてるのよ!これじゃないとダメよ!」
「予算なんてどうでもいいわ!あなたが買うか買わないかなのよ!そして、買うのを選ぶしか無いのよ!」
どうした二人共。
よしなさいよ。お店の人も困ってるじゃないか。
「分かりました!カーネリアン勲章を持つお方ですので、特別なお値段でご提供差し上げます!どうでしょう!白金貨3枚で!」
どうでしょうと言われてもどうにもなりません。
手元にはその半分しか無いので。
「凄いわ!2枚も!2枚も引いてくれたわ!ねぇご主人!これはもう、あれよ!買うしかないわよ!」
「さっさとお金を早く出しなさい!それで契約よ!」
マタタビを前にした猫かよ!
興奮して判断力が鈍ってるよ?
全然足りないからね。
「分かりました!そこまでおっしゃるなら、この道35年のわたくしアマンド・アルベルトもパイライトタイガーの群れに飛び込んだつもりでお値引きいたしましょう!白金貨2枚だあ!これでどうだ!」
いやどうだとか言われても、無い物は無いんですよ。
早く別の物件を見せてくれないかな。
「ご、ご主人!この店主、素晴らしいわ!私もさすがにパイライトタイガーの群れに突っ込む勇気は無いわ!もうこれは決まりね!」
「あら?胸ポケットには入っていないわね?どこにあるのかしら?」
これ、僕だけがおかしいの?
それとも、この物件に関しておかしな反応をする人達が偶然3人集まっただけなの?
「ふぅ、お客さんー。参りましたよ。こんなツワモノ38年やってきて初めてですぜ。分かりました!こうなったらヤケだ!白金貨1枚だああ!」
さっき35年って言ってなかった?
話し方も変になってるし。
でもまあ、それなら予算に収まるかな。
なんだよ、それなら最初から1枚って言ってくれよな。
「あ、それで買います」
「いやっほーい。さすが私のご主人!最後に決めてくれるって信じてた!」
「まったく、焦らして困らせるつもりだったのね。まあ、結果をだしたのだからいいわ」
なんだか腑に落ちない気持ちだけど、喜んでくれるならいいか。
あ、マルモとブロンは早々にお昼寝タイムになっていたみたいだ。
あんなにぎゃあぎゃあ騒いでたのに、二人共フィアとラナの膝枕でぐっすりだ。いいなぁ。
その後は白金貨1枚を払って、この家の契約をした。
どうやらこの店主は勲章を持つ僕に買ってもらったという実績が欲しかったらしい。
店先に勲章受章者がここで家を買ったと宣伝させてくれと懇願されてしまった。
大幅な値引きをしてくれたし、まあそれ位いいか。
名前が載るの恥ずかしいな。
無事契約も終わり家の鍵と地図をもらって、早速家に向かう。
今日中に生活できる状態にしないと、他に宿を取らないといけないようになってしまう。
これが我が家かぁ。
確かに王都のほぼ中心地にあるし、建物も大きく庭も広い。
でも、古そうだな。石壁に苔が生えてるよ。
「それにしても、フィアもラナもヤケにこの家に執着していたね。何かあるの?」
「は」
「は?」
「恥ずかしいー!なんであんなテンションになったのかしら?私って、もっとクールなお姉さんの筈なのに!筈なのに!」
「わたしは、いつもクールよ。さっきも冷静さは失ってはいないわ」
いや、フィアもおかしかったよね。
店主も一緒になってたから、その場のノリなのかとも思ったけど、二人は何か目的があってこの家を欲しがったようにも見えた。
「この家は元はエルツ族の物だったのよ。それが分かったから何としても手に入れたかったの」
「え?そうなの?」
「なんでその質問がラナから出るのさ」
「えへ。あの時は何となくこれだあ!って直感?を感じたから、ちょっと一人で盛り上がっちゃった」
どうやら、エルツ族の家の中心には必ず懺悔室があるのだそうだ。
来客からは見えない位置に隠されている場所に人一人分しか入れない小部屋が二つ並んでいる。
間取り図だとそれが分かる為、フィアはエルツ族の家だと分かったそうだ。
「そして、ラナはそれには気がつかずに、買おうって言ってたのか」
「わたしは姉さんが異様に欲しがったから、気づいたのよ?」
「わ、私のお陰でもある訳ね!」
鍵を開けて家の中に入ってみる。
「あら、思っていたよりキレイにしてあ、、、ないわね。埃っぽい。ごほごほ」
「リン。長年の家の埃をキレイにしてくれる魔法はないのかしら?」
「何その限定的な魔法は。そんなのないよ」
後で掃除はするとして、まずはエルツ族用家屋の特徴たる懺悔室を見てみる。
「これが懺悔室?」
「ええ、そうね。こっちが懺悔をする側、反対から入ると懺悔を聴く側になるわ」
「ここで何をするの?」
「だから何でその質問がラナから出るのさ。エルツ族でしょ?」
「まあね。で、ザンゲって何?」
「姉さん………。わたしたちエルツ族の先祖にあたる神様が神格を落としてまで人族と関わってしまった事を悔いて赦しを得る、というのがエルツ族の懺悔よ」
「そっかあ。初めて知った」
自分の罪とかじゃなくて、先祖の過ちを悔いるのか。
まあ、儀礼的な意味合いが強いのだろう。
それよりラナは今、真剣に悔いた方がいいと思う。
「姉さん。ちょっとマルモとブロンを連れて、散歩に行ってくれないかしら」
「え?何、追い出されるの?そんなに怒らないでよー。もう覚えたから!」
「そうではなく。少しリンと懺悔室に入って話したいの」
「えっと、真面目な話し?」
「ええ、そうよ」
ラナ達は散歩に出かけて行くと、フィアは少し俯き加減でこちらを向く。
「リンは反対側から入って欲しいの。わたしはこちら側から」
ここは何も言わず言われた通りにする。
僕が懺悔を聴く側、フィアが懺悔する側。
懺悔室に入ると確かに人が一人入ればもういっぱいになる程の狭さだった。
備え付けられている椅子に座ると、もう一方の小部屋にフィアが入ってくる気配がする。
二つの小部屋は隣り合わせになっていて、お互いを仕切る壁には木の格子戸が付いていて少しずらすと隙間が出来、相手の顔は見えないが、声だけは聞こえるようになる。
「………」
フィアはまだ何も話そうとしない。
そんなに言いづらい懺悔なの?
は!ずっと仲のいい振りをしていたけど、実は嫌いだったの、とか言われたらどうしよう。
ここまで一緒に過ごしてくれたのだから、そんな事は無いよね?
僕に黙ってこっそりヘソクリを貯めていたとかなら、全然赦しちゃうから、早く懺悔して欲しい。
待っているとどんどん嫌な想像をしてしまうよ。
「あ、あの、ね」
「あ、うん」
「わたし、あなたにずっと謝りたかったの」
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