第二十四話 代償
団長の部屋を出て、前線基地の中をぶらぶらする。
前線とは言え平和だ。
平和が一番。
敵がいるかも、とか考えなくていい。
「止まれ。そのまま動くな。聞かれた事にだけ答えろ」
え?何?敵?何で基地内に?
後ろから声をかけられたから、振り向こうとする。
「動くなと言っただろう!答えろ。貴様何をした?」
何なの?
周りを歩く人を見るとチラッとこちらを見るけど、ああ、またか、みたいな顔をして通り過ぎてしまう。
という事は後ろの人は敵じゃないのか。
じゃあ誰だよ。
ってこの声はアイツか。
構わず振り向く。
「待て、動くなと、くそっ。答えるんだ。何をしたんだ」
「その質問で何を答えろというんですか?テオ隊長」
「その歳でカーネリアン勲章などあり得ん!貴族だとしても、例え公爵家でもそう簡単に受勲できるものではないのだぞ!貴様はどんな裏の手を使った!」
裏の手を使ったのは団長だよ。
下手をしたら国王辺りも一緒になって企んでいるかもしれない。
でも、そんな事はここでは言えない。
「僕もさっき聞いて驚いているんですよ。それに裏の手を使ってもらえるような物でもないんでしょう?」
「当たり前だ。国王自らが授けていただける名誉ある勲章だ。それを、それを、貴様如きが!い、いや、すまない、今のは失言だった。忘れてくれ」
行ってしまった。
何だったんだ。
嫉妬?
違うな。何か過去にあった事で今も引きずっている感じなんだよな。
貴族に異様な敵意を持っているみたいだし。
ま、いいや。
第1部隊の連中が集まっていたのが見えたので行ってみる。
「皆さん、こんにちは。何かあったんですか?」
「おお!フォルトナー!お前の話をしてたところだよ!勲章だってな!すごい奴だなとは思ってたが、いきなり勲章とは驚いたぞ!」
ウェーリンガーさんは喜んでくれた。
まあ、これが普通の反応だよな。
アイツがおかしいんだよ。
他の人達も皆んな祝ってくれた。
「でも、これは僕だけでは無くて、小隊の4人全員で貰った物だと思います。形式上、僕が小隊長だから代表で貰うだけで、僕の功績ではないですよ」
「おうおう、嬉しい事を言ってくれるねぇ。その気持ち有り難く貰っとくよ」
「小隊長殿お一人の活躍なのは確かなのですが、そのお手伝いをさせて貰ったというのは名誉な事です」
ちょっと違うように捉えている気がするな。
そうじゃなくて、実際に敵を倒したのは皆んななんだよ。
僕は一人も倒していないんだ。
手伝ったのは僕の方なのに、勲章は僕だけしか貰えないのは納得いかない。
とは言っても、政治利用の意味もあるから功績に見合った受勲と言うわけでもないしね。
「リンくん〜。ツィスカからも勲章をあげる〜。ほら、いい子いい子〜」
「あ、いや、撫でないでくださいよ。あ、痛い痛い、ちょっと撫で方下手過ぎ!」
「ふーん。ツィスカったら作戦でちょっと一緒になっただけなのに、前よりリンくんと仲良くなってない?」
「えへん。一緒に戦った仲だからね〜。これはもうお友達は超えたと思うんだ〜」
お友達だったんだ。
そう思ってくれるのはちょっと嬉しいけど。
「勲章は王都に行ってから、国王陛下直々にいただけるんだろう?これは貰うまでは死ねないな!わははは」
「ウェーリンガーさん〜?くんしょー貰ってもリンくんは死んじゃダメなんですよ〜?」
「あ、ああ、なんかツィスカ怖えな」
戦場では緊張の連続だったから、こんなのんびりした空気が懐かしくすら感じる。
あんなに敵に囲まれた場所から良く無事に帰ってこれたと思うよ。
あ、いや、無事じゃなかった。一度死んでた。
それからはゆっくりと食事を摂ったあと一人部屋に入ったら、ベッドに倒れこむようにして眠ってしまった。
翌日からは本格的に前線を押し上げる作戦が始まる。
元々その為にここまで来ていたのだけど、第2部隊の事があってその分、作戦の進行が遅れてしまっていた。
でも悪い事だけでもない。
第2部隊救出のついでに、あの辺りの敵部隊をほとんど倒してしまった事がかなり大きいらしい。
予定では時間をかけて少しずつ敵を潰していく筈だったのが、一気に戦線の穴がぽっかり空いたのだ。
「その穴を広げていき、ザールブルク砦まで繋げる。砦を奪い返せば国境にまで戦線を戻せる。これは好機だ。これを逃したらあとは無いと思え」
団長さんが静かに話す。
この静かな気迫が今回の作戦の重要さを物語っている。
それもそうだ、砦が奪還できなかったら、この後どんどん攻め込まれて、僕の生まれた村やマルネの町に敵兵が入り込んでくる。
最後には王都も占領されてこの王国は無くなってしまうかもしれない。
町にいるフィア達を守る為にもこの砦を奪い返す作戦は何としても成功させないといけない。
出し惜しみをしている場合じゃ無いのだから、勝つ為のスキルや魔法を出来るだけ考えたほうがいいだろう。
あ、ラナからのメッセージが届いてた。
しまった、昨日は疲れて寝てしまったから、全然気付かなかった。
メッセージの中身自体は他愛のない世間話だったけど、返事を出さなかったのは怒ってるだろうな。
『昨日は返事をしなくてごめん。一応無事だからね』
どうか怒られませんように。
一度死んじゃった事は話したらいけないと思う。
あ、返事が来た。早い。
『もう、心配したんだから!でも無事でよかったよー。フィアちゃんも心配で何も食べてなかったんだよ。…いいえ少しは食べました!お姉ちゃんの方が心配してたじゃない!……と、そういう訳で今度は、ああ、でも、うう、でもいいから返事してね!あ、忙しかったらこれの返事はいいからね』
ああ、やっぱり物凄く心配させてしまってた。
毎日この返事だけは忘れないようにしよう。
今回のこの機に一気に攻めるつもりらしく、前線に来ている第1から第5までの部隊全ての兵を進めるらしい。
第1部隊は昨日敵を一掃した戦線の穴に突入する。
その東側を第2部隊、反対の西に第5部隊が展開して第1部隊の側面を守る事になる。
そして、その外側に第3、第4部隊が広がり左右から主力を支える。
とにかく第1部隊が突破して砦まで辿り着かなければ、どうにもならない、という少し厳しい作戦だ。
昨日の 雷魔法みたいに敵を一時的にでも無効化できるといいのだけど、今回は範囲が広くてあのやり方だと一部だけにしか通用しない。
前線基地から国境方面に進軍してきたけど、そろそろ敵がいてもおかしく無い所まできている。
今回は団長達の第零部隊も現場で指揮をとるということで一緒に来ている。
団長の部隊は第1、第2、第5に囲まれた位置にいる事になる。
いつ会敵してもおかしくない状況だけど、一度小休止して武装もここでしっかりと整える事になった。
僕はというと、一つ後ろにいる第零部隊のいる所まで来ていた。
「あら、どうしたの?リンくん。もうそろそろ突入の時間よ?何があったの?」
「あ、いえ、アーディさん。団長さん。ちょっとやってみたい事が有るんですけど、今、話いいですか?」
「む?ベルリヒンゲンやヴァンギールから聞いた魔法の変な使い方をするという話か?」
「え?ベル?ヴァン?誰ですか?」
「ツィスカとエルズさんの事よ。名前覚えてないの?それよりも誰も使わないような魔法の使用方法で面白い効果を出したそうじゃない」
やっぱり人の名前は覚えられないな。
魔法はあれが正式な使い方なんだけど、一般的にはおかしいのは僕の使い方になってしまうようだ。
「あれはこの範囲だと全体に届かないので、違うのを試してみたいんです。それと、全員とまではいきませんが、突入する人達に少しでも生存率を上げる方法もやってみたいんです」
「ああ、構わない。思いついた事を全てやってくれ。その為に君をここまで連れてきたのだから、むしろ何かやってくれないと困る」
まあ、そうだよな。
ここで役に立たなければここに来た意味がない。
許可は得た。
まずは、効果が出るのに時間が掛かりそうな方からやってみよう。
第1部隊の居る敵に近い所まで来て、下準備を始める。
この為に「呪文圧縮」というスキルを作っておいた。
長く時間のかかる呪文の詠唱を短くできるのだけど、循環マナを常に10%使い続けてしまう。
循環マナは生きていくのに常に使われるマナだが、こういった処理時間を縮めるような便利スキルも常時消費し続けてしまう。
これが100%をずっと使われ続けると命にも関わるらしいので、どれくらい消費しているかは考えてスキルを作らないとならない。
今はこの「呪文圧縮」を作った事で全体で42%の循環マナを常に使う事になった。
「こんな所で何をするんだ?」
「上手くいかなかったら恥ずかしいので内緒です」
「ええー何だよー教えてくれたっていいじゃいかよー」
ヴォーさんが裾を掴んで揺すってくる。
魔法が使えないからやめて。
「上手くいったら教えますから。離してくださいって。ふぅ。えっと、まずはアールデの壁!」
ノルド側に向かって半円状に幾つかの土の壁を作り出す。
一つの壁は人ひとりが隠れられる程の大きさがある。
「次に、ウィントの盾」
さっき出した土の壁に風の盾を少し角度を付けて一つずつ設置していく。
「何してるの〜?あれ?風が出てる〜?」
「風を壁にめり込ませてあるのね。そこで風が反射してノルドの方に風が吹いてるわね」
「はい、じゃあ、ここからは前に出ないでください。この後の魔法に当たっちゃいますよ」
皆んなが壁の後ろに下がったのを確認して、目的の魔法を唱える。
「スラーブの霧」
黒い霧が壁の向こう側に発生すると、風の乗ってノルドの方に飛ばされていく。
風の魔法が切れるまで、何度もこの魔法を唱えて、黒い霧を出来るだけ広い範囲にばら撒いていく。
「それって眠らせる魔法〜?」
「はい、流石にツィスカさんにはバレちゃいますね。だいぶ薄まるとは思うのですけど、これでこの辺の敵兵がちょっとでも動きが鈍れば、やりやすくなるのかなって」
次に両隣りの第2と第5部隊を回って、ある魔法をかけて行く。
「全員に魔法を掛けるわけにはいかないので、小隊ごとにしますね。テュルキスの妖精、この小隊を守れ」
テュルキスという海のような青い髪を持つ女神がいる。
これはその女神の周りにいつも飛び回っている妖精を召喚する魔法だ。
呼び出された妖精は青く光る光の玉に羽が生えただけという見た目なのでとても妖精には見えない。
だが、このふわふわした物体が皆んなの生存率を高めてくれる筈だ。
第2と第5部隊にかけ終わったら念のために第零部隊の団長さんやアーディさん達にもこの魔法を掛けておく。
「こんな魔法聞いたことないのだけど、大丈夫なのかしら」
「俺も知らない魔法だな。ちゃんと効果があるのだろうな」
「ま、まあ、これは気休め程度に思っておいてください」
初めて使う魔法だしどれだけ役に立つか実はよくわかっていない。
これだけやって役立たずだったら怒られるだろうな。
第1部隊に戻ったら、今度は全員にこの魔法を掛ける。
第1部隊は最初に砦の中まで突入する役割だから一人ずつに掛けないと足りないだろう。
僕自身にも掛けたら準備完了だ。
「お待たせしました。いつでも突入していいですよ」
しばらくすると団長さんからの伝令が来て、第1部隊は両側を第2と第5部隊に挟まれながら、ノルドに占領されているザールブルク砦に向かって動き出す。
しばらくはこの両部隊に守られて進んで行く事になる。
「人が倒れてるぞ!これはノルド兵か?」
「さっきの魔法か。こいつは楽な仕事だな!」
「気を抜くなよ!ノルドの兵士は平気で倒れたフリをするからな!確実にとどめを刺していけ!」
ああ、やっぱりとどめは刺しちゃうんだ。
後ろで起きられたら挟み撃ちに会うから仕方ないか。
最初の方は魔法の効きが良いから完全に寝ているみたいだけど、砦が近づくとかろうじて起きている兵士もいた。
でも、朦朧としているのがほとんどだったので、苦もなく倒していけた。
結局こちらの兵は大した怪我もなくザールブルク砦に着いた。
南側にある門に取り付いて外から開けなければならないけど、外壁の上から敵の弓兵が矢をつがえて待ち構えている。
「第1部隊はこのまま突っ込むぞ!残りは遠隔魔法で援護だ!」
第2、第5部隊が魔法で牽制し、敵からは上から矢が雨のように降り注ぐ中、第1部隊は門へと駆け抜ける。
矢を避けつつ走るが全て避けられるはずもなく、当たるのを覚悟した、かなり無謀な手段だ。
この辺の作戦の立て方が我が軍の弱さの原因なんじゃないのかな。
全員怪我を覚悟の突貫だったけど、テュルキスの妖精が反応して当たりそうな矢を全て羽で叩き落としていた。
むしろ隣の人の妖精が弾いた矢が当たるくらいで、怪我を負いそうな攻撃は全て排除されていた。
「あの矢の雨の中をよく無傷で門まで無傷でたどり着いたな」
「何だよ小隊長ー。役立つか分かんないとか言っておいてめちゃくちゃ防いでくれたじゃねえかよー」
「無駄口叩くな!後はこの門をどうにかして開ける。おい男どもは体当たりで開けるぞ!」
また、無計画なのかよ。
レベルとか段位を上げる前に戦い方とかを学んだ方が良くないか?
テオ隊長のやり方だといつまでたっても開けられないと思うぞ。
「隊長、僕にやらせて貰えないですか?」
「む。貴様のような貴族の息子に何ができる。引っ込んでろ」
「だから、僕は貴族の子ではないですって!もう勝手にやります!」
腰に下げているギベオンソードを抜いて、門扉の前で構える。
「おい。勝手な事をするな!フォルトナー!」
無視だ、無視!
レベル最大の力を発揮できるように神経を集中して、上段から門扉の隙間を狙って縦一直線にギベオンソードを振り切る。
門扉の隙間よりギベオンソードの厚さの方が遥かに厚いのだけど、その剣身は門の反対側に届き閂を両断する。
鉄製の門扉はギベオンソードが隙間に入り込んで無理矢理歪まされていた。
剣身が通った後はその形に隙間が広がり、摩擦熱で赤く溶けかかっていた。
門扉の奥で閂がゴトンと落ちる音がする。
「これで開きます!皆んなで門を押してください!」
テオ隊長がこっちを睨んでる。
なんだよ、開けたんだからいいじゃないか!
「ちっ」
ええー。今舌打ちしたよね。
くそっ。いつかアイツの上司になってこき使ってやる。
あ、いや、なんでこのまま軍に居続けるつもりになってるんだ僕は。
これが終わったら退役だ!
早く平和な暮らしに戻ってやる!
そうこうしているうちに第1部隊に続いて第2、第5部隊も砦の中に突入していた。
僕の役割はここで終わりかな。
直接人と戦うのは無理そうだし、あとは怪我をした人を治療したり、援護したりでいいのかな。
砦の中は小さな町のようになっていて、いくつもの建物がありその間を石畳みの道が通っている。
広場になっている所や建物の中など至る所で戦闘になっている。
基本的な戦力としてはノルド兵の方が圧倒的に強いようだけどテュルキスの妖精が付いているお陰で敵の攻撃を全て防いでいたので、戦いは拮抗していた。
その中の一人にシャハナー爺さんがいた。
あれ?あの人って確か錬金術師とかじゃなかったっけ?
あんな前の方で戦って大丈夫なのかな?
「がははは!いくら前に出ても平気じゃわい!前衛になる夢が叶ったがな!ほれほれ、かかって来ぬならこちらからいくぞ!」
あ、ああ、元気な人だなー。
長年の夢を叶えられたみたいでなによりです。
ここは丁度第1部隊のいる所だったみたいだ。
エデルさんとツィスカさんもいた。
「リンくん!ダメじゃない!もっと後ろの方にいないと!私の後ろに隠れて!守ってあげるわ!」
「だーいじょーぶだよー。リンくんは強いんだし〜」
「何よ!ツィスカったら、リンくんとちょっと仲良くなったからって!」
この2人は戦場でもこんななのか。
テュルキスの妖精があるから余裕が出ているせいもあるか。
あんまり万能な訳じゃないから、気を抜かないで欲しいよ。
「エデルさん、ツィスカさん!真面目にやってくれないと怒りますよ!」
「あ、ご、ごめんなさい!嫌いにならないで!ちょっとふざけただけなの!もうしないわ!」
「あうーん!リンくんに怒られたー!ぐすん、ちゃんとやるー!」
そんなにキツく言ったつもりは無かったんだけど、2人とも異様なくらいに反応している。
過去に何かあったんだろうか。
「リンくん!こっちだ!この建物に敵の隊長クラスがいるはずだ!一緒に来てくれ!」
いつの間にか団長達、第零部隊もこの奥の方まで来ていて、一番大きな建物の中に入ろうとしていた。
ここに敵の隊長がいるみたいだ。
でもなんで僕も付いていく事になってるんだ?
「この中の何処かに居るはずだ。手分けして探そう」
手分けしていいのか?
敵は何人いるか分からないんだから、固まっていた方がいいと思うんだけどな。
2階に行けと言われたので、2階の奥の部屋から見て回る事にした。
他の人達は手前から見ていくみたいだ。
奥の部屋の扉を見ると前線の砦なのに、装飾の施された豪華な扉だった。
こんな所なのになんで?
扉を開け部屋の中に入るけど誰もいなかった。
まあ、こんなものか。
他の部屋へ行こうとして、ふと思いついた事をしてみる。
「部隊編成」
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イェフゲニー・アフシャロモフ Lv6
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