第二十二話 帰還?

「さあ、この辺りの敵はほとんど気絶したか、しばらくは身動き取れないと思いますから、その内に帰りましょう」


こんな敵に囲まれたところなんかさっさと抜け出して前線基地で休みたい。


「ほとんどが気絶?倒してはいないのか?」

「あ、はい。広範囲を対象にしたのでもしかしたらちょっと痺れるくらいの者もいるかもしれません」

「む。だが、大半は動けないのだな?」

「え、ええ、まあ」


まったく。慎重に考えるのは分かるけど、時間との勝負なんだから早くしようよ。


「第2部隊!敵の陣に突撃!今のこの好機を逃すな!行けー!」

「ええ?隊長さん、何言ってるんですか!今の内に逃げないと!」

「救援部隊が作ってくれたチャンスを無駄にするな!マナも有りったけ使い切れ!ここで踏ん張れなければ我が王国は攻め込まれるぞ!」


あ、そうか。うちの国は結構ギリギリまで攻め込まれていたんだったんだっけ。

敵の一部の部隊とは言え潰せる時に潰しておくと考えるのも正しいか。

よし、そうとなったら僕達も加勢しないと。


「ヴォーさん、エルズさん、ツィスカさん!僕達も行きましょう!」

「そうこなくっちゃな!小隊長」

「小隊長殿に従います」

「無理しちゃダメだよ〜。できる範囲でいいんだからね〜」


小隊長の命令だからってわけではなく、皆んな賛同してくれている。

皆んなと同じ考えになれて、ちょっと嬉しい。


ヴォーさんもエルズさんもやっぱり人の気配というかマナが察知できるようで、敵の居る場所がわかっているみたいだ。

どんどん突っ込んで行き、うまく動けていない敵を倒していく。

特に鉄製の防具を付けている敵の騎士や剣士は痺れ方が酷くまともに剣も触れない様子だった。


魔法抵抗の高い魔導師系の敵が痺れから復帰して、火属性の攻撃魔法を第2部隊の騎士に打ち込んで来ようとするのが見えた。


「アールデの壁!」


地面から土の壁が味方の前にせり上がり、敵が打ってきた火の玉の魔法を防ぐ。

こうやって後ろから援護するだけで大丈夫かとも思ったけど、時間と共に敵の体も回復してきたみたいだから、もうちょっと積極的に攻めないといかなさそうだ。


もう一度、「ブリクスムの雷鳴」を使えればいいんだけど、そうすると味方にも当たってしまうから使えない。


「イルシーの影」


敵の周りに幻の騎士がいくつも現れる。

よく見ると少し色が薄く顔色も悪いし、もそもそと動いて気持ち悪いけど、木や岩の影から出てくると一瞬本物の騎士と見分けがつかない。

幻の騎士はフォルクヴァルツ王国の一般的な騎士用の鎧姿なので、味方にとっては友軍がそこにいるな、くらいにしか思えないけど、ノルドの兵士にとってはいちいち反応しないといけなくなる。

幻の偽騎士に惑わされている隙に攻撃すればいともあっさりと倒せてしまう。


「こんな事で敵が隙だらけになるなんて……」


近くにいたレリアが呆然としている。

よく使われるのは、遠くにいる敵に兵士の数を水増しして見せるような魔法なので、この距離で見るとすぐに偽物だとバレてしまう。

だけど、一瞬の判断が重要なこの場面では、バレバレの偽物でも陽動としては十分効果が出る。


それでも、何度も幻を見せてしまうと流石に生き残った敵には慣れられてしまう。


「ワハトヴュールの炎」


炎が敵の目の前に現れる。

ただし、この炎は熱くも無く燃えることもない。

一般的にはただの灯りや篝火のような使い方をする魔法だ。

魔法の出現位置を人に合わせると、その人が移動しても追尾するので、どこに歩いても足元を照らし続けてくれる。

だけど、今は敵の顔の真ん前に合わせて出現させている。

熱くないんだし、魔法の正体が分かれば何ということはないのだけど、いくら手で払っても取れるわけでは無く、効果が消えるまで視線を遮ってしまう。

当然顔を動かしても篝火はついて回るので邪魔で仕方ない。

大きな死角が出来た敵兵はあっさり倒される運命だった。


「何なんだ。フォルトナー小隊長と共に戦うと戦闘がとても楽に進む。あんな誰も知らないような古臭い魔法なのに、何て効果的な使い方なんだ」


第2部隊長がそう唸るように感想を漏らす。

まあ、そうだよね。

でも、それは僕が思い付いたわけじゃないんだ。

魔法を作る時に説明を見たら正しい使い方が書いてあったんだ。

逆に「イルシーの影」には「兵士の水増しにも使える」とか「ワハトヴュールの炎」には「篝火にも使える」とか書いてあって、世の中で一般的に使っている使用方法のほうが本当はオマケの使い方らしい。


もう大体残った敵兵はいなくなったのか?

遠くの方で聞こえていた戦闘の音も無くなっている。

味方には大した怪我人も出無くて良かった。


「うおおおおっ!!せめて一人だけでも!」


倒されていた敵兵の下に隠れて一人生き残りの兵士がいた。

みんな安心し始めていて反応が遅れた。

ナイフを両手で握り迫ってくる。

しまった皆んなを守らないと!

盾の魔法……くそ、間に合わない!

敵兵はレリアへ向かっている!

それはダメだ!

気が付くと僕はレリアと敵の間に身体を滑り込ませていた。



…………


はっ!ビックリしたー。

いきなり敵が起き上がってくるんだもんなー。

あれ?それからどうなったんだっけ?

レリアに迫ったから僕は庇おうとして……。

その後はどうなった?

レリアは無事?

んー?

ここ、何処だ?


白い。

辺りを見回してみても一面が白い。

何もないわけではない。

壁の無い部屋?のような場所だ。

床は白く半透明な中に淡い青白い輝きがある。

まるで宝石が敷き詰められているみたいだ。

ちょっと見てみよう。


[解析結果] 1件

ペリステライト 真偽判定100.0%

天の使いペリステライト鳩の羽根から採取される


魔物、じゃ無くて天の使いの鳩から取れる宝石、みたいなものなのか。

真偽判定すごいな。

こんなのあり得るんだ。


空は青く見えるけど、床は一面真っ白だ。

部屋といっていいのか分からないけど、この部屋には机が一つあった。

白い木で出来た簡素な机だ。

机に寄ってみると、机の上には一枚の羊皮紙が置いてあった。

あ、いや、羊皮紙じゃないな。

もっと薄くて真っ白だ。

そこには文字が書いてある。

羽根ペンで書いたとは思えない、変わった書体の文字が整然と並んでいる。


『貴方にはいくつかの選択肢が与えられます。

一つは、窓を与えられ、始まりの祈りへ戻りやり直します。

一つは、別の貴方に貴方を移し替え、新たに始めます。

一つは、貴方のこの先を一つ使い、今をやり直します。

どれを選ぶかは貴方ですが、どれを選んでも何か一つを失うでしょう』


ふむ。なぞなぞ?

一応この紙も調べておくか。



[解析結果] 1件

普通紙 真偽判定100.0%

材料:パルプ



え?何?何が普通なの?パルプって何?

また100%だし。

どうなってるんだ?


あ、文字が変わった。


『そこは普通調べないでしょう?羊皮紙に印刷なんて出来ないんだから仕方ないのよ!』


うーむ。急にフランクになった。

さっきまでカッコつけ過ぎて意味が伝わりづらくなってたくらいなのに。


『うわああん。せっかく一晩かけて考えたのにー!分かりづらいって私も思ったけど、ヤッホー、キミ死んじゃったよー、とか書けないでしょ!』


あ、ああ、それはそうだけどね。

って、ええ?!僕死んじゃったの?


『うん。さっきのでね。あんなにレベル上げといて、あっさり死んじゃうんだもん!』


ご、ごめんなさい。

でも何で?あの敵はレベル5くらいでしょ?


『そうなんだけどね。あのナイフはマナをよく通す素材だったみたいでね。あの付近は貴方の水の魔法でマナの増幅がとても良く行われるようになってたでしょ?あのノルド兵士は最後の渾身のマナをナイフに込めたらそれが一気に増幅しちゃってねー。あ、ごめん文字数制限だ』


『続き。それでも、まだ足とか腕ならポロっと取れておしまいだったんだけど、丁度心臓に刺さっちゃって、それは幾ら何でもサクッと死んじゃうわよねー』


わよねーって。他人事だな。

まあ、他人か。


『そうでもないのよ!私と貴方は一心同体状態なの!貴方に死なれると私が困るのです!具体的には上から怒られまくります!そして、下手をすると明日から無職です!そうなったら貴方、私の面倒見てくれますか?………』


『それもいいかも』


何の話?!

一人で勝手に盛り上がってないでちゃんと説明してよ!

よく考えたらさっきから声に出さずに考えてるだけでよく会話できてるね。


『まあね。そんな事はどうでも良いの!さっさとさっきの選択肢から選んじゃって!さあ、どうするの?オススメは2番の異世界転生ね!何処に転生するかやってみないと分からないけど、今の面倒くさいスキル制より良いところに行けるかもしれないわよ!』


それよりキミは誰なの?

いきなり死んだとか選択肢とかを知らない人に言われてもねぇ。


『む。それもそうか。とりあえず自己紹介だけでもしとくね。おほん。私の名前はクリノクロア。一応、貴方の世界では神々の内の一柱って事になるわね。それに私は女子だから女神になるわね!どう?驚いた?』


へぇ。初めまして。

リーンハルト・フォルトナーです。よろしく。


『ちょっと待てい!何?何その反応!私、クリノクロア!女神!ね?』


ね?って。

んー、あ、じゃあクロって呼ぶね。よろしくクロ。


『あ、うん。じゃあ私はリンって呼ぶね。えへ。そんな呼ばれ方した事無いから嬉しい。じゃなあああああいっ!!ぜぇぜぇ。そうじゃなくて!あ、呼び方はそれでいいんだけど!そこじゃなくて私は貴方の、あ、リンの世界だとかなり偉い存在なのよ?分かってる?』


ああ、まあ。女神様?ってのなら偉いんだろうなーって分かってるよ?


『え?そう?分かってるならいいんだけど……。ホントに理解してる?ふう。ま、いっか。それで、私の事は信用してくれたかな?』


うん、まあまあ。

まだちょっと胡散臭いけど。

最初の口調で頑張ってればもう少し信じたかもだけど。


『うっ。それは分かってるのよ!でも、あんなのあれっぽっちの文章を考えるだけで一晩かかってるのよ!それを即興で会話なんてし続けられるわけないじゃない!早々に諦めたわよ!』


潔くて素敵です。

まあ、クロの事はある程度信じるとして、さっきの三択ってどう言う意味なの?

もっと砕いた説明をよろしく。


『はいはい。一つ目はね。えっと、リンが10歳になって教会でお祈りしたでしょ?あの時にまで時間を巻き戻して、と言うかあの時のリンに今の心が乗り移るって言うのが正しいかな?そして、もう一度リンの人生をやり直すの。だけど、最初と違うのはステータスウィンドウが付いてくるの。続く』


これ、長いの?

それか直接話せないの?


『そんなの出来る訳ないでしょ?私自分の部屋から出たくないんだもん!まあ、一つ目はそう言う事。で、二つ目は今の記憶を持ったまま別の世界の人として生まれ変わるの。新しい出会いが待ってるわ!それで最後のはさっき死んじゃった所からやり直しね』


急に端折り始めたな。

死んだ所からやり直しって、生き返らせてくれるの?


『うん。お金掛かるけど仕方ないからね』


そ、そう。

一つ失うって言うのは何?


『一つ目はスキル作成スキルね。窓がある人はあのスキルは使えないから。と言うよりあれが使えるリンがおかしいのよ。それで、二つ目のはこの世界との繋がりね。知り合いにも会えなくなるし、まあ、当然よね。最後のは未来に起こる筈の何かね』


何かってなにさ。


『さあ?』


さあって。クロにも分からないの?


『うん』


何で急に口数減ってるの?


『う、だってさ!多分失うのはリンの一番大切な何かだから。なんだか悪い気がして』


んー。そうか。

よし、分かった!

3番の死んだ所からやり直し!でお願いします!


『え?いいの?多分一生恋人が出来ないとか、歩く度に必ず小指が角にぶつかるとか、そうなってもいいの?』


それは本気で嫌だけど、そうはならないと思うよ。

それだと失うのともちょっと違うし。

僕はあの場所に戻らないと行けないんだ。

あのまま死んだらレリアが自身を責めてしまう。

それに町に家族を残してきているんだ。

やりたい事やらないといけない事たくさんあそこには残してきているから、また続きを続けられるならそれをお願いしたい。


『そっか。うん!分かった!リンは偉いね!私も見習わなくっちゃね!じゃあ、あの時点からやり直しにするよ。ホントに後悔しない?』


ああ、しない。


『そうね。そんな子だからこそ私もリンの事選んだんだもんね!よ〜し、いっくよ〜!えい!……あ、ちょっと待って5分くらいかかるみたい』


締まらないな〜。


『仕方ないじゃない。こんなの初めてなんだから』


それから5分間世間話をして、僕は死んだ直後の元の世界に戻ってきた。

と、思うんだけど。

違うかもしれない。






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