第十八話 遠征
これから向かうノルド方面はノルド自体が僕の住むフォルクヴァルツ王国とは国交がほとんどなく、今も戦争が長く続いていることもあって、街道もあまり整備されていなかった。
更には国境には崖が東西に伸びていて元々お互いを行き来することも難しい地形だった。
数少ない二つの国を結ぶ街道を現在進んでいるけど、この先にザールブルク砦という王国が誇る難攻不落の砦があった。
でも、その砦が最近落とされてしまい、国境を超えてノルド軍が戦線を押し込んできているのだという。
今回はその押し込まれた戦線を押し返し、可能ならザールブルク砦を奪還するのが目的だ。
ヴォーさんが馬車の中で戦線の状況を色々教えてくれた。
この後の休憩時間に団長達に報告するらしいけど、戦況はあまり良くないらしい。
現在の戦線も維持できなくなってきていて、また少し後退させる事になるみたいだ。
そんなにノルド軍は強いのか。
「川に出たぞ。ここで少し馬を休ませる。日のあるうちに北の村まで行くからあまり休憩はできないぞ」
はぁ、ようやく馬車から出られるよ。
次は別の人の隣がいいなぁ。
そりゃあ嫌じゃ無いんだけど、緊張で肩がこるよ。
馬車の外で伸びをしていると、またあの赤目の子と目が合ってしまった。
まずいまずい、このままじゃ変質者として訴えられそうだよ。
すぐに目をそらすと今度はテオ?隊長と目が合ってしまった。
何だよ、こっち見んなよ。
隊長はずっと馬車の後ろの方にいたから会わずに済んだのに何で見てんのさ。
僕に気があるの?
うえっ、変な事考えちゃったよ。
はっ!でもあの赤目の子もこんな風に僕の事を見てるのか。
ああ、これじゃあキモいよね。
最近落ち込む事が多いな僕は。
まだ1日しか経ってないけどフィア達が恋しいよ。
「おい。フォルトナー。貴様、気が緩んでないか。車中ではシャウエルテ達とだらけて、休憩時間には第2部隊のアウグステンブルクに色目を使ってるのか」
隊長がなんか言ってきたよ。
どっちもひどい言い掛かりだよ!
何だよ、普段は話してこないくせに女子と仲良くしてると僕が気になって文句を言ってくるのかよ。
待て待て。変な方向に考えがいかないようにしないと。
そういうのはあっちの赤目の子だけで充分だ。
「別に気は緩んでないですよ。隊長こそ僕に構うなんて珍しいですね。てっきり嫌われてるのかと思いましたよ」
「いつ誰が嫌っていないと言った。俺は貴様のようなお坊ちゃんが名声の為だけに遊び半分で入団するのは許せないんだよ。前線基地まで行って後方で菓子でも食っていれば、戦績になるものな!お貴族様としたらかわいい息子に箔を付けるにはいい機会だったな!」
「は?何言ってるのか分からないんですけど。別に箔を付ける為に来たわけじゃないですから!」
「ふっ。本人だけはその気なのか。親に守られているのも分からずめでたい奴だ」
何だ?こいつ。誰かと勘違いしてるのか?
僕は貴族でもないし、両親も違う。
それに今は親元から離れて暮らしているし、騎士団に入ったのも団長に頼まれてるからだ。
僕の事を、貴族の親に「騎士団で少し働けば名声を得られる」と言われて遊び半分で来たボンボンか何かだと思ってるのか?
どんな勘違いだよ。
それとも、今までにもそういう事をした貴族が居たのかな?
誤解を解こうとしたら再出発の時間になってしまった。
まあ、こいつにはどう思われてもいいか。
赤目の子には是非とも誤解を解いてもらって仲良くして欲しいものだ。
ああ、この発想がダメなのか?
馬車に乗る時に今度こそは気が楽な場所に座ろうとしたけど、またお姉さん二人にガシッと肩を掴まれて、さっきと同じ奥の席に押し込まれてしまった。
そして、お兄さん二人はなんで悔しがるんならまた目の前の席に座るのさ。
荒れた街道を進み、左右の圧力に耐え、前からの視線にも耐え、何とか今日の野営地に着いた。
王国の最北端にある北の村は人口も少なく数十人程度しかいないらしい。
当然、宿などあるはずもなく、全員村の近くで野営をすることになる。
こういった軍の派兵の為に大きめの備蓄庫だけは村に作ってあり、騎士団の輜重部隊が普段からこことマルネを往復して食料や毛布などをこの村に備蓄している。
村民にはこの備蓄庫の管理をしてもらう代わりに、古くなった食料は食べてしまってもいいことになっているらしい。
馬車の脇に天幕を張り食料を備蓄庫から出してきて食事の用意を始めている。
僕も何か手伝わなくちゃ。
「エデルさん。僕もやりますよ」
「ああ、いいのよ。料理できる人がした方がいいから。前に隊長が料理するっていって大変なことになったから、今は無理しないっていうのがルールになってるの」
あいつにもそんな弱点が!
あ、いやいや、そんな事で喜んでる場合じゃない。
「僕はこう見えて料理は得意ですよ。隊長とは一緒にされたくないですね!」
「ふふっ、そうなの?じゃあお願いしようかしら」
実は料理スキルを4まで上げてしまっていた。
レティが僕の料理を毎回泣いて喜んでくれるし、マルモ達も増えて一度にたくさんの料理を作る為にも調子に乗ってレベル上げをしてしまっていたのだ。
でもそのお陰で、この人数の食事を作るのにもそんなに苦もなく、いや、大鍋料理とかばかりだからむしろ結構簡単にできてしまった。
「リ、リンくんって何者なの?実は料理の為に入団したの?」
「ナイフ捌きが異常だったねぇ。あっという間に捌いちゃったよぅ」
ナイフの扱いは戦闘のレベルも関係してるからね。
料理スキルとの相乗効果でも出たのかな。
今回の遠征に参加している5つの部隊の内、第1部隊と第2部隊の分は僕が一人で作ってしまった。
料理になるといつもの癖で張り切ってしまった。
だって、レティもマルモもブロンも「おいしいねぇ」って凄く嬉しそうに食べてくれるからさ!
その笑顔の為に、とか考えるといつも作り過ぎちゃうくらい頑張っちゃうんだよ。
「うおおおっ!何だこれ!貴族様が食べる料理の旨さだろう!?」
「ヴォーさん、貴族の食事、食べた事あるんですか?」
「有るわけねえだろ!ウェーリンガーだってねえだろ?」
「まあ、そうですけど。でもこれは旨いな。店で出せるレベルは軽く超えてるっていうのは分かりますよ」
周りも僕の料理を食べて喜んでくれてる。
よしよし。これだけの量を作った事が無かったから心配だったけど、味の方も問題なさそうだ。
また馬車の時と同じように左右にお姉さん二人が陣取って、右から左からあーんってしようとしてきたから、慌てて調理場まで逃げてきた。
流石に皆んなに見られる場所であーんは恥ずかしすぎる。
いや、見られなくてもダメだと思うけどさ。
絶対あの二人は僕をからかって遊んでるんだよ。
勘違いするからやめて欲しいよ。
「ねぇ」
ん?振り向くとあの赤目の子が立っていた。
え?何?何でこの子から話しかけてくるのさ。
さっき目が合ったから、「もうそういうのやめて」とか言われるんだろうか。
「あの料理、あなたが作ったの?」
「へっ?あ、ああ、そうだよ。第2部隊のも僕が作った料理だよ」
はっ!!そうか!「なに私にお前の料理なんて食べさせやがって!」とかの文句か!
しまった。別部隊の担当にして貰えば良かった。
「ふーん。そう」
何だよ!文句があるならきっぱり言ってくれ!
「あなた、私の事、好きなの?」
「は?」
何言ってるんだ、この子は。
「だから、あなた、私の事を好きで、この騎士団にまで追いかけてきたのでしょう?そうでなければ、あの料理はあり得ないわ」
「ちょっと訳が分からないんだけど。なんで僕が作った料理がキミの事を追いかけてきた事に繋がるのさ」
「あの中には私の一族に代々受け継がれている料理があったわ。門外不出とまではいかないけど、あそこまで再現するには相当修行を積まないと作れる味ではないわ」
そうか、料理スキルのレベルを上げ過ぎて、食べる人の好みに合わせた料理を作ってしまっていたのか。
そりゃそうか、人によって味の好みも違うから、究極的にはその人ごとに合わせた味付けや料理方法になってしまうもんな。
「ぐ、偶然じゃないかな?僕は料理するの得意だからさ。たまたま、そういう料理になっただけじゃないかな」
「そんなのあり得ないわ!数百年に渡って受け継がれてきた由緒正しい料理方法なのよ!私の気を引こうとしてあの料理を作れるようになったのは感心するけど、ごめんなさい。私、あなたみたいな人とお付き合いはできないわ」
そうじゃないのに、いつの間にか振られてるし!
この子、人の話聞かないなー。
昨日と話し方もちょっと違う気もする。
昨日は無理して若い子の話し方を真似していたけど、今の方が素の話し方に思える。
「誤解だよ。キミと出会ったのだって昨日が初めてだよね。それに、僕は料理の特殊なスキルを持ってるんだ。だから、キミの家の料理が作れてもおかしくはないし、キミの気を引こうとか、キミの事を好きとかは全然ないからね」
「そこまで言われると逆にイラっとくるわね。なんで私が振られたみたいになるのよ!正直に言いなさい!私が好きなんでしょ!」
「いや、キミのことなんてなんとも思ってないって!」
「むかー!何なの!何様なの!ホントは私の事追いかけてきたくせに!」
「話を聞かない人だなー!どこの貴族のお嬢様なのか知らないけど、人の話はちゃんと聞きなよ!」
「な、何で私が貴族の娘ってしってるのよ!やっぱり私の家の事、知ってるんじゃないの!」
あ、そうなんだ。
興奮して適当な事を口走ってたけど、本当に貴族の子供だってたんだ。
「はっ!もしかして、またお父様の差し金なの?」
「またって、キミのお父様何してるのさ。いつも娘の周りに監視役とか付けてるの?」
「違うの?だってそれならお家の料理が作れてもおかしくないし」
「料理から離れてよ…。僕はキミのお父様に合ったことも無いし、騎士団に入った娘の監視役なんてやりたくも無いよ」
「本当に、違うんだ……」
ようやく落ち着いて話を聞いてくれるようになったかな。
「そうね。お父様の手下ならもっとステキな大人の人を寄越すわよね。あなたみたいなキモい、こほん、気持ちの悪い人な訳ないわよね」
「キモいを言い換えるんじゃなくて丁寧にしただけかよ!」
まあ、貴族の子なら突拍子も無い事を言いだしても仕方ないか。
これって、さっきの隊長の言ってた貴族の子の話に似てるな。
この子も親に箔をつけるために騎士団に入れられたのだろうか。
それでも、この子は赤目の剣姫とか言われるまでの実力を持っているんだからそう思われるのが悔しくて頑張ったのかな。
「お父様の手下でないのは分かったわ。でももう一度確認したいんだけど、あなた本当に私の事好きじゃ無いの?」
「何?実は僕に好かれたがってるの?本当はキミが僕に惚れちゃったんじゃないの?」
「な!失礼な!そんな訳あるはずないじゃない!」
「おい、うるさいぞ。あっちまで痴話喧嘩が聞こえてきてるぞ」
側にテオ隊長が来ていた。
ああ、焦って名前思い出しちゃったよ。
「痴話喧嘩ではありません!こんなのと何かある訳ないです!」
「そ、そうか、それは済まなかった。フォルトナー。貴様は食事を摂ったのか?きちんと食事を摂るのも任務の内だ。消灯まですぐだ。早く行け」
「あ、はい」
何だよ。偉そうに。あ、隊長だから偉いのか。
ちらっと振り向くと隊長と赤目の子が何か話をしているのが見えた。
あの二人に接点があるのだろうか。
気になるなー。
その後は食事も摂って、片付けもしたら就寝だ。
天幕は2人で一つ充てがわれて、僕はヴォーさんと一緒になった。
まあ、早く寝てしまえば誰と一緒でも同じだな。
「なあなあ、フォルトナーよー。さっきあの剣姫と何話してたんだよー。声は聞こえて来たけど何話してるかまでは分かんなかったんだよー。なあ、教えてくれよー」
寝させてよ!
もう寝たふりしよう。
「おーい。まだ寝てないだろー。なあ、剣姫があなたが好きーって言ったのは聞こえたんだよー。お前付き合うの?あれと」
「違いますよ!好きなの?って聞かれたんですよ!」
しまった誤解されたくなかったから、つい反応してしまった。
「ほうほう。フォルトナーが剣姫の事を好きだと」
「それも違います!あの子の事は何とも思ってません!」
「ええー。そうなのー?それにしちゃ仲よさそうだったよー?」
子供かよ!ニヨニヨしちゃって、なんかイラっとする笑顔だなー!
「僕はまだ10歳ですから、そういう話は早いです!」
「いやいや、そういう事言えちゃうのはもう大人だよな。なあなあ、もっと詳しく話してくれよー」
しつこいなー!
その後もずっとヴォーさんからの質問責めにあって、中々寝れなかった。
というか気付いたらヴォーさんの方が先に寝てたし。
何なのさこの人。
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