この勝負に勝った方が好きな人をモノにできる

 捕まった。普通に捕まった。


 俺と新海しんかいは、体育館と一般棟の間にある自販機の前で、正座させられている。

 周囲には有形無形ゆうけいむけいの人だかり。主に花咲はなさき私兵部隊の人間と、雛坂ひなさか姫騎士団の人間と、鮫島さめじまの取り巻きである蜂谷はちたに蛸島たこしまだ。

 ふと顔をあげれば、花咲さんと雛坂、そして鮫島がバチバチとメンチの切り合っている姿が眼に映る。


 どうしてこうなった。


 本来であれば妄想加速装置ビッグ・バン妄想減速装置ビッグ・クランチを併用し、追っ手全員の思考を妄想的にキャッチ。コンマゼロゼロ秒の狂いもなく校内を移動すれば、誰にも見つかることなく新海を学校の外へ出せるはずが、どうしてこうなった。


 ま、答えは簡単だ。俺の特殊能力を使う前に旧準備室の扉がガラっと放たれて、追っ手に捕まった。そうなってしまえば俺の特殊能力は使えないし、というかそんな能力あるわけがないし、どうあがいても無理っぽいのも薄々分かっていた。でも抵抗してみたかったのだ。

 ちなみに恋中であるが、彼女はなぜか拘束されることなく、鮫嶋と花咲さんと雛坂の間で困った顔を浮かべ仲裁に入っている。


「なあ新海。『日ノ陰ひのかげえにしは娘を人質にとられて新海に従ってました」って感じでかばってくれね?」

「どこぞのハリウッド映画だ。しかも貴様、娘どころか結婚もできぬ歳であろう」

「なら妹だ! 知らねぇだろうが俺には妹がいる! キモオタのテメェには羨ましいだろ!」

「あ? 俺も妹がおるし、ベタベタ甘えてくるぞ」

「――え?」


 妹にベタベタされるってラノベ主人公かよ。しかも幼馴染に片思いされてるんだぜ? ラノベ主人公かよ。

 と、かしましい声に思わず眼が向き、壮絶な舌戦ぜっせんを繰り広げている女共が視界に入る。


「だからぁ! 春樹はるきくんは私が保護して飼うからいいの! このビッチに渡せるわけないでしょ!」

「え~、でもね。鮫島さんに渡したほうが人間的に成長できるんじゃないかな~。ほら言うでしょ? 獅子ししはは我が子を千尋せんじんの谷に突き落として殺す? だっけ?」

「殺してどうするのよ花咲! てか、そりゃ死ぬでしょうね! アンタが突き落とそうとしている谷底にはサメがウヨウヨ泳いでるでしょうに!」

「うふふっ。ご名答~」 

「ちょ、野々花ののかあおらないで。雛坂ひなさかさんは挑発に乗らない」


 と、そこで。ついに痺れを切らしたのか、静観せいかんしていた鮫島が割って入る。


「あ~もうっ! ごちゃごちゃうるさい! 私があの童貞野郎を男にしてやるって言ってんだろ!」


 なればその言葉を許せない人間、雛坂ひなさかが突っかかる。


「ああああ?!なんだとてめぇ! 鮫島ぁぁぁ!表に出ろや!」

「邪魔すんじゃねーし。私はコイツを宣伝材料にすんの!」

「なにワケのわかわんねぇこと言ってんだ! 春樹君の春樹くんは私が管理すんの!」


 すると、花咲さんが鮫島の真横に立つ。まるで鮫島の肩でも持つようにして。


「雛坂さん。そういうのはもういいから、この気持ち悪いの鮫島さんに渡そうよ。そうすればぜ~んぶ解決するの。ね、鮫島さん?」

「うぇっ、あ、おん。……つか、なんで花咲さんあたしに協力を――」

「いいから、いいから。鮫島さんの恋。私も応援してあげる。あのキモイのよろしく~」


 そして最後に雛坂が「ウッキ~!」と癇癪かんしゃくを起し、もう収集が付かなくなった。

 怒り狂って姫カットの髪をぶん回す雛坂、うふふっと笑って雛坂を煽る花咲さん、花咲さんの隣で舌舐めずりをする鮫島、その一団を収めようと死にそうな顔をしている恋中。周囲にはメンチの切り合っている花咲私兵部隊と雛坂騎士団。

 そして、その中心にいる新海と俺。


 ふと横にいる新海を見れば、額に脂汗を浮かべふるふると小刻みに震えていた。その髭とサムライヘアも相成ってか、まるで打ち首前の武士のようでもある。これは、十中八九助かるまい。ならば、武士の情けだ。


「……新海。言い残すことはあるか?」


 するとヤツはスッと眼を閉じ、ゆっくりと口を開いた。


「――――無念なり」


 新海の目尻から、はらりと涙がこぼれ落ちた。だが、そのとき。


「おっ! そこにいるのは日ノ陰ひのかげえにし! 日ノ陰縁ではないか!」


 そんな声がして顔を向けてみれば、周囲の人だかりを蹴散らして押し進むヤツの姿があった。というかこのタイミングで現れるであろう輩を、俺は一人しか知らない。


「やあやあ日ノ陰縁! ……まあいいやハグしてやろう!」

「だからどういうわけだ!」

 迎撃げいげきしようと立ち上がる。が、いつまでたっても衝撃が来なかったために、気が付く。鬼武おたにたけは俺に抱き着く直前で動きを止め、首をかしげていた。


「ときに日ノ陰縁。これは一体なにをしているのだ?」

「なにって……あー、話すと長くなんだけど――」

「――なあ、鬼武。油売ってないで早く……なんだい、これ」


 その、よく通る声のためだろうか。あれだけ騒いでいた周囲の連中の動乱が、ポツリポツリと止まり出す。


「……二階堂にかいどう


 そう声を発した鮫島を見れば、なんだかオロオロしていた。

 人込みの一画が自然とはけけ、その中から二階堂が姿を現し、俺達の前で立ち止まった。周囲を見渡し、不思議そうな顔をする。

「鬼武、これは?」

「わからないのだ。日ノ陰縁に説明をしても貰おうとしていたのだが……」


 鬼武と二階堂に揃って顔を向けられ、ついでに顔だけで説明を求められた。鬼武ならまだしも、こんな素敵スマイルを二階堂に向けられて断れるはずがない。顔がいいってのはそれだけで人心掌握術じんしんしょうあくじゅつだ。




 で、鬼武と二階堂に事の事情を簡単に説明してやれば、2人して「なるほどなぁ」という顔をしている。

 しかし。二階堂が登場した途端になぜここまで静かになるのか。さっきまで騒いでいた連中は皆一様に二階堂に注目しているし、なんだか小学校のころに居た喧嘩の仲裁が上手いヤツみたいな感じだ。思うにああいう奴は高校生になってもクラスの中心人物になる。

 と、疲れたを滲ませた恋中が、鬼武に声をかけた。


「というよりオニムー、なんでここにいるの? あと二階堂くんも」


 すると鬼武は顎を使って、体育館を指す。


「先ほどまで地域のちびっ子を集めてチャンバラ大会を催していたのだ。で、人数が欲しかったから、二階堂凛久を含め、野球部に数名応援に来てもらったというわけだ」


 と、そこで突然。鬼武が「ときに」と語勢を強めて言った。


「日ノ陰縁。これはいわゆる痴情のもつれというやつか?」

「え? あー、だな。痴情のもつれってやつだろ」


 だが鮫島、花咲、雛坂の三人は何も喋らない。本人達からしてみればそうではないのだろうが、どう見たって痴情のもつれってやつだ。

 すると鬼武は大げさにうんうんと頷いた。


「そうか。わかった。ならば真剣勝負で決着を付けるしかあるまい」

「……はあ。勝負」

「そうとも!」


 鬼武は嬉々とした顔で周囲を見渡し、力説し始める。


「そう真剣勝負だ! 譲れないものがあるとき、話し合いでは解決しそうにないとき、真っ向から勝負するものだ! 鮫島さめじまほたる、新海春樹しんかいはるき、二人には譲れないものがあるのだろう?!」


 鬼武が鮫島と新海に詰め寄ると、2人は押されるようにして「は、はい」と頷いた。


「だからこそ真剣勝負だ!お互いの正義と正義がぶつかりあったのならそれはもう戦争だ! ときには殴り合わないと分からないこともあるのだ!」


 そう宣言した鬼武は「もうこれしか答えはない」みたいな顔をしている。 

 鬼武が言っているのは至って簡単な話。「この勝負に勝った方が好きな人をモノにできる」みたいな話。いまどき少年漫画でも見ない勝負の理由。大切な人を賭けて闘うということ。それは実にドラマチックであり、心躍るファンタジーみたいなものだ。

 ただ、ここで賭けるのは新海の貞操ていそう。ぜんぜん心ときめかない。

 しかしそこで、


「いいんじゃないかな?


 と鬼武の提案を後押しする輩が現れた。二階堂だ。


「新海くんが勝ったら、二人は一度きりのデートをするってことで。それにさ、今のやり方は乱暴だよ、鮫島」


 二階堂が優しくさとすように言うと、鮫島は「……うん、わかった」と顔をうつむかせた。


「で、鮫島が勝ったら、二人は一度デートして、後のことは本人達が決める。新海くんもいきなりこんなことになって、ビックリしてるんだよね?」


 二階堂が優しく諭すように言うと、新海は「……あ、はい。そうです」と顔を俯かせた。

 鮫島がなぜあそこまで素直なのか知らないが、新海の場合は二階堂がまとう陽キャ的な雰囲気に飲まれたのだろう。


 最後に二階堂が、その場にいる人間を見渡し「どうかな?」と問えば、周囲の人間も「いいんじゃない?」などと口にして、それを二階堂は答えをしたようだった。そして「じゃあ決まりな」と言って二階堂はその場を完全に掌握した。


 うわぁ、すごい二階堂。なんであんなに人をまとめるのが上手いのだろうか。ただね、みんな気付いてないかもしれないけど、どのみち新海は鮫島とデートすることになるんだ。なんだろうか。二階堂も恋愛賛美的思考だからこそ、そんな提案をしたのかもしれねぇ。


「でも、いったいなにで勝負するの?」


 と、それまで沈黙を守っていた恋中が首を傾げる。もっともらしい質問だ。

 すると鬼武がわくわく顔でこう答えた。


「ははっ! 真剣勝負と言えばやはり刀だろう! 存分にしばきあってくれ!」


 続けざまに「体育館に移動しよう」と付け加えて。

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