7 淀みの森
「本当に、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました」
そんな挨拶を互いに交わし、私と岳都先輩は、シュタインマイヤー家を出た。
馬車に揺られて、岳都先輩の家に向かう。
「あの、岳都先輩の家って、どこにあるんですか?」
「一言で言えば森の中だよ」
「森、ですか?」
私はきっと信じられない、みたいな顔をしていただろう。
だって、誰が森に住んでいると想像するだろうか。普通の人は、森なんかには好き好んで住まない。
「ああ、まあ色々あってね……。その事情も含めて、疑問に思ってること、家に着いたら全部説明するから」
「分かりました」
訳ありのようだ。詳しい理由は分からないけど、きっと元皇太子ということが関係しているのだろう。
全て説明してくれる、と岳都先輩は言ってくれたので、余計な詮索はしないことにした。
そんなことを考えながら、馬車に揺られて数十分。森が見えてきた。
「意外と近くに森があるんですね」
私は正直な感想を漏らしてしまう。森というのだから、もっと人里離れたところにあるのだと、勝手に思い込んでいた。
「これは、淀みの産物だからね。昔、この国の丁度中心にできてしまったんだ」
「淀みの産物、ですか?」
つまりは、帝国ができた後に、この森は誕生したということなのだろうか?
巨大な木が一本突然生えるんじゃなくて(それもおかしいけど)、木の集合体である森が、そんな突然できるの……?
魔法ありのファンタジーの世界なので、あり得るんだろうけど。
「ああ、淀みから生み出された妖魔が作り出したんだよ。集めた淀みで森を作る妖魔も存在するんだ」
「え。そんなところに住んでいて大丈夫なんですか?」
淀みで作られた、ということは森中淀みが蔓延しているということだろう。体にも影響があるはずだし、妖魔だっていっぱいいるはずだろう。
「大丈夫じゃないよ、普通はね」
「普通は……?」
「レガトゥースや浄化の属性を持つ人は、淀みにかなり耐性があるんだ。よっぽど強い淀みでない限り、
それに、この森はすでに浄化してあるからね。そんなに淀みの濃度も濃くないんだ」
「そうなんですか」
詳しいことはよく分からないが、悪影響はないなら大丈夫だろう。
納得したところで、かたんと馬車が止まった。森の前に着いたようだ。
「ごめんね、馬車は森の中までは行けないんだ。道も悪いし、妖魔も出るからね。ここで降りて、家までは歩くことになるけど大丈夫かい?」
「大丈夫です」
アリーセが動きやすい服を選んでくれたので、何の問題もない。
まず、岳都先輩が馬車から降り、次に私も降りようとした。すると、
「つかまって」
なんて、岳都先輩が手を差し伸べてくるではないか。
一瞬躊躇ったが、ここは西洋に近い世界観だったことを思い出し、これが当たり前のことだという結論に思い至る私。決して、他意なんてないんだろう。
と言っても、どきどきするのは変わらない。私は恐る恐る岳都先輩の手を取る。
手に触れた瞬間、指先がじんわりと温かくなった。
––––––––岳都先輩の体温だ。
こっちでもベクトルは違うが、岳都先輩はやはりイケメンで、優しい。
好きとかそういうわけではないが、いいなぁ、と感じてしまうのはしょうがないと思う。
「どうかした?」
「いえ」
私が手を取ったまま静止していたので、岳都先輩が心配そうに見てきた。
はっ、と我に返り私は馬車から降りた。
「荷物はこれだけ?」
御者さんが降ろしてくれた、大きめの鞄一つを指差して、岳都先輩が言う。
「はい。あ、私が持つので大丈夫です」
「気にしないで、僕が運ぶから大丈夫だよ」
「いえ、私が持ちます」
流石に岳都先輩に荷物までを持たせるのは、抵抗がある。あれもこれもやってもらいすぎだ。
「大丈夫、僕が持つわけじゃないしね」
「え?」
私も岳都先輩が持たないというなら、誰が持つのだろう?使い魔でも登場するのか?
そんな私の予想より、真実はもっとシンプルだった。
「風の理よ、踊り浮き上げろ」
岳都先輩が呪文を唱えると、そよそよと風が下から吹き、竜巻のように回りながら、私の荷物を浮かせた。
「おおっ」
まだ魔法というものが身近に感じられないので、感嘆の声を出してしまう。
早く慣れないといけないな。魔法にも、この体にも、この世界にも。
「このくらいなら、すぐ陣上さんにも使えるようになるよ」
「そう、ですか…?」
イルマさんは魔法の才能があったので、文字通り体が覚えていれば、私にだって簡単に使えるはずだ。
でも、私はイルマさんであって、イルマさんじゃないので、なんとも言えないけど。
「さて、じゃあぼちぼち歩き出そうか。ありがとうございました」
「こちらこそいつも贔屓にしてもらってありがとうございます」
岳都先輩と御者さんとそんな会話をし終えると、馬車はからからと街に戻っていった。
「家は、森のどの辺りにあるんですか?」
「森の中心部分かな。確かめたことがないからよく分からないけど。シュタインマイヤー家みたいに大きくないから、期待しないでね」
「それは比べるものが間違ってると思います」
「はは、それもそうだね」
そんな会話をしながら、私たちは森の中へ入って行った。
段々と、岳都先輩と打ち解けてきたので、心が少し軽かった。
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