042話 羞恥心、大事



 鷹鳩小夜は所謂、高嶺の花であった。

 黒髪ロングの和風美少女で、物腰は静か。

 切れ長の瞳からは怜悧さと、クールさが。


(何故、わたしには恋人が出来ないのです?)


 更に言えば、実家の神社は地元の名士。

 日本の異能界でも、名家と名高い存在。

 本人も優秀とあっては、声をかける男など皆無であった。


(しかし、東京は人が多くて歩きにくいと聞いていましたが)


 意外な事に、地元を同じくらい歩きやすい。

 然もあらん、彼女は巫女服なのだ。

 いかに美人とはいえ、そんな姿では本人の雰囲気もあいまって遠巻きに見られるだけだ。

 ともあれ、彼女は東京の神社勢力から修の情報を貰い、地図片手に丸千田高校へ。


(異世界から帰ってきた勇者、どの様な人物なのでしょうか)


 親族を名乗る怪しい男、獅子から貰った外面は良いという情報と、入手した情報は相違しない。


(なんでも特殊な存在である妻がいるとかなんとか。…………写真写りは悪くないようですね)


 小夜の一つ下の少年は、同世代に見られる子供っぽさは無く。

 大人の落ち着きと、精悍さが感じられた。

 ――――もっとも、顔形は美形とは言い難かったが、かといって不快さ程醜い訳でもなく。


(これは…………むしろ好みの顔なのでは?)


 よくよく見れば、がっしりとした体つきは服の上からでも鍛え上げられている事が解るし。

 隣に写っている女神の様な褐色美少女に鼻の下を延ばしている様子もない。


(勇者に選ばれるくらい、きっと性格良しの紳士な人)


 妻らしき美少女は、正確にはまだ妻ではないとも情報にある事だし。

 もしかすると、もしかしてしまうのでは? と小夜は仄かな期待と共に捜索を開始。


(確かクラスは二の一でしたっけ? ひとまずは遠目から見るに止めて、授業が終わったら校門で待ち伏せ――――)


 その瞬間、小夜は巫女としての直感に従い、遙か天を見上げた。


「――――空間に、穴が!?」


 あからさまな超常現象に慌てて周囲の様子を観察してみれば、校内の生徒達は何も変化は無い。


(普通の人は気づかないっ!? ならわたし達側の領分!)


 穴から光の柱が降り、中に人影が。

 誰かが、強い力を持つ異能者がやって来たのだ。


「これが噂に聞く世界転移の瞬間!? それとも――――いえ、今はこれが何か確かめるべきです」


 小夜は巫女。

 人々の夜を守る使命を代々受け継ぐ、月読命の加護を持った巫女だ。

 今は昼といえ、使命を果たすべき時だ。


「『掛けまくも畏き月読命よ――――』」


 神気を呼ばれるそれを声に乗せ、祝詞が具体的な効果を発揮する。


(隠蔽と壁走りお願い奉るっ!)


 彼女は危機感に満ちた顔で、校舎の壁を一気に駆け上がり数秒もせずに屋上の給水塔の天辺までたどり着く。

 そこで目にしたのは――――。


(――――あれ? え、何これ?)


 勇者久瀬修に抱きつくエルフの少女、周りに居るのは情報にあった妻と赤髪の幼子。


(褐色のがディア、小さい子はローズ)


 ローズが学校に来ている理由は解らないが、問題はエルフの少女だ。

 もの凄く綺麗で、小夜の目からみたら高貴な雰囲気を纏っている。


(え、ええっ!? もしかして修羅場っ!? …………あー、そうよね。勇者だもの、向こうに残してきたヒロインとか居るわよね)


 現代に生きる小夜は、当然のようにゲームやマンガを嗜む。

 もとい、友人が居ない分そちらに傾向している節すらあった。

 彼女の部屋の押入は、ゲームとマンガだらけだ。


 修に感じていた仄かな期待が消えゆくのを感じながら、小夜は事態を興味津々で見守る。


(というか、止めなさいよ久瀬修とやら。自分の女なんでしょうが…………)


 本当に獅子の言うとおり、この勇者は危険人物なのだろうか、という疑問が沸きつつ、同時に彼への心証が下がる。

 世界を救った勇者から、二股かけて修羅場を発生させた情けない男、にだ。 

 そんな折り――――。


「――――消えた?」


 放課後に会う予定だが、修羅場が継続してるに違いないと小夜がうんざりした時、修とイアの姿が消えた。


(神様神様!? 月読命様っ!? 探査とか色々その辺!)


 ぼんやりとしたいい加減な内容で、しかし的確な効果が発揮できる所が、当代一と呼ばれる巫女たる所以か。

 ディアやローズより早く、彼女は中の様子を知る。


「何これぇ、位相が違うって何よ…………? それに時間が遅く進む様になってる!? どんな高度な術なのよ…………」


 明らかに、密会に使うものでは無い。

 詳細は解らないが、更にもう一つ何かの仕掛けは見とれる。


「声までは聞こえないか、でもこれってっ!?」


 思わず両手で顔を隠し、指の間から除く。

 その頬は赤く染まっていた。


「うわー、うわー、男が触手プレイで逆レ? ちょっと高度過ぎない? え、あの褐色の子も参戦するのっ!? しかも皆服脱ぐの早くないっ!?」


 これを、見なければならないのか。

 見続けなければならないのか。

 小夜の中に、ふつふつとした怒りが沸いてくる。


 確かに中で行われる3P触手プレイには興味がある、だが、どうだろうか。

 危険人物が居ると聞いて来てみれば、目にしたのは淫蕩な光景。

 自分は恋人は愚か、友達すら満足に居ない状況で、青過ぎる春を見守らなければならないのか?


(だいたいっ、高校生なんだから男女交際は健全であるべきだしっ、が、学校の中で、しかも青姦で、さ、さんぴーなんて――――)


 ――――許せない。

 許してなるものかと彼女は、拳を握りしめた。


「…………そうよ、これは私怨では無いわ。不純異性交遊を注意するだけ、勇者達が本当に危険人物かどうか確かめる一貫なんだから――――『月読命様っ』」


 とうとう具体的な言葉さえ省略して、小夜は給水塔から飛び降り――――。


「――――――未成年の男女交際は! 健全にお願いします!」


 その瞬間、パリンと結界が割れて。



「は?」「余もかっ!?」



 拘束されたままの修が目にしたのは、黒髪ロングのクールな美少女の巫女服と、ローズのワンピースが物理法則を無視して落ちる姿。


(誰っ!? っていうか結界割ったっ!? ――――じゃないっ! 何故全裸になったんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?)


(どうやらラッキースケベが働いた様だ、我が推測するに修羅場がもう一つ待ってそうだが、基本的に戦闘以外では役に立てない。眠っているから頑張れ主殿)


(おいゼファ!? ゼファ!? ど畜生ううううううううううううううっ!?)


 え、とか。は、とか、目をぱちくりさせる少女の姿に、修は心当たりは何一つなかったが。

 彼女がとても美人で、ディアとイア、二人ともまた違うエロさを持った人物だと言う事は解った。


(ぬおっ、この日本人的な肌の白さっ! 流れるさらさらの黒髪っ! おっぱいもお尻も普通だけど、バランス取れてて良いって言うか――――、あ、目があった)


「――――? ~~~~っ!? っ!? ぃ、ぁ、ぃ~~~~っ!? イヤぁああああああああああっ!?」


「わわわっ、防音防音っ、余、ファインプレー!」


「ちょっとオサム! 何処見てるのよッ!」


「…………あの人、誰でしょうか?」


 恥ずかしがって首筋まで真っ赤にし。

 慌てて右腕を胸に、おっぱいが腕の形に歪み。

 しゃがみながら左腕でお尻を隠して、巫女の少女は修を睨む。

 修が正面に居るというのに、大事な部分を隠さずお尻を隠す辺り、小夜という少女の異性に対する「隙」が伺えた。

 ともあれ――――正直エロイ、全裸で足袋だけの姿で、脱いだ巫女服が散らばっているのもそれを煽る。


「羞恥心って大事だなぁ――――あだっ!?」


「だから見るなって言ってるのっ! というかアンタ誰よっ!?」

 

「その前にイアよ、結界の効果が残ってて服を着ても直ぐ脱げてしまうぞ。何とか…………余がやった方が早いか。それっ!」


「ああもうっ、何でこうなるのよっ!? 絶対に許さないからねっ!」


「事情は解りませんが、取りあえず落ち着きましょうか。ローズちゃん、オサム様の拘束もお願いします」


 結局、皆が服を着て落ち着いたのは十分後。

 まともに話が出来るようになったのは、様子に気づいたシーヤとアインが仲介し、皆で久瀬家に行ってからの事だった。


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