033話 ファミレスで恋愛相談したかった………



 ディアがビクンビクン悔しいっ、となっているとは露ほどにも思わず。

 修は今、シーヤとアインと共に駅前のファミレスに来ていた。


「アタシ、ケーキのチョコレート、それとドリンクバー」

 

「三千円まで奢りですか…………。下級生にお金を出させるのは心苦しいですが、――――ウルトラスーパーデラックスドリームパフェとフライドポテトを」


「容赦なく行きましたね先輩、あ、俺はフレンチトーストとドリンクバーで」


 注文が届くまで、先日の買い物の事やディアの学習状況の事などと、たわいのない会話。

 全員の料理が揃い、舌鼓を打ちながらぼちぼち本題である。


「それで、今日は一人で何のようだ?」


「まぁディアさんがいない、という時点で推測はつきますが…………ずばり、恋愛相談ですね?」


 アインは前髪の奥から目を輝かせて。

 シーヤは味にうっとりしながら言った。


「恋愛相談…………? オマエ、そんな事でアタシ達を呼び出したのか? 何かこう、もっと他にはないのか? 憎い奴を暗殺するとか、ゼロから始める世界征服の仕方とか」


「うん、そっち方面の相談は一生無いので」


「申し訳ありません。戦いや政治、経営などなら兎も角。シーヤ様はその手の経験皆無ですし、恋愛関係の相談は向いてないのですよ。――――いい加減、押し倒しますよ?」


「うぐっ!?」「あー、そういうご関係で…………」


 ハーレムから唯一着いてきた忠臣とは聞いていたが、成る程といった所である。

 正直な話、嫉妬団なる名乗りをしてた故に、駄目で元々という前提であったが――――。


「――――アイン先輩、貴方を見込んで。是非、相談に乗って貰いたいのですっ」


「勿論です久瀬君。さ、恋バナをしましょうかっ! ああ、思い出しますねぇ。後宮の姫君や侍女達と、誰それが惚れた腫れただの噂し、時に応援したり、時に破局させた日々を…………」


 ガシっと固い握手をする二人、もといアインの後宮ライフが初耳だったシーヤは驚きの表情。


「はぁっ!? オマエそんな暮らししてたの!?」


「いえ、シーヤ様が誰にも手を出さないし、寧ろ身分差の恋路の後押しとか、将軍の恋の手助けとか、色々してたじゃないですか。後宮もすっかりそういう雰囲気になってまして」


「確かに(結果的に)そうなってはいたが…………、いや、まぁいい。今回は勇者の恋バナなのだからなっ! さ、何があった? キリキリ話すがよいっ! 金額分ぐらいは手助けしてやろうぞっ! あ、店員さん桃の丸ごとケーキ一つ!」


「…………さて、どこから話したものかなぁ」


 今度はディアとローズも一緒にと考えながら、修は事情を話し始めた。

 出会った日の事から、昨日の夜の事を簡単に。

 それは十分程時間を要したが、シーヤ達は時折相づちを打ちながら静かに聞いて。


「――――という訳なんだけど」


「勇者よ…………やはり押し倒していたら解決したのでは?」


「それは安易過ぎる考えですよシーヤ様、だから純血を保ったままだと言う事を、自覚しておいてください」


「ぐう」「ぐぅ」


「流れ弾に当たってる場合じゃありませんよ久瀬君…………そうですねぇ」


 アインは少し考えた後、フライドポテトを頬張りながら言った。


「んぐんぐ。前提は解りました。先ずは現状の整理から行きましょうか」


「整理ですか?」


「ええ、僕としては久瀬君が何故出来ていないのかが理解に苦しみますが、得てして恋愛というのは自覚が難しいというのが世の常。こう考えれば良いのですよ、――――これは、久瀬修という人物を救うための行為である、と」


「成る程、なまじ恋愛として考えるから駄目なのだな? 勇者として、それまで行ってきた行動をしてみる、そういう事か」


 目から鱗が落ちる思いだった。

 何かがストンとはめ込まれた様な、妙な落ち着きすら感じる。


「こ、これが恋愛強者…………!」


「いえいえ、僕もまだ未熟です。でも、先達として少しはお力になれれば幸いです。さぁ、先ずは久瀬君とディアさんの関係から始めましょうか」


 にこやかに笑うアインを前に、修は考える。

 自分と彼女との関係は何か。


「家族…………、同居人、未来の嫁?」


「つまり、憎からず思っている。将来一緒になってもいいと、しかし恋人とは言わないのですね」


「それは…………」


 修は口ごもると同時に、一つ自覚した。

 ――――ディアとの未来を、自分は否定しなかった。

 それは無意識にでも、彼女の側に居る事を選択していた事だ。

 だがしかし、恋人と言うのは違う気がするのだ。


「ええ、今はそれでいいんです。久瀬君がそういう感情を抱いていたら、相談など要らなかったでしょうし」


「そういうモノなのか?」


「ええ、シーヤ様。その場合、相談があっても関係の進展が内容でしょう。では次に、何故久瀬君はディアさんと明確な関係を持たないのか」


 修はまたも考え込んだ。

 彼女の親公認で、そういう流れで暮らして。

 寧ろ孫の顔すら見たい、という言葉も貰っているのに。


「…………俺は、嫌なんです。ディアはまだヒトになって間もない。人間の尺度を当てはめるのも変な気がするけど、体を重ねる意味、子を為す意味、夫婦になるという意味、そういう事を知らない彼女とそういう関係になるのは、何というか狡いって気がして」


「真面目だな、勇者は。体から感情や知識が着いてくるという事もあるだろうに」


「シーヤ様は即物的過ぎますよ、久瀬君は逆に考えすぎている気がしますが。…………それを、ディアさんとお話しましたか?」


「何度か言っています。ただ、向こうが理解しているかどうかは解りません」


「ふむふむ、そう言うことですか」


 アインは軽く頷いた後、次の質問へ。

 相手であるディアが居ないのなら、これが最後の質問である。



「――――久瀬君は、ディアさんと今後どうありたいですか?」



 それに、修は即答出来なかった。


(俺はディアと…………)


 深く考え込む修に、アインは苦笑する。


「少し意地悪な質問でしたね、そもそも、それが分からないから相談に来たっていうのに」


「俺は、ディアとどうしたいのでしょうか…………」


「オマエが分からない事をアタシ達が分かる訳がなかろうが」


「それもその通りなんですが、手助けぐらいは出来ますよシーヤ様」


「じゃあどうするんだ?」


 行儀悪くフォークを加えたまま怪訝そうな顔をするシーヤに、悩み込む修にアインは言う。


「いいですか? 恋人の形は一つではありませんし、こうである、と決まった規則などありません。十人十色、この国の四字熟語の通りです。――――そして、一人で恋愛は出来ませんよ、久瀬君」


「何を当たり前な事を…………、そんなもの誰でも知っているだろう?」


「いや結城先輩、アイン先輩が言いたいのはそういう事じゃないと思う」


「――――ふむ、答えは出たのか勇者よ」


「ディアとどうなりたい、どうしたい。今の俺には分かりません。でも…………それも含めて話し合うんですね」


 その言葉に、アインは微笑んだ。


「そうです。かつて久瀬君は、勇者であった時に問題を抱えた仲間の助けた事や、世界を救うにあたって、どういう形で救うか、そういう事を話し合ったと思います。全部、全部同じ事なんですよ」


「そんなものなのか、まどろっこしいな。――――いや、これも恋愛十人十色という事か」


「ええ、そういう事です。二人の未来の事は二人で共有していく。それが夫婦であり、恋人というものです」


 思い返せば、ディアときっちり話し合った事があっただろうか。

 いつもその場凌ぎをするだけで、彼女の意志を受け止め反映していただろうか。

 ディアと大事にする、そういう言葉で逃げていなかっただろうか。

 そう思い至った瞬間、修は勢いよく立ち上がる。


「――――ありがとうございます先輩! これで支払っといて下さい!」


 財布から万札を取り出しアインに押しつけると、修は走り出した。

 今はもの凄くディアと逢いたい、話しがしたい。

 そんな修を、アインとシーヤは手を振って暖かく見守った。


「行ってらっしゃい久瀬君。吉報を待ってますよ――――って、聞こえてませんねこの感じでは」


「アタシもあんな感じの恋愛出来るのかなぁ…………」


 羨ましそうに修の座っていた席を見るシーヤに、アインは曖昧な笑みを浮かべた。

 いつか、いつか。

 その先は口にも、思いにも出さない。

 でも時が来れば。


「…………ああ、久瀬君の相談に乗っている余裕はありませんね僕も」


「うん? 何か言ったかアイン?」


「いいえシーヤ様、さ、折角ですから僕たちはもう少しノンビリしてから帰りましょうか」


「あ、それならオマエのドリンクバー借りるぞ、アタシの特性ミックスジュースを見せてやるっ!」


 先ほど見せた恋への憧れはどこにやら、無邪気にはしゃぐ敬愛する魔王の姿に、アインはため息を一つ。

 こちらもノンビリ行きましょうと、笑うのであった。


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