027話 配点・ロマンの違い



「――――いいか、無垢なる刃よ」


「いつでもどうぞ、魔王シーヤ」


 二人の美少女が緊迫した空気を出し、公園を染め上げた。

 ――――もっとも、そう思っているのは当人達だけだったが。

 修とローズそしてアインは、彼の用意したレジャーシートに腰を下ろし、羊羹片手、抹茶片手に観戦ムード。


「程々になー。…………美味しいなこれ」


「これが羊羹、――――大変美味である」


「お口にあってよかったです。これシーヤ様の好物なんですよ」


 アタシ達の分まで残しときなさいよ、と叫ぶシーヤに、三人は生返事を返しながらのんびりと。

 暑さ寒さは彼岸まで、という諺を体言するかのように、今日の天気は晴天なれど、風もあって過ごしやすい気候である。


 そも、事の始まりは前日の午前。

 修とディアがお熱い夜を過ごした翌朝にあった。


「しかし、久瀬君も結構肝が据わってますね、――――いえ、勇者として頼もしい限りです」


「敵に狙われてるなら、一カ所に集めて叩く。理に適っている選択だが、こうも万全に準備を整えるとは」


「相手より人数を動員できて、戦力も上なら。こちらから仕掛ける方が勝算が高いってもんですよ」


 シーヤからもたらされた情報は、敵の狙いとその構成員。

 試練だと言って、首魁の情報こそ無かったが。

 それだけあれば、八代と連携して異世界課の戦闘員を配置し、自分たちは囮としてピクニックに。

 近くの大きな自然公園を貸し切ったので、どれだけ暴れても周囲への被害の心配はない。

 ――――そして、修しか知り得ない隠し玉も用意してある。


「ハハハッ! なんだ力だけかディアよ!」


「例え只の手合わせでも――――!」


 そんな訳で、暢気に自然を満喫していた彼らだったが、勇者は認めてもオマエはまだ認めないと、シーヤがディアと対決を言い出したのが、つい先ほどの事だ。


「ディアさんは、まだ人になって日が浅いと聞きましたが。意外といい動きするじゃないですか」


「…………俺、気功の使い方以外に戦いはまったく教えてないんだけどなぁ」


「パパよ、剣の姿であったとはいえママは長い事、戦っておったのじゃ。それに神剣とはいえ、女神の子。即ち将来の女神、――――戦女神としての権能も持ち合わせているのであろう」


 本人の自覚は兎も角、素質だけはこの場の誰よりも、と語るローズに。

 修は彼女が羊羹へ余分に伸ばした手を、ペチっと阻止しながら頷いた。

 修は魔王を倒したが、それは仲間達あっての事。

 彼自身は、「伝心」を授かって、ただ体を鍛えただけの男だ。

 ――――気功の極意を拾得した事や、戦場で鍛えぬいた肉体と技術、それ故の戦闘/戦争経験を、「ただ体を鍛えた」で、済ませていいかは別として。


「…………そろそろ終わる頃か」


「余! ママにタオルとジュースを持って行くぞ!」


「では僕も、シーヤ様に」


 ともあれシーヤが手加減した事と、有効打一発決着ルールにより、特に目立った怪我もなく手合わせはディアの負けで終わる。

 そこにローズとアインが駆け寄り、修といえばおもむろにスマホを取り出し画面を見つめ。

 数秒もしない内に、着信音が鳴り響く。

 敵襲。――――修の「伝心」は既に彼らの気配を捉えていた。


「――――久瀬君、来たぞ。こっちの準備は万全だ」


「ええ、お願いします」


 その瞬間、修達から離れた所で銃声や爆発音が響き。

 事態を把握したディア達が、急いで修の所へ集まった。


「ゼファ、行くぞ。皆、準備は出来ているか」


(無論だ、主殿――――!)


「アタシも問題ない」


「僕はディアさんとローズさんと」「パパ、頑張るのじゃ!」「もしもの時は足止めくらいには、ご存分に、私の勇者オサム様…………」


 寄れば切る、触れたら切る、鋼の様な冷たい殺意に満ちあふれるディアに苦笑しながら、修は「伝心」をレーダー代わりに周囲を警戒する。

 ――――そして、彼は剣を構えた。


「うおおおおおおおお! 一番乗りいいいいいいいいいいい!」


「やったぜ兄者ああああああああああああああ!」


 直後、土煙を上げて二人の男が猛ダッシュで、どちらもモヒカン。

 方や大柄で赤ブーメランパンツ、方や小柄で緑ブーメランパンツ。

 共に筋肉隆々で――――、パンツ一丁である。


「聞いて驚け!」「見て驚け!」


「「我ら――――」」


「――――隙だらけだ」


「アベシ!?」「出落ちっ!?」


 正々堂々とでも言うのだろうか、ご丁寧にも足を止め名乗りを上げようとしたモヒカン筋肉ブラザーズ(仮)は、真正面から突進した修の速度に反応しきれず、ゼファの剣の腹でフルスイング一発で仲良く沈む。

 


「…………なぁ勇者。せめて名乗りぐらいは」


「試合じゃないんだ、聞く必要があったか?」


「そこは、ほら。絶対強者の余裕とかで…………」


「こういう輩は、名乗ると同時に魔法か超能力の準備をするタイプだろ、余裕を見せて被害が出る可能性があるなら、その前に倒すのが定石だろ?」


 常に待ちかまえる魔王スタイルと、常にチャレンジャーであった勇者のガチスタイル、共闘するには思いも寄らぬ齟齬である。


「『…………ゴホっ、ゴホっ。すまない久瀬君、抜かれた! 敵は――――』」


 通話がスピーカー状態のスマホから、八代の苦しそうな声が。


「【凍れ】」


 そして修の隣から、見知らぬ言語の声が。

 直後、鋭く尖った氷の柱が何本も出現し、遠くに見えたもう二名を絡め取る。

 シーヤが魔法を放ったのだ。

 彼女も修にならい、殺さず無力化するに留めている。


「『――――四人行った、…………その様子じゃ全員倒せたようだね』」


「八代よ、この程度の雑魚すら倒せんのか? 貴様にしては情けない」


「『そっちに行ったの、異世界では神を手こずらせた英雄級の力の持ち主なんだけど…………いや、君達なら楽勝だったか。面目ない、予想外の手を使う者がいてね、女性隊員が狙い撃ちにされ、突破を許してしまったんだ』」


 八代の言葉の背後では、ズガガガ、ドカン、キンキンキンと戦いの音が。

 かの中間管理職がいる方面は、新たな黒煙などが次々に立ち上っているのが確認できる。

 戦いは未だ、終わっていない。


「俺もそっちに加わりましょうか?」


「『大丈夫――――いけるなっ! 「無理っす! 突破され――――」という事だ、確認されてる中ではその一人が最後だ、お願いするよ。相手は泥を――――ブツンっ』」


 彼との通信が一端切れると、修は声を張り上げる。


「聞いていたな! 相手は泥使い一名、不確定だが女性を狙う!」


「うむ、ならばアタシは、念のためアインらのデイフェンスに専念する。オフェンスは任せたぞ勇者」


「――――来るっ!」


 シーヤが最後まで言うや否や、修は飛び出した。

 姿は見えないが、敵の気配を察知したからである。


(何処だっ、――――ありがとう、下かっ!)


 一見、整備が行き届いた公園の原っぱといった地面だが。

 熟練の戦士がギリギリ探知できない、深さで泥濘が発生、その先端が修の真下である。

 教えてくれた者に礼を言った勇者は、ゼファを地面に突き刺し、気功を纏わせ見えない剣身を延ばし――――。



「――――どっ、せいっ!」



 まるで巨大なショベルを使ったかの如く、地面を大きく掘り返した。

 ドガっという轟音と共に土砂が吹き飛び、その中から学生服の少年が姿を表す。


「…………ゴホっ、ゴホっ。へぇ、これが異世界を救った勇者の力か、まだま――――言わせろよ! ロマンぐらいお前にもあるだろう!」


「ロマンだけで勝てるなら、いくらでも――――チッ、外れか!? シーヤ、頼む!」


 先程と同じように一撃を入れたが、しかして敵の体は泥と化して崩れる。

 確かに「伝心」は本体だと告げていたが、どういう事なのだろうか。


(――――泥を操る、それは間違いない。多分それだけじゃなくてっ)


 修は確証の無いまま叫ぶ、こういう時は直感にしたがうべきなのだ。


「シーヤ! 地面丸ごと全部凍らせろっ!」


「わかった【もっと凍――――キャアアアアアっ!?」


 だが、それは一瞬遅かった。

 彼女が地面に魔法を向けるより早く、その下から泥が吹き出して――――。



「ひゃっはぁああああああああああ! どぉおおおだぁああああああああ! これが俺の力なんだよっ!」



「くそうっ! なんて卑劣なっ!」



「ああっ、オサム様に買っていただいた服がっ!?」「僕もですかっ!?」「ぎゃあっ! アタシの服っ!? ブランド物で高かったのにっ!」「…………これだけの腕があって、服を溶かす事だけに使うのか…………余もまだまだ転生経験が足らんのう」


 なんというエロい、否、卑怯で無惨な光景か。

 鯨の潮吹きの様に溢れ出した泥水は、密かに張り巡らしたローズの防御結界を抜き。


「――――全裸に泥っ!? 違うだろうお前えええええええええええええええええええ!」


 修は激怒した。

 ディアの浅黒い肌と泥んこプレイ、それは一見相性が良さそうだが、そうではない。

 重視するのはコントラスト、そう――――同じ土でも、海岸沿いの浜の白い砂。

 白い砂で、大事な所を隠すのがエロマンというものなのに。


「へっ、なにが違うってんだ勇者さんよ。お前のオンナは全員泥だらけだぜ! うひょう! 見えそうで見えないのサイコおおおおおおおおおおおおおおお!」


「――――言いたい事はそれだけか」


 修は怒りで燃えながら一歩一歩近づく、それを見た泥超能力者は少し怯えながら胸を張った。

 異世界の勇者、その速度は確かに恐ろしい、一瞬で能力の弱点を見抜いた眼力も、その腕力も。

 だが、――――それだけだ。


「見たとこアンタにゃあ、遠距離攻撃の手段がなさそうじゃねぇか。それ以上動くと、コイラがエロ過ぎる泥プレイの餌食になるぜ」


「スマン勇者っ! 魔法が使えんっ!」


「そりゃそうだ。俺の泥に触れてる以上、そいつの体は俺が元居た世界の、異能が超能力しか存在しない世界の法則に囚われる。無駄な足掻きってもんさ」


 恐らく、八代達が苦戦した理由もそこだろう。

 何にせよ、許す理由も遠慮する理由もない。


「ハンっ、世界の法則が違う? ――――それがどうした」


 世界の法則が書き換えられる事態など、魔王四天王との戦いで十二分に経験している。

 その上、修には「隠し玉」があるのだ。


「おーおー、大きく出たなぁ勇者。ならどうするって? お前一人で何が出来るってんだ」


「出来るさ、だって俺は、勇者は一人で戦っていたんじゃない――――」


 そして修は、ゼファを掲げて叫んだ。



「――――勇者隊、かかれぇえええええええええ!」



 瞬間、修の周囲に鬼火とでも呼ぶような炎の固まりが無数に現れ、敵に向けて一直線に。

 鬼火達はその姿を、鎧姿の大剣使いの男や、耳の尖ったローブ姿の少女の姿、はたまた槍を持つ長身の老人、上げればキリがない程のバリエーションを持つ姿に変える。


「はっ、もう忘れたかっ! どれだけ居ようとも――――何っ!? 泥が効かない!?」


『勇者様に勝利を!』『まーた苦戦してんのかお前』『何時までも我らはお側に』『久しぶりに暴れられるわいっ! 勇者に着いてきて正解だったわ!』『四天王より弱いですね、なら楽勝ですわ』


 数々の戦士が、修に軽口を叩きながら敵を袋叩きにしてく。

 泥はすり抜け、しかして一方的に攻撃が通る。

 空に逃げれば雷撃が走り、地を潜れば凍り付き、四方八方から炎の渦や、真空を纏った矢が降り注ぐ。

 ――――蹂躙。

 その言葉がぴったりくる光景だった。


「コイツらは、もはや世界の法則に囚われない存在。だからお前の泥も効かないって訳だ」


『大将! 奥方達を助けてきたぜっ!』『お、そろそろ終わりか?』『また呼んでくれよな』『止めはアンタだ、初陣の時みたいに失敗するなよ』


「ああ、もうそんな失敗はしないさ」


 目頭を熱くさせながら、修は勇者隊に向かって微笑んだ。

 彼らは、かつての仲間にして――――命を散らした者達。

 死してなお、修の力を貸してくれる大切な戦友。

 かの世界において、命は女神の下で輪廻する。

 だが、それを拒否してでも修の側に居てくれているのだ。


「ありがとう、みんな。お陰で俺はまだ勇者として戦える。――――何か言い残す事はないか?」


「…………俺もアンタにもっと早く会ってりゃ、勇者隊とやらに加われたかい?」


 それは泥使いには、とても眩しく、神聖な関係に見えた。

 彼とて、この世界に自分の意志で戻ったのではない。

 転生し、強大な力を得て、間違いと止めてくれる者は、まして対等以上の力を持つ者は居らず。

 創造神に喧嘩を売り、――――敗北して追放され、行き着いた結果がこれだ。


「残念だけど今の勇者隊に空きは無いんだ、だから友達なら」


「…………更正したら、また会いに行く」


 清々しく笑ってうなだれた彼に、修は強力な腹パンを一発。

 ディア達を辱めた分である。

 そして泥使いが気絶した後、八代達が襲撃犯を捕縛して連行しながら姿を見せた。

 戦いは修達の勝利で、終結したのである。


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