023話 そんなバナナ
生徒会長が金髪ツインテールロリ系美少女なのは、取り敢えずよしとする。
だが、魔王。
嫉妬団という訳の分からない単語はスルーするとしても、魔王。
修にとって、魔王という存在は憎むべき敵で、倒すべき敵――――だった。
それ故に、危うくゼファを抜剣しそうな所を自制し、険しい顔でじりじりと距離を取る。
勿論の事、ディアとローズが背の後ろに来る位置どりで、だ。
(異世界の魔王だって!? くそっ、何だって学校にそんな大物がいるんだっ!?)
(主殿、ここは狭い。外に出ての戦闘を推奨する)
(いや、お前の出番はまだだ)
修はシーヤに鋭い視線を送りつつ、「伝心」を高い深度で一瞬だけ発動。
その瞬間、修以外の全員がどこか違う空間に取り込まれた様な錯覚を覚えた。
「――――ふむ、今何かしたか? 魔王たるアタシに小細工は利かないと思え」
「ああ、肝に銘じておくよ」
首を傾げる金髪ロリツインテ魔王を前に、修は警戒を解く。
(主殿? いまのは――――)
(何、ちょっとした応用さ)
かつての戦場で生み出した、敵味方の識別及びその距離を計る為に編み出した活用法。
これにより、仲間との高度な連携攻撃を可能としていたが、ともあれ。
今の一瞬で修は、魔王シーヤと生徒会役員から、敵意や悪意が無い事を確認したのだった。
(まぁ、それもそうか)
もし彼女が悪の存在であり、この学校が既に支配下にあるのならば、修の「伝心」が感知していた筈だし、神剣であるディアが気づかない訳がない。
穏便に事が済みそうだと修は胸をなで下ろしたが、シーヤ達に敵意が無い事を知るのは本人達と修のみ。
以前として警戒状態のディアは、修の手をぎゅっと握り、一歩前にでる。
「――――魔王、と仰いましたね。私達に何のようです?」
その声色は非常に冷たく、場合によっては切る、と明確な意図を含んでいた。
一般人ならば気絶しても不思議ではないディアの気迫に、自称・魔王というは本当の事なのだろう。
シーヤは、余裕の笑みで以て答えた。
「ハンっ! アタシの言ったことが飲み込めなかったか? もう一度言おう――――勇者よ、アタシの手を取るがいい! 勿論、そこのお前も一緒だ」
「オサム様は勇者、理由がどうであれ、世界がどこであれ、組みする理由等ありません」
「と言っているが、勇者よ。貴様自身の意見はどうなのだ?」
話を振られた修は、正々堂々と胸を張り――――。
「――――その話、今じゃないと駄目か?」
「オサム様っ!?」
「ほう、魔王を目の前に保留とは、良い根性をしてる」
ディアは何故と、修を睨みつけ。
シーヤは若干苛立ち気味に、ローズと生徒会役員総勢一名は、傍観を決め込んで。
「結城先輩、貴女が生徒会長としてディア達の事を咎めに来たのなら、話を聞きました。でも魔王として、個人の事情でここに連れてきたのなら、答えは保留です。――――俺には、やらなければいけない事がある」
アルカイックスマイルと共に出された発言に、金髪ロリの魔王(自称)は素直に頷いた。
「ふむ、それは道理だな。…………して、貴様が今すべき事とは?」
「すぐ済む。――――ごめんな、ディア」
そして、修はディアを抱きしめた。
堅い胸板に飛び込む事となった彼女は、目を白黒させながらも、本能的に彼の背へ腕を回す。
「んな――――!?」
「おお、お熱いですね久瀬君」
「ひゅーひゅー、パパステキーー!」
周囲の声は取り敢えず無視し、修はディアと瞳を合わせて。
「ごめん、ディア。――――寂しかったんだろう?」
「お、オサム様、私は…………」
家に居る筈のディアとローズがクラスで待っていたのには驚いたが、その事について、咎めも叱りも修はしない。
考えるまでもない事だ、ヒトの生活を憶え始めたばかりの少女が、どんな気持ちを抱くのか。
今回の騒動に責があるとすれば、事前に説明せずディアの不安を消せなかった修である。
「俺は勇者失格だな、君という一人の女の子の心すら守れていない」
「いいえ、いいえオサム様…………。私が未熟なばかりに」
大きな瞳を潤ませるディアに、修は自然と顔を近づける。
「目、閉じて」
「はい――――」
誰に強要されたでも、劣情に突き動かされた訳でもない。
そうするのが自然なのだろうと、すっと心が動いたのだ。
――――これは本当に、童貞勇者なのだろうか?
長い睫を震わせてディアが目を閉じ、修が少し顔を傾け。
唇と唇が――――。
「ストオオオオオオオップッ!! ストップ! タンマ、タンマ! 何勝手に盛ってるんだ貴様等!」
「ちょ、魔王様。ここは邪魔する場面では…………」
むむ、と修が、そしてディアが敵意の籠もった視線で見た先には、顔を真っ赤にして唸るツインテ金髪ロリ魔王の姿。
「ええ、そこの人の言うとおりです。夫婦の営みの邪魔をするとは。――――流石に魔王と言った所ですか?」
「勇者! 勇者よ! アタシへの答えを保留にしてする事がコレ!? 世界を救った勇者の割に色ボケしてないか貴様!?」
「いや、だって。今日初めて会って、軍門に下れとか言う奴より、ディアを優先するのは当たり前だろう?」
ディアという守るべき人、魔王という存在を前に修はすっかり勇者モード。
先ほどの童貞らしくない行動は、それが由縁である。
「…………何故でしょうか、オサム様の言葉が凄く嬉しいです」
「~~~~ッ!? 貴様は何これみよがしに、スリスリしておるかっ! 嫌みかっ! アタシへの嫌みかっ!」
一方ディアは、鋭い表情を途端に崩して、まるで外出から帰った主人に甘える子犬の様に、顔を胸板に埋めて深呼吸。
ローズから見れば、匂いフェチの素質アリである。
ともあれ、むきー、と怒り出した魔王シーヤは強行手段に出た。
「この、離れるがいいっ!」
「きゃっ! 何するんですかっ!?」
「おわっ!? いきなり押すなっ!」
「あ、すみません。そこにさっきゴミ箱シュートに失敗したバナナの皮があるんで、注意してくださ――――」
「え、何だ――――おわぁっ!?」
「きゃあっ!?」
無理矢理引き剥がそうとしたシーヤの行動に、当然の如くディアは抵抗。
とどのつまり、役員の男子生徒の声は一歩遅く、修が足下を確認すると同時によろめいたディアに押され、勇者の足はバナナの皮の上へ。
結果は言うまでもないだろう――――それが通常のモノならば。
(…………主殿、伝え忘れていた。実は我が再誕した時に、そちらの女神様からも恩寵が与えられていてな)
すまなさそうなゼファの声に、暖かで柔らかな何かに包まれ視界不明瞭な修は、嫌な予感をビンビンに感じながら先を促す。
(…………。何だか聞きたくないが、言ってくれ)
(その、「ラッキースケベ」というそうだ。効果の説明は必要か?)
ゼファの問いにノーと答え、修は心の中で叫んだ。
(どうやったら、こんな体制になるんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?)
バナナの皮で滑るという、古典的ギャグマンガな事態を起こしてしまったとはいえ。
何をどうすれば、こんな体制になるのだろうか?
「――――校内で六で九な体位とは、パパは勇者じゃのう」
「それ絶対違う意味での勇者だよねっ! 違う意味だよねっ!」
「あぁんっ! だ、駄目ぇ…………。お、オサム様、その状態で喋らないで…………やぁん、ぁ、はぁん。お又がむずむずしますぅ…………」
「ああっ! ゴメンっ!」
「だからっ――――ぁんっ、んくぅっ!」
(駄目だっ! 喋るとディアの大事な所を刺激してしまうううううううううう!?)
何せ、彼女のとても大事な所の下に、丁度良く修の顔があるのだ。
何か盛り上がっている肉が素晴らしいというか、よく考えたら朝見たブラの柄と、目の前のそれは違うのでは?
等々、むにゅむにゅと頬の、ふにふにという唇の感触、そして、上下が違う日常のエロス的な何かに目覚めている場合では無い。
「~~~~こ、このぉ!?」
「どうどう、どうどうシーヤ様、自業自得です」
「止めるなっ! それでも我が配下か一郎・アインヴァルト・桜木!」
重なり合う二人の横では、顔を真っ赤にして戦慄く魔王を、その配下総勢一名が羽交い締めにしていたが、そんな事は構っていられない。
修は顔だけでもと、ディアの太股を掴んで退かそうと。
だが、それがいけなかった。
「ほわぁっ!? でぃ、ディア!? 何してるんだっ!?」
「さすさす。…………オサム様の股間、堅くて熱くなってますね。それに――――すんすん、何でしょうかこの鼻にくる匂い、嫌いではないのですが、うーん、表現が難しいです…………」
「ローズ! ローズ! お願い助けてっ!」
「うーん、仕方のないパパとママじゃのう、もう少し見ていたかったが――――そいやっ!」
赤髪の幼女が指を鳴らすと、ディアとオサムはふわりと浮かび、立っていた状態へ。
「ね、オサム様。帰ったらもう一度、さっきの所の匂いを嗅いでもいいですか?」
「駄目っ! お願いだからもうちょっと知識を――――!」
目をキラキラさせてぐいぐい迫り、その小麦色の巨乳を服越しにボニュンと押しつけるディアに、修は明後日の方向を向きながら抵抗。
初夜はロマンティックな空気の中、ホテルの最高スイートの部屋で、という超絶童貞的にここは譲る訳にはいかないのだ。
「~~~~っ!! ううっ! ううううっ! アイン~~、ア゛ーーイ゛ーーン゛ーー! コイツ等アタシ嫌いいいいいいいいいいいいいい!」
「あー、よしよし。相変わらず魔王様はこういうの苦手ですねぇ、いや、そんな所が可愛いんですが」
方や迫られ、方や泣きだし。
混沌としている場が落ち着いたのは、それから三十分後であった。
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