12.旦那様のお名前



「……たしかに、名乗らずすまなかったな」


「い、いえ……」



 レクター先生については、旦那様が彼の席に無理矢理座らせたことで解決?


 気絶はしたままだったけど、皆さん放って置かれていました。いいのかとまた思うけど、いよいよ伺える旦那様のお名前の前には、私も思わずスルーしちゃった。


 旦那様は、メイミーさんが新しく淹れた温かい紅茶でひと息つかれてから、また私に振り返ってくる。


 綺麗なスミレ色の目にドキドキするのは仕方ないけれど、私もロティをしっかり抱っこしながら向き合った。



「……俺はローザリオン公爵家当主、カイルキア=ディス=ローザリオンだ」


「こ、こーしゃく、さま?」


「冒険者には聞きなれないだろうが……一応、王家と縁戚のある貴族最高位だ」


「え」



 冒険者にはたしかにあまり縁のない話だけど、前世ちさとはそこそこゲームや小説をたしなんでいたから覚えがあった。


 お貴族様だとはわかってても、まさかトップクラスだとは思いもよらなかったので……



「だが、別に気を遣う必要はない。聞いてるだろうが、俺は理由あって最近まで冒険者をしてたからな。お前の事情もよくわかる」


「え、でも」


「それより、お……チャロナもまだ食べてないだろう? まだ言っていなかったが、このパンは美味い」


「あ、ありがとうございます!」



 初めて名前を呼ばれた。


 気を遣わすぎなくていい。


 日本以来の温かな空間。


 そんな事があっていいのかと思うけれど、気取らないお貴族様って、ゲームや小説以外に本当にいるんだと少し安心してしまった。


 とりあえず、カイルキア様と呼ぼうと思ったら、何故か『カイルでいい』と言われてしまいました。


 まだ気絶したままのレクター先生以外の皆さんにはくすくす笑われちゃったけれど、私のお腹も限界だったのでいただきますをした。



「い、いただきます……」



 今回用意出来たのは15個だから、旦那様以外は全員二個ずつ。


 軽い軽食くらいだが、試作なので問題はない。


 せっかくだから、たまごサラダもいいけど最初にシェトラスさん達と作ったジャムとバターを塗った。



『美味しそうでふぅ〜』


「ロティも一緒にしようか?」


『あい〜』



 いちごとブルーベリーのダブルベリーにバター少し。


 3分の1くらいに割ったバターロールに塗ってからロティにも渡してあげた。



(涙……出るかもしれないけれど)



 皆さんが褒めてくださったパンの味になっているのか確かめたい。


 おそるおそるってくらいにゆっくり口元に持っていき、少しだけ口に入れて噛む!



「​───────…………お……おいしぃ」



 ジャムやバターの美味しさはもちろんだけど。


 パンはコカトリスのドリュールのお陰で、表面は香ばしくて。


 他のパンにあった、パサパサとかで喉でむせる感覚もなく、ひたすらしっとりと柔らかなふわふわ感。



(日本のパンだ……あの頃は普通だったけど、美味しい……美味しすぎる!)



 噛めば噛む程、甘さと柔らかさが口いっぱいに広がってって、胸の中があったかくなってく。


 その美味しさと温かさに、私も思わず涙が出てしまった。



「い……生きてて、良かったぁ」



 あの時崖から落ちて記憶が戻っても、きっとカイルキア様に見つけていただかなければ、こんなにも美味しいパンは出来なかった。


 あのまま動けないままのたれ死んでいたら、ここでロティと出会う事もなく何も出来なかった。


 辛さはいっぱいあったけど、嬉しくて嬉しくて。


 パンの美味しさも噛み締めながら泣いていると、ロティがメイミーさん達から渡されたのかナプキンのような布でぽんぽんと拭いてくれた。


 ……と思ったら、ロティじゃなくてカイルキア様だったから思わずびっくりしたけど!



「そう、生きてるから次がある」



 しっかり拭き終わってから、ふいにカイルキア様が口にした言葉は覚えがある。


 言い回しは少し違うけど、私が起きた直後に言ってくださったのと同じ言葉だ。



「俺も冒険者だった頃、駆け出しもだったが経験を積んでも幾度となく境地はあった。その度に思うのは今言った言葉だ」


「だ……カイル様でも?」


「貴族問わず、人だからな。生きる上で何があるかはわからない……」



 それに付け加えるかのように、『チャロナを助けたのもだ』と言われ、なんだかパンを食べた時とは違う胸のあったかさを感じた。



「……本当に、助けていただきありがとうございましたっ」



 カイルキア様のお陰で今がある私は、感謝してもし切れない。


 まだもぐもぐ食べてたロティを撫でながら、もう一度御礼を言うとカイルキア様は口元だけを少し緩ませてくれた。



「……前にも言ったが、詳しい話は食事の後にしよう。俺とメイミーがいいか、皆の前で言うかどうする?」


「…………皆さんの前で言わせてください」



 もう錬金術の事もだけど、隠し立てなんて不器用で出来ないからだ。


 ただ、パンを全部食べ終えるとまた天の声が聞こえてきたのでびっくりはしたけれど。






【ポイントを付与します。




『ふわふわバターロール』



 ・製造15個=150PT

 ・食事2個=50PT



 レベルUP!

 →200PT獲得により、レベル3に!



 特別PT付与

 →コカトリスのたまごサラダ=25PT

 →いちごのジャム=15PT

 →カッテージチーズ=35PT



 次のレベルUPまであと40PT




 】







「チャロナ、チャロナ!」


「ふぇ⁉︎」



 天の声に集中してたら、何故かカイルキア様に思いっきり揺さぶられてたので思わず変な声が出てしまう!



「ど、どうされました?」


「それはこちらが聞きたい。急に動かなくなった上に目の光も消えたから驚いたぞ!」


『大丈夫でふぅ〜ご主人様がレベルアップされただけでふ!』


「レベル……アップ?」



 ロティが浮かびながらえっへんと可愛く胸を張ってたけど、まだ説明前だからカイルキア様も誰もがわからない状況のまま。


 ひとまず、落ち着くのにコーヒーを淹れていただいてから、私達は席に着くことにしました。



「話してくれるか?」


「はい」



 それから私は、今の生い立ちも含めてすべて皆さんの前で話し出した。


 


 

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