最後通牒

「ようこそ、我が城へ。まさか新しい支配者殿直々にここへ来るとは想定外だったがな」


 迎え入れられた玄関口。

 その広いホールから二階へと続く大階段の上から、尊大な物言いでそう告げたのは、この城の主であるオルド・ブーフェン候ヨアヒムその人だった。

 まるでおかっぱの様に切り揃えられた金髪に緑色の瞳。豪奢に着飾ったその姿は、俺の想像にある貴族や王族そのままだった。

 そしてその嫌らしい笑顔もそのままイメージ通りだった。


「突然の来訪に快くお応え頂き、誠にありがとうございました」


 俺の代わりにそう返答してくれたのはミシェイラだった。

 彼女の返礼は礼儀に適ったもので、それを受けた侯爵は更に口の端を吊り上げて鷹揚に頷いた。


「かの名高いミシェイラ将軍までご同行とは恐悦の極みだな。登城を歓迎するよ」


 彼女の言葉に、侯爵は皮肉たっぷりの答えを返した。

 考えてみれば、直接王城を陥落せしめたのはミシェイラ率いる元王国軍だった。

 ある意味クーデターとも取れる行いにとばっちりと言う形で被害を被ったのは、外でもない王族とその縁者なのだ。

 彼がミシェイラに含むところがあったとしても。それはそれで仕方のない事だった。


「そしてそこに控えているのは……その法衣はアミナ神龍教団の者か?」


 ミシェイラから視線を移したヨアヒムは、今度はトモエに視線を止めてそう問いかけてきた。


「お初にお目に掛かります。アミナ神龍教団に属しております、巴の前と申します。以後お見知りおき下さい」


 いつものトモエからは想像もつかない、完璧に近い作法と言葉遣いでそう挨拶した彼女に、やはりヨアヒムは尊大とも言える態度で頷いて答えた。

 そこだけ見れば、壇上に座する王の様な振る舞いだった。


「私はオリベラシオ。この世界では天使と呼ばれる存在です。そしてこの隣に控えているのが、神より遣わされたこの世界の『大統領』、弓槻裕翔です。私はこの者の補佐を命じられてここに居ります」


 ヨアヒムから問われる前に、オーフェは自らの簡単な自己紹介と俺の紹介を済ませた。

 多分彼に聞かれてから答える……と言うよりも、彼と口を利く事が嫌だったんだろうな。

 オーフェに紹介された俺は、ヨアヒムに対してぺこりと浅く頭を下げた。


「ほう……そなたはユヅキ・ユートと申すか。神に選ばれ、この国を治めるように命じられる程の人物なのだ、さぞかし格式の高い家柄なのであろうな」


 彼の言い方には、俺の方も少しムッとした。

 人を統べるのに、家柄やら格式が必要とは思えない。

 必要なのは統率力……リーダーシップや実行力であって、出自は全く関係ないと思ったからだ。

 それに彼の言い方は裏を返せば、「高貴な家柄で無ければ人の上に立ってはいけない」とも聞こえる。

 殊更に貴族然としたその態度が、俺には無性に癇に障ったんだ。


「いえ、俺の出自はあなた方で言う平民の出ですね。もっともそれは異世界での……と言う事になりますが」


 だから俺の返答には、どこか挑戦的な雰囲気が織り込まれたかもしれなかった。

 でもそれにヨアヒムが気付いた様子もなく、彼はもっと別の部分に興味を惹かれた様だった。


「ほう……『異世界』……とな? なにやら面白い話を聞けそうではないか。誰か! この者達を応接室へと案内せい。私も後ですぐに行く」


 近従の者にそう指示したヨアヒムは、真紅のマントを翻して上階へと登り姿を消していった。

 残された俺達は、案内係に応接室へと連れられて行った。





「正直、我が家はこれから晩餐でな。ハッキリ言えば、お前達の来訪は迷惑極まりないのだ。用件は簡潔に済ませよ」


 案内された部屋で待つ俺達より随分と遅れて入って来たヨアヒムは、自らの椅子に座ると同時に開口一番、そう言い放った。

 その言い様は如何にも支配者然としていて高圧的なものだった。


「じゃあ、単刀直入に言うけど……」


 それに対して俺は、彼の望む通り無駄な言い回しをしないで切り込んだ。

 でも、その言い方がどうにも彼の神経を逆撫でしたらしく、俺から見てもすぐに分かる位その表情に不快感を浮かべていた。


「どうすれば軍を引いてくれるんだ?」


 でも俺はそれに構わず、俺の要望を全て言い切った。

 今は彼の機嫌を取っても仕方ないって思ったんだ。

 何よりも簡潔に要求しろって言ったのはヨアヒムなんだからな。


「そんな事は知れた事よ……」


 そして彼からの答えも間髪入れないものだった。


「お主達に奪われた、本来あるべき権利を我に返すのだ。そうすれば軍を引くだけでなく、そなたたちの命まで寛大な処置を与えてやろう」


 それはある意味予想通りの答えだった。

 彼にしてみれば、自分達が当然の様に有していた権力を、一夜にして取り上げられたんだ。それがクーデターと言うものなんだけど、当然納得出来る事じゃないんだろうな。


「そんな事は出来ないな」


 その返答に、俺も即答でそう返した。

 余裕の様なものを醸し出していたヨアヒムだが、流石にその答えには顔に険を湛えて不快感を浮き彫りにしていた。


「ならば……」


「でも、ある意味それが可能になるかもしれない」


 不機嫌さを前面に押し出して何かを言おうとしたヨアヒムに、俺は更に言葉を被せた。

 自分の言葉を、しかも平民に遮られた彼は一瞬怒りにも似た形相を浮かべたけど、俺の言った事に拍子を抜かれたのか、怒鳴るまでにはいかなかった。


「それは……どういう事なのだ?」


 俺の言葉に興味を抱いたのか、彼は訝しみながらもそう問い質して来た。

 先の質問でハッキリと否定しておいて、その後に肯定と思われる事を言われれば、誰でもそうなるのかもな。


「今はまだ雛形も出来ていないけれど、俺がこの世界へと遣わされて、そしてこの国がこれから目指すものは、『民主制度』と言う国民主導の政治形態だ。そこでは、主導者を国民全てによる『投票』と言う入れ札で決める事になる。選ばれた代表は所謂最高権力者だ。国民の望む……延いては、自分を選んでくれた者達の望む政治を行う事が出来るって寸法なんだ。もしお前が代表に立候補して、そこで国民に選ばれれば、以前の政治形態へと戻す事も可能なんだ」


 俺が一通り話す間、ヨアヒムは反論もせずにじっと聞き耳を立てていた。

 そして話し終わった直後に口を開いたのは、ヨアヒムでは無くミシェイラだった。


「ユート殿、それは……」


 彼女の言いたい事も分かる。

 折角政権を奪取して、国民の為になる政治となる様俺を召喚したのに、場合によってはそれ等が全て水の泡となってしまうかもしれないと、誰でもない俺自身が言っているんだからな。


 でも……それも仕方ない事なんだ。


 俺も全く何も考えていなかった訳じゃない。

 もし、絶対多数で選ばれた指導者がその様な制度を掲げ、支持者達がそれを認めたなら、やっぱりこの国の制度は元の専制国家に戻ってしまう事になるだろう。

 でもそれも、やっぱり民主国家の行き着いた先だと思うんだ。


「……国民に……平民に選んでもらう……だと……?」


 そして黙っていたヨアヒムが、低く唸るような声音でそう呟いた。


「この私が、下賤な平民如きに“選んでもらう”だとっ!? 無知で無能な平民風情に、この我が支持を仰がなければならないだとっ!? 馬鹿も休み休み言えっ!」


「その無知蒙昧な平民に、お前も一度はなるんだよ、ヨアヒムさん」


 彼の怒りに任せた言い様に、俺は更に言葉を重ねた。

 それもまるで対等であるかのような言い方をわざと選んで……だ。

 流石の彼もその言い方には、余りの怒りで顔を赤くしたり青くしたりとしている。

 そしてこれまでにない怒りの為か、何かを言おうと口を開くものの声になって言葉が出てこない様だった。


「あんたが平民になっても、まさか財産をすべて没収とはならないから安心して良いよ。勿論、今迄みたいに、働かなくても食べていけるとはならないだろうけどね。残された財産だけでは豪遊を続ける事は難しいだろうけど、それでも一財産にはなる筈だから他の人よりは裕福に暮らせるはずだ」


 言葉を出せないヨアヒムに、俺はそう付け加えて話を締め括った。

 そのやり取りを見ていたミシェイラとトモエは、ヨアヒムの怒気を感じ取ってハラハラとしていた。

 この屋敷は彼のテリトリーであり、そこかしこに兵が伏せている事は容易に想像出来た。

 ここで彼の気分を害しては、俺達が無事にここから帰れると言う保証は無くなってしまうのは間違いなかった。

 もっとももう手遅れだけどね。


「き……きさっ……! 言わせておればベラベラとっ! 我に対するその態度っ! 物言いっ! よもやこの場から無事に帰れるとは思っておらぬだろうなっ!」


 怒り心頭のヨアヒムが、如何にもな台詞を並べてそう言い放った。

 それと同時に、この部屋に隠れていた複数の人影が一斉に現れる。


 殺気を纏う伏兵の登場に、ミシェイラが立ち上がり腰の剣に手を掛け、トモエは驚いてミシェイラへと寄り添っていた。

 でもそれもまた俺の想定内。

 この辺りは何処の世界でも同じようで、少し映画を見たり小説を読んだことのある者なら誰でも考えつく事だった。


「……オーフェ」


 俺の呟き程度な呼びかけに、オーフェは小さく頷いて準備を開始した。

 彼女の使う能力は所謂魔法と言った類のものじゃなく、正しく神の奇跡なんだ。

 発動までに時間が掛かったり、呪文を必要とする事も無い。


「俺は伝えるべき事を伝えた。どう判断するかはあんたに委ねるよ。その上で戦うと言うなら、俺はそれを全力で止める事にするからそのつもりで」


 俺の言葉を言い切ったと判断したオーフェは、直後に俺達4人を転移させた。

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