アミナの合力
明らかに弱っている神龍の反応は鈍い。
攻撃当初の動きは鳴りを潜め、受けたダメージから飛んで逃げると言う事も既に出来ないのだろう、そんな素振りも見せない。
ミシェイラが牽制して、俺が手傷を負わせる。
その過程で俺は何度も神龍の攻撃を受けたけど、何とか戦闘を継続する事が出来ていた。
「ガアァァ―――ッ!」
弱ったと思っていた神龍が、突然大きな咆哮を上げた。
それがどんな意味を持つのか俺にはその時分からなかったが、すぐにそれは目で見て理解する事となったんだ。
神龍の頭上に、俺も何度か視た事のある光を発する球体が出現していた。
瞬間的に俺はそれが何を意味するのか分かった。
―――あれは、魔法を発動する時に出来る光だっ!
神龍が高い知能を持っている事は聞き知っていた。
太古の時代から存在すると言う神龍が、あらゆる事柄に精通していてもそれはおかしい事じゃない。
そしてそれは魔法に対しても同じ事だった。
「ミシェイラッ、離れろっ!」
俺は瞬間的にそう叫んでいた。
今、神龍の目は俺に向いているけれど、これ以上ミシェイラが攻撃を続ければ、その意識は彼女の方へと向くかもしれない。
そして、この神龍の放つ魔法が、どれ程の範囲で効果を発揮するか分からないんだ。
彼女が巻き込まれる様な事があってはならないと思ったんだ。
「……っ!」
ミシェイラも、神龍が魔法を放つ動作に入っていると察したんだろう、俺の声を聴いて即座にその場から大きく離脱する。
「ユート殿っ!?」
だが俺はその場に留まって、神龍の魔法を正面から受け止める為に盾を構えていた。
俺の動きじゃあ、多分神龍の魔法から逃げる事は出来ないし、それに逃げた先がトモエを巻き込む様な場所なら意味がない。
それに俺なら、神龍の魔法に耐えきる事が出来ればそのまま攻撃に移る事も出来る。
折角間合いを詰めているんだ、また距離を取るなんて無駄な事は出来るだけ避けたかった。
「グワーオッ!」
満を持して、神龍は魔法を発動した。
てっきり炎の魔法だと思っていた俺に、まるで落雷の様に巨大な稲妻が打ち付けたっ!
「ぐわぁ―――っ! いっててて痛い痛いーっ!」
瞬間的に頭上へと翳した盾に稲妻は直撃した!
トモエの魔法効果は活きていて、恐らく随分と軽減されている筈だ。
それでも信じられない位の痛みが全身を駆け巡った!
ただ只管に痛い!
そして熱いんだ!
その直後、全身を痛みの蛇が這いまわるような感覚!
こんな感覚は、今まで生きて来て感じた事なんてなかった!
「ぐっ……ぐはぁ―――……」
食いしばっていた歯を、痛みが和らいだと同時に緩めた。
それと同時に、俺の口からは黒い煙が立ち上っていた。
気付けば口からだけじゃなく、俺の全身から黒い煙が幾本も線を引いている。
その煙からは、何かが焦げる様な臭いが嗅ぎ取れる……。
これは……肉を焼いた時の……臭いっ!?
強烈すぎる電撃は、俺の肉体を表面だけでなく内側まで焼いた様だった!
死ぬ事は無い。
致命傷じゃないかも知れない。
そして気を失う事も無い俺は、恐らく誰も経験した事のない「自分の内臓が焼ける臭い」を嗅いだんだ。
更に電撃は、俺の身体の自由を奪っていた。
一時的かもしれないけれど、手足が全くいう事を聞いてくれず、その場から動く事も、当然攻撃する事だって出来なかった。
その俺に、神龍の追い打ちが襲い掛かる。
凄まじい勢いで振りかぶられた巨大な尻尾が、俺に向けて振り払われたんだっ!
―――間に……合わない……っ!
もう少しで、体の機能は回復しそうな感じはする。
でもこの攻撃を防ぐには、若干時間が足りないと感じた!
「ユート殿っ!」
その時、光に包まれたミシェイラが、盾を構えて俺の前へと躍り出てきた!
彼女は向かって来る尻尾を、手にした盾で防ぎ切った!
神龍の力が衰えていたからだろう、真正面から攻撃を受けたミシェイラだったが、それで吹き飛ばされる事は無く見事に堪え切ったんだ!
そして俺の身体に力が戻って来た!
何とか動いて、一撃を加えるだけの力が戻って来たと感じ取った!
「ナイスだっ! ミシェイラっ!」
もし吹き飛ばされていたら体力の低下と痛みで、もう戦う意志が萎えていたかもしれない。
でもミシェイラが攻撃を防いでくれて、俺を此処に留めてくれたお蔭で反撃する気力も維持する事が出来た!
「どぅわあぁ―――っ!」
俺は兎に角、滅茶苦茶な気合を込めて剣を振りかぶり、出来る限り跳躍して剣を横薙ぎに一閃した!
俺の剣は、神龍の喉元を真一文字に斬り裂いた!
持てる力の全てを使った一撃は、今までにない手応えを俺に与えてくれていた。
「ギャワァ―――ッ!」
断末魔……と言う訳ではないだろうけど、神龍は巨大な咆哮を上げてその長い首を地面に横たえた。
正しく決着……と言うやつだ。
「トモエ―――ッ! 頼んだ―――っ!」
俺はペタリと座り込んで、それだけを大きく叫んだ。
もう指一本動かすのも億劫な程、体力も気力さえ残されていない。
「任せろっ! 我等を守護する神龍様に申し上げる……敬虔なる巫女の願いを聞き届け賜え……。忌まわしき呪いから彼の者を解き放つ力を与え賜え……恨み憎しみ災厄を望む呪詛を祓い、元来あるべき姿に戻し給え……プロクリャーチエ・カンターメン・リートゥス……カフラマンッ!」
トモエは即座に呪文を唱えだし、その呪文に呼応して神龍の身体を中心に巨大な魔法陣が出現した。
魔法陣の光に包まれた神龍の身体が同じ色を発し始める。
そしてトモエが完全に呪文を唱え終えたその時、一際眩く神々しい光が魔法陣内を覆った!
そしてその光の中に、明らかに歪で禍々しい煙の様な物が神龍の背中から沸き起こった。
それが神龍に掛けられていた呪いの正体だと、俺は何となく思った。
「人の手によって仕掛けられたにしては、中々強力な呪詛ですね。神龍の背中、無数にある突起の影になる部分へ、最も手の届きにくい場所に仕掛けられていたようです。あれでは簡単に気付かなくても仕方ありませんね」
いつの間にか、武器化を解いて人の姿へと戻っていたオーフェがそう説明した。
呪いの煙は光の中で、まるで苦しむ様に不可思議な動きをとったかと思うと、スーッと溶ける様に消え去ってしまった。
それと同時に、神龍を覆っていた光も徐々に消えていったんだ。
「……まさか……守護龍様が呪いに掛けられていたとは……。それでは活動期に暴れ回っていたと言うのも……」
オーフェの説明を聞いたミシェイラが、苦虫を噛み潰したような顔でそう呟いた。
何処の誰がそんなに悪質な事をしたのかは分からないけれど、そのせいで彼女の妹は命を落としたんだ。
「間違いなくそうでしょう。理性を無くして破壊衝動を増大させる呪詛の様に思われました」
そしてミシェイラの呟きに、オーフェは淡々と肯定する言葉を続けた。
ミシェイラの手は力の限り握りしめられ、口元からは歯を食いしばる音が聞こえた。
彼女の怒りや憎しみはいかばかりか、俺達には分かり様も無かった。
『あ―――……なんだか悪夢を見ていたような気分だ……』
その時、この空間一帯に響き渡る“声”が発せられた。
その発信源は、改めて確認するまでも無く目の前にいる「
「お……お目覚めですか? 神龍アミナ様……」
普段の言葉遣いとは到底違う、緊張感を漲らせた口調でトモエがその声に反応した。
普段の態度は兎も角として、やっぱり彼女も神龍アミナを崇める「アミナ神龍教」の一員なんだな。
『……目覚めた……? やっぱりボクは眠っていたのか……? それともそれに近い状態だったと言う事か……? それに……痛……痛たた……』
いまだ現状を把握しきれない神龍アミナは、トモエの問いかけに再確認をかねて質問で返した。
それと同時に、自分の身体に痛みがある事を漸く気付いた様だった。
「申し訳ありません、神龍アミナ様。あなた様には、何かしらの呪詛が掛けられておりました。それを解呪する為に動きを止める必要があり、力尽くで行使致しました」
トモエは申し訳なさそうにそう告げた。
自分達が崇める御神体……守護龍たるアミナを、理由はどうあれ傷つけたのだ。
怒りを買っても仕方のない場面ではある。
『……ん―――……ん? なる程。これはボクの方が迷惑をかけたかもしれないね。呪詛を掛けられてからの記憶はないけれど、多分償い切れない過ちも犯した様だ』
そう言ったアミナは、ゆっくりとミシェイラの方へと視線を向けた。
その先には俯き、何かに耐えているかの様なミシェイラが居た。
『君達人間は、とても気の良い人種だと思っていたから完全に油断していたよ。今後は、また呪詛を受けない様に気を付けるよ。それから償いにはならないかもしれないけれど、これからはこの国、特にアミナ神龍教団に力を貸す事にするよ。勿論、守護龍として永遠にね』
神龍アミナのこの申し出は、俺達の目的とも合致しているし大いに有難いものだった。
これで今後、少なくとも神龍が暴れ回り周辺地域に被害が出ると言う事は無くなるんだ。
だけど今はそれだけでは収まらない。
今後……では無く、過去に神龍によって被害を受け、肉親を亡くした者にとってはすぐに納得する事なんて出来る筈がない。
その一番手が今この場にはいるのだ。
その時、ミシェイラは片膝をつき、神龍を敬う様な姿勢を取った。
俺達が呆気に取られてみていると、ミシェイラが静かに語り出した。
「……守護龍様……。この地には色々とありましたが、今は過去に囚われず、未来に目を向けなければならぬ時。何卒この国を
私情を捨てたミシェイラの言葉は、この場に居る全員に響いたと思う。
あのオーフェでさえ、ミシェイラを見る瞳には優しさすら感じられる程だった。
『分かった。君の望みを叶えると、ボクの全てを掛けてここに誓うよ。そして君達には、これを預ける事にする。君達が望む刻、望む場所でこれを使えば、ボクはすぐにでもそこへ向かうと約束する』
そう言った神龍の鼻先に、小さく赤い光が出現した。
その光は3つに分かれてそれぞれ俺とミシェイラ、トモエの元へと降りてきた。
ゆっくりと治まった光の中からは、まるで血の様に真っ赤な宝玉が出現したんだ。
『それは龍玉石。神龍だけが生成できる、自然界に存在しない物だ。そしてそれを持つ者は、神龍との会話を可能とする。大事にしてくれ』
与えられた龍玉石を、俺達は大事に受け取った。
これで神龍との対話も、そして神龍の合力も得た事になったんだ。
『それじゃあボクは、少しの間休む事にするよ。これ位の傷はすぐに治るけれど、兎も角ボクには休息が必要なようだ。何かあったらすぐに教えてくれ』
それだけを言うと、神龍は長い首を横たえて眠りに就いたんだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます