第二部

第三のよげん?

第34話 ミコちゃんが泣いている 1

 バケツは火事があった二日後に、ミコちゃんに返した。バケツがなくなって困っているかなと心配したけど、誰も気づいていないそうだ。うちだったら誰かが目ざとく見つけて、うるさそうなのに。ミコちゃんのうちは全員、ミコちゃんみたいに、おっとりしているのかもしれない。


 火事からの数日間、あたしたちはビクビクしながら過ごしていた。

 でも、あの中学生たちは誰にも言わなかったのか、何かきかれることはなかった。お姉ちゃんは、「あんなぼろ小屋、燃えてスッキリした」って笑ってたけど、あたしはのどにしこりが出来たみたいな感じがして、食欲も少し落ちてしまった。


『よげんの書』は、勉強机の一番下の引き出しにしまっていると、ミコちゃんは教えてくれた。あれから、何度か確認しているそうだけど、文字は一度も浮かんでこないらしい。


 あまりに変化がないから、もう図書室に返しちゃおうかって話をした日の午後、ミコちゃんから電話があった。さっきバイバイして別れたばかりで、あたしはまだランドセルを背負ったままだった。


「どうしよう……、ごめん、ほんとに、ごめん」


 ミコちゃんはあたしが何か言う間もあたえないくらい、連続して「ごめん、ごめん」とあやまる。びっくりして、今すぐ、ミコちゃんの家まで走って行こうかと思った。


「ね、いいよ。なんだかわかんないけど、あやまんないでよ」

「ごめん、ほんと……どうしよう、あんずちゃん!」


 何があったんだろう。

 そう心配して、ふと『よげんの書』が頭に浮かんだ。きっと、あの本に関係していることなんじゃないかな。


 あたしは、おそるおそる、「もしかして、何かよげんがあったの?」ときいた。


「ち、違うの。そうじゃなくて」


 ミコちゃんの焦る声がしたかと思うと、受話器の向こうから、赤ちゃんの泣き声がきこえてきた。大きな声で、あたしは受話器を遠くに、はなしてしまった。


「ちょっと、待って」


 かすかにそう言ったのがきこえた。それからバタバタという足音。


「あんずちゃん?」

「うん、きいてるよ」


 ミコちゃんが、「ふぅ」と息を吐き出す音がした。あたしは、言葉をききもらさないようにと、受話器に耳を痛いくらいぴったりと押しつけた。


「あのね、さっきの泣き声なんだけど」

「うん」


 不思議に思っていた。ミコちゃんは一人っ子だから。


「あれ、いとこなんだ。おばちゃんが連れてきたの。まだ赤ちゃんなんだ」

「そう」


 ごめんって言っていたことと関係あるんだろうか。

 首をひねっていると、「やぶいちゃったんだよ」と、ミコちゃん。


「え?」


 あたしの声は、まぬけにひびいた。ミコちゃんが「ごめんなさい」って、泣き声まじりで、またあやまる。あたしは、にぶい頭にかつをいれた。

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