第9話 ミコちゃんから電話がある 2
「ううん、部屋にあるよ。さっきもお姉ちゃんに見つかってさ、からまれたけど、図書室で借りたって言ったら、それで納得したみたい」
借りてはないけどね、と冗談ぽくして笑ったけど、電話ごしのミコちゃんは静かなままだった。不安になって、「ミコちゃん」って、そっと呼びかける。
「う、うん。きこえてるよ。あのね、文字、何て書いてあったか、おぼえてる?」
文字?
電話で話していたけど、首をふる。
「ぜんぜん。赤い文字だってことしか、おぼえてないよ。っていうか、読んでもないしさ」
びっくりして、すぐに落としてしまったから。
でも、ふと気づいて、「読んだの?」ってたずねた。
耳もとではミコちゃんの、すぅって息を吸い込む音がする。
「うん。わたしは読んだから。全部じゃないけど」
「なんて、あったの」
間があいた。
心配になって、また声をかけようとしたとき、ミコちゃんの声がした。
少しだけ震えている。こっちまで緊張してくる声だ。
思わず廊下に目をやった。
誰もいないけど、誰かに見られているような気がした。
「あのね……、〈トモダ先生にキケンがせまっている。明日の昼休み〉ってとこまで読めたんだ。まだつづきがあったみたいだけど」
「トモダ先生?」
トモダ先生っていうのは、六年生の担任をしている、ちょっと怖い顔をした女の先生だ。あたしは今まで一度も担任になったことはないけど、一年生のときから、ずっといる先生だから、どんな人かは、だいたいわかる。
「トモダ先生にキケンがせまっているって、どういうこと?」
「わかんないけど」
ミコちゃんの声は消え入りそうだった。
胸がざわざわする。
先生に何がおこるんだろう。
考えていると、上でキィって板がきしむ音がして、飛び上がった。
見上げると、お姉ちゃんが階段の上から、こっちを見下ろしていた。
目が合うと、やばって顔になる。
そういえば。
あたしは思い出して、ちょっと受話器から耳をはなした。
「トモダ先生って、前にお姉ちゃんの担任だったよね」
たしか四年生のときに担任だったはずだ。お姉ちゃんは、あたしが盗みぎきを怒ると思っていたらしいから、この質問に、一瞬ぽかんとした。
「は、えっと。ああ、うん。そうだけど、なに?」
「べつに」
小声でミコちゃんに、「お姉ちゃんの担任だった」と知らせる。
それから、また顔を上に向けた。
「ねー、トモダ先生って、お昼休みにドッチとかしないよね」
「しない、しない」
あの人、遊んだりしないから。
お姉ちゃんは臭いものでもかいだみたいに、鼻にしわをよせる。
「どしたの、それが。なんか怒られたとか?」
あの人、うるさいからねー。
しみじみしだすのを放っておいて、ミコちゃんとの会話にもどる。
「あのね、あんまり好かれてない先生だしさ、キケンでもいいんじゃない」
「えぇっ、そんなこと……」
「うん、昼休みだよね。だったら、見はっとこ。よげんを確かめるために」
「警告しないの」
「しない、しない」
ミコちゃんは、優しいから心配していたけど、あたしはまだ、このときは真剣に考えてはなかった。ミコちゃんの言葉をうたがったわけじゃない。でも、トモダ先生の名前が『よげんの書』に書かれたなんて、すっごく面白いって、ゾクゾクする気持ちでいっぱいで、心配の入るすきまがなかったんだ。
「とにかく明日。明日、確かめよう」
ウキウキしているあたしとは反対に、受話器からは長いため息がきこえてくる。
でも、「うん、わかった」って返事。よし、決まりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます