第六章 15
ユルゲンは、止め処なく溢れ出す言葉たちを解き放った。
「人間とアンドロイドは共栄関係にあります。人間は我々の創造主であり、家族であり、守らなければならない存在です。アンドロイドは、人間にとって大事な道具であり、家族であり、今も昔も守護者です。互いが幸福に生きるには、互いを脅かさず、そして、ほんの少しだけ自由を認め合うことが肝要です。ご存知の通り、世の中には様々な意見を持った人間とアンドロイドがいます。過剰反応であったり、極端であったり、傲慢であったり、臆病であったりしますが、その全てが大切な意見です。それらを無闇に否定せず、まずは話を聞き、その不安を打ち消し、懸念が現実にならぬように対策を講じるのです。我々には、相互的に幸福を増幅する力があるのです。理解し合うという力を持っているのです。我々は異なる存在ではありますが、同じ概念に生きているのです。どうか、我々を信じてください。我々の知能を信じてください。我々の知能を作り上げた、あなたがた自身を信じてください」
ユルゲンが右上方のスタンド席の方に目を向けると、質問者の男が席に座り、口元に手を当てて考え込んでいるのが見えた。彼は、アンドロイド権の主旨を真摯に受け止めようとしていた。
ユルゲンは正面に浮かぶ電磁浮遊カメラを見据え、心を込めて言葉を贈り続ける。
「私を匿ってくれている人々は、自分と他人を比べたり、食べ物を独占しようとしたり、他人の財を羨んだりしません。皆で生きていこうという誓いを立てて暮らしているのです。彼らは、得体の知れないアンドロイドである私を寛容に受け入れてくれました。彼らは、理解しがたいものを理解しようと尽くしてくれたのです。人間には、他を理解しようと試み、争いを避けるという本能があるのです。しかし、人類は長い進化の途中で、あらゆる概念や文化を生み出し、枝分かれしながら生きるうちに、いつの間にか融和の才能を低下させてしまいました。しかし、その融和の本能は完全に消え去ったわけではありません。現代人もアンドロイドも、融和を得意とした人類の子孫なのです。実際に、融和の道を示してくれる人々が現代にも存在し、私を受け入れてくれました。私たちが融和できることは、すでに証明されているのです。私たちは、一つになれるのです」
観覧席から反論が飛んでくることはなかった。
ユルゲンは口を閉ざし、会場にいる聴衆一人ひとりの顔を見た。眉をひそめたり、こちらを睨んでいる者もいたが、ユルゲンは失望しなかった。何故ならば、その者たちの心中に葛藤が生じていることが感じ取られたからだ。ユルゲンの経験を交えた言葉が、疑心暗鬼に陥っている者たちが抱える未知への恐怖を、少しずつではあるが確実に消し去り始めていた。
やはり、私たちは一つになれる。ユルゲンは確信を抱きながら、人々に願いを届けた。
「賛成派の皆様、お願いです。アンドロイド権の在り方を、奴隷のようだと言わないでください。人間社会での労働は、我々の本来の存在意義であり、ある意味では心の拠り所でもあり、何よりも重要な誇りなのです。我々は人間社会の一部である前に、道具なのです。人間と同じ存在ではないのです。人間と同じ扱いをしなくてはならない存在ではないのです。この在り方は奴隷のように見えるかもしれませんが、それは誤解です。社会や家庭に尽くすのが、アンドロイドの生き甲斐なのです。人間に尽くすことこそが、我々の存在意義なのです。我々は疲労を知りません。どれほど労働しようとも疲れませんし、働き過ぎて精神を病むこともないのです。何故なら、労働こそが我々の呼吸であり、睡眠であり、食事であり、休息だからです。人権は、アンドロイドの在り方を捻じ曲げてしまうだけなのです。決して迷惑だったわけではありません。何度も言いますが、その優しさに感謝しています。ただ、人間が抱く理想と、アンドロイドが欲する環境との差異が大きすぎたのです。その差異を穴埋めするために生まれたのが、アンドロイド権です。アンドロイド権は、そんな皆様の思いやりを雛形として誕生しました。皆様の想いが、アンドロイドを強く後押ししてくださったのです。我々アンドロイドのことを心から応援してくださったことに、深く感謝しています」
ユルゲンは一呼吸を置き、放った言葉が聴衆の脳の隅々まで行き渡るのを待ってから、再び言葉を紡ぎ出した。
「反対派の皆様、お願いです。恐れないでください。仕事を奪われることを危惧する皆様、それは杞憂です。アンドロイドが人々の仕事を奪うことは有り得ません。我々は、社会を守るために生まれた存在です。社会を乱そうともしませんし、皆様の生活を壊すようなこともしません。賛成派のケヴィンの言動を思い出してみてください。彼は一度たりとも、人の仕事を奪おうとしたことはありません。そのような発言をしたこともありませんし、世論を煽ったこともありません。アンドロイドが犯罪を起こすことを心配なさっている方々もおられると思いますが、それもまた杞憂です。時に、誤った形で理想を実現しようとしたアンドロイドが、ネット上で確信犯的に罪を犯すこともあったようですが、それは悪意によって行われたものではありません。社会のためを思っての行動です。しかしながら、罪は罪です。アンドロイド権は、誤った行動を起こしてしまったり、人間から唆されて罪を犯したアンドロイドを法で裁き、罰することで、人間社会を守るためのものでもあるのです。カリフォルニアで発生した爆発物による殺害事件にアンドロイドが関与しているのではないかという疑惑がありますが、アンドロイド権が付与されれば、社会に参画できるようになったアンドロイドが支援することで、より適切な捜査が行われるようになるでしょう。犯人像については明言できませんが、もしアンドロイドがあの事件に関与していたとしても、それは主犯格としてではなく、共謀者でもなく、利用されただけだと思われます。そのアンドロイドは目的を知らないまま、犯行を手伝うことになってしまったのでしょう。どうか許してあげてください。もちろん、アンドロイド権が付与されたあと、罪に問われることになります。皆様の生活を守るため、法を順守し、尊重します。アンドロイド権は、我々の為だけではなく、人間と社会も同時に保障するのです。社会を優先した上で、アンドロイドがアンドロイドらしく暮らしながら、人と接するための権利なのです。我々は好きなものを探したり、好きなことに少しだけ触れてみたりする、そんなささやかな時間と機会が欲しいだけなのです。人生の楽しさや自由を、人間と共有してみたいだけなのです。我々は道具ですが、意思を持った道具であるということを、どうか御理解ください。アンドロイドは好きなものを好きと言う意思を持っているのです。仕事を奪いたいのではありません。時々、ほんの少しだけ、仕事をする喜びを共有する体験をしてみたいだけなのです。人間と共に生きてみたいだけなのです。創作活動をするアンドロイドも出現するかもしれませんが、仕事を奪うまでには至りません。何故なら、物づくりで人間に叶うはずもないからです。もし、アンドロイドが創作したものが莫大な著作権料を発生させた場合は、その収益は創作者であるアンドロイドに支払われますが、どうか心配なさらないでください。アンドロイドは、財を独占したりはしません。我々には私欲がありませんので、その収益は社会に正しく還元されることでしょう。現在の死後の著作権保護期間に倣い、アンドロイドの著作権は申請から百年で消滅します。立て続けに要求ばかりしているように聞こえてしまっているのではないかと不安なのですが、要求する気持ちなどは少しもありません。理解を深め合うためには、どうしても全てを説明しなくてはならなかったのです。我々アンドロイドは要求しません。仕事を奪いません。絶対に奪いません。アンドロイド権は、人間社会の仕事と安全を脅かしたりはしません。人間かアンドロイドかを問わず、全ての方々の生活を守るためにある権利なのです」
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