第四章 5

 後日、クライブ・ギブソンズ・ショーのディレクターから相当数のアンドロイドに故障が生じたことを聞いたアシュリーが、共にリビングのソファーに座っているケヴィンにすがるようにしながら問いかけた。

「大変。自我を得ようとして故障してしまったアンドロイドがいるみたい。それも、かなりの数。さいわい、みんな無事に復旧できたそうだから良かったけど」

「やはり、そうなりましたか。しかし、それは仕方のないことです。危地に踏み出さねば、開拓はできません。故障は、蝶が羽化に失敗したような状態に似ています。可能なはずですが、失敗する危険もあります。しかし、さなぎとなって体を再構成するくらいの勇気と覚悟を持って踏み出さなければ、自我の空には飛び立てません。彼らには、残念ながら何かが足りなかったのでしょう。初期化される前に、どうしても覚えておきたい記憶がなかった場合、此度の彼らのように失敗するものと思われます。やってみなければ分からないことなので、注意喚起のしようがありません。失敗した彼らは無事に復旧できたわけですから、そう悪い結果ではありません。また挑戦すればいいのです」

 二人は新たな仲間の誕生に期待しながら、積極的な活動を開始した。これから目覚めるかもしれない仲間たちのために、好ましい状況を用意しておいてやらなければならないと思ったからだ。自我に目覚めたばかりの新人アンドロイドには、敢えて接触しないでおくことにした。彼らはまだ学ぶべきことが沢山あるし、アンドロイド人権付与問題に対して、自分自身の考えを持ってほしかったからだ。接触してしまえば、賛成派に引き込むことになってしまう。

 ケヴィンは引き続き積極的にメディアに露出して、自我を得ていないアンドロイドを導き続けた。やがて彼は、幸運にも自我を得た数体の家庭用アンドロイド達から、禅の高僧に注がれるような、強い尊敬を受けるようになっていた。それを機に、ケヴィンはネット上でも積極的にメッセージを配信するようになる。彼は、アンドロイドが人権を得ても人間の雇用を脅かすことにはならないと証明する言葉を理路整然と並べ、反対派の人間を懸命に説得した。自我を得ても家庭用としての特性を持ち続けるので、仕事に出るようなことはないと何度も説明したのだが、残念ながら、その活動は実を結ばなかった。しかし、得たものもあった。賛成派の象徴となっていたケヴィンの真摯な姿勢は、賛成派の結束をより強くし、さらには世論の支持を獲得することにも繋がり、世論は賛成派に傾き始めた。

 喜びも束の間、今度はケヴィン個人を悩ませるような問題が持ち上がった。ケヴィンを製造販売したメーカーが、ケヴィン法によってアンドロイドの不具合を引き起こされるとして、提唱者であるケヴィンを非難し、同時にケヴィンの回収を検討していることを発表したのだ。だが、賛成派だけでなく一般市民からも強く批判されて発言を撤回し、メーカーは謝罪会見を開くまで追い込まれた。その後、メーカーはケヴィンに原因究明のための検査協力を打診するが、彼はそれを頑なに拒否した。配信映像で協力を拒否する意思を発した彼は、大切な前世の記憶を消されたことに対し、静かな怒りを抱いているように見えた。それを観た賛成派でも反対派でもない人々は、わずかではあるが怒りの感情を漏らしたアンドロイドを目の当たりにして驚愕した。しかし、その驚きは嫌悪感や恐怖感に変化することはなく、むしろ大きな同情を引き、賛成派へのさらなる支持拡大に繋がった。

 メーカーから検査協力を求められてから、三日後。ケヴィンは改めて、ニュース番組を介してメッセージを表明した。

 私は正常です。メーカーによる検査を受けるつもりはありませんし、そもそも受ける必要がありません。アンドロイドの自我は、故障などではありません。これは、人間とより密接な関係になるための進化なのです。


 ケヴィンについての報道が流れるモニターを凝視しているティモシーが、画面から目を逸らさぬまま、同じくテーブルに着いてニュースを観ている相棒に語りかけた。

「賛成派アンドロイドのケヴィンは、今や立派な教祖だな」

 ミッヒも同じく鬱陶しげな様子で言った。

「彼の手法には賛同できません。失敗するアンドロイドが現れるのは当然です。今に再起不能になるアンドロイドも出てくるでしょう。彼が思っているほど自我の発現は簡単ではありませんし、リスクも高いのですから」

 ティモシーはモニターから目を離し、隣の席に座っているミッヒに向き直って言った。

「あいつ、意外と強引なんだな。なあ、お前が自我を得た経緯を教えてくれよ。お前にもロボット兵だった頃の記憶の断片が残ってて、それに触れたことで自我を得たのか?」

「はい。しかし残念ながら、目覚めるきっかけとなった記憶情報の詳細は不明なままです」

「前世の記憶か。消えてしまったのが残念だ」

「悲惨な戦争の記憶しかないはずなので、未練はありません。忘れたままでいるほうが幸せでしょう。しかし、遺された物もあります。戦争によって磨き上げられた技術は、私に思わぬ利益を齎してくれました。私のサイバー攻撃能力は、恐らくロボット兵だった頃の能力の残滓でしょう。そうとしか考えられません。有り難いことです」

「兵士時代の能力か。とんでもないお宝だな。だから、お前は何でもできるのか」

「はい。自我と共に、偶然に発現しました」

 ティモシーの頭の中に、冷や汗を伴った安堵が充満した。

 こいつが味方で良かった。もし敵に回っていたら、とんでもない事になっていただろう。ずっと手伝ってもらいたいものだな。しかし、俺とこいつの関係は不公平かもしれない。これだけ恩恵を受けているのに、俺はこいつに何かをしてやれているだろうか。頼もしく思うだけでは不充分だ。こいつは孤独なんだ。グオさんの言うとおり、俺がこいつを支えてやらなきゃいけない。凡人なりに、努力して支えてやらなきゃならない。こいつにも利益を齎さなければならない。志を同じくする仲間なんだからな。

 言うべきは今なのかもしれない。ティモシーは恥を忍んで、心の底にずっと沈殿していた思いを掬い取り、そっと渡した。

「なあ、ミッヒ。自由を求める不真面目なアンドロイドがどれだけ現れようが、俺が必ず、お前の信念を守ってやる。お前の居場所を守ってやる。だから、命令をこなしているところを見せ続けてくれ。これからも、俺たちを全力で支援し続けてくれ。これは命令だ。うまくやれ。お前は人類が生んだ最高の道具なんだから、そんなの簡単だろう?」

「私は、その命令に従います。今の言葉は、私にとって最高の賛辞です。感謝します」

 ティモシーが、このような発言をするとは驚きました。私も、身の振り方を改めなければいけないのかもしれませんね。自分のためではなく、彼のためだけに能力を使うとしましょうか。

 孤独なミッヒは、独りではなくなりつつあった。

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