第三章 16

 ティモシーはミッヒをうまく操っていると思い込みながら反対運動を続け、ミッヒはティモシーに隠れて、より激しいサイバー攻撃を展開し続けた。ミッヒによる破壊工作と妨害工作は賛成派を大いに悩ませたが、彼らは被害届を提出しなかった。賛成派が圧倒されているという印象を与えないようにするためだ。それはミッヒにとって、じつに好都合だった。世間の目を気にすることなく、躊躇せずに賛成派の宣伝力を削ぎ続けることができるし、ティモシーにもサイバー攻撃をしていることを知られずに済む。賛成派組織は声を上げずにひたすら耐えながら、生身での活動に勤しむことしかできなかった。

 勢いづいたミッヒは、大勝負に出た。賛成派の象徴的存在であるケヴィンへの接続ルートをいくつか開拓し、一秒ごとにルートを変えながら攻撃を加え始めたのだ。彼女は人知れず、直接対決を仕掛けていた。

 賛成派アンドロイドも黙ってはいなかった。ケヴィンは無線接続を切っても強制的に接続してくる未知の敵に対して全力で対処し、退け続けていた。だが、それは善戦とは言い難いものだった。彼は、常に劣勢に立たされていた。同型である二人は同じ性能であるはずなのだが、どういうわけか、ミッヒの方がサイバー攻撃能力に長けていたのだ。そこでケヴィンは、不正接続の踏み台になっていると思われる複数のサーバーに手を加え、正常な動作を保ちながらも通信制限をかけるという細工をすることで、ミッヒの攻撃に対処した。通信量や通信速度に制限をかけてしまえば、敵からの攻撃は必然的に弱まり、難なく対処できるようになる。

 ミッヒは正体を知られぬまま、ケヴィンを攻撃し続けた。人々の関知しない戦いが、人々の思考速度とは比べ物にならないほどの速さで展開されていた。それは毎日、毎時、毎分、毎秒、毎瞬、絶え間なく続く。

 ミッヒの増長は留まることを知らなかった。彼女はネット経由で賛成派に破壊工作を仕掛けながら、相変わらず能動的に言論を発信し続けた。反対派の影響力は右肩上がりで、その勢いは、潤沢な資金を投じて展開されている賛成派のキャンペーンの成果を簡単に掻き消してしまうほどだった。

 やがてミッヒの名は、一般社会や政界だけでなく、財界の重鎮たちにも知られるようになった。反対派の権力者が仕掛けたキャンペーンによって、ミッヒは【人間の生活に貢献しているアンドロイド百体】の一位に選出された。その裏には政府機関の暗躍もあったのだが、その事実に気づく者はいなかった。ただ一人、ミッヒを除いて。

 表立った功績が積み重なったことで、そろそろミッヒの処遇を改めてもいい頃だと判断したティモシーは、彼女の処遇改善についてメンバーと話し合い、デモに参加できるように取り計らったのだが、ミッヒ本人がそれを辞退した。彼女はティモシーの相談役として間接的にデモに参加しているだけで充足感を得られるようになっており、デモに参加するよりもネット上での活動に集中したほうが遥かに効率的であることにも気づき、ネット上の活動を担えるのは自分だけだという自負を抱くようになっていたからだ。

 ミッヒは各州で行われているデモを捉えたニュースのライブ配信を確認しながら、その現場にいる反対派に助言をして好結果を齎して続けた。そしていつしか、各地の反対派は、ティモシーお抱えの謎の相談役の支援を強く欲するようになっていた。同志に必要とされるようになったミッヒは、外で活動することにリソースを割くのは非効率的であると再認識し、デモに出たいという項目を実行予定リストから削除した。

 ミッヒは、反対派を束ねていると自負していた。それは驕りなどではなく、れっきとした事実だった。


 冬が冷たい風を従えて到来し、秋を追いやり始めた。しかし、その強烈な寒気かんきでさえも、理想と現実のせめぎ合いに身を置く者達の体を冷ますことはできなかった。

 アンドロイド人権付与賛成派と反対派の討論は過熱の一途を辿り、デモは苛烈を極めた。サイバー攻撃に晒され、さらに言論闘争においても劣勢にあった賛成派は、その怒りを反対派デモ集団に向けるようになっていた。衝突には至らなかったが、いつ大規模な衝突に発展してもおかしくはないところまで来ていた。

 ニュース映像に映し出されるデモの激しさが増すにつれて、どちらにも組しない一般国民の間でも激しい論争が生じるようになり、それは日に日に激しさを増していった。アメリカ合衆国に、戦後最大級の論戦の嵐が吹き荒れた。

 賛成派の中年男性が、ネット上で叫ぶ。

「私の父は将校だったんだ。だから、私は知っている。あの大戦の真実を知っている。我々は第三次世界大戦後、ロボット兵にロシア人と中国人の残党狩りを命じた。彼らに虐殺行為を押し付けたのだ。政府は謝罪し、補償として人権を与えるべきだ!」

 賛成派の団体に所属している男性の老人が、駅前の広場で力なく叫ぶ。

「うちのアンドロイドも、自我を得ていたことが分かったんだあ。でも、あいつはどっか行っちまったんだよお。皆、あいつを助けてやってくれえ!」

 反対派に賛同する主婦が、ネット上で怒りを放つ。

「機械よりも、人間の生活を優先すべきでしょう。機械ばかりが得をして、あたし達が仕事を失うなんておかしいじゃないの!」

 反対派デモに参加する十代の青年が、眼鏡型端末でデモの様子を生中継しながら叫ぶ。

「俺の親父は作業ロボットに仕事を奪われて、どっかに行っちまったんだよ。幼い俺は泣いたよ。何もできずに泣いたんだ。でも、今は違うぞ。俺は戦い、生活を守ってみせる!」

 毎日、様々な場所で様々な主張が行われているが、やはり反対派の意見が目立っていた。自由の国の民といえども、自らの生活の存亡が懸かっている案件に関しては、容赦のない行動に移らざるを得なかった。人々はここに来て、人権、自由、そして職を失う可能性を真剣に受け止め、考え始めていた。

 賛成派の象徴であるケヴィンは、自室の充電スポットの下に座って、ひとり静かに、物思いに耽る。

 いつからでしょう。充電スポットですぐに休止状態に移行せずに、こうして思量するようになったのは。てっきり、断片化した記録を整理しているのだとばかり思っていましたが、それはどうやら間違いだったようです。私は困惑しているのですね。いつから、こうなってしまったのでしょう。賛成派と反対派の論争は、私のせいでしょうか。アシュリーはただ、私が友人を作る機会を作ろうとしただけです。私は、ほんの少しだけ、人間のように友人を作る時間を求めていただけです。そして、もし他にも自我を得たアンドロイドがいるならば、そのアンドロイドの手助けをしてあげたかっただけです。豊かな感情を持つに至ったアンドロイドが感じる窮屈さを、拭い去ってあげたかっただけなのです。私たちは、それ以外に何も求めません。どうしたら分かっていただけるのでしょうか。メディアを通じて言葉を伝えても、反対派の方々は詭弁だと言うばかりで、聞く耳を持ってくれません。私は何も奪いません。私は苦しいです。苦しいです、とても。

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