第二章 9

 グオは、恥に塗れて何も言えなくなっているティモシーを気遣い、浅い咳払いを一つして様子を伺ってから、選び抜いた言葉を届けた。

「僕らは同じだ。僕らは必死なんだ。仕事を失う恐怖と戦い続けている。とても不安だ。とても苦しい。でも、アンドロイド人権論争と雇用の問題は別物なんだ。僕らが生きているように、彼らも生きている。それは保証してあげなければいけない。受け入れ難いことかもしれないけど、それが真の平等というものだ。僕達は常に、心というものに敬意を払わなければならない」

 窓の外から目を離さぬまま、怒りを再燃させたティモシーが反論した。

「俺だって、人権というものを理解している。でも俺は、今の関係性が最も正しいと思うんだ。アンドロイドは人間の道具として暮らすべきなんだ。今までの関係性を保てば、利害は生じないんだよ。均衡の問題なんだよ。わかるだろ、グオさん。アンドロイドが人権を得たら、アンドロイドは奴隷生活を拒否して家を出て、独立し、仕事を探すだろう。心があるんだ、自由が欲しいに決まってる。家を出たアンドロイドは、好き勝手に仕事を奪う。自由を謳歌するためにな。雇う側だって、使い勝手のいいアンドロイドを選ぶに決まってる。そして、ほとんどの人間が仕事を奪われる。俺たちは奴らよりも劣ってるんだ。悔しいが、実際に劣ってるんだ。だから、俺たちは仕事をむしり取られるんだよ。俺はそのことに気づいてる。だから、俺が動かなくちゃならない。これ以上、人々が職を失って苦しむのを、指しゃぶって眺めてるわけにはいかないんだよ。どうして分かってくれない?」

 ティモシーはたぎる思いをぶつけ終えると同時に、窓の外の風景から、グオの目に視線を戻した。グオは、ティモシーの鋭い目を見返した。ティモシーの瞳の奥には、母親に叱られて反発する中間反抗期の子供のような、寛容と包容を求めてやまない不安定な感情が入り混じっていた。グオは、彼の睨みに込められている怒りが懇願であることを見抜き、それを受け入れて言葉を返した。

「きみの言うことは分かる。僕だって分かっているんだよ。でも、僕は平等と自由を愛している。人もアンドロイドも同じだ。機会は等しくあるべきだ。だから、僕はどちらかに肩入れするわけにはいかないんだ。僕はアンドロイドの立場も含めて考えているだけで、きみの意見に反対しているわけではないんだ。きみの気持ちはちゃんと理解している。分かってくれるね?」

 グオの寛大な心遣いを感じ取ったティモシーは、母親の泣き顔を見たときのように全身の血気が引くのを感じ、瞬く間に冷静さを取り戻した。

「ああ、分かったよ。中立でいたいんだよな。俺も、あんたの考えは理解してるよ」

「良かった。安心したよ」

「俺もだ。あんたとは対立したくない。悪いな、熱くなりすぎた。あんたに振られて、ショックだったんだ」

 ティモシーの冗談に、グオは高純度の笑顔を浮かべながら答えた。

「振ってしまって申し訳ない。でも、一切関わらないわけじゃない。デモには参加しないが、友人としてなら、いつでも相談にも乗るよ。賛成派のキャンペーンの手法や広告資金力を見る限り、彼らは生活に余裕がある人々が多いようだから、きっと良い相談役を抱えているはずだ。きみにも、そんな存在が必要だ。僕は平等が好きだからね」

 ティモシーはグオの言葉の真意を汲み取り、思わず笑いながら言った。

「あんたは本当に優しいな。感謝するよ」

「ただし、全面協力するわけではないよ。あくまでも、きみの案を確認する程度だ」

「それで充分だ」

 それから二人は、今日のデモの反省点や今後の方針について、友人として話し合った。グオは直接的な進言は控えていたが、的確な分析と予測を遠回しに伝え、ティモシーはそれを敏感に察知して把握し、自分のものとした。グオとの会話は、失敗に打ちひしがれ、今後の策もまともに思い浮かばなくなっていたティモシーに、これ以上ないほどの恵みを齎した。来週のデモは、きっとうまくやれる。ティモシーはそう確信した。そして、それは現実となる。

 望まぬ形での撤退を強いられたデモから、一週間後。ティモシーは六百人規模に膨れ上がった反対派集団を見事に指揮し、初回のデモよりもさらに統制されたデモを実現してみせた。その様子はニュースで取り上げられ、またも高い評価を得た。この成功によって、第二回デモでの醜態は、人々の記憶から綺麗に消え去った。

 ティモシーは己に打ち克つことに成功し、また一歩、家族を明るい未来へと導いた。

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