「すきだ」と知ってほしくて――最後の5分間
月波結
帰省
彼が帰る日が来た。
お盆が終わるまで、大学が休みの8月のはじめから帰省していた。
彼が
彼はきっとわたしとは違う都会的な女の子と日々出会って、彼女を作るんだろうと。そう思うと町を出ることができなかった自分の意気地の無さを恨みたくなった。
8月の濃緑の稲が、風に撫でられてざざざっとやさしく揺れる。わたしはこういう風景が失われずに残っているこの町がすきだった。
「
「おう、帰り支度終わったの、
「大体な」
蝉の声が響いている。
夏が、過ぎようとしている。
「また見送りに来るの?」
「なんで笑うのよ」
「だってオレが入学のとき、お前、泣いたじゃん」
わたしは小さく「うっせーな」と呟いた。
「あれはさ、ほら、拓海とは幼なじみでずっと一緒にいたからさ、だから……」
「わかった、わかった。どこかでアイスでも食おう」
小さい頃からずっと一緒にいて、背の高さはぐんと追い抜かれちゃったけど、心の成長速度は同じだとずっと思っていた。けれど……知らないうちに拓海だけ、上京を考えていたなんてなんだかずるい。
「何時の電車?」
「ああ、5時20分」
「わかった、またあとでね」
アイスを食べてお互いの家に一度帰って、わたしは思っていたことを実行することにした。
都内までは行けなかったけど、この前、友達に頼んで遠征して、ワンピースを買った。白地に青い小花模様のワンピース。きっと今日しか着ない。
汗だくではとても着られないのでシャワーを浴びる。気持ちは届くかな、と期待を込める。
髪を緩く結う。
ネットの動画を見ると簡単そうだけど、なかなか上手くいかない。途中で何度も編み込みなんかやめてふつうにまとめてしまおうかと思って、またやり直す。
「すきだ」と言われなくていい。
「すきだ」と伝われば……。
「夏帆ー、拓海くん、送りに行くんでしょう?」
「あ、いってきます」
白いサンダルをワンピースに合わせて、自転車に乗る。ヒールがあってこぎづらい。その上、汗をかいてお化粧が崩れそうだ。……都会の子のように、今日はきれいにしていたいのに。
「夏帆」
「……おう。おじさんたちは?」
「男なんか駅まで送ってポイだよ。見送り、お前だけ。なんだよ、今からどこかに行くの?」
「行かないよ……わかってるくせに」
そう、わたしはここにいてどこにも行かない。
一緒にホームに入る。停車時間はあと5分。黄色い線のギリギリで拓海を見送る。
「見送りありがとう。んじゃ、また行ってくるよ。お前もいろいろがんばれよ」
「拓海もかわいい彼女捕まえなよ」
ここまで来て何も意地を張る必要はないのに。
「上り――」
アナウンスが入る。ああ、もうドアが閉まる。拓海が一歩電車を降りて、唇を重ねた。
「次の休みも迎えに来て」
何事もなかったかのように、彼は電車に戻った。スマホのメッセージを開くと、『すきだよ』の一言だけが届いていた。
「すきだ」と知ってほしくて――最後の5分間 月波結 @musubi-me
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