ルフィアの過去

 ルフィア・E=C・シェルミンティアが産声を上げたのは、ティファレトにある生家だった。当時は父である『創造源神』もそこで妻と共に暮らしていた。

 ルフィアは母の胎内にいた頃から記憶が始まっていた。今でも鮮明に覚えているという。胎内の様子、聞こえる声、喜びに満ちた両親の顔。幸せが溢れていた。

 ルフィアの母、エトワールは『創造源神』の三人目の妻である。一人目の妻は、父の力を強く持った男児を産んだ。神格が失われず、強力な力を有していた。後継者となるべく育てたが、しかしダーカーの手によって幼くして殺害されてしまう。病気にかかった一人目の妻を看取って死に別れた。

 二人目の妻との間に生まれたのがケティスだ。人の血が強く混ざり、神格は失われている。人間の血に偏ったため、ハーフエンジェル特有の羽も小さく、空は飛べない。父の力も弱く継いだため後継には遠い。彼女は無事に成人して地上界に降り立った。二人目の妻は寿命を全うし、『創造源神』に見守られて旅立った。

 三人目の妻、エトワール。彼女との間に生まれたのがルフィアである。ハーフエンジェルでも稀少な、血の反発の起きないトレイトエンジェラーとして生まれてきた。その力は一人目の妻の子以上に強い。神格は失われていたが、持ち合わせた力は強大だった。生まれて間もない幼子を見て『創造源神』は確信した。彼女はいずれ自分を越える、と。

 ルフィアはすくすくと成長していった。三歳にして古代天使言語をつたないながら話せるようになる。未来視の力を以て母を助けたこともある。生まれついて持ち合わせていた癒しの力で、怪我した動物を治癒して野に放ったこともあった。

 ティファレトの街の住人は、ルフィアの顔見たさに家へ立ち寄ることもあった。雷を司る神トネールもそのうちの一人だ。

「トネールおじさん、遊びましょ!」

「おぉ、ルフィアお嬢さん、元気で何よりですぞ~」

 ルフィアのことは街のみんなが知っていた。『創造源神』とエトワールの間に子が生まれたことを祝福した。ルフィアには様々な神が祝福を与え、体内ではとてつもない力を宿した。特に、彼女の得意属性であった水と氷の力が増した。

 彼女が外を歩けば街の皆に声をかけられた。噂話大好きなおばさん、果物屋を営むおじいさん、グローリアからわざわざやって来た人もいた。その中には、ルフィアと同い年の少年の姿も。

「ルフィア、様」

「様なんてつけなくてもいいんだよ、レミエル」

「でも、君のお父上はあの『創造源神』様だ。君に対しても敬いを述べるべきだと思う」

「いいの! 様つけるの禁止!」

「そ、そんなぁ」

 困ったように慌てるレミエルが面白くて、ルフィアは笑顔になった。

 レミエルとルフィアは幼馴染みだ。同い年ということもあって仲良くなるのに時間は必要なかった。両親と共にグローリアへ出向くこともあった。『創造源神』である父の前では皆が頭を垂れた。最高神を敬う皆の姿を見て育ったルフィアは、子供ながらに父のことを尊敬していた。

「お父さんみたいになりたいな」

 いつも優しく、誰に対しても柔らかな微笑みを浮かべる父。驕らず、騙らず、誰に対しても平等に接する父を見習った。


 父から術式を教えてもらうことがあった。すぐにルフィアの特性を見抜いた彼は、水と氷の力を引き出した。ルフィアに術式を教え、癒しの力を上手く扱えるように修行した。並行して浄化の術式を教えることもあった。

 幼いルフィアは父の教えを素直に受け入れた。疑問に思ったことはすぐに聞き、術式の才を開花させていく。模擬戦をおこなうこともあった。手加減をした父に勝つことはまだできなかった。


 ルフィアが十歳になった頃。彼女は父から一本の剣を与えられる。剣の刀身が無い、柄と装飾だけのもの。

「これは、何?」

「聖剣フェンリール。かつて熾天使レイグが振るっていた神剣シャルギエル・セラフィムの分かたれたひとつだ」

「私にくれるの?」

「あぁ。今は応えてくれなくとも、いつかお前に従い、お前を守るだろう」

 亜空間の存在を教え、そこにフェンリールを片付けた。ルフィアに亜空間の使い方をレクチャーして、父は楽園の花園へと向かっていく。

「ルフィア、もしお前が悪しき者にかどわかされた時、我は助けられぬかもしれない。その時は、自分で自分の身を守ってほしい」

「お父さんが、守れないとき」

「そう。我が守れぬこともある。その時こそ、聖剣の出番だ・・・・・・」

 憂いの眼差しでルフィアを見つめた。しゃがんで娘と目線を合わせる。腕を開くとルフィアが駆け込んできた。父は大切なものをしっかりと抱き締める。

「ルフィア、我はもうここにいることもできないだろう。穢れが強まってきている。まるで蟲が這うように忍び寄っているのだ」

「穢れが、天上界ファンテイジアに?」

「あぁ。穢れが来ているのだ。我は神域に帰り、穢れから逃れなければいけない。我は、弱いのだ・・・・・・」

 このときの父の言葉を、ルフィアはまだ理解できなかった。

 悲しみの表情を浮かべていた父の姿を最後に、ルフィアはそれから彼に会うことはなかった。


*******


 ルフィアはすくすくと成長した。父が神域に去ってからも、術式の勉強を続けた。浄化の術式の力を強め、水と氷の力を会得していった。しかし聖剣は未だ応えてはくれず、亜空間から取り出しても刃は出てこなかった。


 十五歳になったルフィアは一人楽園の花園に出ていた。術式の練習に没頭していた彼女は、忍び寄る影に気がつかなかった。濃い穢れをまとったダーカーが近づく。

「キヒヒヒヒヒ!」

「っ!?」

 ルフィアの体にダーカーが巻き付く。もがくも身動き取れずに倒れてしまった。術式を使おうとしたが、口を塞がれてしまう。

(このままじゃ、どうにもできない)

 ルフィアはとっさにダーカーへ手を当て、氷の術式を発動した。鋭く尖った氷をダーカーに突き刺す。しかし、ダーカーの体は液体のようにぬるりとして、氷を体内に吸収した。

(どうすれば、どうすればいいの)

 ルフィアは考える。亜空間にある聖剣フェンリールを思い出した。

(フェンリール、お願い、応えて・・・・・・!)

 ルフィアの思いに、しかし剣は応えなかった。亜空間も開けない。剣は眠ったままだ。ルフィアは泣きそうになった。

「ケケケケ、ほら、やっちまえ!」

「っ!」

 目の前に女性が現れた。ルフィアが彼女と目を合わせると、途端に体が硬直した。動けない。誰か、誰か助けて。お父さん、お母さん・・・・・・!

「さぁ、私の澱みに沈みなさい」

 女性はいやらしい笑みを浮かべ、ルフィアの中へと侵入していく。ルフィアは抵抗虚しく女性の侵攻を止められなかった。悪しき者は、穢れと共に、じわじわと染み込むように入り込んできた。

(いや、入ってこないで!)

 体の主導権が、意識が、女性に奪われていく。穢れを含んだ女性が夢魔と気づいたのは、完全に侵攻される一歩手前だった。

 ルフィアの意識は水底に落ちていく。穴にふたをするように、夢魔はルフィアの意識を包み込み、自分の体内に収めた。

 ルフィアの体から力が抜けた。それを見てダーカーは拘束を解いた。少しして、むくりとルフィアが起き上がる。彼女の目から光が消えていた。夢魔と同じいやらしい笑みを浮かべた。

「あとは体に馴染むのを待つだけね。ふふ・・・・・・」

「ケケケ、これで創造源神の娘は俺達の物ダナ!」

 ダーカーはくひひと笑った。夢魔も暗い笑みを浮かべる。ルフィアの体を動かして感触を確かめる。手を握り、開いた。体内では自分の穢れを拒むルフィアの魔力が抵抗を見せているが、時間の問題だろう。夢魔はにこりと笑った。

「この体が手に入れば、この上ない力を手に入れられるわ。ははは、楽しみで仕方ないわ!」

「クケケ、ゲヘナに戻って馴染むように調整しよう。それで少しは侵攻しやすくなる。ヒヒ、ヒヒヒ」

 ダーカーは転移の紋を開いた。二人はゲヘナへと転移し、姿を消した。

「ルフィア?」

 虫の知らせを感じて花園へやって来たエトワールは、辺りを見回しても娘がいないことを悟る。名前を呼んでも返事はない。花園の中へ進んでいく。花達がざわついている。穢れを含んだ者が、この地へやって来たと囁くように。先程の出来事を伝えるように。エトワールの足が止まる。花から伝わる意思に耳を傾ければ、娘がさらわれたことを聞かされた。

「ルフィア、・・・・・・あぁっ!」

 悲しげな表情を浮かべ、エトワールはその場に泣き崩れた。娘が消えた。事実を目の当たりにして、母は娘の無事を祈ることしかできなかった。


 神域で、父である『創造源神』は憂いの表情で一部始終を見ていた。魔力ガラスに映る現実を見て、瞳を伏せた。背後で『破壊を司る者』が深いため息を吐いた。

「ルフィア、我が愛する娘よ。何もできない愚かな父を許してくれ。我は、我は・・・・・・」

 黒いのは、うなだれる『創造源神』の背に手を置いた。魔力ガラスに映るエトワールの姿を見て、黒いのは目をそらした。

「クロノワ、我は、なんと弱いのだ。穢れから逃れるため、神域にいることしかできぬ我は、・・・・・・何故、愛娘一人すら助けられぬのだ」

「私が早く気づいて行けばよかった。失態だよ」

 黒いのはため息を吐いた。魔力ガラスを見ると、エトワールが花園の中で泣いている。『創造源神』はその姿を一瞥すると、奥の部屋へと戻っていった。

「すまない、我が妻よ。我は、此処から出ることは叶わぬ。今は、今は出来ぬのだ。天上界ファンテイジアすら穢れに侵食を受けている今、力の衰えた我では、力を持ったダーカーにも勝てぬだろう」

 独白は部屋に吸い込まれていく。『創造源神』は部屋の内部に揺らめく帯状の魔力に触れた。神域の奥の部屋にあるのは、彩星エルデラートから放出されている濃厚な魔力だ。常人が触れれば急性魔力中毒に陥るだろう。

「ルフィアよ。どうか、無事でいてくれ。穢れを打ち払い、清き姿であれ・・・・・・」

 瞳を伏せて娘の無事を祈る。触れた魔力の帯は穏やかに彼の手を包んだ。


*******


 ゲヘナ。ルフィアは誘拐されて、ぬいぐるみのたくさん置いてある部屋に軟禁された。夢魔の侵食がじわりじわりと進む。ルフィアの意識はまるで鉄の球体に覆われているように重く、暗い景色を映し出していた。自分が少しずつ消えていく感覚だけは、嫌でもはっきりと知覚できた。

(私、消えるのかな)

 弱気になるのも仕方がなかった。暗い景色の中をさまよう。得意の術式も使うことはできない。剣を呼び出すこともできない。絶望。その二文字が脳裏によぎった。

 時が経ち、実験と称して、他の実験体を交流させてみるということがおこなわれた。しかしルフィアは夢魔に支配されている。受け答えするのはいつも夢魔だ。

(誰か、気づいて。助けて)

 必死の思いで呼びかけた。だが、連れてこられた実験体は、数日して夢魔に魅入られ変死した。誰も彼も本当のルフィアに気づくことなく、時間だけが過ぎていく。


 そして、彼がやって来た。

 実験体No.2081。そう、ライン・R・カスティーブだ。

(この、力は)

 このとき、ルフィアの意識は下半身が消えかけていた。夢魔に分解されていく自分の体を両手で引きずる。懐かしい感覚があった。目の前の少年は、誰だろう。

「お名前はなんていうの?」

 夢魔が自分の口でわざとらしく聞いた。

「ラインだ。ライン・カスティーブ」

「そう。ふふ、最近有名な実験体No.2081さんでしょ」

「そうも呼ばれているな」

「聞こえたわ。あなたが触手の魔神に犯される声。いい響きね」

「・・・・・・できれば聞こえてほしくなかったが」

「いいじゃない。私、好きよ」

 ルフィアは暗い景色の中、必死に彼へ呼びかける。

(ねぇ、ねぇ)

「なぁ、お前の名前は?」

(聞こえる?)

「私の名前は、無いわ」

「名前が無い?」

「実験が完了するまで、私の名前は無いの。素敵な名前を頂けるんだわ。きっとそう」

 そこで初日の実験は終了した。ラインが退室する。彼に声は届かなかった。悲しむルフィアだが、次の機会に賭けようと決意した。

「ふふ、無駄なんだから」

 夢魔が嘲笑う。ルフィアの声を聞いていたのだ。くつくつ喉を鳴らして嗤う。

「あなたは私の中で消える運命なの。黙ってそのときを待ちなさい」

 きゃはは、と夢魔は嗤う。ルフィアはそれでも諦めなかった。

 それから何度も呼びかけた。けれどラインには届かない。必死で手を伸ばしたが、彼には聞こえていないようだった。

 接触実験は最終日になった。ルフィアの意識は残り胸から上だけとなった。両手も奪われて体を引きずることもできない。闇の中、転がっていることしかできなかった。不思議と怖くはなかった。きっと、彼が、気づいてくれる。確信があった。

 ルフィアは未来視ができる。突然ビジョンが降ってくることもあるが、今回は自分で確かめたのだ。それだけを希望にして、ルフィアは最後の機会に賭ける。

 ラインが部屋に入ってきて、しばらく夢魔と話し込んでいた。

「それでね、白衣の人達はみんな私を怖がるのよ」

「それは困ったな」

「でもいいの。私は生まれ変わって新たな名前をもらうんですもの」

(・・・・・・けて)

「え?」

 ラインの耳に、目の前の少女と同じ声が入った。

(ねぇ、聞こえる?)

 目の前の少年は疑いの眼差しを向けている。

「なぁに?」

 夢魔が可愛い声を出して問いかける。

(――たす、けて)

 ラインの耳に確かに聞こえた。

(私は、ここにいるよ。その人は違うの。私じゃないの)

 ラインの様子に違和感を覚えた夢魔は、すかさずルフィアのことを消そうと動き出す。

「・・・・・・待って、「私」が邪魔しに出てきてる」

 突然ラインが夢魔の腕を掴んだ。彼女が驚いて固まる。

「待ってくれ。「お前」の声が聞きたい」

「違うわ。私は私よ。何もいないわ!」

 夢魔がラインを突き飛ばした。ぬいぐるみの中に埋もれる。ラインはすぐ起き上がって「彼女」の声を探る。

(――たす、け、て)

「俺が、助けてやる」

「やめて!」

(よかった、聞こえてた)

「だから諦めるな」

「いや!」

(うん、うん・・・・・・!)

「お前を、必ず助ける!」

(――・・・・・・ありがとう)

「やめてって言ってるでしょ!」

「それでいいんだ」

 ラインは強く決意した。目の前の少女を助けると。

「もういや! 出ていって!」

 扉が開いてスタッフが入ってきた。ラインの腕を抱えて部屋から摘まみ出した。残された夢魔が頭を抱えて苦しみだす。

「私は私よ。私は私。私は私・・・・・・!」

(私は、私)

 夢魔が奇声を上げる。近くにあったナイフを握り、ぬいぐるみを引き裂き始めた。

 希望を胸に抱いたルフィアは、体の一部が復活していることに気がついた。胸までしかなかった体が、腕とへそまでの上半身を取り戻した。

(ライン、約束、だよ)

 夢魔が苦しむのを尻目に、ルフィアは両手を合わせて祈りを捧げた。


 それから一ヶ月が経つ。フェイラストが脱出計画を実行に移したのだ。ラインを始めとする何人もの実験体を解放するため。

 夢魔は騒動が起きていることを悟る。音が肉壁を伝って聞こえるのだ。ルフィアにも音は届いていた。

「いったいなんの騒ぎかしら」

 扉の向こうでは何がおこなわれているのか。興味があった。不意に扉が開いた。出てきたのはラインだ。

「一緒に逃げよう」

(ライン・・・・・・!)

 彼は手を差し出す。夢魔はそっぽを向いた。

「嫌よ。私はここで暮らすの」

「それが「お前」の本心ではないことぐらい分かってる。俺は助けると約束した。誓ったんだ」

「うるさいわ!」

(やめて!)

 突然、悪態をついていた夢魔が苦しみだした。胸を押さえてうずくまる。ルフィアが強く意思を持って抵抗を始めたのだ。

 ラインは不安に思って近寄る。意識に語りかけてくる言葉を聞いた。

(――・・・・・・たすけて)

「助けてやる。だから、一緒に行こう」

 ラインが少女に触れた瞬間、彼女を縁取るように青い光がほのかに輝く。ラインの体には翡翠色の光が縁取った。ルフィアは感じた。ラインの力を。その源を。

(あなたは、まさか、熾天使の・・・・・・)

 淡い光は増していく。夢魔が叫び声を上げた。

「いやぁぁ! 浄化される! 浄化されるぅうう!」

(・・・・・・もう、これ以上のおこないは許さない!)

 夢魔は苦しみもがいた。中で「彼女」が夢魔と戦っているのだ。

「あぁ、あ、体が、焼ける、焼ける! 熱い、熱いぃいい!」

(私の!)

 ラインは温かな光を感じながら、彼女に自分の魔力を送る。

(中から!)

 強い意思で、自分を包んでいた鉄の球体にひびを入れた。亀裂から光がこぼれる。復活した下半身に力を入れた。亀裂に手を当てて強く念じる。

(出ていって!!)

 パキィン。鉄の球体は砕け散った。夢魔の支配は破られた。ルフィアの意識が急浮上する。

「ひぎぃいいい!」

 遂に夢魔が少女から剥がれ落ちた。どろりと液体が地面に流れ落ちる。夢魔は浄化の力に当てられて蒸発寸前だった。ルフィアは後ろに倒れた。ぬいぐるみがクッションとなってくれた。

 少ししてルフィアが起き上がる。美しい青の瞳をラインに向けた。

「助けてくれて、ありがとう」

 柔らかな微笑みを向ける。ラインは思わず彼女を抱き締めた。

「ライン?」

 魔力を介して彼の記憶が流れてきた。これは、彼の妹との記憶だろうか。助けたかった。後悔していた。だから、彼女は必ず助けると誓った。彼女とは、ルフィアのことだ。ルフィアはそっとラインを抱き返した。

「よかった。無事だな?」

「うん、大丈夫」

 ルフィアも彼のぬくもりで落ち着いてきた。ラインが離れる。決意の眼差しで少女を見た。

「行こう。脱出するんだ」

「うん!」

 二人は手を繋いで部屋から出ていった。


 ここからはラインの過去の話と同じである。ゲヘナを脱出し、小さな町で奴隷商人に捕まり、市場で売られる。鉱山にて奴隷として働かされる未来が待っている。

 夢魔に侵入されたとき一緒に入ってきた穢れは、自浄作用によって消え去った。元々強い浄化の力を持っていた彼女には、夢魔の残り香は弱い異物に過ぎなかった。

 未来視を持っていたとはいえ、ルフィアはそれを使わなかった。使っていれば、もしかしたらその未来は変わっていたかもしれない。けれど、ルフィアは必要以上に力を使わなかった。成り行きに任せようと思ったからだ。

 ラインが熾天使の血を引いていることは、本人の口から出るまで待とうと思った。熾天使の話は父から聞いている。人となりは知識の中にある。ディクトを封じた刻印にうなされる彼を助けながら、二人は旅を始める。


 神域で全てを見ていた。地上界へ脱出してきた二人を見かけて、『創造源神』は胸を撫で下ろした。

「我が愛する娘よ。よかった。本当に、よかった・・・・・・」

 しかし自分は地上界エルデラートにも天上界ファンテイジアすらも降り立つことができない。今後のことに備えて、力を蓄えておかねばならない。

 いずれ出会うだろう。そのとき彩星は祝福してくれるだろうか。それとも、堕淫魔リリスによって世界は脅かされていることになっているか。

「待っているぞ、ルフィア」

 父は、娘の行く末に光あれと呟いた。

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