聖南の過去

 白羽聖南はくばねせいなは、真国しんこくの首都、神威カムイの宮廷に生まれた。真国皇帝の父、奏輝そうきと巫女の家系を継ぐ母、めぐみは娘を大事に育てた。

 二歳離れた妹、玲奈れいなと仲良く勉強し、王位継承者としての礼儀を覚えていった。おてんばな聖南は勉強が嫌いで、遊んでるのが好きだった。第一王位継承者としての自覚はまだ無く、年頃の女の子相応だった。

「母上、宮町みやまちに遊びに行こうよ!」

「聖南、お勉強はしたの?」

「し、してません・・・・・・」

「お勉強なさい。遊ぶのはそれからですよ」

「ううぅう~」

 母にたしなめられて唸る聖南。仕方なく勉強に打ち込むのであった。

 皇帝の父は仕事でいつもいない。謁見の間や来賓の間で客人を迎えては難しい話をしていた。

「父上も遊べばいいのに」

 幼い聖南には父の仕事がよく分からなかった。人と会ってただ話すだけの仕事だと思っていた。国のトップということもあまり理解していなかった。

「父上、いつ遊べるのかなぁ」

 奏輝の休日を待ち望んでいた。


 聖南が六歳になった頃。宮町に物之怪もののけが現れるようになった。不穏な様子を見せる宮町へ、恵が麗鈴レイリンを携えて向かう。巫女の家系を継ぐ彼女は、邪を打ち払う力を持っていた。

「出でよ!」

 十二聖獣と呼ばれる使い魔を召喚する。十二支を司る獣が彼女の周りに現れた。空からはひときわ大きな白い龍が体をくねらせて出現する。十二聖獣のたつを司る聖獣、辰流シンリュウだ。恵は彼の頭に乗ると、物之怪もののけ達を払うよう指示を出した。

 物之怪もののけは、ダーカーや悪魔種族とは違う、真国独特の魔のもの。妖怪とも呼ばれる存在だ。たびたび現れては宮町を襲っていた。それを打ち負かし、都を守護するのが十二聖獣の役割だ。

 十二聖獣はそれぞれの特徴を生かして戦いに赴いた。宮町を駆け抜ける馬、物之怪もののけを投げ飛ばす筋骨隆々の牛。辰流シンリュウに乗った恵は彼の力を存分に振るった。


 宮廷から宮町を見ていた聖南と玲奈は、母が戦っているのを知っていた。二人にも巫女の力は受け継がれている。いつか母のように物之怪もののけ退治をするときがやって来るだろう。

「母上、がんばれー!」

「ご無事でいてください、母上」

 幼い娘二人は母の活躍を見守った。


 その日の夜、恵は宮廷に戻ってきた。恵鼠ケイソを抱いている。黄色のジャケットを着て、サングラスをしたネズミだ。

「聖南、恵鼠ケイソよ」

「うわぁ、ネズミだ!」

「ただのネズミと侮るんじゃねぇ。オレは恵鼠ケイソ。十二聖獣が一人、を司る存在だぜ」

 決めポーズをしてみせた。ジャンプして聖南の頭の上に乗る。聖南は興味津々だ。

「聖南、貴女に言っておかないといけないことがあるの」

「なぁに?」

 恵はしゃがんで聖南と目線を合わせた。

「母は、これから物之怪もののけとの決戦に向かいます。明日の朝には立つことでしょう。奏輝の言うことをよく聞いて、玲奈と仲良くなさい。豊城ほうじょうが貴女の付き人となって、母の代わりに道を示してくれるでしょう」

 それはまるで遺言のようだった。恵は悲しげな眼差しで、聖南の頬を撫でる。聖南には母の言うことが分からなかった。いや、理解したくなかったのかもしれない。

「帰ってくるんだよね?」

「聖南、だから」

物之怪もののけ退治をしたら、母上帰ってくるよね。一緒にお勉強して、遊んでくれるよね!」

「嗚呼、聖南・・・・・・!」

 母はこらえきれず泣いてしまった。聖南を抱き締める。彼女の頭の上にいる恵鼠ケイソは、サングラスを直して恵を見つめた。

「聖南、オレがそばにいてやるからよ。お母さんを困らせるな」

 ぽんぽんと聖南の頭を叩いた。聖南は母の涙につられて泣き出した。


 翌日。奏輝と聖南、玲奈が母を見送った。兵士を五十人つけての遠征だ。真国でも物之怪もののけの多い島に向かうのだ。

「母上、いってらっしゃい!」

 聖南が元気に手を振った。玲奈は涙を我慢して、母の背を見つめた。

「恵は行ってしまったな。これも、巫女の系譜を継ぐものの宿命か」

 奏輝は覚悟していた。妻が帰らぬ人となる可能性を。玲奈も母から言われて悟っていた。唯一、聖南だけは母が帰ってくると信じていた。


 恵が遠征して三日が経つ。遠征先から兵士が帰ってきた。一個隊で向かった兵は十人と少ない。彼らは悲しげな顔をして宮廷に戻ってきた。

「母上はまだ帰ってこないの?」

 聖南が兵士に問う。兵士は涙を流していた。一人の兵士が聖南に麗鈴を差し出す。

「恵様は立派に戦われました。己を犠牲にして我々を救ってくださったのです。最期の言葉に、この鈴を聖南様に渡してほしい、と」

 聖南は母の鈴を受け取った。しゃらん、と澄んだ音が鳴る。頭の上に恵鼠ケイソが召喚された。

「よう、聖南。恵鼠ケイソ様参上だぜ」

「ネズミ!」

 兵士が驚いた。まさかすぐに十二聖獣を呼び出してしまうとは思っていなかった。母の力は確かに受け継がれていた。

「ネズミと一緒にお母さんを探すんだ!」

「聖南。だからよ、お前のお母さんは」

「聖南様、母君は、もう」

 恵鼠ケイソと兵士はその先の言葉が言えなかった。母君は死んだのだ。しかし彼女は信じないだろう。無垢な瞳を曇らせてもいいのだろうか。彼らは悩んだ。その間に聖南は宮廷を飛び出していった。

「戻ってきたか」

 宮廷から奏輝が現れた。兵士の背筋が伸びる。最敬礼した。

「その様子では、やはり」

「奏輝様、申し訳ありません!」

「よい。分かっていたことだ。お前達だけでも戻ってきた。幸運なことだ。・・・・・・恵も覚悟を決めていたことだろう。ところで、聖南はどうした?」

 兵士は彼女が母を探すと言って飛び出したことを伝える。奏輝が瞳を伏せた。

「聖南様は、母君の死を受け入れていないようです」

「そうか。・・・・・・そうだな」

 奏輝は伝えねばならないと決意した。

 彼らのやり取りを、玲奈が物陰から聞いていた。うずくまって静かに泣いていた。


*******


 聖南が九歳になった頃。彼女は、母が帰ってこないことを不思議に思いながら宮廷を散歩していた。母の形見である麗鈴は、腰帯に差して常に持ち歩いていた。

「今日も母上探しに行こー」

 聖南は、宮廷のあちこちにある隠し扉を抜けて、宮町へ繰り出した。


 聖南は道を逸れて宮町の外れにやって来た。母はどこにいるのだろうか。ずっと探しているが見つからない。背の高い草を掻き分けて出てきた先は、ぼろぼろの家屋が立ち並ぶ町だった。

「ここって」

 聖南は父に聞いたことがあった。スラム街と呼ばれる場所だ。貧しい人が暮らす町がそこだった。人々が生気のない目で歩いている。座って野菜くずを小さく千切って口に入れる者もいた。

 聖南は怖くなって逃げ出した。見てはいけないものを見た気分だった。きっとあそこには母上はいない。そう思っていつもの宮町に戻ってきた。

「はぁ、はぁ・・・・・・」

 恐怖で足が震えている。どうしてあの人達はぼろぼろの家で、ぼろぼろの衣服で、美味しくないものを食べて生きているんだろう。聖南は子供ながらに疑問を抱いていた。何故、あそこで暗い生活を営んでいるのだろうか。とにかく行き先変更だ。港町まで行けば母はいるだろうか。

 気を取り直して宮町を歩く。町は活気に満ちている。人がたくさん行き交っていた。聖南が一旦町に出れば、通行人は彼女に話しかけてくる。

「今日も母様を探しに行くのかい?」

「うん! 今日は港町の楽来らくらいまで行くんだ!」

「聖南様、お気をつけて!」

 町人に見送られて聖南は駆け出す。母を探して港町まで続く橋を渡った。馬車の脇を通り、道行く人々とすれ違い。聖南は楽来へとやって来た。

「母上、どこにいるんだろうなぁ」

 聖南は港町を探索する。港のシンボルである灯台のふもとへ行ってみた。母は見当たらない。灯台には一般の人が入れる場所がある。階段を上って展望台へと移動する。

「海、綺麗だなぁ」

 母は海を渡って違う場所に行ってしまったのだろうか。自分も船に乗って外の世界を見てみたい。聖南は海の向こうにある世界にわくわくした。

 灯台から町の中心に移動する。町行く人々は聖南のことを知っている。時折話しかけられては会話を楽しんだ。母を探す聖南姫のことは皆が知っていた。

「母上どこに行っちゃったんだろう」

 町の中心にあるベンチに腰かける。腰帯に差してある麗鈴を持った。

「母上の大事にしてた鈴、あたしがもらってよかったのかな」

 この鈴に触ろうとしたとき、母から怒られたのを今でも覚えている。とても大事なものだということは理解していた。それを自分にくれたのだ。聖南は不思議に思った。

「母上・・・・・・」

 しゃらんと鈴を鳴らす。澄んだ音がした。腰帯に差して立ち上がる。今度はどこへ行こう。

「聖南姫じゃねぇか」

「ん?」

 知らない男が二人、目の前にやって来た。聖南は首をかしげる。

「なぁ聖南姫、あんたの母親なんだけどよ」

「俺達が知ってるぜ」

「ほんとに!?」

 聖南の目が輝き出した。純粋な眼差しで二人を見る。男二人はにやにやした。

「こっちだ。来てくれねぇか」

「うん、行く!」

 男二人のあとを追う。聖南はなんの疑問も抱かずに二人についていく。路地裏へと案内された。

「ねぇねぇ、母上はどこ!」

「おらよ!」

「ぐえっ!」

 聖南はみぞおちに深くパンチを浴びた。痛みと共に意識が沈む。

「へっ、楽勝だな」

「これを売ったらいい金になるぜ」

 男二人は大きな麻袋に聖南を入れた。袋を担いで船着き場へ。ホド大陸行きの船に乗る。

 彼らは奴隷商人だった。宮廷の代官ラオブに金で雇われ、聖南を島外に出すよう指示を受けていた。その後の生死は問わないとのことで、商人二人は奴隷にして売り飛ばすことを決めた。


 気を失ったまま、聖南は麻袋の中で静かに運ばれていく。島を出たことも分からないまま。


 王国領ホド大陸。港町アイゼアに到着した二人は聖南の入った麻袋を担いで約束の場所であるクリスタ洞窟へと向かっていた。

「もごご、ごー!」

 聖南が目覚めた。ばたばたと足を動かして暴れる。

「暴れんじゃねぇ!」

 麻袋を殴った。聖南は痛みに声を上げて、静かになった。

 クリスタ洞窟へと向かう最中、二人は後ろから来た女の声に振り返ると、目の前に馬の顔があって驚いた。その弾みで麻袋を落としてしまう。

「いったぁい!」

 聖南が声を上げる。背中を強く打った。

「あなた達、もしかして奴隷商人なの!?」

「チッ、関わらねぇでとっとと行きやがれ!」

 聖南は外で何が起きているのか分からなかった。袋の外に出ようにも縄で口を縛られて出られない。また担がれる感触があった。

「その袋の子を置いていけ!」

「おい、ガキがいるぞ!」

「捕まえろ!」

 男達は麻袋を置いて剣を抜いた。少年の声と女性の声がする。

「もごごごご!」

 袋の中で暴れるも出られない。外では戦いの音がする。火で焼かれる音がした。まさか自分も焼かれるのだろうか。不安になったそのとき。


 ヒヒィン!


 馬のいななきが聞こえた。踏みつける音。ぶるる、と鳴く声。

「フロイデさん、すごい!」

「危ないもの振り回してるなら、こっちも応戦しなきゃね」

 麻袋の縄がほどかれる。聖南はようやく外に出られた。深呼吸して新鮮な空気を吸う。自分を覗き込む少年と少女、馭者の顔を見た。周りは見たことのない景色だ。

「え、ここ、どこなの?」

「大丈夫なようだな。立てるか?」

「え、うん。大丈夫だよ。・・・・・・大丈夫、だと思う」

 泣きそうな顔をして答える。怖かった。助かったんだと思った。

「俺達は奴隷商人じゃない。今、砂漠の国へ向かおうと思って荷馬車に乗せてもらっていたんだ」

 少年の後ろから少女が顔を出す。

「もしだったら、一緒に来ない? このまま一人にするのも、かわいそうだもん」

 聖南は逡巡した。二人の顔を交互に見て、共に行くことを決意した。

「よし、それなら荷車に乗ってよ!」

 フロイデが声をかける。聖南はびっくりして体が跳ねた。

 

 かくして聖南はラインとルフィアと出会う。共に旅をし、真国を目指すこととなる。母を探すと決めた彼女は、いずれ強くなって帰ってくるだろう。

 旅の途中、母が亡くなったことを受け止め、悪代官を懲らしめることだろう。

 聖南は旅の一歩を踏み出した

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