【前編】ラインの過去

 ライン・カスティーブという男は、年を越えて少しした頃に生まれた。子供のできにくい体質と医師に言われていた母セレスは、産まれてきた赤子を愛情持って抱き締めた。父グレイは依頼屋クライアの仕事が終わり急いで妻のもとへと駆け寄る。


 夫婦はラインの誕生を祝福した。

 しかしここで異変が起きる。

 赤子の検査をした医師が夫婦に告げた。


「お子さんの種族なのですが、その、言いにくいですが。・・・・・・ハーフエンジェルです」

 夫婦は訳が分からず混乱した。グレイとセレスはどちらも純粋な人間種族である。彼らからハーフエンジェルの子が生まれるなどあり得なかった。突然変異とも考えにくい。

「それでも構いません。この子は私達の子です。生まれてきた命です。必ず育て上げます」

 セレスは強く決意した。グレイも彼女の意思を尊重した。


 既にダーカーの実験が始まっているとも知らずに。


 ラインが生まれて一年と半年が過ぎた。ラインを生んでから体質の変わったセレスは二人目の子を妊娠、出産した。妹のセーラである。

 グレイとセレスは二人の子供に愛情を注いで育てた。グレイは依頼屋クライアでよく働いた。上位数名のみに贈られる二つ名『孤高の金狼』の名に恥じぬ戦いぶりだった。彼の相棒である『金狼の右腕』と『金狼の左腕』二人も、ラインとセーラの話は聞いている。たまに遊びに来ては顔を見せていた。

「グレイ、あんまり嫁さんを待たせるなよ」

「僕達でよければ子守りもする。でも僕、小さい子は苦手なんだよね。あっはは」

 なんだかんだ言いながら、二人も心から祝福してくれた。


*******


 ラインもセーラもすくすくと成長し、学校に通い、友達もできた。ラインは、バッツとエルミリアとよく遊んでいた。

「ただいま、母さん!」

「ただいまー!」

「ライン、セーラ、おかえり」

「おぉ、ライン、帰ってきたな! 剣の稽古するか!」

「うん!」

 ラインは父との剣の稽古が大好きだった。グレイが家にいるときは欠かさずに稽古をしていた。

「もー! パパったらいっつもお兄ちゃんと剣の稽古!」

 構ってほしい年頃の女の子だ。文句のひとつも二つも出てきた。そんなやりとりを見てセレスは微笑んだ。


 しかし、悲劇は突如としてやって来た。


 ラインが十八になった頃。帝国兵士が家にやって来て、セレスに話をしていた。セレスは玄関で力無く崩れ落ちた。ラインは何が起きたのか理解したくなかった。セーラがショックで泣き出した。

「嘘だろ、父さんが」

「そんな、パパが、嘘だよね・・・・・・っ!」


 ――父、グレイ・カスティーブが死んだ。


「遺体は確かにあったのですが、我々が来たときには既にどこにもなくて・・・・・・」

「誰かが父さんの遺体を持っていったのか!」

「詳しくは現在調査中ですので。何か掴めればまた報告に上がります」

 兵士はお辞儀をして去っていった。

「グレイ・・・・・・っ!」

 セレスは顔を手で覆って泣き出した。母の悲しむ様子を見て、ラインは膝から崩れ落ちた。

「父さんが、死ぬなんて」

「嘘よ、嘘と言ってよ・・・・・・!」

 その日、カスティーブの家は悲しみに包まれた。

 それから何日経ってもグレイの遺体は見つからなかった。何故なら、ダーカーが回収したからだ。まだダーカーという言葉を知らない彼らは、誰も気づくことができなかった。


 父の死から一週間後。ラインは学校の帰りに奴と出会う。漆黒色の全身に、悪魔の翼を生やした異形の魔物に。否、魔物ではない。悪意を具現化した穢れ、ダーカーだ。

 ラインは後ずさりして警戒した。ダーカーはけらけら笑う。

「これからお前に選ばせてやる」

「なんだ、お前は・・・・・・!」

「お前の質問には答えない。ただどちらかを選べばいい」

「いったいなんだ」

「母親と街の人間を生かして、妹一人を殺すか。それとも、妹一人を生かして、母親と街の人間を殺すか。どちらを選ぶ?」

 ダーカーは大振りに腕を動かして、黒い手を差し出した。

「そんなの、選べるわけないだろ!」

「必ず選べ。一週間後にまた来る。いいか、どちらか必ず選ぶんだ。その通りにしてやるからさ。キッヒヒヒ」

 ダーカーは姿を消した。ラインは急に与えられた選択肢に悩まされた。答えなくてもいいという選択肢はダーカーが許さなかった。家に帰って母と妹を見て、

(そんなこと、できるわけないじゃないか)

 ラインは大いに悩んだ。頭が痛くなるほど。父を亡くして、また更に失うと言うのか。嫌だ。もう誰も失いたくない!

(でも、どうすればいいんだよ・・・・・・)

 誰にも相談できなかった。できるわけがなかった。一人で思い詰めた。

(セーラを差し出せば、全てを解決できるのか?)

 そんな選択肢は無しだ。一瞬でも思った自分が馬鹿らしい。考えを捨てて寝ることにした。


 それから一週間後。

 ラインは学校を終えて帰路についていた。セーラと一緒に帰る途中だ。他愛もない会話をしながらいつもの道を歩く。

「約束の時間だ」

 不意に聞こえた声と共に、空間が歪み、二人を暗闇に閉じ込めた。セーラが怯えてラインの腕にすがる。ラインは彼女を守るように前に出た。

「答えを聞こう。どちらを選ぶ?」

「答えなんかない。俺は誰も失いたくない!」

 ラインはかばんから木でできた短剣を引っ張り出した。頼りない武器だが、無いよりはましだ。切りっ先をダーカーに向ける。

「そうか」

 ダーカーが指を鳴らす。地面から黒い手が伸びる。ラインは抵抗したが簡単に弾き返された。黒い手が二人を拘束する。ラインが地面に押さえ込まれる。手足が縛られ身動きが取れない。セーラは黒い手によってダーカーのもとに運ばれる。

「はなして! いやぁ!」

「やめろ! セーラに手を出すな!」

「選択肢を決めたな?」

「何を言ってる。俺は誰も失いたくない! 母さんもセーラも、街の人間も誰も死なせたくない!」

「傲慢よな。クク、おれは知っているぞ。一瞬でもお前が妹を差し出す意識を持ったことを!」

 ラインは反論できなかった。思ってしまったのは事実だ。だけど、だけど!

「選んではいない!」

「クハハハ、まぁそう吠えるな。選択は為された。ならばやることはひとつだ」

 ダーカーがセーラの拘束をほどいた。地に伏すセーラを助けようとラインがもがく。しかしなんの意味もなさなかった。

「かわいそうな妹だな」

 ダーカーは鼻で笑った。セーラはダーカーと目が合う。怯えて濡れた青の瞳で、ダーカーの赤い瞳を睨む。

「ほう、反抗の意思を示すか」

「お兄ちゃんを解放して!」

「それは無理な相談、だ!」

 ぐちゃり。セーラの腹部にダーカーの手が突き刺さった。

「いやぁぁぁぁっ!!」

「セーラァァァ!!」

 ラインがもがく。セーラは腹の中をぐりぐりと掻き回された。酷い痛みに甲高い悲鳴が上がる。ラインはもがいて、もがいて、しかし脱出はできなかった。

「綺麗な臓物をしているなあ、お前の妹は」

 腹から手を引っこ抜く。血塗れの手にセーラの大腸が握られていた。ずるずると腹から臓物が溢れ出てくる。

「あ、あぁ・・・・・・!」

 セーラの口からおびただしい血液が漏れ出た。

「セーラ、セーラ!!」

 ガクガクとセーラが痙攣を起こす。ダーカーは笑って、今度は胸に手を突き立てた。

「あぁぁあああ!! やめて、やめて!!いやぁぁああ!!」

「やめろ、やめてくれ。もうやめてくれ!!」


 ぐちゃり、ぐちゃり。

 びちゃり、びちゃり。

 どろり、どろり。

 ずるり、ずるり。


 ダーカーは、引っ掻き回したセーラの胸から心臓を引き抜いた。血管がぶちぶちと切れる音が闇に響いた。

「ほう、これがお前の妹の心臓か。まだ温かいぞ。触ってみるか?」

 ダーカーは嬉々として心臓を掲げて眺める。ラインに視線をやる。彼が情けなくて笑った。

「あ、あぁ、あ、セー、ラ・・・・・・ッ」

 ラインは目の前の出来事を受け入れられなかった。拘束がほどかれる。立ち上がる力が無い。這いつくばったまま、うわ言のように妹の名を呼んだ。

「セーラ、セー、ラ・・・・・・」

 肉塊と化した妹。もう死んでいる。

「・・・・・・ッ!」

 妹は、死んだ。

「うわぁぁぁああああ!!」

 目の前で死んだのだ。もう兄と慕う者は消えた。

「あぁあああ・・・・・・ッ!」

 涙が止まらなかった。何度呼んでも彼女からの返事はない。

 たった一瞬だけ思っただけなのに。こんなことになってしまった。自分のせいだ。自分のせいだ。自分のせいだ!

 ラインが地面を拳で叩いた。何度も叩いた。大事な妹が死んだ。自分が殺したも同じだ。死なせてしまった。どうにもできなかった。自分は、なんて無力なんだ。

「さて、この検体は引き取らせてもらおう」

 ダーカーがセーラの死体を小脇に担いでその場を立ち去った。暗闇の中には這いつくばるラインが残される。

 静まり返った闇の中で、コツコツと足音が聞こえた。自分の目の前で足音は止まった。しゃがむ音がした。

「ぼくが、君の妹を助けてあげよう」

 傷ついた心に染み込むように彼は告げる。ラインは顔を上げた。眼鏡をかけた白衣の男。異質な黒い腕を持っていた。

「セーラを、助ける・・・・・・?」

「その代わり、君には大変な目に遭ってもらわなくちゃいけない。それでも、やるかい?」

 願ってもいない言葉だった。やり直すチャンスがあるならなんだってしてやろう。一縷の望みに賭けて、ラインは体を起こした。白衣の男が黒い手を差し出す。

 ラインは彼の手を取った。

(どんなことでもしてやる。セーラを救えるなら!)

 涙を拭いたラインは、男と共に転移をした。


 その先に待っているのは地獄とも知らずに。


*******


 転移でやって来た場所。そこはダーカーの住まう地、ゲヘナ。堕淫魔リリスによって創られた世界だ。ラインは白衣の男に連れられて施設に入る。

「これから君のことを色々調べさせてもらうよ」

 禍々しい施設の内部。ラインは怖気をふるった。白衣の男の声は聞こえていたが、返事ができない。

 施設といってもまるで生き物の体内にいるような肉壁で作られていた。所々見える機械らしきパーツが建物だと物語る。彼以外の白衣の人物も何人か見受けられた。皆が忙しそうに計器を見たり、書類をめくったりしている。

「聞こえているかい?」

「あ、あぁ、すみません」

 男についてくるように言われ後ろに続いた。肉壁の部屋で身体、血液検査をする。上半身の服を脱ぐように言われて言う通りにした。

「君はハーフエンジェルでも特殊なトレイトエンジェラーかほうほう」

 白衣の男が興味深そうに頷く。ラインは気づいていない。彼が舌舐めずりしたことに。

「さっそくだけど、実験を始めようか」

「実験?」

「ついてくれば分かる」

 言われるがままついていった部屋に、拘束具が設置されていた。白衣の男は座るようラインに言う。疑問に思いながらラインは着席した。途端に、首、手首、腰、太もも、足首がロックされた。

「さてまずは・・・・・・」

ダーカーに指示を出す。熱せられた焼きごてを持ってきた。なんの言葉も無く右二の腕に押し付けられる。

「が、ああぁあああ!」

じゅう、と焼き目を入れられた。No.2081。腕にはそう焼き印がなされた。ラインが荒く息を吐いて痛みに耐える。次の瞬間、白衣の男はラインの腕をナイフで切った。

「いッ!」

 傷口に謎のぐちゃぐちゃした小さな触手が置かれる。触手は傷口に入り込むように動き回る。

「痛い、やめ、やめろ!」

 暴れようとしても拘束具によって身動きが取れない。痛みに声を上げるしかなかった。

 ぐちょり。小さな触手は液状化してラインの体内に侵入した。血液に乗って心臓へ。時間が経てば全身に触手が行き渡る。体に異物が侵入したのを察知して、体内では抗体が侵攻を止めようと動き出した。ハーフエンジェルであるラインの固有魔力のひとつ光の魔力と、対である闇の魔力が反発を起こしたのだ。体内を巡る魔力が闇を駆逐しようと働き出した。

「あぁ、ア、あっ、ぐっ・・・・・・!」

 鼓動が激しくなった。ガクガクと体が痙攣を起こす。泡を吹いて白目を剥いた。ドクン、と鼓動が鳴るたびに小さく体が跳ね上がる。

 白衣の男は何も気にすることなく彼の症状と計器を見比べながら書類へ筆記していく。

「ほうほう。これは、面白い」

 ラインの様子を見て白衣の男は笑う。

「さすが『熾天使量産計画』の優良個体だ。いい数字を出してくれる」

 ラインの体内で光と闇が争っている。穢れを浄化し、侵入してきた闇を消していく。光が勝ってきたのを確認し、白衣の男は再び腕の傷口へ小さな触手を置いた。どろりとして傷口からラインの体内へ侵入する。今度は違う組成式を持つ触手だ。ラインの体内でどう対応するのか実験した。

「あがっ、が、が・・・・・・」

ラインの意識が飛びかける。口から泡が漏れ出た。

 本来、天使やハーフエンジェルは、穢れや闇を持たない。侵食してきたそれに対して光の魔力が対抗するからだ。しかしどうだ。今、ラインは傷口から体内に穢れと闇を多く含んだ物質を投与されている。本来あるべきではない存在が体内に侵入したことによって、拒絶反応が出ているのだ。

「ぐぁ、あ・・・・・・!」

 何十分経っただろう。ようやく体内から穢れと闇が打ち払われた。体力が減ったラインは息も絶え絶えに呼吸を繰り返す。

「ふむ。やはり穢れは沈着しづらいか。面白いデータが取れたよ。どうも」

 拘束具が外される。すぐには起き上がれなかった。ぐらりと体が揺れる。落ちそうになりながらも手に力を入れて支えた。

「体力回復のために移動しようか」

 白衣の男は何事もなかったように部屋を出た。ラインは口を拭う。腕の傷からはまだ血が滴る。

(怪我を治すための場所に行くのか?)

 服を持って、腕を押さえながら彼のあとを追いかけた。


 白衣の男に連れてこられた場所は培養槽が並ぶ部屋だ。紫色をした液体が槽を満たしている。幾つもの槽に人が全裸で入っていた。翼を生やしたまま入っている人もいる。まるで標本みたいだった。

「ここに入ってくれ。あぁ、服は隣のかごに入れてね」

「・・・・・・分かった」

 妹を救うためだ。そう自分に言い聞かせてラインは言われた通りにする。

「服は全部脱いでくれ」

「えっ」

「何をしてる。早くしてくれ」 

 急なことにラインは固まった。下も脱げとは、いったいなんのために。いや、ここで悩んでいても仕方ない。セーラを助けられるなら、なんでもしよう。

 ラインは深呼吸して、下半身の服も脱いでかごに入れる。生まれたままの姿を晒し、扉の開いた培養槽へ恐る恐る入った。扉が閉まる。

「液体注入」

 男が装置をいじり起動した。ラインの足元から紫色の液体が溢れ出る。

「ま、待ってくれ。これはなんのためなんだ」

 ラインが培養槽を叩くが、男は全く聞いていない。下半身が紫の液体で満たされる。気味の悪い液体に恐怖した。

「セーラのためだ。これは、セーラのため・・・・・・」

 五分と経たずしてラインは頭の上まで紫の液体で満たされた。呼吸ができない。すると上から呼吸器が伸びてきた。口に含んで酸素を得る。

(なんだ、これ・・・・・・)

 急激な睡魔が訪れる。ラインは抵抗したが、何の意味もなかった。


*******


 ラインが培養槽に入って一ヶ月が過ぎた。

 この実験は、ラインの中に穢れを沈着させるための実験である。紫の液体には濃い穢れが含まれていて、培養槽に入った実験体を蝕む。ラインが見た翼の生えた人は純血の天使だ。その人も『熾天使量産計画』で生まれた一人だった。

 白衣の男は、一ヶ月経ったラインの体内の魔力はどうなっているのかと検査にやって来た。モニターに映し出す。沈着はせずとも、穢れに対して強い抵抗力があることを知った。

「もう一ヶ月寝かせよう。そうしたら、触手の魔神に与えてみようか」

 白衣の男はにやりと笑っていた。

「健気だねぇ。妹のためとはいえ、自ら実験に参加してくれるなんてさ」

 くつくつと嫌味な笑いを浮かべた。


 更に一ヶ月が経った。

「ほう、穢れに対して体が受け入れる体勢に入っている。上出来だ」

 ラインの体は、濃い穢れに二ヶ月も浸されて異質な体質に変化していた。体内に穢れが侵入してきても、抵抗力が落ちて穢れを敵として見なさない。本来あるべきではない存在なのに、体内の魔力はずっとそこにあったように穢れを受け入れた。

「液体放出」

 ラインから呼吸器が外される。扉が開いて、紫の液体が放出された。床の肉壁が紫の液体を吸い取る。ラインは液体を飲んで噎せて目を覚ました。

「げほ、がはっ!」

「おはよう。さぁ、次の実験に移ろう」

 培養槽から出てきたラインにタオルを投げた。体を拭くと、かごに入れていた自分の服を抱える。

「あぁ、服は着なくていい。次の実験ではどうせ服が溶かされるからね」

「かは・・・・・・、え?」

「次が本番だよ。くくっ」

 白衣の男は楽しみで仕方なかった。彼の意図が読めないラインは、とにかくセーラのことだけを考えた。


 別室にやって来た。抱えた服を部屋の中にあるかごに入れる。白衣の男は別な部屋からモニターするとのことで別れた。

「服が溶かされるって、なんだ?」

 ラインはまだ裸のままだ。ここは控え室のようなもので、目の前の扉を開ければ次の実験が始まるという。

「早くしてくれ」

 肉壁にできた穴から白衣の男の声がした。

「わ、分かった」

 恐る恐るラインは扉の向こう側へ。そこにいた存在に、ラインはひっと悲鳴を上げた。

 おびただしい量の触手を備えた、大きな一輪の花を咲かせる植物がいた。目も口も無い植物の魔物だ。ユリの花をした顔らしき部分が揺れる。

「さぁ、実験体No.2081、どうぞ」

 白衣の男が触手のもとに行くよう放送で急かす。ラインは控え室に逃げようとした。しかし扉は開かない。ロックされたようだ。

「開けろ! 開けてくれ!」

「それはできない。さぁ、触手の魔神に全身で愛でてもらうんだよ」

「そんなの、聞いてない!」

 扉にすがるラインの腹部に細い触手が絡まった。引っ張り上げるように魔神の花の近くへと運ばれた。暴れてももがいても触手は離れない。

「やめろ! やめ、っやめてくれ・・・・・・!」

 ラインは涙を流して、やめるように何度も叫んだ。大きく開いた口の中に触手が突っ込まれる。

「もご、ご、うごッ!」

 口内を蹂躙する触手は喉の奥に液体を注ぎ込んだ。飲みたくないと押し止めるが、触手が喉の奥に侵入してきて強制的に飲まされた。

(やめろ、やめろ、やめろ!)

 次に触手は先端を四つに割り開き、ラインの乳首に吸い付いた。内部では細かなブラシ状の触手が乳首に刺激を与える。

(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ)

 手で叩いて離そうとしたら、手足が触手に拘束された。へそをブラシ状の触手がごしごしと擦り始めた。刺激を与えては感度を上げていく。口の中に入った触手から液体が再び注がれた。液体を喉に通したラインは、自分の体に異変が起きていることを悟る。

(そんな、はずは、ないのに・・・・・・!)

 触手の愛撫に感じている。そう、触手が流した液体は媚薬の役割を果たしていた。それを大量に摂取すれば、自ずと股を開かざるを得なくなる。ラインが拒絶の意思を持っていようと、体は愛撫に正直に応えた。

(嫌だ・・・・・・そんな、こと、するな・・・・・・っ)

 口から触手が出ていった。触手の魔神は、我が子を愛でるように触手を複雑に使ってラインを弄んだ。乳首を吸い上げたり、足の指をねっとりとした液体で包んだり。そして、遂にラインの股間へと触手は伸びた。

「ひぃっ!」

 ぬるりとした液体をまとった触手が陰部を撫でる。気持ちが悪いはずなのに、体は快感として刺激を処理していた。

「やめろ、お願いだからやめてくれ」

 亀頭を撫で、太くなった陰茎に巻き付く。先端は蟻の門渡りを伝って秘孔へ伸びる。

「これ以上は、やめて、・・・・・・くれ」

 ラインが泣きながら嘆願する。しかし触手の魔神は手を休めない。他の触手を二本使って秘孔を広げた。そこに先ほど這ってきた触手がごりごりと入り込んだ。

「ひぐっ」

 痛みが強制的に快楽に変換されていく。快感に浸されて、自身の膨張が増していく。媚薬の効果で体が受け入れる状態に至っていた。

 腹の中をぐにぐにと動き回る触手。ラインの体から分泌される液体も混ざって、ぐちゅぐちゅと卑猥な水音を立てた。

「あっ、あ、あァ・・・・・・」

 体が火照っている。もっと大きいものを欲している。ラインの意識とは裏腹に、体は愛撫によって完全に蕩けてしまっていた。中をほじっていた触手が抜かれる。ねっとりとした糸が穴から漏れた。

 触手の魔神が動き出す。ラインの四肢を拘束する触手を動かし、自分の本体に近づける。彼の体を押し広げた。何十本の触手の束を割って、大きなイチモツが現れる。ラインは頭を下に向けて見てしまった。これから何が起きるか容易に想像がつく。第六感が警鐘を鳴らす。しかし、逃げることはできなかった。

「やめろ、やめろ!」

 尻穴を広げる触手からローション状の液体が溢れた。ラインの腹の中を濡らし、イチモツを濡らす。尻穴に先端が当たった。熱く蕩けてしまう感覚が全身に巡った。ラインの意識そっちのけで体が求めていた。

「頼むから、やめてくれ・・・・・・!」

 ずる。と触手のイチモツがラインの腹の中に頭を入れる。体が壊れるんじゃないかと思った。そんな質量のモノが入るわけない。

「あっ、あ、あァアッ!!」

 ずりゅ。ずぷ。ぷっ。

 ラインの拒絶とは反対に、腹の中に太いモノが根元まで挿入された。腹の中が触手に支配されているようだった。

「はァ、あ、・・・・・・うえぇええ!」

 ラインは気持ち悪さに嘔吐した。内臓が圧迫されているのだ。吐き出したのを見た触手の魔神は、顔らしき一輪の花を近づけてきた。花の中の雌しべが伸びると、ラインの口の中に突っ込んだ。雌しべから滴る液体を飲み込むように、喉の奥へ突っ込まれる。彼は再び嘔吐する。雌しべが引っ込んだ。

 触手の魔神は、何故、彼が気持ち悪くなっているのか不思議だった。自分がもたらすものは、甘い甘い快感だというのに。何故苦しがっているのだろう。不思議で、興味深い存在だ。

 今度は雄しべを伸ばした。ラインの頭を優しく撫でる。雄しべの花粉がラインの頭に付いた。これも快感を促す物質である。再びラインの口に雌しべを突っ込む。滴る蜜を飲ませようとしていた。

「う、ぐ、ぐぅ・・・・・・」

 強制的に飲まされた蜜はとても甘かった。母親から母乳をいただくような光景だ。蜜から媚薬の成分を吸収した体は、刺激を全て快楽に変える。腹の中を穢す太く大きなモノが、少し動き出した。

「あ、・・・・・・あっ」

 ラインの抵抗力も奪う快楽が全身にびりびりと流れた。ぐちゅ、と液体が混ざり合う音がする。触手の魔神が緩やかなピストン運動を始める。

「はぁっ、あ、・・・・・・ア、あっ」

 過度の快感を浴びて、反抗の意識が薄れていく。気持ち悪さが消えた。触手の魔神は、彼の様子が変わったのを見て安堵した。ピストンを少し速めた。

「あっ、はあっ、あっ、んっ」

 コツコツと腸壁を叩く。動きに合わせてラインが喘ぎ出した。触手の魔神はもっと彼を気持ち良くしようと更にピストンを速めた。雌しべから出す蜜も飲ませ、快感を高めていく。

「んうっ、ん、ふぁ、あっ」

 蜜が口から漏れてべたべただ。それでもラインは腰を振り続けた。激しい突き上げが襲う。体は既に昂っている。股間は膨張して完全に勃起している。

「ああっ、あっ、もう、でっ、るっ・・・・・・!」

 触手が彼の陰茎をしこしこと擦り始めた。

「だめ、やめろ、やめ、・・・・・・あァっあ、あ――!」

 亀頭から白濁がびゅっと溢れた。腹の中を蹂躙していた大きなモノも、少し遅れて射精した。

 びゅるる、びゅっ。大きなモノからは大量の精液が吹き出てくる。ラインの下腹部が膨れ上がるほどだ。満足した触手の魔神がイチモツを抜いた。途端に、ラインの尻からは大量の精液がどくどくと漏れ出す。収まりきらない量の精液を放ったのだ。許容範囲をこえていた。

 ラインはがくがくと痙攣していた。触手の魔神が扉の前に下ろしてあげた。スタッフが扉から出て、すぐにラインを回収した。

「はぁ、はぁ・・・・・・」

 虚ろな目で状況を確認する。何が起きているのか分からなかった。体が快感を求めている。もっと、もっと欲しい。そう言っているようだった。スタッフに触られることでさえ快感に変換されていく。タオルを巻かれてストレッチャーで運ばれる。再び培養槽へと入れられた。


 一ヶ月後。ラインが培養槽から出される。意識が朦朧としていた。

(俺は、何をしていた・・・・・・?)

 よみがえる触手の光景。恥体を晒す自分。

(ひっ・・・・・・!)

 ラインはその場にうずくまってしまった。白衣の男がタオルを投げた。

「ずいぶんと調子が良くて助かるよ。今回はちょっと痛むかもしれない。大丈夫だ。すぐに終わるさ」

 ラインは思い出して気持ち悪さに培養液を吐いた。タオルで口を拭くと、腰に巻いて白衣の男についていった。


 全ては妹を救うため。

 自分を奮い立たせるための、たったひとつの希望だった。


 連れられてやって来た場所は、何やら怪しげな術式が描かれた部屋だ。円盤状の台座が術式の中心に置かれている。他のスタッフと、漆黒の姿をしたダーカーが何体か、自分を舐め回すように見ている。

「背中を上に向けて寝てくれ」

 白衣の男が指示を出す。言われた通りにするしかない。台座の上にうつ伏せになった。

「実験体No.2081は順調すぎるほど順調に進化を遂げている。先日の触手の魔神との性交で無事に穢れを受け入れる体になったよ」

「そうか」

「だから今日やるのだろう。さっさと済ませるぞ」

 何の話だ。ラインは疑問に思った。

「では、始めよう」

 ラインの両手両足と首が拘束された。ダーカーが術式を行使する。

「かつての大戦で敗れし魔王の息子よ、依り代だ。好きに使うがいい」

 術式の陣が黒く澱んだ光を発した。光はラインの上へと昇る。逆さ十字を軸にした紋章となって、ラインの背に張り付いた。

「あぁあああ、あッ、がぁああああ!!」

 あまりの痛みにラインが暴れる。光と闇の魔力で拒絶反応が起きているのだ。スタッフが押さえにかかる。ダーカーは術式を続けた。

「やめてくれ! 痛い、痛い!!」

「依り代と接合せよ!」

 ダーカーが最後の部分を唱えると、ラインの背に刻印が刻まれた。逆さ十字に悪魔の翼が生えた刻印が。

「あ、が、あぁ・・・・・・」

 体の奥に闇と穢れが流れ込んでくるのが感じられる。自分が自分でなくなるような感覚だ。

 ――これからよろしくな、実験体No.2081。ケケケ。

 そんな声が聞こえた気がする。ラインは、意識を失った。


 意識が戻ったのは四日後だった。また培養液に浸されていた。目を覚ますと、紫の液体の向こうに白衣の男が見える。ごぼごぼと呼吸器から酸素を吐き出す。彼が気づいて培養液を放出した。ラインが咳き込みながら出てくる。タオルが投げられた。

「よし。無事に穢れと闇が沈着したようだ。次はもっと進化するように、触手の魔神との性交だ。君の精子も採取したいからね」

 進化? 穢れと闇が沈着?

 ぼうっとするラインにはよく分からない単語だった。ラインは白衣の男に聞きたいことがあった。

「セーラは?」

「ん?」

「俺の妹、セーラは、助かるんですよね?」

 ラインが過酷な実験に立ち向かえる唯一の希望。妹セーラを救うこと。言ってしまえば、よみがえらせることだ。

「あぁ、それなら」

 白衣の男は鼻で笑った。

「無理だよ。人をよみがえらせるなんてのは」

「え?」

 耳を疑う言葉だった。

「一応理論としては成り立っているみたいだよ。だけど、あんなもの実行しても、化け物が生まれてくるだけで、なんの材料にもなりはしない。何、君、本気で助かると思ってたの?」

「そんな、だって、あなたはセーラを助けてくれるって!」

「あぁ、そんなこと言ったっけ? 一度死んだ人間はよみがえらない。ゾンビとかの魔物にしたいなら話は別だけどね」

 ラインの中で唯一だった希望が打ち砕かれた。

「そんな、こと・・・・・・」

 膝からがくりと崩れ落ちた。信じられなかった。妹は、助からない。

「ぼくは君を早く実験に回したかった。だからそう言って誘ったのかもしれないけど。軽率だねぇ。上手い餌に釣られちゃって。あーあ、カワイソウカワイソウ!」

 白衣の男がけらけら笑った。笑い声が耳に残る。頭の中は訳が分からずぐるぐると思考が回っていた。

 セーラはもう助からない。唯一の希望は潰えた。ならばもうここにいる理由はない。だけどラインは帰るすべを持たなかった。

「なぁ、俺を家に返してくれ。実験はもう懲り懲りだ!」

 すると彼の表情が氷のように冷たくなった。黒い手がラインの首を捉える。

「ぎゃあぎゃあ喚くんじゃないよ。君はもう既に立派な実験体の一人なんだ。元はといえば、生まれる前から遺伝子情報をいじくってたんだけどさぁ」

「何を、言って・・・・・・」

「君は、ぼく達に実験体として利用されるために生まれてきたんだよ。むきになって叫ばないでくれる?」

 首から手が離れる。ラインはがくりと崩れ落ちた。

「俺は、実験体として、生まれた・・・・・・?」

「そうだよ。君は『熾天使量産計画』の、三千人の中から選ばれた、とても状態の良い実験体だ。ハーフエンジェルの中でも上質な魔力を持ったトレイトエンジェラーとして生まれてきてくれて、とっても感謝してるよ」

「『熾天使量産計画』のための、存在・・・・・・?」

「そうだ。君は、とても良い実験体だ。実験体No.2081。さすが、リリスが目をかけているだけはある」

 訳が分からない。彼の言葉が理解できない。

 自分は生まれる前から、遺伝子情報をいじられて生まれてきた。となると、純粋な人間種族の両親からハーフエンジェルが生まれた辻褄が合う。それは『熾天使量産計画』によって、自分はそう生まれてくるように仕組まれていた。

「俺は、誰だ」

 ライン・カスティーブという男はいったい何者だ?

「俺は、・・・・・・分からない」

 妹を殺害され、実験施設に何ヵ月も幽閉され、きつい実験をこの身に受け続けた自分は、いったい何者だ?

「ほら、立って。今日の実験を始めよう。君の精子も採取させてもらわなきゃいけないんだ。新たな個体を作るためにね」

「・・・・・・」

 妹殺し。頭の中で言葉が反芻される。希望を失ったラインはゆっくりと立ち上がった。彼の目から光が失われていた。白衣の男の後ろをよろよろとついていった。


 触手の魔神との性交に、ラインは抵抗を見せなかった。されるがまま。光の無い目で、異形とのセックスを受け入れる。

「あっ、んっ、はっ」

 触手の愛撫を受け、快感を全身に流す。今回は触手の一本が陰茎にしゃぶりついた。精子を採取するとの命令を受けているらしい。触手は先端を四つに割り開き、勃起した彼の陰茎を美味しそうにしゃぶった。ビクンと彼の体が跳ねる。

 一輪の花が近づいてきた。雌しべを伸ばし、彼の口に入れる。ラインは喜んでしゃぶりついた。濃厚な蜜をすする。触手の魔神は彼の舌使いに感じて、イチモツが先走りの精液を漏らした。

「はっあっ、ん、はぁ・・・・・・」

 前回の抵抗は見せず、ただただ行為を受け入れる。希望を失ったラインは何もできなかった。抵抗しても無意味に終わるならば、最初から受け入れてしまえばいい。ラインは触手の魔神による愛撫に促され、どくどくと触手の口の中に射精した。

「はぁあ、あっ」

 陰茎から触手が離れた。色っぽい声を聞いて触手の魔神が興奮する。一度セックスしてから彼のことがお気に入りになったらしい。血管浮き出た大きなモノをラインの尻に押し付けた。

「あっ、はあ、あ・・・・・・」

 蕩けて体液を垂らす尻穴に、大きなイチモツが侵入する。痛みは全て快感に変換されている。ラインは自分から腰を振って腹の中に収まるソレを堪能した。


*******


 それから九年の時が経った。十八歳でゲヘナに来たラインは、二十七歳になっていた。

 ラインは完全に闇に堕ちていた。光の魔力は薄れ、闇の魔力と穢れを注がれる。何度も培養液に浸されて、体内の魔力はハーフエンジェルでありながら闇に傾いていた。触手の魔神とのセックスも、痛みを伴う数々の実験も全てこなした。

 妹のことなどもう覚えていなかった。ラインは白衣の男の言うことをよく聞いた。腹を開いてダーカーの一部を移植され、穢れの吸収率を上げた。背の刻印に潜む魔王の息子は、いつラインを乗っ取ってもおかしくなかった。

 そして遂に、彼女が現れる。

「ねぇねぇ、彼、どんな感じ?」

「リリスか。ぼくの大事な実験体だぞ。勝手に味見されて魔力の質が変わっても困る」

「・・・・・・なんて言いながら、本当は試したいでしょ?」

「本音を言ってしまえばそうだな。はぁ、仕方ないな。今夜だけだぞ。触手の魔神が彼をお気に入りにしてしまってる」

「あらそう。触手の魔神よりも濃厚なセックスするから、安心して」

 リリスは、培養液に満たされた槽で眠るラインを見つめた。

「ほんと彼、レイグにそっくりね。ふふふ、楽しみで仕方ないわ」

 舌舐めずりをして、リリスは自分の居城へと戻った。


 その夜、ラインは培養槽から出された。背中の大きく開いた衣装を身に纏い、リリスの居城へ。彼女に案内された先は様々なセックスのための道具が置かれた部屋だった。キングサイズの天蓋尽きベッドがひとつ、部屋の中では異質に佇んでいた。

「さぁ、ライン。始めましょ」

 彼の首に手を回す。濃厚なキスを交わした。虚ろな目をしたラインは、これから何が始まるのか察する。リリスの腰に手を回す。ディープキスで舌を絡め合う。くちゅ、と唾液の絡む音がした。堕淫魔となったリリスの唾液には、強い媚薬の効果が含まれている。

「ほら、飲んで」

 言われるがまま、ラインは口の中に溜まった唾液を飲んだ。時間も絶たずして彼の体が火照る。リリスはベッドに誘った。二人抱き合って転がった。

 

 熱い夜だった。

 リリスは愛した男と似た顔をした彼を可愛がった。愛撫で乳首を舐める仕草も可愛らしい。赤子のように吸い上げれば、彼女は感じて声を上げた。

 闇に染まったラインは彼女の体を貪った。愛撫で濡らした彼女の体液を舐めれば、ほどよい快楽が体を巡る。彼女の陰部に舌を這わせて愛液を吸った。強い闇の魔力と穢れが体内に巡った。魔力がびりびりと電流のように走り、リリスの色に染まる。

 ラインの股間は膨張していた。今すぐ入れたくてたまらなかった。深く黒い闇を貪りたい思いが高まった。

「いいのよ。ほら、来て、ライン」

 リリスが股を開いて陰部の入り口を指で広げた。ラインは下を脱ぐと勃起した陰茎を持って、彼女の陰部にあてがう。ゆっくりと侵入していくと、体がひとつになっていく感覚に打ち震えた。ラインは腰を振ってリリスを高めていく。

「あぁ、あなたのソレ、最高に気持ちいいカタチしてる・・・・・・!」

 パズルがしっかりと噛み合うように、ラインとリリスの相性はとても良かった。さすが優良個体だ。熾天使に一番近い男だけある。リリスは微笑んでラインを見つめた。

「さぁ、もっと腰を振って」

 おいで、とラインを迎える。ラインは彼女を抱き締めた。

 ずっ、ぷ。じゅぷ。じゅる。ピストンが加速する。子宮口をコツコツと叩かれる感覚がある。彼が体内で熱いモノを溢しているのも感じた。

「あぁっ、あ、ソコよ、ライン!」

 ラインの首に手を回して頭を掴む。挿抜が速い。リリスの体内がぎゅうっとラインの性器を搾る。

「あっ、あっ、はぁあんっ!」

 リリスが大きく仰け反った。ドクンと脈打ちラインが出す精液を受け止める。

 びゅるっ。びゅっ。強い媚薬に当てられたラインの射精がいつもより長い。文字通り搾り取られるようだった。

 オルガスムに到達した瞬間、ラインの体内にリリスの魔力が流れ込んだ。体内の闇と穢れに反応して結合する。ラインの力が増していた。リリスもラインの魔力を吸収して全身に送る。

「はぁ、はぁ・・・・・・」

 ラインが抜こうとするとリリスが止めた。再びキスを交わす。

「今度は私が上よ、ライン」

 妖艶な笑みを湛えて、リリスはラインを撫でた。


*******


 夜が明けた。ゲヘナは何時でも星のない夜の空だ。変わりない空の色がリリスの居城に差し込む。

 一晩中濃厚なセックスを交わした二人は抱き合ってベッドで横になっていた。使用済みの性道具が床に散らばっている。

「ねぇ、ライン。あなたに頼みたいことがあるの」

 ラインは薄く目を開けてこちらを見ている。

「あなたをもっともっと強くするためにお願いするわ。それはね、過去を断ち切ってほしいの」

「・・・・・・過去?」

「もう覚えてないかもしれないけど。あなたのママをね、殺してほしいの」

 ラインはぼうっとする思考の中で考える。母親。そういえばそんな人物がいたっけ。昔の彼なら大切にしていたはずの記憶も、闇に染まった今は曖昧になっていた。ラインは体を起こした。

「・・・・・・過去を、断ち切る」

 ぼんやりした意識で呟く。リリスが起き上がってラインの唇にキスをした。深く舌を絡め合い唾液を移す。ラインはなんの抵抗も無くごくんと飲んだ。

「お願い、ライン。わたしのために殺してきて」

「・・・・・・分かった」

 小さく呟いて頷いた。ベッドから立ち上がると服を着て出ていった。


 フォートレスシティ。朝は平穏に時間が流れていた。

「セレスおばさん、これでいい?」

「えぇ、いいわよ。ありがとうバッツくん」

 ラインの母、セレスはバッツに協力してもらって花壇を整えていた。綺麗な花が咲くことを祈って種をまく。

「あの子達が帰ってきたら、お花畑みたいになってきっと喜ぶわ」

 帰らぬ息子と娘は無事だと思って過ごしてきた。突然消えた二人はきっと生きている。セレスは希望を捨てなかった。

「ラインとセーラちゃん、帰ってくるよ、きっと」

「えぇ。きっと帰ってくるわ。そうしたら、うんと抱き締めて、撫でてあげるの」

 セレスが微笑む。人の気配がして顔を上げた。

「・・・・・・」

 無言で剣を構える金髪の男がいた。黒い衣装に身を包んだ彼は、どこかで見覚えのある顔をしていた。

「ライン?」

「おばさん、下がって!」

 バッツが腰にかけていた剣を抜いた。セレスの前に出て守る。

「ねぇ、あなた、ラインでしょ・・・・・・?」

「・・・・・・母さん」

 小さく呟いたのを聞き逃さなかった。セレスはラインに近づく。ラインは少し震えていた。埋もれていた記憶が脳裏に浮かび上がる。母を斬るなんてできない。しかし。


 ――殺してきてね、ライン。


 リリスの命令は絶対だ。自分は闇に生きる者。これからも闇と共に生きるならば、為さねばなるまい。ラインは剣を強く握る。

「ライン!」

 近寄ってきたセレスを、ラインは袈裟斬りにした。セレスから大量の血が噴出した。ラインに手を伸ばすが届かないまま、地に倒れ伏した。

「お前ぇええ!!」

 バッツが怒りの形相で迫る。しかしラインは簡単に彼の剣をかわし、彼の右腕を斬り落とした。剣を持つ手が地に落ちる。

「いっ、ひ、あぁあああ!!」

 バッツは腕を押さえて崩れ落ちた。ラインは倒れる母に目を向ける。何も感情がわかなかった。バッツを見る。彼は、誰だ?

「――ッ!」

 ラインが殺気を感じて飛び退いた。元いた場所に闇の剣が翼を羽ばたかせて突き刺さる。後ずさり間合いを取る。剣が浮いて空に向かった。

「・・・・・・殺す」

 ラインは呟くと、空に浮かぶ黒い人影に向かって地を蹴った。人影の両サイドに闇の剣と光の剣が浮遊している。人影が指をすっと横に動かす。

「・・・・・・っ!?」

 一瞬だった。一対の剣がラインの胸と足を裂いた。衝撃で地に叩きつけられる。持っていた剣を落とした。人影がゆっくり地上に下り立つ。

「・・・・・・母親殺しを頼まれたのかい」

 黒い人影が喋る。ラインは視線を向けた。人影の正体は、黒い衣装に身を包んだ女性だ。彼女はラインの腕を踏んで立つ。顔を見下ろした。

「あんたは、・・・・・・そうか。ダーカーに堕とされたんだね」

 彼女の紫の瞳が怖い。早く逃げたい。ラインは本能的に彼女は恐ろしいものだと認識した。

 黒き彼女はラインに顔を近づけた。

「いいか。これは夢だ。タチの悪い夢だと思え」

「・・・・・・っ?」

「今日までお前が見てきたところ、されたこと、言われたことは全て夢だ。これから辿る道を違えるな」

「ゆ、め・・・・・・」

「そう。そして、目覚めた先で、これを忘れるな」

「・・・・・・なに」

 黒いのはラインの頭に手を置いた。

「目が覚めた先で。運命に抗え。歴史を裏切れ。未来を変えろ。そして、己の道を示してみろ」

 ラインは反芻するように小さく口を動かす。にこりと笑った黒き彼女が力を発動した。『破壊を司る者』の力を行使し、事象変換をおこなう。

「だめよ、ライン!」

 空からリリスの声がした。しかし、黒き彼女が発する力に遮られ、近づくことはできない。弾き飛ばされた。

「わたしのライン坊やがぁ!」

 リリスは黒いのを怒りの形相で睨み付けた。事象変換の光から逃れるため、ゲヘナに転移した。


 かくして、事象が変わる。

 黒き彼女――『破壊を司る者』はライン・カスティーブの今まで辿った人生を無きものに変えた。

 ラインは事象変換の最中に意識が途絶えた。事象のスタート地点まで、夢を見ているように、思考がぐるぐると回った。


 そして、新たな人生が始まる。

 しかし、新たな道を辿るかは彼次第。


「私は見ているよ、あんたのこと」


 黒き彼女の声と共に、ラインは意識を取り戻した。

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