闇の息子を吐き出して

 黒いのはフォートレスシティの象徴である中央庁の鐘のそばに立っていた。街を眺める。最近の帝国は大人しく、王国との戦争も起こさず平和を保っている。停戦協定を結んでいるのだ。それをどちらかが破れば再び戦火に包まれるだろう。

「その時は私も動かねぇとな」

 世界の根源『破壊を司る者』として、安定をもたらさなければ。朝の鐘が鳴る時間まであと少し。黒いのは中央庁の屋根に飛び降り市街地へと消えた。


*******


 ラインは家を出るところだった。セレスが外に出て見送る。

「ライン、いってらっしゃい」

「いってくるよ、母さん」

 セレスはラインの姿が見えなくなるまで見送った。

 街の中を進む。バッツの言う通り昨晩たくさんの雪が降ったようだ。朝一にバッツと一緒に自宅の雪掻きを済ませてきた。今日一日は大丈夫だろう。通りの人々は寒さに縮こまって歩いている。ラインは火の術式を纏うことによって歩く暖房と化していた。雪が足跡型に溶ける。

「あいつら、街の外にいるはずだが」

 ラインは街の外へ向かおうと進んでいると、黒いのと鉢合わせた。

「おはようラインさん。素敵な朝じゃないの」

「あぁ、おはよう。他の奴らはどこだ?」

「もうじき起きてくるよ。私はお迎えに行くところさ」

 じゃあね、と黒いのは皆が眠る宿に向かって歩き出した。

「先に街の外で待ってる」

「あいよー」

 黒いのは手を振って返事をした。

「さて、行くか」

 ラインはフォートレスシティの正門に向かって歩き出した。


 皆はラインのもとに集結した。意気込みはばっちりだ。聖南が今か今かと腕をぶんぶんふって待っている。

「それじゃあ、ラインさんの背中に陣取ってる魔王の息子、剥ぎ取りましょうや」

 ラインを囲むようにルフィア、キャスライ、聖南が配置につく。フェイラストがラインの背中側についた。

「僕、どきどきしてきた」

「あたしも。成功するといいね」

「大丈夫。さぁ、やろう」

 ルフィアが笑顔で元気付ける。聖南とキャスライも笑った。フェイラストは眼鏡を直してふっと笑う。

「三人はラインさんに魔力を送るイメージしてね。魔王の息子を活性化させる役割よ。フェイラストは魔眼で観測して、現れた印を撃ち抜くように眼で認識して。大丈夫できるできる」

「簡単に言うけど、大変そうだぜ」

「最終的に私が破壊の力を以て引き剥がす。その行程に到達するまでだから」

 黒いのは気を引き締める。真剣な表情に変わった彼女を見て、皆も表情を変えた。各自武器を持ち、ラインに魔力を送る。まずは精霊と波長を合わせる。ルフィア、聖南の肩の上にアンディーン、ノームが姿を現した。一歩遅れて、キャスライの肩の上にシルフィードが出現する。ラインの右腕からサラマンダーが巨体の半分を現す。三人の精霊は、契約した彼らの体を介して濃い魔力をラインに送った。それをサラマンダーが受け止め、ラインに渡していく。

「順調だよ。そのままラインさんに魔力を送って」

 魔力を受け止めるラインは、精霊の魔力を体内に流している。背の刻印が濃厚な魔力に反応して痛み出した。ラインが歯を食い縛る。

「観測、・・・・・・開始」

 フェイラストが魔眼を起動した。ラインの背を見ると、既に蠢く闇の塊が液体のように渦巻いていた。印を眼で認識して潰していく。ラインから苦しむ声が聞こえた。

「まだ出てこないの?」

 キャスライが不安げにラインを見る。隣の聖南も心配そうに見ていた。

「ライン、自分をしっかり持って!」

 ルフィアが励ます。ラインの背から黒紫色のオーラが吹き出した。オーラはラインを包むように侵食を始める。

「させねぇ!」

 フェイラストが印をクリアした。寸でのところでラインを取り囲む闇を剥がす。

「っはぁ、・・・・・・あァっ!」

 ラインから苦悶の声が上がる。立っていられず膝をついた。右腕のサラマンダーはまだ出ている。送られてくる魔力を受け止めていた。彼もまたラインの刻印から漏れだす闇に苦しんでいた。

「くっ、がぁっ!」

 体内を闇が這う。沈着した穢れが活性化を始めた。彼を苦しめる闇はまだ晴れない。ラインは苦しみ悶えた。呼吸も荒い。全身が闇に染まっていく感覚があった。

 瞬間、刻印から人型の闇がまるで生まれてくるように外へ伸びた。フェイラストが観測する。魔王の息子だ。

「我が破壊の力を行使せん!」

 すかさず黒き彼女が破壊の力を発動した。ラインから魔王の息子を引き剥がす。人型の闇が足先まで刻印から溢れ出た。刻印の闇を破壊して消し去る。遂にラインが倒れた。息も絶え絶えにかなりつらそうだ。彼の背後には闇色のどろりとした人型が起き上がろうとしていた。


 グオオオオオ!!


 人型の闇は、叫び声を上げて空の彼方へと飛び去った。フェイラストが追いかけようとしたのを黒いのが止めた。まずはラインを助けなければ。

 雪の上に横たわるライン。天使としての光の魔力と、魔王の息子が発した闇の魔力が体内で反発しあい不安定な状態となっていた。キャスライ、ルフィア、聖南は魔力を送るのをやめて彼のそばにやって来た。未だ姿を残すサラマンダーが火の魔力を送る。ルフィアが治癒術をかけて癒す。フェイラストは魔眼で彼の刻印を見る。闇の魔力と魔王の息子はすっかりいなくなっていた。

「くっ、あぁ・・・・・・」

「ライン、もう魔王の息子はいなくなったよ。大丈夫だよ」

 ルフィアが声をかける。アンディーンが現れ、彼女の癒しの力に干渉して術式を強化した。彼が起き上がる。サラマンダーを体内に戻した。

「ライン、大丈夫か」

「あぁ、なんとかな」

「ラインさんの背中から、黒いどろどろが出ていったよ!」

「そうみたいだな・・・・・・」

 ラインは体内の魔力が活性化しているのを感じ取っていた。そのとき分かったのは、沈着した穢れはまだ残っているということだ。

「穢れを連れていってはくれなかったようだ」

「穢れって、ラインの魔力にこびりついてるもの?」

「あぁ。まだ俺の中に残っている」

 視線を向けると、黒いのが腕を組んで悩んでいた。

「穢れまでは引き剥がせなかったか。・・・・・・ごめんよ。本当はそれも一緒に持っていってもらう算段だったんだけどね」

「仕方あるまい。別な機会に剥ぎ取れればいいさ」

 充分に治癒を受けたラインはゆっくり立ち上がった。ふぅ、と息をひとつ吐き出す。

「フェイラスト、俺の中から出ていったあいつは、どこに行った?」

「おう、それなら南西に飛んでいったぜ。魔眼で闇の魔力の残り香が追える。行くか?」

「いや、先に休息が必要だろう。精霊から魔力の中継をしていたルフィア達も疲れているはずだ。お前も眼を使うと頭痛がするだろ」

「大丈夫だ。自分なりに特訓したからしばらくは平気だぜ」

「あたし達はピンピンしてるよ!」

 聖南が小さくジャンプする。キャスライは慣れないことをして少し疲れぎみだ。ルフィアは大丈夫だよと答えた。

「一番休まなきゃいけないのはあんたさんだよ。天使と悪魔の相反する力を体内に宿していたんだ。それを無理矢理引き剥がして、今まで保っていた均衡を破壊したんだから。今あんたさんの体内では、無くなった闇の存在の部分を埋めようと魔力が活性化したまんまになってるはずよ。刻印がただの刻印になったのは良しとしてね」

 黒いのはそれと、と話を続ける。

「不安定な状態で戦いを起こして、魔力めっちゃ使って魔力切れになったらシャレにならないでしょ。今日はお休み。あいつと対峙するのは明日」

「そこまで言われたら休むしかなさそうだな」

「ライン、無茶したらダメだよ。僕より疲れてるはずだし」

「そうだぜ。おっさんも休養した方がいいと思うぜ」

「あたしも疲れたけど、ラインさんはもっと疲れてるもんね。お休みしよ!」

 皆にここまで言われてしまえば、ラインの選択肢も自ずと決まってくる。

「・・・・・・分かった。今日は大人しく休むとしよう」

 無理をして倒れては元も子もない。ラインは休息することに決めた。


*******


 フォートレスシティのA地区にある教会。サン教会にラインはいた。仲間達はそれぞれ行きたい場所に出掛けている。前方の長椅子に腰かけて、教会の象徴である、球体を掲げた八枚羽の男性の像を眺めている。球体は自分達の生きる彩星エルデラートを、八枚羽の男性は『創造源神』を表している。

(『熾天使量産計画』、か)

 自分の命は、生まれる前から利用されるためだけに仕組まれていた。黒いのが言っていたのを思い出す。生まれてくる前から運命が歪められていた、と。

(歪められた運命に抗う気はあるさ。そうでなければ、父さんと妹の仇は取れない)

 堕淫魔リリスを打ち倒して、父と妹の仇を取る。それが最終目標だ。刻印から魔王の息子を剥ぎ取ることは、少しでも勝率を上げるためだと黒いのは言っていた。

「何か、お悩みかな?」

 現実に引き戻される。目の前には司祭が立っていた。柔和な笑みを浮かべている。手には金でできた十字架を持っている。

「ずいぶんと真剣な面持ちでしたので、何か深い悩みがあるかと思いましてな」

「あぁ、えっと」

「貴方、ラインさんでしょう。貴方の母様と面識がありましてね。よく、この教会でお祈りをしていたのですよ。はやく息子と娘が帰ってきますように、と」

「そうだったんですか・・・・・・」

 自分がゲヘナに連れていかれた時から、母は心配してくれていたのか。献身的な母の姿を思い浮かべた。

「今は、貴方が帰ってきたことにお礼を述べることが増えましたな。良き母様ですな」

「そうですね。父が亡くなってから、母は一人で切り盛りしていて。俺と妹がいなくなってからも、ずっと心配していてくれて。俺が帰ってきて泣いて喜んでいました。申し訳ないことをしたと、思っています」

 司祭は笑顔で話を聞いてくれている。

「感謝を忘れぬことですよ。生まれてきた貴方のことを、心から愛しておられるのですから」

「はい」

 金の十字架をラインの頭に置く。祈りの言葉を囁いて十字架を離した。司祭が立ち去る。他に祈りを捧げる者を癒しに回った。

「俺は・・・・・・」

 両親は、生まれてきたことを祝ってくれた。ハーフエンジェルである自分に何の疑念も抱かずに、愛しい息子として祝福してくれた。

(母さん、確か、子供ができにくい体だったんだよな)

 自分が生まれてから体質が変わったらしい、一年後にはセーラが生まれた。大切な子供達に愛を注いで育ててくれた。それなのに、ダーカーが全てを壊していった。

(・・・・・・いずれ、みんなに話さなくてはいけないな)

 ゲヘナでダーカーに何をされていたのか。どうして黒いのを知っていたのか。今の自分は人生二周目と言われた意味を。語らねばなるまい。

 ラインは立ち上がる。早足で教会を後にした。


 商店街を歩き回る。時間帯が昼時であるからか、外食店には人が多い。人気の店には列ができていた。ラインは馴染みの肉屋に寄る。惣菜のメンチカツを買って食べ歩いていた。

(平和だな)

 一瞬で崩れ去ることを知ったラインにとって、平和な時はいっときであるとの認識だった。必ずそれを崩そうとする者が現れる。例えば、ダーカー。

(今は、平和を噛み締めておこう)

 メンチカツを食べ終えて袋をゴミ箱に捨てる。少し行った先でゴロツキがおばあさんと青年を相手取り身勝手な言動をしていた。

「俺の前を通ったからには、有り金全部置いていってもらうぞ、ババァ!」

「勘弁してください。これは、私のなけなしのお金なんです」

「もうやめろ!」

「うるせぇ!」

 ゴロツキが拳を上げて、おばあさん向かって振り下ろす。瞬間、ラインが瞬速で割って入った。ゴロツキの拳を片手で受け止めた。遅れて風が吹いた。

「年寄りに暴力を振るなんて何考えてるんだ?」

「なんだテメェ! 邪魔すんじゃねぇ!」

 ゴロツキが反対の手で殴りかかる。ラインは捕まえた手を離し、蹴りで応戦した。ゴロツキの巨体に炎を纏った蹴りを食らわす。体の向きを変えて頭に踵落としを見舞う。ゴロツキは顔面を地にぶつけた。そのまま伸びてしまった彼は動かなくなった。

「た、助けてくださりありがとうございました」

「おれだけじゃどうにもならなかった。ありがとう」

 ラインは名も告げずに、手をひらひら振ってその場を立ち去った。入れ替わるように憲兵が事態の収拾に現れた。


 ラインは人の多いところを避けるように歩く。辿り着いた場所は共同墓地だ。父と妹の眠る墓の前にやって来た。墓に積もった雪を手で払う。前に持ってきた花は雪に隠れていた。既にしおれている。

「父さん、俺はこれから、かつてアンディブ戦争を仕切っていた魔王の息子と戦うことになる」

 背筋を伸ばして墓を見つめる。

「戦って勝ってくる。そうしたら、また報告に来る。あと、・・・・・・そうだな」

 言葉がなかなか出てこない。

「・・・・・・向こうで、元気でいてくれ」

 ラインは墓を背にして墓地を後にした。

「・・・・・・」

 黒いのが無言でその様子を見ていた。


*******


 今日一日、ラインは街をぐるりと一周して過ごした。仲間達とすれ違うこともなく一人でフォートレスシティを歩き回った。平和は続く。飛び出していった魔王の息子の行方も気になるが、それは明日でいい。充分に休息を取った上で立ち向かおう。

 ラインは自宅へ帰ってきた。ただいまと言うと、キッチンからセレスが出てきた。

「おかえり、ライン」

「ただいま」

 笑顔で出迎えてくれた。ラインはキッチンに向かう。すると、見慣れぬ客人が床の上でごろんとしていた。

「母さん、この猫は」

「寒そうだから拾ってきたのよ。うちに来ない、って聞いたら、私にすり寄ってきたの。だから、家に上げたのよ」

「はは、そうなのか」

 と、ラインの体をよじ登る小さな猫が。ごろんとしているのは親猫だったようだ。

「おいおい、元気がいいな」

「ミー」

 親猫と一緒にぬくぬくしていたようだが、遊び相手を見つけて飛びかかってきたようだ。小さな猫は鳴き声を上げながらラインの服を掴んでは上ってくる。片手でつまむと、爪を出してラインの服にしがみついた。

「こら、コートが傷むだろ」

「ミー」

「ミー、じゃない」

 やれやれ、とラインは苦笑いした。そのまま好きなようにさせる。ラインの肩の上に上って、長い金髪の中を動き回る。

「あらあら、ラインのこと好きになったみたいね」

「はは、くすぐったいぞ、こら」

 子猫をようやく捕まえた。ラインの片手に収まる小ささだ。そっと親猫の元に返した。今度は親猫の体をよじ上って甘え始めた。

「この子達かわいいでしょ。うちで飼うことにしようと思うんだけど、いいかしら?」

「母さんの好きにしてしいいよ。話し相手にもなるだろうし」

「息子がなかなか帰ってこないのよーって、話してようかしら」

「はは、なんだそれ」

 ニャー、と親猫が鳴いた。真似するように子猫もミーと鳴く。

「さぁ、ごはんよー」

 まずは親猫にお皿を出す。缶詰を開けて猫用の餌を出した。お腹が空いていたようだ。すぐにがつがつと食べ始めた。

「キャスライくんがね。動物の言葉が分かるって言うから聞いてくれたの。そうしたら、寒いから家に入れてって、言ってたみたいなのよ」

「キャスライも関与していたのか」

「そうよ。だからおうちに入れてあげようって決めたの。飼うかどうかは決めてなかったけど、こうなったら飼っちゃうわ」

 セレスは意気込んでにっこり笑う。ラインは苦笑いした。

「明日、バッツくんとエルミリアちゃんに猫用の道具を買うための相談するの。ふふ、楽しみねぇ」

「まさか、我が家で猫を飼うことになるとは」

 動物は好きだが、飼うとなると大変なのは理解している。ましてや子猫一匹を連れた親猫を育てるのだ。いきなり二匹も飼えるだろうか。ラインは心配した。と思っていると、セレスは自分達の食べる料理をテーブルに並べた。

「さ、手を洗って。私達も食べましょう」

「・・・・・・やれやれ。分かったよ」

 ラインは降参したように両手を小さく上げた。手を洗って自分の席につく。今日はサーモンのホイル焼きだ。猫が自分の食事そっちのけでこちらに興味を示している。あげないぞ、とラインが言う。

「ふふ、貴方のごはんはそっちよ」

「ニャーア」

 ちょっとだけ、とばかりに猫はセレスの足に手を伸ばす。だめよ、とセレスが優しくなだめた。猫は不服そうな顔をして自分のごはんを食べ始めた。子猫はまだ乳飲み子だ。親猫は母猫でもあった。子供に栄養たっぷりの乳をあげねばいけない。

「ニャーオ」

 なんと言っているのだろう。少し気にしながらも、ラインは自分のご飯を食べ始めた。

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