運命と決意

 夜を迎えて、一行は野営することを決めた。少し行ったところに川がある。地図を見ていたキャスライの言う川の場所と一致した。焚き火を囲んで食事を済ませ、皆は思い思いに過ごしている。簡易テントが出ている。それは黒いのがもしものためにと亜空間から取り出したものだ。疲れた聖南が中で横になっていた。

 焚き火がぱちぱちと音を立てて燃えている。ラインは手頃な石に腰かけて見ていた。

「で、ラインお兄さんよ。奴隷解放するのはいいが、その後のケアはどうするつもりだ?」

 フェイラストがホットミルクの入ったマグカップを両手に持って隣に座る。ひとつはラインに渡した。

「・・・・・・レジスタンスが保護を行っている。だからそれで終わりにして、王国か帝国に転移で戻るという方向で考えていた」

「全く甘いぜ、ラインお兄さんよ」

 フェイラストがホットミルクを一口すする。

「奴隷になった人を一人一人ケアして元いた場所に帰さねぇと、結局また奴隷商人に捕まって戻されるのがオチだ。かといって、オレ達がいつも目をかけて守ってやることはできねぇ」

「・・・・・・そうだな」

 ばつが悪そうにラインはホットミルクを飲む。

「オレは怒ってる訳じゃない。医者として患者と接していくにあたって、途中で投げ出すなんてのはできないから言ってるんだ。今回はオレ達が医者で奴隷の人間が患者だ。助けるだけ助けてハイサヨナラ、って訳にはできねぇんだよ」

「俺のやろうとしていることは間違っていると?」

「間違ってもいねぇよ。奴隷として生きたい人間なんて一人といねぇさ。だから助けるのは正しいと思う。その後のことをどうするって話だ」

 ラインはマグカップを置いた。奴隷達のその後のことは考えていなかった。元いた場所に返したとしても、奴隷商人に襲撃された時点で知れている。廃墟になっているか、魔物に住み着かれたか。果てはダーカーの引き起こす黒い雨で土壌が穢れに冒されているかだ。

「その後のケアが大事なのは分かるが、今の俺には何もできない。すまん」

「謝るのはオレに対してじゃねぇだろ。・・・・・・お前がやろうとしていることは軽率かもしれねぇ。でも確かに意味がある。奴隷を許さない一人の人間として、力を持った人間としてやるべきだと、オレは思うぜ」

 フェイラストは立ち上がる。

「お前が自分からわがまま言ってくれたのはありがたいぜ。いつも感情を心に隠したままだったからよ」

 手をひらひら振って聖南の眠る簡易テントに入っていった。

「その後のケア、か」

 ホットミルクを飲み干す。助けるだけ助けてさようならをするのは身勝手極まりなかっただろうか。それでも自分にできることはあの状況から救い上げることだけだ。その後は旅を続ける。いつまでも構っていられない。

「お医者先生に言われて悩んでるようだね」

 顔を上げると、黒いのが腰に手を当てて立っていた。片手には簡易カップを持っている。

「ひとつ良いことを教えてあげよう」

「なんだ?」

「運命に抗え。歴史を裏切れ。未来を変えろ。己の道を示してみせろ」

 その言葉は以前事象変換をする前に自分に放った言葉だ。とても印象深く残っている。

「それがどうしたんだ?」

「別にこの言葉はあんたさんだけに収まる話じゃない。この世界に生きている誰も彼もに当てはまるんだ。意思を持って歩むものならね」

 黒いのはマグカップに口をつけた。ぷは、と猫のような顔で息をする。

「あんたさんが助けた人間がその後どうなるかは、その人間が運命に抗うかによるね。一生奴隷になるならそうなるし、奴隷になりたくないと決意して奮闘するなら、もしかすると未来が変わるかも」

「つまり、奴隷にとってその言葉は、自分で未来を勝ち取れば奴隷じゃなく生きられるようになる、か?」

「まぁそんなところだね。奴隷として生きていた一人の人間が、例えばラインさんに助けられる。その後のケアはもちろん大事だけど、私らには余裕が無い。となれば、個々の意志に任せるしかないさ。私はそうやってこの世界を見てきたからね」

 黒き彼女はウインクして答える。

 解のひとつはその後のケアも大切に。もうひとつは、個々の意志によって運命と未来を切り開く。奴隷に成り下がり生気を失った者であっても、助かると分かれば希望を見出だしてくれるだろうか。

 ・・・・・・黒き姿であっても『破壊を司る者』と呼ばれる奴だ。創造源神と対を成す存在。きっと星の生誕からこの世の情勢を見てきたのだろう。

 彼女の言葉はラインに重くのし掛かった。

「運命に抗え、か」

 自分の運命とはなんだろうか。考えたことがなかった。マグカップに視線を落として考えようとすると。

「あんたさんの運命なんて生まれる前から歪められちゃってるからね」

「・・・・・・何?」

 見透かしたような言葉に黒い彼女と目を合わせた。紫の瞳は深淵のように青い瞳の光を吸い込む。

「ラインさん、あんたさんは本来人間として生を受けるはずだった。妹と家族と一緒に幸せに過ごすはずだった。けど、ダーカーが実験体に利用するべく淫術によって熾天使の遺伝子を母親の胎内に注入された。その瞬間から、あんたさんの運命に歪みが生じた」

 ラインは眉をひそめた。『熾天使量産計画』で確かに自分はハーフエンジェルとして――しかも天使と人間の血が反発を起こさないトレイトエンジェラーとして――生まれてきた。その瞬間から運命が歪められていたということは、いったいどういうことだ。彼女は深淵のような紫の瞳で見ている。

「人間として生まれて、人間として育って、学校に通って、父親から剣を教わって依頼屋クライアを共に稼業としてやっていただろうね。みんなと巡るこの旅はどこにもなかった。それが、あんたの辿るはずだった歴史であり未来。運命に従ってあんたはそのままなんの不自由のない生を過ごしていただろうに」

「俺がハーフエンジェルとして生まれたことが、既に異端だと言うのか」

「異端と言うのは語弊があるけど。あんたは『熾天使量産計画』の一部として運命をリリスに歪められたんだ」

 言っていることは理解できる。何故人間の両親からハーフエンジェルが生まれたかの理由は『熾天使量産計画』にある。

・・・・・・そうではなかった未来があったとしたら。平穏に暮らす生活がすぐそばにあったとしたら。父親も妹も生きている世界があったなら。

「俺や父さんやセーラが幸せに暮らす未来が、あった」

「それをリリスによって運命をねじ曲げられたのさ。異端なのはダーカーだよ。悪意の塊、穢れの具現化。ダーカーとそれを生み出した堕淫魔リリスこそ、本当に打ち倒すべき存在さ」

 黒いのが目を閉じ、開ける。深淵ではなく、いつもの猫のような雰囲気を漂わせた瞳に戻っていた。黒き彼女が去ろうとしたとき、ラインが声をかけて止めた。

「俺以外の奴らは、運命をリリスに歪められたのか?」

 黒いのはうーん、と声を出して考える。

「一番リリスによって歪められたのはあんたさんだよ。他のみんなは、今ここで語ることではないね」

 含みを持たせたまま、彼女は立ち去った。

「運命、歴史、未来。そして己の道」

 自分の手に視線を落とす。この手でいったい何を救えるだろうか。

「奴隷の話から始まって、まさか自分の運命の話をされるなんてな」

 歪められた運命は元に戻らない。既に父も妹も失った。幸せな時間は訪れない。分かっている。それでも。

「戦わなければいけないんだ」

 ラインはマグカップを洗いに川へ行く。見張りをしていながら寝ぼけていたキャスライに声をかけて交代した。

「歪められた運命、か」

 仲間達もきっと、運命を歪められたのだろう。ダーカーによって。もしかしたら、出会ったのは必然なのかもしれない。

「・・・・・・」

 星が綺麗だ。今夜は新月。いつも見える赤い月と青い月が暗い。

「・・・・・・」

 仲間達のいる方へ顔を向ける。魔除けの結界を張ってあるから大丈夫。ラインは交代の時間まで考え事をしながら過ごすことにした。


*******


 朝。気持ちのいい晴れとはいかず、どんよりと灰色の雲で曇っている。

 それぞれ荷物を片付けて、出発する。今日中にレジスタンスのアジトを目指すのだ。

「ライン、昨日の夜、クロエさんとなんか話してたみたいだけど」

 キャスライは耳がいい。寝ぼけていたにも関わらず、会話は丸聞こえだったか。なんでもないさと声をかける。地図担当のキャスライを励ました。

「しゅっぱーつ!」

 聖南が元気よく腕を突き上げる。フェイラストが年甲斐もなく真似して腕を突き上げた。聖南と笑いあって進む。

「元気でいいね、聖南」

「こんな天気だからこそ、元気にいかないとね!」

「ふふ、そうだね」

 ルフィアも一緒に笑いあう。見ていたキャスライが後ろでにこにこ笑っていた。

後方からラインが黒いのと一緒に歩いてくる。彼は昨夜の話を思い出しては咀嚼していた。

「眉間にシワ寄ってるよ、ラインさん」

「・・・・・・お前が昨夜あんな話をするからだ」

「まぁまぁ、今は気持ち切り替えて奴隷の解放をしましょうよ。そのうちちゃんと話すからさ」

 にゃは、と猫のような笑みを浮かべて前方のキャスライの隣に出ていった。やれやれ、とラインが軽いため息を吐く。

(考え事は後にしろ。今は、自分で言い出したことを成し遂げろ)

 自分に喝をいれて、ラインは皆の後ろを行く。幸い敵の気配は無い。しかし奴隷商人の急襲はいつ来るか分からない。魔力を感知できる範囲を増やし、警戒を強めた。


 川を辿って北西へ進む。帝国や王国では見ない魔物とたくさん出会った。この辺りの森に生息する魔物は群れを作って行動しているらしい。

「親玉を見逃すなよ!」

「チームプレーなら、あたし達だって負けないもん!」

 フェイラストと聖南が応戦する。彼の銃で撃ち抜かれた魔物はきゃんと悲鳴を上げて魔力に還った。

「そぉーれ!」

 地の精霊の力で今まで使っていた術式が強化されていた。敵の頭上に浮かべた地紋から出てくる岩石が、あまりの出力で出てきたので聖南がびっくりしていた。

「わぁあ、精霊が力を貸してくれてる感覚って、こんな感じなんだね!」

 張り切る聖南が鈴を鳴らす。

「あんまり出すぎて魔力切れ起こすなよ!」

「はぁーい!」

 彼女らの隙を縫うようにキャスライが抜けた。一歩で百歩の距離を詰め、狼型の魔物を斬り伏せる。旋回飛行して勢いそのまま空中で術式を放つハーピーを断ち切った。

 キャスライが宙返りすると、紅の疾風が駆け抜ける。瞬速で魔物の親玉を狙う。駆けては吠えを繰り返す狼型の一際大きな魔物だ。ラインを視界に入れた瞬間、それは既に事切れていた。あまりの速さに反応が追い付かなかったのだ。着地して姿を現したラインが手近の狼を両断する。

「群れの親玉は倒した。そっちはどうだ?」

「こっちは平気!」

「オッケーだよー!」

「親玉がやられたと分かって逃げていくぜ」

 狼の魔物は一目散に逃げていく。それを見ていた空飛ぶ魔物も退散していった。気配が遠退いたのを確認して、皆は武器をしまう。

「あたし達の住んでる場所にはいない魔物だったねー」

「大陸が違えば生きる魔物も動物も違うぜ。聞いたことのない鳥の声とかするし」

 二人が先を行く。後からルフィアとキャスライが続いた。

(静かになったな)

 フェイラストの言う鳥の鳴き声は聞こえている。クォー、と木管楽器のような音を森に響かせていた。ラインは後方でのんびり歩く黒いのを一瞥し、皆の後ろをついていく。

 数十分して森を抜ける。開けた草原に出てきた。街道に出ると車輪の跡がある。馬車がここを通ったようだ。

「閉鎖大陸にも馬車があるんだ」

「そりゃあるだろ。逆に何があると思ってんだ」

「だって、前読んだ本には悪魔のリリスによって造られた機械の都市って書いてあったから。ほら、砂漠の国オアーゼのクヴェル王が、地下の図書室を貸してくれたときに読んだやつ!」

 フェイラストはあぁ、と声を上げて思い出した。

「そういや、閉鎖大陸の地図を見つけたときにそんなことが書いてあったな!」

「僕も思い出した。確かに書いてあったよ」

「みんなよく覚えてるねぇ。私すっかり忘れてた」

 ルフィアの一言で笑いが起きる。やれやれ、とラインも苦笑いした。

「歩きながらおさらいといこう。ベルク大陸の西側は高い山に囲まれていて、陸路での侵入を阻んでいる。山に囲まれた北ベルク大陸はリリスの力で発展した機械都市が、迷彩術式をかけて姿を隠している」

「リリスって確か、ラインのお父さんと戦ったときに言ってたね。リリスと何かを成し遂げる、みたいな」

「おう。そんなこと言ってたな」

「悪魔リリスは今、堕淫魔リリスとしてこの世界をダーカーと共に狙っている。・・・・・・父さんがあのとき叫んでいた言葉、なんだったか」

「オールバッドエンド」

 後ろから黒いのが割り込んできた。彼女は表情ひとつ変えずに語る。

「リリスは、オールバッドエンドを引き起こすためにこの世界を陥れようと画策している。愛する熾天使の亡骸を使って『熾天使量産計画』に着手したのは、オールバッドエンド後に永久の契りを交わすためさ」

「してんしりょうさんけいかく? オールバッドエンド?」

 聖南が首を傾げる。聞き慣れない言葉だ。立ち止まって皆は黒いのを見ている。

「リリスはかつて天使だった。狂気的な愛を三元神の一柱である熾天使に向けていた。愛が届かないと悟ると堕天して悪魔を生み出す。そして始まったのがアンディブ戦争。別名百年大戦」

 黒いのはそこで言葉を切って息を吐く。

「戦争後、リリスは一度滅びた。リリスを慕う悪魔達が彼女に吸収されてよみがえったのが、今の堕淫魔リリス。あいつは自分の力で文明を与えたベルク大陸で実験を繰り返していた」

「それが、北ベルク大陸にある機械都市。フェイラストのご先祖様がいた都市になるのね」

「そう。北ベルク大陸は異様なまでに文明を発展させた。ドーム状に張られた迷彩術式によって姿を消しているけど、そこには確かに都市がある」

 話すの終わり。と黒いのは息を吐いた。ラインが気になるのは、オールバッドエンド、それと。

「永久の契りとは、なんだ?」

 黒いのが歩き出したので皆も動き出す。

「永久の契りは、『熾天使量産計画』で一番出来が良い奴を選んで、そいつとオールバッドエンド後の滅んだ世界で一生セックスして過ごすこと。だと私は推測してる」

「滅んだ世界で一生って、またすげぇこと考えるんだな堕淫魔リリスってのは」

「じゃあ、オールバッドエンドって何さ?」

「オールバッドエンドは、名前の通り、悪辣な終幕だよ。この世に生きる全ての命の運命を歪め、歴史を改竄し、未来をねじ曲げる。要は、生き物は皆死ぬってことさ」

「みんな死ぬって、そんなのやだよ!」

「嫌と言ってもやろうとしてんだよ、あいつは」

 皆が黙り込む。しばし静かに歩いていた。ラインはため息を吐く。フェイラストが舌打ちをした。

「で、それを止めなきゃいけない訳だろ。どこにいるんだよ、そいつは」

「ゲヘナにいるだろうね。ダーカーが勝手に作り出した悪意と穢れの世界に」

「ゲヘナ・・・・・・」

 ライン、ルフィア、フェイラストは身に覚えがあった。ゲヘナの実験場に誘拐されて好き放題された経験を持つ彼らにとって、とても嫌な場所だ。

「こんなところかね。今私が語れることは」

 黒いのは大きなあくびをする。先程までのきりっとした雰囲気はどこへやら、猫のような雰囲気に変わった。

「オレ達、なんかとんでもねぇことになってねぇか」

「今更遅い。後戻りはできないさ」

 行こう。ラインが声をかけて皆を促した。

(リリス。父さんとセーラをあんな目に遭わせた張本人・・・・・・)

 いつか来るだろうその時までに、ラインは強くなろうと決意した。

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