第三章 魔王の息子

山を越え谷を越え

 秋深まるフォートレスシティ。北にそびえるミモザ山の寒気が入り、冬の気配が忍び寄る。ラインは生家で母セレスと過ごしていた。二人はティータイムで団欒している。

「だいぶ寒くなってきたわ。もうじき雪でも降るかもしれないわねぇ」

「そうなったら俺が雪掻き手伝うよ」

「ふふ、ありがと」

 仲間達はそれぞれの帰る場所に戻っている。聖南から時々真国の野菜や果物が届いていた。変わったところはそれくらいか。

「あなたとグレイが戦った日から、一年と少しが経つのね。あの人ったら、最後の最後まで私達のことを大切に思ってくれていたのね」

「父さんと依頼屋クライアをしたかった。俺の心残りだ」

「ラインが一番やりたがっていたの、覚えているわよ。剣を教えてもらって、いつか一緒に出るんだって、毎日のように言っていたものね」

 セレスがふふ、と笑う。ラインは恥ずかしそうに笑った。

「これからどうするの?」

「父さんとセーラをあんな目に遭わせた原因を叩きにいく。ダーカーとの戦いになると思う」

「そう。頑張ってね」

 息子が危険な場所へ出ようとしているのを止めるのは母の仕事だが、セレスは彼を引き留めなかった。強い意思を持ったラインの目を見ると、引き留めることは困難だと知る。

 ふと呼び鈴が鳴る。ラインが出ると、扉の向こうには黒き彼女が立っていた。

「お前、なんの用だ」

「その前に寒いから入れてくんない?」

 それもそうだ。ラインはセレスのいるリビングへと案内した。彼女はセレスに挨拶する。ラインの隣の席に座った。ラインも着席する。

「なんで私が直々にラインさんの家に来たかというとね。ラインさんの背中にいるそいつの話をしなくちゃと思ってさ」

「ラインの背中ね。話には聞いているわ。なんでも、大昔の魔王の息子さんが封じ込められているとか」

「その通りだよセレスさん。本題に入るけどね」

 黒いのはラインを見た。彼も黒いのを見る。

「堕淫魔リリス。あいつと戦う前に魔王の息子を退治しないと、勝機は無いのさ。今回のことはラインさんをさらに危険な目に遭わせるから、私も出ることにした」

 黒いのは真剣だ。セレスも心配そうに黒いのとラインを見る。

「今更だな。俺は危険な目に何度も遭ってきた。確かに背中のあいつが出ていってくれれば、毎日表に出てくるか来ないかの瀬戸際で心配することも無くなる」

「そう。もしかしたら、背中のあいつが消えてくれれば、ラインさんの体内に沈着して固着しちゃった穢れも晴れるかもしれないんだ。それが一番の狙いでもあるんだけどさ。結果どうにもならないかもしれない。それでもやってみる価値はあると思うんだ」

 黒き彼女はそう言って、再び彼の仲間を集めることを伝えた。

「私から直々にみんなに頼みに行く。というか、みんなにやってもらわなきゃいけないことがあるのさ」

「やってもらうこと、とは?」

 黒き彼女は立ち上がる。ラインに向き直る。

「精霊との契約さ」

 そう言って彼女はウインクを飛ばした。

「セレスさん、またラインさんを大変なことに連れ出してしまうけど、いいですかな?」

「いいわよ。あなたがやりたいように、ラインのことを使ってあげて」

「母さんまでそんなことを」

「だって、止めても無駄でしょ?」

「まぁ、そうなんだが・・・・・・」

 その言葉を聞いて、黒いのはにゃはと笑みを浮かべる。

「じゃあ決まりだ。全員に連絡しに行くさ。あの屋敷に集まるように言うからね。私がまたここに来たら、転移で一緒に連れていくよ」

 黒いのはお菓子をひとつ摘まんで帰っていった。

「また冒険するのね、ライン」

「そういうことになりそうだ」

 ラインは席を立つ。自分の部屋へ戻っていった。


*******


 黒き彼女は彼らに話をつけ、三日後に再びラインの生家にやって来た。彼は支度を済ませて黒いのと共に外へ出た。玄関先でセレスが見送る。

「行ってくるよ、母さん」

「えぇ。いってらっしゃい」

 またひととき別れることになるが、きっと大丈夫。街には同級生のバッツとエルミリアがいるのだから。

「じゃあ、転移するよ」

 黒いのは転移を起動する。ラインの姿が見えなくなるまで、母は彼らを見送った。


 転移の紋が光と共に二人を吐き出す。光が収まる。そこは丘の上の丸太屋敷の前。山が近いため、風が吹くととても冷えた。黒いのがさみぃ、と声を漏らす。階段を上り屋敷の扉を開けると。

「ライン、久しぶり」

「待ってたよー!」

「おいおい、キャスライが冬眠するところだったぞ」

「ぼ、ぼぼ僕は寝てないよ!」

 見慣れた面々が出迎えてくれた。ラインの後ろから黒いのが入ってくる。彼女の姿を見た途端、聖南がぐるると唸った。

「ラインさん関係の頼みじゃなかったら、絶対断ってたんだからね!」

「おうおう、元気そうで何よりだよ聖南姫。とりあえず、私から改めて話すさ」

 ラインがフェイラストの座るソファーに着席する。立っていた他の者も適当な椅子に座った。

「さて。皆さんに集まってもらったのは、頼みに行った時に伝えた通り。ラインさんの背中の刻印のことさ」

 黒いのはラインを見た。

「知っての通り、刻印には魔王の息子が封じられている。それがラインさんの意識を完全に乗っ取った場合ラインさんは死ぬ。体内に流れる固有魔力に穢れを沈着させた原因でもある。それがラインさんの術技にも大きく影響を与えている。ここまではいいよね」

「うん。大丈夫だよ」

「改めて聞くと難儀な話だよなぁ、おい」

「ラインさん、大変だね」

 すっと手を上げたのはキャスライだ。

「どうやってラインの背の刻印から、魔王の息子を剥がすの?」

 黒いのはうんうんと頷いて答える。

「四大精霊の力を使って刻印から剥がすのさ」

 キャスライが頷いて理解を示す。

「四大精霊って、ラインが今契約してるサラマンダーと、後の三人?」

「そうそう。火の精霊サラマンダー、水の精霊アンディーン、風の精霊シルフィード、地の精霊ノーム。この四大精霊と契約して、ラインさんにぶつける。サラマンダーは既に契約済みだからいいでしょ。残る三人と契約して欲しいのよ」

 黒いのはそこで話を切った。ルフィア達の様子を見ると、嫌な顔をしている者はいない。皆がやる気に満ちていた。

「あたし達の中で、水はルフィアだよね」

「地は聖南だね」

「残りの風って、誰が適任かな?」

 聖南が首をかしげる。恥ずかしそうにキャスライが手を上げた。

「実は僕、一番風が得意なんだ。術式は苦手だけど、僕の技には風の力を利用したものが多いよ」

「じゃあキャスライに決まりだね!」

「おいおい、おっさんは仲間外れかよぉ」

 当てはまらないフェイラストはがっかりしていた。にゃは、と黒いのが笑う。

「あんたにゃ魔眼があるでしょ。四大精霊の力をぶつける際に、魔眼で魔王の息子を観測する役割があるから大丈夫よ」

「お、おう。大事な役目じゃねぇか。おっさんも頑張るぜ!」

 かくして皆のやるべきことは決まった。四大精霊との契約を結び、ラインの刻印に干渉する。その先のことはその時に考えよう。

「風の精霊なら、僕が場所を知ってるよ。ヴェルトゲーエンの山々にラスカ族の集落があってね。ラスカ族は風の恩恵を受けながら暮らしてるんだ」

「それなら、まずは風の精霊シルフィードのところに向かう?」

「いこいこー!」

「遠足じゃあねぇんだぞ、聖南」

 元気なのはいいことだがな。フェイラストははしゃぐ聖南に苦笑いした。

「僕が案内するよ。あ、あとね。ラスカ族は人間の立ち入りを禁じているんだ。ハーフエンジェルのラインとルフィアは通してくれると思うけど、聖南とフェイラストは厳しいかも」

「そんときゃ私が緊急事態だから通してくれって言うさね。心配いらんよ」

「君は、ラスカ族のしきたりを変えられるほどの力があるのかい?」

「言うだけ言ってみるのよ。私何度か行ってるから、顔見知りもいるし」

「そ、そうなの?」

「私に任せときなって」

 自信満々に発言する黒いのに、キャスライは怪訝な眼差しで見つめた。彼女はにゃは、と猫のような笑みを浮かべるだけだった。

「また山登りになるなら、今日は早めに寝て体力つけねぇとな」

「フェイラストの言う通りだよ。集落は山の中にあるからね」

天上界ファンテイジア行くとき、頑張って登ったのを思い出すなぁ」

「あたしも、バテないように早く寝なきゃ」

 皆が動き出したのを見て、黒いのの顔つきが変わる。

「頼りにしてるぜ、皆さんがた」

 小さく呟くと、途端にふにゃっとした表情を浮かべて皆の輪の中に入っていった。


*******


 翌日、屋敷で一夜を明かした一行は準備をして外へ出てきた。

「雨降りそうだよー」

 聖南が雲行きを眺めている。暗い色をした雲が遠くの山を隠していた。

「えぇっと、地図を見るからには、この屋敷は王国領の中にあるんだな」

 フェイラストが地図を広げて場所を確認する。隣でキャスライが指差した。

「ここが王都シャンバル。王国にそびえる山の反対側。コの字型に囲む山の中に、僕達ラスカ族の集落があるよ」

「オレ達が天上界ファンテイジア目指していた時に通った山がそうだったのか」

 フェイラストは合点がいった。山に囲われた所にある小さな点を指差して皆に伝えた。

「山すそを進みながらコの字型のところを回避できないかな?」

 ルフィアの提案に皆は頷く。黒いのは遠巻きに聞いていた。

「行ってみるか」

「雨降らないといいけどねー」

 地図を頭に叩き込み、一行は目の前に見える山を眺めた。

「集落に戻るの、何年振りだろう」

 感慨深くキャスライが呟く。家を出てから何年も経っていた。友達も心配しているだろうか。

「お前にとっちゃ、自分の家に帰るようなもんだろ。しゃきっとして帰ろうぜ」

「あ、うん。そうだね、フェイラスト」

 にっと笑うフェイラストを見て、キャスライもにっこり笑った。


 屋敷の入り口からまっすぐ行った先にある崖へ来た。沿うようにできた坂道を下り、山のふもとへ近づく。途中魔物も現れたが、フェイラストの速射とキャスライの早技によって事なきを得た。

 何時間かして、雨がぽつぽつと降ってくる。本降りにならないうちに足早で山のふもとを歩く。

「雨宿りできるところあるかなぁ」

「今の時期に濡れると風邪引きかねないぜ。・・・・・・って、ここから先は森になってるみたいだ」

 草木が生い茂ると思っていたら、森に差し掛かったらしい。彼らは山を見失うことないよう山裾近くを歩いた。

「・・・・・・おーい」

 黒いのが呼ぶ。キャスライの耳がぴくりと動いた。振り返って立ち止まる。つられて皆が立ち止まった。

「こっちよ、こっち」

 黒いのが指差す先は山に向かっている。茂みの向こう側に何かあるらしい。キャスライが彼女のそばに寄って耳を傾けた。

「風の音がする。空気の通り道があるんだね」

「この先に道があるのよ。こっちだってば」

「なんでおまえが決めるんだよー」 

 文句を言うのは聖南だ。黒い彼女が嫌いなのもあって口調にトゲがあった。対して黒いのは気にせずに指差した方向へと歩いていく。

「ついていこうぜ。風の通り道があるなら洞窟みたいなのがあるのかもな」

「フェイラストがそう言うなら、あたしも行くけどさぁ」

「聖南、そんなにあの子が嫌い?」

「嫌いっていうか、許せないっていうか。あー、もう、行くってばぁ」

 文句たらたらな聖南は仕方なく黒き彼女のあとを追った。皆も続いていく。


 黒いのについていくと、洞窟の入り口に辿り着いた。止まらず中へ入っていく。ラインが光と火の術式を組み合わせてライト代わりの球体を作り出し浮遊させた。山の湧き水が岩壁から染み出ていた。キャスライが手で掬って飲む。冷えた水が体に染み渡った。

 洞窟は他にも湧き水を出す場所があった。時折休憩を挟みながら水を飲む。もしかすると、山の高いところは既に雨が降り注いでいるのかもしれない。

「雨水が山の中を染みて、この洞窟に流れているのかもね」

 キャスライがにこにこして話す。フェイラストは水を飲んで口元を袖で拭う。

「はぁー、美味い水だぜ」

 ラインとルフィアが後ろから続く。魔物の気配もしないので気を張ることもない。二人は後ろの黒いのを気にしていた。

「ねぇクロエ」

「なんじゃらほい?」

「私達のこと、色んなところで助けてくれたよね」

「さぁてねぇ。どうだろうねぇ」

 黒いのははぐらかす。ルフィアは知っている。密やかに助けてくれていることを。

「神域には、お父さんもいるんだよね。元気にしてる?」

「元気にしてるよ。もう私より弱くなっちまったけど」

「お父さんが弱くなった?」

「あの人はね。私と違って人々の信仰によって力を増すのさ。つまり、人々の信仰が減ってきている。よって力が失われつつある。というところかね」

「お父さん、だから神域から出てこないんだ」

 ルフィアは納得した。彼女がティファレトに帰っていた間、父の姿は一回も見ていないのだ。天上界ファンテイジアにすら降りてこないということは、力の消費を抑えるため、神域に留まっているのだろうと推測した。

「でも、元気にしてるなら安心した。いつか会えるといいなぁ」

「あんたさんなら神域に連れていっても問題ないだろうし、来たいなら案内するよ」

「ふふ、ありがとう」

 洞窟の出口までやって来た。ラインが光の球体を片付ける。雨が強く降り注いでいた。

「あらら、降ってきちゃったね」

「地図を見ると、コの字型の縦線に位置する山の斜面にあるようだぜ」

「雨の中で山登りはちょっと大変そうだねー」

「この時期の雨は体を冷やす。当たりすぎると風邪を引くだろう」

 足踏みする皆を見て、黒いのは頭を掻いた。

「んー、じゃあちょいといじくり回そうか」

 彼女は外へ出てくると何やら唱え始めた。

「なにしてんだ、あいつ」

 フェイラストが怪訝そうに眺める。他の者も不思議そうに見ていた。途端、雨を降らしていた空の雲が晴れ渡る。厚い雲が割れ青空を広げた。

「は、晴れた!」

「おいおいどういう芸当だよ、それ!」

 黒いのは洞窟から出てきた彼らに振り向く。にっと笑った。

「私の破壊の力で雨雲を壊したのよ。あんまり自然に干渉するのはよくないんだけどねぇ。山登りする分には大丈夫だと思うから、はよ登りましょうや」

 迷わず歩き出す彼女は登山口へと向かう。ライン達もあとを追いかけた。渓谷を行く黒き彼女についていく。山の斜面にラスカ族の集落らしき形跡が見える。どうも穴が多いのだ。そこに住んでいるのだろうか。目のいいキャスライが上を見る。人の姿を捉えた。

 登山道は階段とまではいかないが綺麗に整備されていた。誰かが石を積んで作ったようだ。

「ここからは僕も覚えてる。みんな、ついてきてよ」

 キャスライが簡素な階段を駆け上がる。懐かしい感覚が耳に目に入ってきていた。風の力も感じる。ラスカ族の集落が近づいていた。楽しそうに道を行く彼を見て仲間達も元気になる。

「キャスライ嬉しそうだね」

「あいつ、しばらく帰らなかったしな。久しぶりに帰ってきて喜んでいるんじゃないか?」

「オレも同感だぜ」

「キャスライ速いよー!」

 黒いのは一歩引いた位置から皆の様子を見ている。彼らに馴染んでいない訳ではなない。ただ、彼らが本当に精霊との契約をやり遂げるか不安だった。

(風の精霊シルフィードは本の虫みたいな奴だからなぁ。話を聞いてくれりゃあいいんだけど)

 聖霊は様々な姿をしていて個性豊かな存在だ。風の精霊はいつも本を片手に読書している印象が強かった。

「クロエ嬢、どうした?」

 フェイラストが立ち止まってこちらを向いている。遅れていたのが気になったようだ。手助けが必要か、と彼は言う。黒いのは大丈夫と返した。

「変な顔して何考えてんだ?」

「んー、精霊と無事に契約できるかなーってね」

「はは、そんなことなら心配いらねぇよ。オレ達がちゃちゃっとやっちまうぜ」

「だといいんだけどねぇ」

 にゃはと笑う。遅れているから少し早足で彼らを追いかけた。


 先頭のキャスライが広場に立ち止まっている。彼は目の前の存在と目があった。

「着いた・・・・・・」

 見張りのラスカ族二人が腰に提げた剣に手をかけた。キャスライが待ってと叫ぶ。様子がおかしいと感じたライン達も広場へ登ってきた。

「ラスカ族がいる」

「ここが、彼らの集落なのね」

 ぞろぞろとやって来た見知らぬ者達に見張りは警戒を強める。キャスライは同族だと分かったが、他の者はいったい何者だ。と、黒いのが前に出てきた。

 頭を下げて丁寧に挨拶する。顔を上げると真剣さをまとった。

「突然の訪問失礼致す。我は『破壊を司る者』、破壊の根源クロノワ・シュバルツアウル。此処に用があって彼らを連れてきた。騒がしくしてすまないと思っている。できれば皆を集落に入れてもらいたい。貴殿らのしきたりは理解している。それでも、此処にいる皆は我の必要な友である」

 見張りの二人は突然の彼女の訪問に驚いていた。彼女は何度かここに出向いてきてはいる。その時はいつも一人だったが。

「頼む、人間を集落に入れないというしきたりは分かっているが、今回はどうしても必要な人間達なのだ」

「少しお待ちください。長老と話してきます」

「ぼ、僕も行っていい?」

「お前はだめだ。宝剣を盗んだ罪、忘れたのではあるまいな!」

 キャスライがびくっとして黒いのの後ろに隠れた。大丈夫かい、と黒いのが問いかける。キャスライは震えていた。彼が引っ込んだのを見て、見張りの一人は長老へ話をしにいった。

「・・・・・・そうだよね、だめだよね」

「おいおいキャスライくんよ、宝剣を盗んだってのはどういうことだ?」

「俺達にも説明してほしい」

「よかったら、聞かせて」

「うんうん、気になる気になる」

 視線集まる彼は仲間に向き直る。彼の腰に提げられた一対の短剣の意味とは。

「これは、ラスカ族に代々伝わる月の欠片を削ってできた宝剣でね。冥夜めいやと呼ばれている。長老の家に大事に保管されていたのを、山を降りる時に盗んだんだ」

 キャスライは申し訳なさそうに剣へ目を落とす。

 本来この冥夜は、長老へ受け継がれていく物であった。実戦向きに作られてはいるが、それが出るのは一族に危機が迫る有事の時である。普段は長老家の中に保管されている。

「返さなきゃいけないよね。山を降りてから一度も帰らなかったから、みんな心配してただろうし」

「なるほどなぁ。自分のものにしちまってたんだな」

「うん。だから、返すよ」

 見張りが帰ってきた。長老との話の結果、黒いのに免じて立ち入りを許可するとのことだ。皆はほっとした。

「キャスライ、お前はどうする」

「え?」

 ラインが突然問いかけてきた。びっくりした彼は体が跳ねた。

「お前はそれを返すのだろう。そうしたら、風の精霊との戦いもできなくなるんじゃないか?」

「どうだろう。・・・・・・分からないよ」

「話はつけてみるものだ。お前が必要だと感じているなら、今度は正式に持っていけるように話してみろ」

 ラインは先に行く。他の仲間も後に続いた。

「行きましょうや、キャスライくん」

「う、うん」

 揺れ動くキャスライは促されてようやく歩き出す。見張りに睨まれたが、しっかり前を向いて集落へと入っていった。

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