屍を越えて

 森の中は魔物の巣窟だった。ライン達の行く手を阻むように魔物は次から次へと現れる。

「はぁっ!」

「ふっ!」

 前線をラインとキャスライが切り開く。

「えいや!」

「それっ!」

 聖南とルフィアの術式が放たれる。地と氷の術式が炸裂した。地を揺るがし、氷が鋭く魔物に突き刺さる。

「くらいな!」

 後方ではフェイラストが彼女達の背を預かる。浄化の力を含んだ弾丸は過たず魔物を撃ち抜いた。マガジンを切り替え、爆発の力を込めた弾丸を使用した。魔物に弾丸が到達すると火の術式が起動し弾けとんだ。魔物が内部から破裂する。

「ライン、左上空!」

 キャスライの耳が空を切る音を察知した。ラインが上から来たハーピーの翼を斬り払う。奇声を上げながら落下した。

 森が開けた。背後の敵をフェイラストの弾丸と聖南の術式が仕止めた。魔物の群れの襲撃は終息したようだ。

 漆黒の教会は長い橋が掛けられている。いざ、断崖絶壁の先へ。

「怖いけど、行くっきゃない!」

 聖南が気合いを入れた。ラインとキャスライが先に行く。聖南が慎重に歩き出した。彼女の背後を守るようにフェイラストとルフィアが最後についていく。

 半分のところまで来た。少しずつ漆黒の教会へ近づいていく。

「あの中に大将が潜んでるんだよな」

「きっと、仮面の人がいるはずだよ」

「あたし、手の震えが止まらないんだけど」

 聖南がルフィアに手を見せた。かすかに震えている。高所で怖いのも相まって、聖南はぶるると震えた。

「聖南が落っこちたら、僕達が助けに行くよ」

「うう、ありがとキャスライ」

「空飛べるやつが三人いるからな。安心できるぜ」

「誰がお前も助けると言った?」

「ひでぇぜライン。おっさん悲しい~」

 緊張をほぐそうと笑い合いながら橋を進む。空からの奇襲はないようだ。警戒は緩めずに進行した。キャスライの耳がぱたぱた動いて全方位の音を感知している。森の魔物達の声が主に聞こえてくる音だ。次いで風の音。

「敵はいないよ。大丈夫」

「じゃあ、いこー!」

 橋を渡りきる。皆は横に並んで教会を見上げた。大きな教会だ。大聖堂の他にも部屋があるようだ

「行くぞ」

 ラインが扉を開けた。漆黒の教会に乗り込む。内装は特に地上界の教会と変わりなかった。しかし長椅子がひとつも置いてない。説教壇が奥にぽつんとあるだけだ。

「この装飾、フォートレスシティの教会とよく似ている」

 ラインは天井や壁面の装飾を見て思い出していた。ステンドグラスに描かれる創造源神の姿と天使達も同じように見えた。緻密に細工されたガラスの色合いが顔にかかる。

「ラインの思い過ごしじゃない?」

「気のせいで済めばいいがな」

 長椅子の無い聖堂の奥へ。説教壇の前に来ると、突然パイプオルガンが鳴り出した。びくりと反応した皆が注視する。祈りの歌を演奏している。突如、天井が粒子となって消失した。青空が教会内部を彩る。

 バタン、と教会の扉が開いた。皆が振り返ると、少女がすっと立っていた。

「ようこそ」

 背中の大きく開いた漆黒のドレスを身に纏い、少女はヒールの音を鳴らして近づいてくる。滑らかな長い金髪が揺れる。深海色の眼差しには光が無かった。

「そして、死んでください」

 皆は一瞬の殺気を逃さなかった。フェイラストが銃撃で闇の術式と相殺させた。聖南が光の矢を放ち応戦。だが障壁によって防がれたようだ。

 ラインとルフィアは剣を構えて動きを見定める。彼らが突っ込むより先に、キャスライが肉薄した。闇紋が見えた瞬間に翅を動かし急上昇して回避、逆手に持つ短剣で少女の首をひと掻きすれば。

「なっ!」

 予想していた動きではなかった。少女はキャスライの短剣の刃を握ると彼を床に叩きつけた。苦悶の声を上げて彼は倒れた。急いで体勢を立て直さなければ。

「キャスライ!」

 フェイラストが名を叫ぶ。彼が銃で援護した。弾丸は彼女の障壁に当たると爆発を起こした。視界が煙に包まれる。その隙にキャスライは翅を閉じて横に転がり、勢いを利用して体を起こす。床を蹴って再び少女に迫る。

「死んでください」

 機械的で光を失った少女は、キャスライを殺そうと闇の術式を発動する。

「させない!」

 ルフィアが少女めがけて光の術式を放つ。既に起動した闇の術式がキャスライを捉える前に相殺できた。エネルギーがぶつかり合って発生した爆発の中からキャスライが現れる。反対側からは瞬速を用いて距離を詰めたラインが剣を振ろうとしていた。

「邪魔」

 少女は両手を彼らに向けた。障壁の力を逆に向けて衝撃波を起こした。二人が吹き飛ぶ。追撃の闇の術式が迫る。

賢鶏ケンケイ! 守って!」

 聖南が酉を司る十二聖獣を呼び出す。眼鏡をかけた雄鶏が現れるとけたたましい声で鳴く。二人に障壁をかけて闇の術式から守った。

「あなたは、いったいどうしてみんなを攻撃するの」

 ルフィアが問いかける。少女の口は一文字に閉ざされている。 

「もし、仮面の人に操られているなら、助けるから!」

「それは、要らない」

 少女が口を開いた。手をかざすと闇の術式を発動させる。ルフィアは光の術式で応戦した。空中にいくつもできた闇紋は十字を生み出す。キャスライとラインが十字を切り払いながら迫る。

「必要なのは、ただ一人」

 少女はラインを見た。彼ははっとした。振り下ろそうとした剣を寸でのところで止めた。異変に気づいたキャスライが着地してバックステップする。

「お前、まさか」

 ラインの脳裏に少女の笑顔がよみがえる。実の妹。殺された大切な家族。目の前の彼女は――。

「セーラ・・・・・・」

 妹の名を呼んだ。自分と同じ深海色の瞳にはラインが映っている。緊張で呼吸がしづらい。ラインの瞳が震えた。剣先が床を向いた。

「お兄ちゃん」

 少女の手が伸びる。彼の頬に触れた。少女が微笑む。彼女の周囲に闇が集う。

「お兄ちゃん、一緒に闇に下りましょう」

 ドクン。背の刻印が疼く。

「私に必要なのは、お兄ちゃん一人だけ」

 ラインの息が荒くなる。聖剣が危機を知らせている。逃げろと脳が指令を出している。・・・・・・逃げる? 何故、実の妹から逃げる必要がある。

「ね、お兄ちゃん」

「セー、ラ・・・・・・」

 ラインを包み込むように少女は兄を抱き締めた。ラインの瞳から光が失われていく。背の刻印から魔王の息子が忍び寄る。

「ライン、だめ! 惑わされないで!」

 ルフィアの声がぼうっとする頭を突き抜けた。はっとしたラインは少女の手を振りほどく。大きく跳んで後退した。

「お兄ちゃん、私のこと、嫌いなの?」

 悲しそうな顔をした少女はラインを見つめる。

「お前は、セーラだ。確かに俺の妹だ」

「じゃあ、私の願いを」

「それはできない」

 皆まで言わさずラインは言葉を重ねた。

「俺の知るセーラは死んだ。もういない。・・・・・・お前は、俺が殺したも同じだからだ。忘れるものか」 

 少女は黙り込んだ。何故、という顔をして首を傾げている。

「あの時お前は、ダーカーに殺されて死んだ。フォートレスシティの街の住人と妹を天秤にかけられた俺は、街の住人を選んだ。そこに母さんも含まれていた。お前より街の住人と母さんを選んだんだ。結果、お前を殺してしまった・・・・・・」

「私は生きている。死んでいない。お兄ちゃんが私を殺した? 殺してないよ」

「死者はよみがえらない」

 ラインがきっぱりと言い放つ。

「お前はもう死んでいるんだ。それに、本当に俺の妹なら、俺の仲間に攻撃はしないしな」

 ラインは剣を構える。彼を見た仲間も身構えた。

「・・・・・・馬鹿な兄ね」

 他人事のように吐き捨てた。少女の顔つきが変わる。胸から顔にかけて黒い筋が入った。背中の肉を割って黒い翼が一対生える。

「言うことを聞いてくれればよかったのにねっ!」

 少女が変質していく。止めるべくラインとキャスライの攻撃が迫るが、先程仕掛けていた闇の十字が発動する。鋭いトゲとなって彼らの体に刺さった。脇腹に刺さったトゲを抜き着地する。傷口から穢れが侵食して拡がってきている。

「ぐっ・・・・・・」

「体が汚染される感覚はどう? お兄ちゃん」

 少女が膝をつくラインのもとに近寄る。彼は剣を強く握って振り切った。少女が回避したのを見て大きく後退する。

「お兄ちゃんは、パパと一緒になりたくないのね」

「何?」

「分からないなら別にいいわ。此処で私と一緒に死んで!」

 その時、ルフィアが浄化の術式を発動した。少女を取り囲んだ清浄な光は闇を清めていく。少女が悲鳴を上げた。浄化の術式が消えると、ぎょろりと目を見開いてルフィアを睨む。

「邪魔なのよ。邪魔ァ!」

 少女の体がばきばきと音を立てて変貌を遂げる。美しい顔は獣のように牙を現しうなり声を漏らす。手は鉤爪となって長く伸びる。獰猛な黒き獣と化した少女は咆哮を上げた。

「お前から殺してあげるぅ!」

 翼がひとつはばたくと、獣はルフィアの目の前に瞬時に移動した。驚く彼女に鉤爪の手が薙ぐ。とっさに剣を構えて防御したが、力強い攻撃に彼女は後ろに吹き飛んだ。勢いそのまま説教壇にぶつかる。

「ルフィア!」

「聖南、待て!」

 聖南が彼女のもとへ駆け寄ろうとする。獣は聖南にブレスを浴びせた。黒ずんだ闇のブレスをまともに受けた彼女は、急激な穢れに汚染され床に倒れ伏す。賢鶏ケンケイが障壁でガードしてそれ以上の侵攻は収まった。

「殺す、殺す殺す殺す!」

 フェイラストを睨む。彼は魔眼を起動していた。次の動きを予測して跳んで回避、赤い印のある背中めがけて弾丸のキスを与えた。炸裂弾によって敵が爆発する。彼は床に転がって体勢を整える。近くにラインがいた。キャスライも駆け寄ってきた。

「背中に赤い印があった。そこを狙え!」

「分かった」

「ルフィアと聖南を助けなきゃ!」

 獣が振り返る。低いうなり声を出し、吼えた。再び翼をひとつ羽ばたかせ一気に距離を詰める。ラインとキャスライが散開、フェイラストが二丁拳銃を構えて弾丸を連射する。炸裂弾が獣の顔や肩に刺さる。紙一重で獣の突進を避けると、見えた背中にもう一度撃ち込んだ。時遅れて爆発が起きる。獣の腕が肩から弾けとんだ。顔が破裂して血が飛び散る。背中からも爆発が起きた。

「ぐぇえええええ!!」

 奇怪な苦悶の声を叫び獣は不時着した。顔の無くなった場所に、円形に歯列並んだ空間が現れ、首から四つ割りになった肉が蠢く。立ち上がって血をだらりと流して獲物を探る。

「ごごご、ごぉおおお!」

 フェイラストを喰らわんとする獣。しかし彼は動かなかった。後方から迫り来る彼らを信じていたからだ。

 キャスライとラインが肉薄し一閃した。肉は細切れにされ、首が落ちる。キャスライが身をひねって獣の背に縦一閃。ラインが浄化の力を込めて心の臓を貫く。獣は甲高い声で叫びビクビクと体を痙攣させた。

「ルフィア!」

 フェイラストの視界の端で彼女は浄化の術式を詠唱していた。ルフィアは剣を床に突き刺すと、フィールドに浄化の力をもたらす。制圧した場の力によって獣は苦悶の叫びを上げた。

「浄化の力よ!」

 ルフィアが力を込める。強い力を持った浄化の術式が起動した。ラインごと光は優しく包み込む。穢れで汚染された部位が清められた。

「あがが、がががァッ」

 獣の穢れと闇が払われた。元の少女の姿に戻る。ラインは剣を引き抜いた。力を失った少女が床に倒れこんだ。

「・・・・・・セーラ」

 実の妹を手にかけた。とても心苦しかった。ラインは剣を床に刺す。しゃがみこんで膝をつき、彼女の体を抱き締めた。

「せめて、安らかに眠ってくれ」

「・・・・・・い、ちゃ・・・・・・ん」

「もう何も言うな」

 己の浄化の力を以て、彼女を清める。

「おやすみ、セーラ」

「ぁ・・・・・・り、が・・・・・・とう」

 少女の姿が薄れていく。光の粒子となって青空へと消えていった。粒子が空へ昇るのを静かに見守った後、ラインは立ち上がって剣を抜いた。

 一息吐く。振り返ると、フェイラストとキャスライが辛気臭い顔をしてラインを見ていた。

「なんて顔してんだ、お前達」

「いやぁ、だってよぉ」

「ラインの、実の妹さんなんでしょ・・・・・・」

「死者はよみがえらない。たとえあれが本物だったとしても、戦わなければ俺達が死んでいた」

「ライン、お前な」

「いいんだ。気にしないでくれ」

 とは言うものの、ラインは本当は悲しかった。確かに本物の妹だった。同じ金髪に深海色の瞳は、見間違うことない。

(ダーカーと、仮面の男に違いない)

 こんな非道を思い付くのはダーカー以外考えられなかった。死者はよみがえらない。死者蘇生の術式は理論上確立されているが、通常では必ず化け物になって現れるという。

 妹セーラはダーカーに殺された。本来星に還る肉体と魂をダーカーが横取りしていたら。彼女の肉体と魂を利用してけしかけてきていたら。死者を冒涜する行為が行われていたのを思い出す。

「実験場で、そんな研究もしていたよな」

 一人ごちて、ルフィアと聖南のもとへ向かう。聖南は賢鶏ケンケイが障壁で守ってくれたおかげで軽傷で済んだ。ルフィアのフィールドに張り巡らした浄化の力により穢れも払われたようだ。今は気絶しているが、そのうち目が覚めるだろう。ルフィアが聖南に膝枕して起きるのを待っている。

「ライン、本当によかったの?」

「構わないでくれ。聖南は大丈夫なんだな?」

「うん。大丈夫」

「嬢ちゃん達も無事でよかったぜ。いやー、一時はひやひやした」

 きょろきょろと辺りを見回すキャスライ。どうした、とラインが問いかける。

「ねぇねぇ、僕達は仮面の人を追ってここに来たんだよね。肝心の仮面の人がいないけど、まだどこかに隠れてるかな?」

「・・・・・・確かにな」

 と、聖南が起きたようだ。ぼけっとして立ち上がった彼女は、急にしゃきっとして周りを見る。ルフィアが立ち上がったのを見てびっくりしていた。

「え、えぇええ!?」

「もう終わったよ」

「そ、それならよかったよ・・・・・・」

 大事な鈴があることを確認し、賢鶏ケンケイを戻す。ラインを見た。

「仮面の人、出てきた?」

「いや、まだだ。この世界のどこかにいるはずだ」

 前触れなく教会の景色がぐにゃりと歪んだ。皆は固まって背中合わせになる。

「なになになぁに!?」

「落ち着け聖南。って言うオレもちょいとびびってるけどよ」

「みんな、離れるなよ!」

「そばにいるよー!」

「私のフィールド効果も消されたみたい。気を付けて!」

 景色が歪曲していく。足場も融解していった。周囲の景色が冥府アビシアに戻っていく。いや違う。ここは。この街は。

「なんでフォートレスシティが!」

 フェイラストが狼狽する。ラインも目を見開いて景色の変化を注視した。ぐるぐると回る景色は徐々に落ち着き、やがて地上界のフォートレスシティと同じ景色を作り上げた。

「ここ、冥府アビシアには代わりねぇんだな」

「魔力の質が同じ。正真正銘、冥府アビシアだよ」

「でもなんで、フォートレスシティになったのさ?」

「分からないことが多すぎる」

「もうー、ちんぷんかんぷんだよぉ!」

 突然、中央にそびえていた役所の建物が崩壊していく。他の建物も崩れていった。地中から現れたのは漆黒の城。ついには空へと浮上した。青空が赤く染まる。黒雲が城の周りを取り囲む。


「来るがいい」


 天から声がした。城の門が開いている。魔力で作られた道が彼らのもとまで伸びていく。

「奴さんと、いよいよ対面だな」

「気を付けていこうね」

「いくぞ」

 ラインを先頭に魔力の道へ踏み出した。

 この先に何が待ち受けるのか。彼らは覚悟を胸に城を目指した。

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