【後編】ディスアペイア

 魔劫界ディスアペイアの死地の汚泥に浮かぶ三つ子島。針山は鋭く天を突く。赤い空へ先端を向けて幾本もそびえ立っていた。

 一行は三つ子島の見える海岸まで歩いてきた。後ろについてきた悪魔達は姿を消していた。

「すごく大きな針だぞ、あれ」

「ハリネズミみたいな島だね」

 目の前に見えている死地の汚泥を渡らねば行けない。船も橋もない中、どうやって渡ろうか。

「俺とルフィア、キャスライは空を飛べるが。フェイラストと聖南はどうする」

「なんとかして飛べないかな」

 少し間を置いてラインが閃く。浮遊術式をかければ飛べるのではないか。

「俺がフェイラスト、ルフィアが聖南に浮遊術式をかけて飛べばいい。いけるはずさ」

「浮遊の仕方が分からねぇんだが、初心者でも大丈夫か?」

「あたしも心配だなぁ」

「操作は簡単さ」

 ラインが二人に浮遊術式の操作を教える。その間、ルフィアとキャスライが今まで来た道を眺めていた。

「ルフィアの足跡、残ってるね」

「この世界に来た証を残しちゃった」

「悪魔達、あんなにルフィアの足跡で遊んでたのに。騒いで楽しそうだったけど、ここまで来たらいなくなっちゃったね」

「悪魔でも近づかないって言ってたし。いったいどんなところなんだろ」

「気になるね」

 ラインの説明が終わったようだ。ラインはフェイラストに、ルフィアは聖南に浮遊術式をかけた。彼に教わった通り念じる。二人の体がふわりと浮いた。

「わぁ、体が浮いた!」

「すげぇな!」

 ラインとルフィアが一対の羽を生やす。翡翠色と青色が荒野に美しく広がった。キャスライも翅を広げた。ゆっくり空へと上がる。ラインが後ろ向きに羽ばたいて死地の汚泥の上に浮く。皆の様子を眺めて大丈夫だと頷いて、針山の方へ体を向けた。

 死地の汚泥は赤紫色と濃紺を混ぜ合わせたような色をしている。時折人の顔らしきものが浮かんできた。不浄なる魂が蠢いているのだ。

 五分ほど経つ。三つ子島の上を通過した。真ん中の島に固定転移紋があるとのこと。しかし、ラインは翡翠色の羽を羽ばたかせて空中に止まった。

「空を飛ぶのが危険だな・・・・・・」

 大きな針の隙間を埋めるかのように、小さな針がびっしりと生えていた。飛ぶのに慣れていないフェイラストと聖南のことを考えると、避けるべきだと考えた。

 通過した島と真ん中の島とを繋ぐ陸路を見つけた。そこに降りることに決めた。ラインとルフィア、キャスライが先に着地する。空中であたふたする慣れない二人へ手を差し伸べる。手を掴んで地上に降ろした。浮遊術式を切る。無事に着地できた。

「ふぃー、なんとか上手くいったな」

「空を飛ぶって、あんな感じなんだね!」

 フェイラストと聖南が目を輝かせていた。未だに残るふわふわした感覚を確かめる。ラインとルフィアが羽を片付けた。キャスライは翅を閉じる。

「真ん中の島にあるって言ってたけど、こんな針の中に本当にあるのかなぁ」

 聖南がトゲトゲの島を見て痛そうな顔をする。キャスライもぞわぞわしてぶるると身震いをした。

 彼らは転移の紋がある真ん中の島へと足を踏み入れた。岩が転がっている地面は歩きづらい。岩と岩の間にできた狭い隙間をかに歩きで越える。行く先に紫色のてかりがある黒い草を見つけた。手のひらぐらいの大きさの虫が草を食べていた。

「こんなところに虫がいるのか」

「一匹だけじゃねぇな。向こうの草むらに群がってるのが見えるぜ」

「僕、話せないかやってみるよ」

 キャスライが一歩前に出る。虫が草を食べるのをやめて彼を見た。

「・・・・・・!」

 普通の人には聞こえない特殊な音を立てて虫と会話する。彼の耳がぱたぱたと動いた。

「この先の草の中に、変な模様があるって言ってるよ」

「変な模様って、転移の紋が描かれているのか?」

「そこまでは分からないよ。行って確かめてみよう」

 キャスライが先頭を歩く。耳をぱたぱたさせて音を確かめ、針山を掻き分ける。

 何分ぐらい歩いただろうか。そろそろ島の中心くらいだと思うのだが、景色は針山の根本を越えていく以外代わり映えがない。

「草むらに模様・・・・・・」

 足で草をよけて地面を見るが、特に模様は見当たらない。仲間達も地面を気にしながらついてきている。

「っ!」

 キャスライの耳が違和感を覚えた。見上げると、針山から突き出た足場に大きなキマイラが牙を覗かせていた。威嚇するようにこちらを警戒している。針山の壁面を蹴って地上に降りてきた。

「人間共、何故此処ヘ来タ?」

「僕達は、冥府アビシアに行くためにここへ来ました。転移の紋があるという話を聞いたので、探しているんです」

 キマイラのライオン頭がぐるるとうなる。ヤギ頭が首をかしげた。

「お願いです、通してください」

「通さねぇってなら、オレ達はこいつで訴えるしかねぇんでな」

 フェイラストが銃を抜いてキマイラに銃口を向ける。

「ヤッテミルガイイ。貴様ラノ力ヲ見定メテヤル!」

 キマイラのライオン頭が吠えた。気迫に押されそうだ。キャスライは短剣を握り構えた。ラインとルフィア、聖南も武器を構える。

 キマイラの尻尾のヘビが鎌首をもたげた。口を大きく開いて風の術式を放つ。刃となった風が薙いだ。フェイラストとキャスライが散開して回避。ラインが火の術式を放ち風の刃と相殺させた。隙を埋めるようにルフィアが氷の術式を放つ。しかし軽快な動きでキマイラは氷を避けた。

「ホウ、中々ヤルナ」

 キマイラのライオン頭が吠えると、火の術式が発動する。聖南が前に出て地の術式を使い、壁を作って炎を防いだ。一撃を浴びて壁は崩れ落ちる。

「ふっ!」

 キャスライが一瞬の隙を突いてヤギ頭へ一撃見舞う。斬り落とすまてはいかないが、それでも充分なダメージは与えた。フェイラストが追撃の弾丸を撃ち込む。キマイラが避けようと身をひねるところに命中した。

「浄化ノ力ヲ蓄エタ一撃ダト」

 フェイラストの放った弾丸から浄化の力を感じ取る。しかし怯まずライオン頭がヘビ尻尾と同時に術式を放った。火の術式を風に乗せて一行を焼き払わんと迫る。

「させない!」

 ルフィアが水の術式を唱えて、広範囲に及ぶ火の術式と相殺させる。追撃の昇華術式が発動した。キマイラの上に水瓶が現れ水をこぼす。滝のような一撃で体が沈む。

「はぁっ!」

 ラインの瞬速。一瞬で目の前に現れた彼の動きに対応できなかった。剣はライオン頭を縦に斬り裂く。痛みにヤギ頭が叫び声を上げた。鋭い爪が来る前にラインは大きく後ずさる。キマイラが踏みつけた勢いで地面にヒビが入る。

「クハハハハ、ヤルデハナイカ!」

 キマイラが高笑いをする。傷を与えた箇所が再生していった。皆は警戒を解かず様子を見守る。

「認メヨウ。此ノ先ニアル転移ノ紋ニ用ガアルノダロウ。行クガイイ」

「・・・・・・行っていい?」

「ソウダ」

 皆は武器を収めた。キマイラは巨体を動かし座った。ヘビの尻尾がシャーと鳴く。聖南がびっくりしてラインの後ろに隠れた。

 キマイラに別れを告げて、皆は先へ進む。最後までヘビの尻尾がゆらゆらと落ち着きなく動いていた。


 キャスライを先頭に、虫や動物の声を頼りに道を探す。

「あっ!」

 かすれた模様を見つけた。見渡せばそこは神殿のような建物が崩れた痕跡がある。床には転移の紋が刻まれた跡を確認できた。

「ここだよ、ここ!」

「やっと見つけたねー!」

 聖南がキャスライと抱き合う。はしゃぐ彼らを見てフェイラストとラインは微笑んだ。ルフィアが転移の紋に乗る。組成式を確認する。未知の領域に繋がる陣が組み込まれていた。恐らくは冥府アビシアに行くのだろう。キャスライが聖南と一緒にルフィアの近くに行く。

「この紋の向こうに冥府アビシアがあるんだね」

「楽しそうだね、キャスライ」

「誰も知らない場所に、僕達が行こうとしているんだから。僕、わくわくするよ」

 彼は師匠が言っていた言葉を思い出していた。俺の分まで世界を見てこい。様々な世界に行ったら、彼の墓の前で自慢しよう。そう考えていた。

「いよいよだな」

「兄さんも緊張する?」

「ちょっとだけな」

 ルフィアと一緒に組成式を眺める。難しい組成式は数字と古代文字を並べていた。

「起動させるの、手伝うぞ」

「ありがとう」

 ルフィアとラインが組成式を調べている間、フェイラストとキャスライ、聖南は近くの崩れた壁に腰かけていた。草を食べる虫はここにもいるようだ。観察して待っていた。

 数分が経つ。ルフィアとラインの組成式の解析が終了した。転移の紋に魔力を送る。かすれた模様は光で繋がり、はっきりとした形を浮かび上がらせた。

「できた!」

「やったな」

 二人が喜ぶ。座っていた三人も駆け寄ってくる。

「やったねルフィア!」

「ラインもお疲れさんだぜ」

「いよいよ、冥府アビシアに行くんだね」

 色めき立つ一行。しかし彼らの行く手を阻むようにひずみが現れた。

「なっ!?」

「こんな時にー!」

 ひずみは今まで見たものより大きく、黒い澱みもたくさん漏れる。しかも、こちらに迫ってくるではないか。

「まずい、引き下がるぞ!」

「待って待って、こっちからもひずみが来てる!」

 ひずみが移動し迫ってくる。澱みを吐き出しながら皆を取り囲んでいた。

「ルフィア、起動だ!」

「了解!」

 ルフィアとラインが転移の紋に魔力を送る。紋が輝きだした。ひずみが迫る。澱みが彼らを取り囲む。転移の光が紋から伸びて、彼らを光に包んだ。


 冥府アビシアへと旅立つライン達。

 転移の瞬間、ひずみの中へ飛び込む黒い彼女が見えた気がした。

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