【後編】砂漠の国オアーゼ

 クヴェル王の計らいで地下図書室を貸し切って文献を読み漁る一同。しかし決定的な文章は出てこず、進展はあまりなかった。

「昔、アンディブ戦争中に悪魔達がこの砂漠の地を根城にしていたまでは分かったんだけどよぉ」

 フェイラストが頭を掻いて本を眺める。席についてぺらぺらとページをめくる。転移組成式らしきものは書いていなかった。

 アンディブ戦争とは、堕天使リリス率いる悪魔と、熾天使率いる天使と人間の大戦のことを言う。戦争はリリスを討ち取って沈静化し、創造源神が世界を三つ創り、天使、人間、悪魔の住み分けをおこなった。その後リリスは堕淫魔リリスとしてよみがえり、今に至る。

魔劫界ディスアペイアの話が載ってる本はねぇもんかねぇ」

「これか?」

「おう、これこれ。ってライン、なんだよ」

「あくびしてて眠そうだなと思ったからな」

「ちゃんと調べてるって」

 ラインから渡された本をめくる。魔劫界ディスアペイアの記述がたくさん載っていた。ひとつひとつ目を通していく。

「ルフィア、こっちの本取れる?」

「今取ってあげるね」

 ルフィアが踏み台に乗って高い本を取る。聖南に渡した。彼女はお礼を言って席につく。本を開いた。

「・・・・・・うーん、これなんて読むんだろ」

 師匠である今は亡きベトリューガに文字を教えてもらってはいたが、彼が読むには難しい表現が使われていた。キャスライはそばにいたラインに教えてもらって読み進める。

「俺の本も外れだな」

 ラインが本を返す。ため息が漏れた。

「これじゃあまた一週間はこの国で足踏みすることになりそうだな」

「そうだねぇ。魔劫界ディスアペイアのことが詳しく書いてあるのはいいけど、私達のほしいものはないもんね」

天上界ファンテイジアの時のように、固定転移紋から転移できるとかではないだろうか」

 ラインとルフィアの会話を聞いて、フェイラストが読んでいる本を脇に置いて、積まれた本から一冊を取る。

「固定転移紋・・・・・・」

 急に目が痛む。眼鏡を外して眉間を押さえた。自分でも自然に魔眼が発動していることに気がついた。

「・・・・・・なんだ、この印」

 記述の中に今まで見えなかった印が浮かんでいた。白い印をなぞる。特に何も起きない。フェイラストはルフィアを呼んだ。

「なぁ、ここにある白い印、見えるか?」

「何も見えないよ?」

 やはり魔眼の力によって見えるようになっているようだ。ルフィアに自分の視界を見せたいと言うと、彼女は術式を行使した。

「視界共有したよ。あんまり長い時間はできないけど・・・・・・あれ、印が見える」

「だろぉ?」

 ルフィアは見覚えがあった。子供の頃、父に見せてもらった本に、同じ印があったはず。彼女は記憶を辿る。印の意味は分からないが、とても重要な意味があったのを思い出す。

 ページをめくってほしいと頼む。次のページには、文字のひとつひとつを囲む丸印が隠されていた。繋げて読み上げる。


「魔の山脈、奥に秘密の紋」


「これは、固定転移紋のことか?」

「分からないけど、そうかもしれないね」

 ライン達を呼んだ。ルフィアが皆にフェイラストの視界を共有する。指をさして一文を確認した。視界共有解除。皆で考える。

「もしかしたら、魔劫界ディスアペイアに転移の紋があるんだよ、きっと!」

 聖南がわくわくしている。キャスライもうんうんと頷いた。

「もし魔劫界ディスアペイアから行くとして、まずどうやって悪魔の世界に行く。地上界にそこへ行く転移の紋はあるのか?」

「それなんだがよ。これを見てくれ」

 フェイラストはラインに積まれた本の一冊を手渡した。とあるページを指定する。ラインは言われた通りめくった。地上から魔劫界ディスアペイアへの行きかたが記されていた。

「この大陸は・・・・・・」

「閉鎖大陸。その南の森だな。ここの図に丸で囲んであるのがそうだ」

「閉鎖大陸って、フェイラストのご先祖様が住んでいたところだっけ?」

「おう。その閉鎖大陸だ。北と南に分かれていて、北は大都市、南は奴隷のシマになってる」

 ラインとルフィアは思い出す。自分達が奴隷商人に売り飛ばされた過去を。鉱山で奴隷として強制労働させられたことを。

「俺とルフィアが奴隷として売られたところは、恐らくここだ」

「その時は、レジスタンスがやって来て、奴隷鉱山のひとつを制圧したんだって。だけど氷山の一角でしかないから、今またどうなっているかは分からないね」

 聖南とキャスライが、本に挟まっていた地図を持ってきた。閉鎖大陸のことが事細かに書かれた地図だ。

「なんでこんなに詳しく書かれてんだよ。未知の大陸じゃなかったのか?」

「えっとね、この地図が挟まってた本にね」

 キャスライが聖南と協力して読み上げる。


「閉鎖大陸――ベルク大陸の文明は、リリスが与えた高度な技術である。彼女に従う悪魔として、私はこの大陸を記す」


「って、読みづらい字で書いてあったよ」

「うんうん」

 二人がライン達を見る。ラインは考えた。

「もしこの大陸の森の中に、本の記述通りに転移の紋があったとして、どうやって閉鎖大陸に入り込む?」

「それもそうだ。船で海岸を目指すか、彩行船で空から行くかしか、方法はないと思うぜ」

 転移の術式は、一度行ったことのある場所ではないと転移が使えない。ラインとルフィアは行ったことがあるのだが、危険でない場所に転移するには情報が少なかった。

「ねぇ、だったら、あたしが父上に頼んでみるよ。真国なら閉鎖大陸に近いし!」

 聖南がにっこり笑う。彼女は第一王位継承者、その権威を発動するときが来たとわくわくしていた。ルフィアがつられて笑う。

「重要な記述のある本を貸してくれるか、クヴェル王に頼んでみるか」

「持ち出せそうなのは一、二冊くらいだね。フェイラストの魔眼で隠された記述が見える本に限定しようよ」

「荷物になるから、かさばらない奴がいいけどなぁ」

 フェイラストは魔眼を通して本を見ていく。読んだ本でもぱらぱらとめくってもう一度目を通した。魔眼で見て反応があったのはざっと五冊。その中でも魔劫界ディスアペイアへの行きかたを記した本は持っていくことにした。

 フェイラストは魔眼の発動を切った。副作用の頭痛がして頭を抱えたが、ルフィアが治癒術をかけたおかげで少し収まった。

「よし、光明が見えてきたな。あとは行動あるのみだぜ」

「じゃあ、聖南のお父さんから船を借りに真国へ行く?」

「僕は賛成だよ」

「俺も異論はない」

 意見がまとまった。皆は出した本を元あったところに片付ける。国王に一冊選んだ本を貸してもらえるか頼みに向かった。兵士に聞くと、彼は私室にいるとのこと。民を元気にした功績もあり信頼してもらえたのか、部屋まで案内してもらえた。

「失礼します」

「おや、俺の部屋まで来て、何か急用かな?」

 本を貸してもらいたいという旨の話をする。クヴェルは笑って許可を出した。

「それで、今度の冒険はどこになるんだい?」

「閉鎖大陸です」

 クヴェルはほう、と顎に手を当てた。

「また大変なところを目指すんだな。ひとつ気を付けることを言っておく。奴隷商人に気を付けな」

「見つかったら捕まえに来るんですか?」

「そうだ。女の子なら娼婦、男なら鉱山の強制労働、場合によっては男も男娼にさせられる。気を付けて行くんだぞ」

 皆は返事をして、クヴェルに別れを告げた。ルフィアがお礼を言って部屋を出た。宮殿内を歩き回り、外へと出る。ひずみの消えた砂漠の国は賑わいを取り戻し、商人と旅人で活気づいていた。

「元に戻ったねー!」

「やっぱりオアーゼはこうでなくちゃ」

 聖南とルフィアが笑う。キャスライは耳をぱたぱたさせて音を聞いていた。元気な声で客を呼び込む声、隣の家の人と会話する声。大小様々な声が彼の耳に入ってきた。

「これが砂漠の国なんだね」

 確かめるように呟く。背後からフェイラストが肩に腕を置いて顔を近づけてきた。

「よっ、こんな街を見るのは初めてか?」

「初めてだよ。みんなが笑って生きている国、いいね」

「はは、違いない」

 行こうぜ、とフェイラストは先を行く。キャスライもついていった。ラインとルフィアも彼らに続いた。聖南は両腕をばっと頭上に上げて、

「元気いっぱいだぁー!」

 と、解放感に浸っていた。


*******


 神域から黒いのは彼らを見守っていた。魔劫界ディスアペイアへの転移の紋を見つけられなかった場合、彼らに協力しようと考えていたが、杞憂に終わって伸びていた。

「やーれやれ、フェイラスト先生の魔眼が便利で羨ましいぜ」

 魔力ガラスのモニターに映る映像を眺める。別画面に冥府アビシアが映っていた。

 自分が乗り込めばすぐに終わるだろう。わざわざひずみをしらみ潰しに消していく真似はしなくて済む。それでもこれは彼らに任せねばいけないと感じていた。

「仮面の男・・・・・・」

 仮面の下の顔は恐らく。彼女は察していた。それでも彼らに伝えないでいた。真実を彼らで見つけ出してほしいと思っていたから。

「クロノワ、少し来てくれ」

 優しげな声が神域に渡る。彼女は返事をして席を立った。数歩だけ歩いて振り返った。

「ラインさん、あんた、どうするかね」

 黒き彼女は見つめている。彼の過酷な運命を。仲間達に及ぶ危険を。

「あんた次第だぜ」

 そう言い残して、黒き彼女は声の呼ぶ方へと向かった。


 

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