【前編】砂漠の国オアーゼ

 王国の港町ロゼッタから船に乗り、砂漠の港町ティモスに辿り着いた三人。街道を進んで砂漠の国オアーゼに着いた彼らは、聖南と合流するため彩行ポートへ向かっていた。

「なんか、静かだね」

 キャスライの耳がぱたぱた動く。ラスカ族は聴力に長け、集中すればアリの足音さえ聞こえるほどと言われている。そんな彼の耳に入ってくる音は、砂が風に流れる音や、人々が怯えているような声だった。

「サラマンダー、ひずみの場所は分かるか」

 彼の肩から小さくなったサラマンダーが顔だけ出現した。虚空を眺める。感知した方角を示すとラインの中に消えた。

「聖南と合流して、ひずみの場所へ行こう」

 彩行船が空から降りてくるのが見えた。あれに乗っているのだろうか。ライン達はポートへ急いだ。

 彩行船の搭乗ロビーで待っていると、聖南が降りてきたのを見つけた。キャスライが手を振る。聖南も気づいて手を振った。無事に合流し、話をしながらオアーゼを進む。占いの店や宝石商の多い青の区画へとやって来た。

「ねぇ、前に来たときより静かじゃない?」

 聖南が疑問に思うのは当然だ。ただでさえ静かな青区画は人の姿も少ない。さらに店を閉めているところも多かった。

「ひずみの影響なんだね」

「気づかなかったぜ。空、見てみろ」

 フェイラストが空を指差す。高いところを飛行する黒服の集団が見えた。聖南がうわ、と驚きの声を漏らす。

「彩行船で部屋の中にいたから全然気づかなかった!」

「多すぎだろ・・・・・・」

「はわわ、あんなの相手したくないよぉ」

 オアーゼの空は黒服で埋め尽くされている。店が閉まって静かでいる理由が分かった。元凶のひずみは、いったいどこに。

「王様のところ行ってみるかぁ?」

「また一週間待たされたりしてな」

「それはごめんだぜ」

 王の住まう宮殿へ入る。謁見を申し込む。少し待って、玉座の間へ通された。

「やぁ、久しぶりだね、ライン」

 オアーゼ国王クヴェルは玉座から立って待っていた。彼らと握手する。にっこり笑った。

「新しい仲間も加わったんだね」

「初めまして、キャスライと申します」

「ルレインで医者をやってるフェイラストだ」

「よろしく、キャスライにフェイラスト」

 陽気な声で王は答える。ライン達はひずみと黒服のことを伝える。クヴェルの目が鋭くなった。

「ひずみが現れてから、黒服達が次々に出てきてね。天使達が浄化の力で立ち向かったんだが、戦い慣れしていない人が多くて。黒服に取り込まれて狂ってしまった人もいたよ。そのまま死んでいく人もいた。そうか、各地で起きているのか」

「俺達は情報が足りません。何か知っていたら、教えてもらえませんか」

 クヴェルは顎に手を当てる。悩み、思い出すが。

「悪い、アンタ達の期待する情報は持ち合わせていないんだ。黒服の襲来で研究どころじゃない。それに何より、この国を支える商業が妨害されていることこそ一番の課題でね」

「そうですか・・・・・・」

「アンタ達はひずみを消すためにここに来たのかい?」

「そのつもりで来ました!」

「そうかい聖南ちゃん。なら教えよう。ひずみは赤区画の公園と、白区画の城壁にできてるんだ。白区画の方は、以前ラインが俺と一緒に行ったことのある場所さ」

 ラインは思い出す。夜、彼と共に白髭の爺を懲らしめた場所。確認すると、彼はこくりと頷いた。

「二ヶ所もできているのか」

「おかげで黒服も空に溢れちゃってね。解決してくれるかな?」

 四人は頷いた。クヴェルは頑張ってね、と声をかけた。


 宮殿をあとにした一行は、まず白区画の城壁側のひずみへと向かった。黒服から隠れるようにスニーキングしてひずみへ近寄る。

「あれだね」

 聖南が小さな声で示す。大きなひずみは黒い澱みをどろりと流していた。自分達の立つ場所も澱みが殺到している。穢れが足にまとわりつき気持ち悪い感覚を訴えていた。ラインが浄化の術式を唱える。突如、ひずみから溢れる黒い澱みがどくんと波打って溢れた。浄化の力を感知しているらしい。フェイラストが銃を抜いて浄化の力のこもった弾丸を放つ。一瞬収まったが、まだまだ溢れてくる。穢れの澱みが彼らを飲み込もうとしていた。

「させないもん!」

 聖南が鈴を高らかに鳴らす。しゃらんと澄んだ音が鳴ると術式が展開した。光を司る紋から矢のように光線が放たれた。光の術式に触れた澱みがふわりと消える。足元にまとわりついた穢れの澱みが晴れていく。

「お前、いつの間に光を使えるようになったんだよ」

「真国で修行してたんだよ! そうしたら覚えたの!」

「聖南、援護を頼む!」

「任せてー!」

 得意の地の術式を唱え、地紋から岩を放出した。流れる澱みをせき止めた。キャスライが短剣を抜いてひずみへ飛びかかる。澱みから黒服が生まれる寸でのところを防いだ。空を旋回する黒服がこちらに気づいて襲いかかってきた。びゅん、と風を切る音が聞こえ、耳のいいキャスライはひずみから飛び退いた。体勢を整え、翅をばたつかせ空へと向かう。一閃。一体を斬り伏せた。

「浄化の力、答えろ!」

 ラインが浄化の術式を放つ。ひずみから穢れと澱みが一瞬にして浄化される。しかしひずみは回復しなかった。穢れが多すぎて、ラインの浄化の力を上回っていたのだ。黒服が天敵を見つけた蜂の如く接近する。取り込んでしまおうとマントを広げ、ライン達に襲いかかった。

「くそっ!」

 詠唱していた聖南を抱きかかえて跳躍する。彼のいた場所に黒服が襲撃して穢れが撒き散らされた。フェイラストの銃撃で追撃は免れた。このままでは数に押されて取り込まれる危険性が高い。

「ライン、もう一発詠唱できるか!?」

「援護を頼めるならやれる!」

「僕達だけじゃあ手が足りないよぉ!」

 刹那、強い術式によって場が制圧された。黒服が一瞬にして霧散する。地に紋を広げるこれは浄化の術式だと分かった。これほどの規模の術式を使えるとなれば、まさか。

「間に合って良かった!」

「ルフィアぁー!」

 聖南がラインの腕から解放されると、ルフィアに飛び付いた。彼女を受け止めると笑顔で答えた。

「浄化の力よ、お願い!」

 ルフィアの浄化の術式が発動すると、ひずみは途端に元の景色へと変化した。ここから溢れた黒服が全て浄化されて消えた。

「ルフィア、助かったぜぇ」

「みんなに追い付くの大変だったんだからね。間に合ってよかったよ」

「ルフィアー! 久しぶりだねー!」

「うんうん、聖南も元気でよかった」

 にこにこしながら彼女は聖南を撫でる。大きくなったね、と声をかけた。聖南もにこにこしている。

「よぉし、とりあえず話せるところに行こうぜ」

「そうだな。移動しよう」


 皆は白区画のカフェにやって来た。飲み物を注文する。緊張が解けたフェイラストとキャスライが椅子に身を預けた。

「いやー、一時はどうなるかと思ったぜ」

「浄化の力って、個人差があるんだね」

「俺は穢れを内包しているのが影響しているんだろうな。ルフィアほどの力は使えないんだ」

「ラインさんの背中、まだいるんだね」

「あぁ。ルフィアが来てくれたおかげで少しだけ楽になった」

「ふふ、感謝してよね、兄さん」

 注文した飲み物が運ばれてきた。聖南は喉が渇いていたのか早速一口飲んだ。

「さてと。みんな、あの亀裂について知ってることを教してほしいな」

 ルフィアがアイスティーを飲んだ。ラインが説明する。ひずみ。穢れを含んだ澱みが漏れ出すこと。黒服は人を取り込んで闇と穢れまみれにさせること。それを受けると急激な穢れによってショック死すること。

「俺達の知っているのはこれだけだな」

「なるほどね。私が天上界ファンテイジアで調べてきたことを教えるね」

 ルフィアが話す。ひずみは世界各地で起きている。魔劫界ディスアペイアでは黒き彼女が一旦は収めたこと。

「ダーカーがひずみを起こしているのは察しているね」

 皆は頷く。仮面の男が起こしているとラインは推測した。

「実は、仮面の人がいる場所を掴んだの」

「マジかよ」

「うん、マジだよ」

「どこにあるの?」

 皆がルフィアに注目する。彼女は皆を眺める。

天上界ファンテイジアでも魔劫界ディスアペイアでもない、第三の場所にいたの」

「第三の場所?」

「冥府、アビシア。浄化の力でも浄化できなかった凶悪な人達が、永遠の檻に囚われている世界。そこにいるみたいなの」

冥府アビシアなんて聞いたことないぞ。世界三つ分かれで天上、地上、魔劫の三つに分かれただけじゃなかったのか?」

「それがね、お父さんが極秘に創っていた世界があったの。冥府アビシアと対になる光を司る世界もある。それは教えてもらえなかったけどね」

 ルフィアが嘘を吐いているとは思えない。初めて聞く冥府アビシアの存在に四人は戸惑った。

「そこへの行き方は分からないの。転移でしか行けないそうなんだけど、組成式が分からないから、調べなきゃ」

「ってか、極秘の世界への転移組成式なんて、天上界ファンテイジアの図書館ですら載ってる本なさそうだぞ」

 フェイラストがコーヒーを飲んだ。キャスライとラインも自分の飲み物を飲んだ。聖南は飲み終えて氷までかじっている。

「ひずみは仮面の男が起こしているで正解なんだな。組成式、どこかにないだろうか」

「簡単に見つかるようなところにはないよねぇー」

「しかし、世界各地に起きているひずみを解消しても、大元を叩かない限りいたちごっこだぜ」

 フェイラストが悩む。とりあえず、とキャスライが小さく手を上げた。

「赤区画の中にあるひずみをどうにかしようよ。空の黒服が気になって仕方ないもん」

 上空を旋回する黒服の群れ。雲行きも怪しくなってきた。一体が監視するように空中に留まって見ている。フードの中は漆黒の闇で埋め尽くされていた。聖南がぐるるとうなって威嚇した。

「赤区画に行こう」

 飲み物を飲み終えて、皆は住宅街のある赤区画へと向かう。青区画を通って赤区画の公園へ。

「大きいな・・・・・・」

「はわわ、向こう側が見えてるよ!」

 公園にできたひずみは今まで見たものより遥かに大きかった。ひずみの切れ目は人が一人通れるくらいのサイズだ。空間の向こう側には城のようなものが見えている。オアーゼの景色ではない。全くの異世界だ。

「この城、どこ?」

「まさかさっき言ってた冥府アビシア?」

「分からねぇことだらけだ。ルフィア、やっちまおうぜ」

「うん、援護をお願いね」

 ルフィアが少し離れたところで浄化の術式を唱え始めた。予想通り空の黒服が襲いかかってきた。ひずみからはどろりと澱みが溢れてくる。城の景色が暗闇に閉ざされた。暗闇が波打つと中から黒服がどっと出てきた。

「いくぞ!」

「おうよ!」

 武器を抜く。迫る一体をラインが斬り伏せた。フェイラストの銃撃で数体が撃ち落とされる。

「ふっ!」

 キャスライの瞬発的な速さと舞うような動きの連撃が交差する。ルフィアに迫る黒服を断ち切った。

「届け、光の矢!」

 聖南が光の術式を放つ。光紋はいくつも現れ高速の矢が放たれる。矢の一本が刺さると黒服は霧散し、次々に消えていった。

嶽丑ガクチュウ、ここに!」

 聖南が鈴を鳴らす。召喚陣から筋骨隆々の牛が現れると同時に、すぐそばまで来ていた黒服を正拳突きで打ち砕いた。

「主の敵は儂が叩く!」

 黒服を両手で掴まえ地面に叩きつけ、拳で顔を潰す。肘鉄で後方の黒服を突いた。

 旋回する黒服達は無数に散らばりライン達を襲う。ルフィアの詠唱を邪魔しようと彼女を狙うが、前線で待ち受けるライン、キャスライに斬り伏せられた。フェイラストがルフィアの後方で銃撃を放てば、嶽丑ガクチュウが力任せに黒服をぶん回す。聖南の地と光の術式が守りを固めた。

「いけるよ!」

 ルフィアの浄化の術式が発動する。場を制圧し黒服の行く手を阻む。一部は浄化されて霧散した。

「浄化の力よ!」

 力を強める。浄化の術式はひずみもろとも澱みを消していく。黒服達も一瞬で消えた。術式が収まる。その場に静けさが戻った。

「見て!」

 聖南が空を指差した。黒服がまだ生きている。いや違う、仮面の男が現れたのだ。彼は聖南を見下ろすと手をかざした。闇の術式が展開し闇紋から弾を射出した。

「主ぃ!」

 嶽丑ガクチュウが聖南を庇うように覆い被さる。闇の弾丸をくらっても嶽丑ガクチュウは立ち続けた。

「こんのぉ!」

 フェイラストが銃撃する。浄化の力がこもった弾が効いた。仮面の男は術式を中断し防御に回る。闇の障壁は浄化の力がこもった弾を防いだ。仮面の男が手をかざす。瞬間、フェイラストが吹き飛んで民家の壁にぶち当たった。衝撃を受けた彼の口から血が漏れる。

「フェイ!」

 キャスライが駆け寄る。耳に違和感。振り向いた彼は目の前に移動してきた仮面の男に顔を鷲掴まれた。

「うぐ、あぁあああ!」

 仮面の男がキャスライに穢れを注入していく。ルフィアが気づいて浄化の術式を放った。仮面の男が回避した。急激な穢れの流入によってキャスライは衰弱している。浄化の術式で応急処置がなされた。彼の息は荒く、胸を押さえていた。フェイラストと共に民家に寄りかかって座り込んでしまう。

「ライン・カスティーブ」

 仮面の男が上空から語りかける。ラインは彼を睨み付けた。

冥府アビシアまで来るがいい。そこで貴様の運命も、歴史も、未来も終焉だ」

「御託はそれだけか?」

 ラインが剣を構える。仲間を傷つけられたことにより怒りが沸き上がっていた。目線と同じ高さに剣を構え敵を見据える。

「今の貴様など、これで簡単に壊れてしまうだろう?」

 仮面の男は術式を唱えた。闇属性に穢れを含んだ術式が、ラインの足元に陣となって現れる。回避しようと跳んだが、着地点に移動して逃がさない。

「穢れに冒されるがいい」

 陣からどす黒い闇の術式が放たれた。ラインの苦しむ声がした。

「ライン!」

 陣から昇る闇の光が収まる。黒ずんだオーラが彼にまとわりつく。払っても消えない。澱みが足に絡む。

「があっ、あぁぁああッ!」

 ラインの鼓動が速くなっていく。急激な闇と穢れを浴びて、背の刻印に眠る魔王の息子が意識を乗っ取ろうと鎌首をもたげている。呼吸ができない。剣が手から滑り落ちた。許容できない穢れによって全身を痺れと激痛が走る。膝から崩れ落ちた。刻印が背を割って何か出てきそうなほど気持ち悪い感覚を訴えてくる。

「目覚めよ、暗黒の魔王の子息」

 仮面の男は口元をつり上げて笑っている。なんと弱いこと。こうなればもはや死ぬも同じ。

「だめぇー!」

 ルフィアが渾身の浄化の術式を放つ。細身の聖剣をかざし、場を制圧する浄化の光が赤区画全てに至るまで術式は展開した。仮面の男が眩しさのあまり腕で顔を塞ぐ。

「・・・・・・ルフィア」

 息絶え絶えに彼女の名を呼ぶ。体から穢れが薄れていく。背の激しい痛みも収まっていく。

「させない。みんなを死なせない!」

浄化の力に治癒も乗せて、制圧したフィールド上のあらゆる物質を癒していく。ルフィアは有らん限りの力を以て浄化と治癒をおこなった。仮面の男が耐えきれないほどの対の力を浴びて苦しむ。マントを翻して転移をおこない逃走した。

 彼の姿が無くなったのを確認し、ルフィアは術式を弱めていった。ゆっくりと術式が消えていく。

「ライン!」

 ルフィアが駆け寄る。ラインはようやく呼吸が楽になってきたところだ。ぜぇぜぇと脂汗をかいて胸を押さえている。

「大丈夫?」

「・・・・・・ぎりぎりな」

 剣を握りゆっくりと立ち上がった。ラインは亜空間に剣を戻し、キャスライとフェイラストのところに向かう。

「そっちは無事か?」

「こっちも、ぎりぎり・・・・・・」

「けっほ。あぁくそ、呼吸が、上手く、はぁ、・・・・・・できねぇ」

 二人はなんとか無事だ。聖南は。嶽丑ガクチュウが主を肩に抱いて歩いてきた。

「聖南も無事?」

嶽丑ガクチュウが助けてくれたよ! ルフィアの力のおかげで傷も治ったよ!」

「助けてくださり感謝致す!」

 聖南は嶽丑ガクチュウを戻した。彼女はルフィアに抱きついた。怖かったと本音を漏らす。頭を撫でてあげた。

 ふと視線を感じてルフィアとラインは振り向いた。オアーゼの住人が出てきたのだ。無理もない、ルフィアの術式のまばゆい光を受けたのだから。赤区画の人々が不思議そうな顔をして外へ出てくる。

「あんたが、さっきの光をやったのか?」

 老いた男性の問いに、ルフィアは頷いた。彼は軽くジャンプして見せた。

「足の大怪我が治ったんだ」

「え?」

「お姉ちゃん、すごかったよね!」

 いつの間にか隣に来ていた少年は、眼帯を取って目を見せた。

「ボク、目が治ったよ!」

 治癒術は主に外傷を治す。切り傷から骨折、内臓の損傷も。浄化と治癒の力によって少年の目の組織が再生していた。驚異的な治癒の力を浴びた住民達は、神の祝福だ、と祈りのポーズをとった。

「な、なんか大事になっちゃった」

 慌てるルフィアと喜ぶ住民の対比を見て、ラインはくつくつ笑った。聖南もぎゅっとルフィアを抱き締めて笑顔を見せる。フェイラストとキャスライもはは、と笑った。


*******


「という訳です。赤区画の住民の怪我を治してしまいました」

 宮殿の玉座の間にて、ルフィア達は報告に上がっていた。

「俺も自室から見ていた。赤区画が光り輝いていたのを見て、驚いて部屋を飛び出していったんだよ。兵に呼び止められてようやく我に返ったさ」

 住民の怪我を治した礼をしなくてはな。クヴェルが笑う。玉座から立ち上がり、ルフィアの前に移動する。

「褒美は何を要求する?」

冥府アビシアへの転移組成式、と言っても出てきませんよね」

「アビシア?」

 ルフィアは冥府アビシアという世界が存在することを伝えた。クヴェルが興味深そうに相槌を打つ。

「なるほど、そんな凶悪な世界が世に存在するなんて。神は秘密が好きだな。・・・・・・まてよ、もしかしたら、昔この地が悪魔の支配下に置かれていた時、文献に記されていなかったか」

 クヴェルが顎に手を当てて首をかしげる。目をつむって眉間にしわを寄せた。ルフィア達はどきどきして待っている。クヴェルが指を立ててひらめいた。

「宮殿の地下図書室に資料があるかもしれない。アンタ達に貸し切ってやろう」

「ほんとですか!」

「国民の怪我を治してくれたお礼だ。好きなだけ読んでいっていいよ」

 クヴェルがはっはと笑う。陽気な声が玉座の間に響いた。

「調べるのに日がかかるだろう。俺の謁見待ち宿のひとつ、アンタ達用に確保しておく。今日はもう日が傾いたから、夜になる前に宿へ行くんだ。いいね?」

「はい、ありがとうございます!」

 ルフィアは深々とお辞儀をした。ライン達もそれぞれお礼を言って、言われた通り宿へと向かった。


 仮面の男は嗤っている。冥府アビシアに造り上げた居城にて待つ、と。

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