蠢く黒服

 闇の気配は広く散らばっていた。地上界だけではなく、天上界ファンテイジア魔劫界ディスアペイアもひずみは広がる。中でも浄化の手段を持たない魔劫界ディスアペイアは、黒服が溢れだし収拾がつかなくなっていた。平穏を打ち砕かれた悪魔達は黒服を魔力分解して食べることに決めた。しかし、黒服の魔力は酷く穢れに冒されていて、悪魔であっても穢れが蓄積する異常事態となっていた。

 天使達に助けを呼ぶことは、彼らの誇りを貶めると考えて、魔王として君臨する彼は呼ぶことをためらった。

「グランディオス様、このままでは謎の黒い連中に魔劫界ディスアペイアが乗っ取られてしまいます!」

 下級悪魔のゴブリンが叫ぶ。玉座から立ち上がった鎧を纏う王は悩んでいた。

「力が必要かい?」

 彼の前に転移してきたのは、黒き彼女であった。


*******


 ライン達はルレインの街から汽車に乗って首都を目指す。ルフィアと合流できればと思ったが、天上界ファンテイジアに帰って報告があるとのこと。後から追いかけると言って別れたのであった。

「ひび割れ、切れ目、亀裂。なんて呼んだらいいと思う?」

 キャスライは切れ目の名称を考えていた。フェイラストが新聞を閉じて隣のラインを見る。俺かよ、とラインが呟いた。ふと脳裏によぎる言葉があった。

「・・・・・・ひずみ?」

 自分の中で火の精霊サラマンダーが言っている。ひずみ。魔力の磁場が歪み穴が開いた状態。異世界とも繋がる可能性を秘めた現象。意図的におこなわれるひずみは、現在世界各地で起きている、と。

「ひずみ、それだぁ!」

 キャスライがすっきりした顔で指をさした。

「ひずみ、うんうん、しっくりくるね」

 フェイラストは新聞を広げて目を通す。ラインも隣なのでちらりと見ていた。最近の事件が載っている。一面には切れ目――ひずみのことばかりだ。

「今現在、ひずみが確認されているのは砂漠の国オアーゼ、エイト・シャンバル王国の首都だ。今から行くのはアポステル帝国の首都ファタリテート。そこから彩行船に乗って空の旅して王国首都へ行く」

「聖南と通信術式で連絡を取りたい。彩行船に乗ってからでいいか?」

「おう、いいぜ。真国にもひずみが出てないといいけどな」

 男三人の旅、出だしは順調だ。

 フォートレスシティで汽車は停止した。乗り換えて帝都行きの汽車に乗った。時間帯も相まって人が多い。なんとか空席にありつけて、三人はゆったりとできた。四人がけの椅子のもう一人分はおばあさんが座ってきた。キャスライが翅を折り畳んでなんとかスペースを確保できた。

「ラスカ族は翅をしまえないの、ちょいと面倒だな」

「ご先祖様がトンボだからね」

「おや、あんたラスカ族っていうのかい」

「はい。王国領の集落の生まれなんです」

 おばあさんは使い古した鞄の中から写真を取り出した。

「アタシの夫が若い頃の写真なんだがねぇ。ほれ、あんたと同じ翅を持つ男がいるじゃろ。王国の方に行って、山で倒れていたら助けてもらったそうなんじゃよ」

 写真を見せてもらう。確かにキャスライと同じ翅の男性がいた。耳の形も翼のような形をしている。

「あの時は世話になったのう。今はアタシ一人だけになってしまったけど、これからもきっと、ラスカ族と呼ばれる人は、いい人ばかりだと思うよぉ」

「いい人になれるように、僕も頑張りますね!」

 キャスライがにっこり笑った。フェイラストもはは、と小さく笑う。ラインも口元を隠して笑った。


 汽車は滞りなく帝都へ着いた。おばあさんと駅を出るまで一緒に歩いた。自分達と反対方向へ行くので、そこで別れた。

「いいおばあさんだったねぇ」

「ラスカ族と写真撮るって、けっこうレアなんじゃないか?」

「レア中のレアだと思うよ。みんなは基本的に人間との接触は避けてるから。僕みたいに山を下りた人もいるけど、数は少ないね」

「ラスカ族の中にも気さくな奴がいたんだな」

 会話も弾み、彩行ポートへの連絡通路を通り、チケットを買う。出発まで一時間ほど余裕があった。ロビーで時間を潰そうと思ったがどうにも騒がしい。フェイラストが近くにいた客に聞いてみた。

「どうやら、各地で起きてるヒビが入る事件が起きたみたいなんだ」

 それを聞いて納得した。

「時間あるから行ってみるか?」

 ライン考えた。思考の中、サラマンダーが意識に語りかけてくる。

 ――行カネバ禍根ヲ残ス。ソノ地に行クガイイ。

「どうするの、ライン?」

「行こう」

 三人はロビーを探索する。人に聞いて場所を特定した。野次馬を掻き分ける。ロビーの正面入り口の空間に大きなヒビが入っていた。ガラスが砕けるように魔力片が床に散らばっている。同じように黒い澱みが溢れそうになっていた。

「フェイラスト、魔眼使えるか?」

「あぁ、今視てるぜ」

 フェイラストは魔眼を発動していた。眼には上弦の三日月模様が浮かんでいる。

「このひずみには赤い印が出てるぜ。弱点を表す印だ」

「ラインは浄化の術式使えないの?」

「使えるが、ルフィアみたいな強い力はないんだ。とりあえず、やってみよう」

 ラインが浄化の術式を唱える。フェイラストは魔眼でひずみの様子を見守っていた。キャスライはどきどきして見守る。

「浄化の力よ、答えろ」

 浄化を司る力が発動する。ひずみの澱みが風に流れるようにふわりと消えた。空間にあいた穴は塞がり、床に落ちた破片はあるべき場所へピースをはめていく。野次馬がどよめいた。

「赤い印が消えた。これで大丈夫だろう」

「やったね! ラインも修復できたじゃん」

「戻ってよかった。時間は間に合うな?」

「まだ三十分も経ってねぇさ。大丈夫だ」

 ――空間ノ歪ミガ消エタ。

 サラマンダーがひずみを感知しているようだ。長く生きていて現象に詳しい精霊の証言も得られたので、彼らはロビーで彩行船を待つことにした。

 やがて搭乗時間となった。三人は彩行船へ乗り込む。大きな船は時刻きっかりに空へと飛び出した。

「自分の力で飛ばない空なんて、初めてだなぁ」

「乗り心地もいいからなぁ。何せルレインの技術が使われてるんだ。あぁ、解体してみてぇ~!」

 キャスライとフェイラストの興奮とは対照的に、ラインは冷静沈着だった。意識に語りかけるサラマンダーを右腕に小さく呼び出した。

「サラマンダー、ひずみの感知は任せるぞ。俺は澱みが溢れてからしか感知ができない」

「承知シタ」

「その炎蛇、火の精霊サラマンダーなんだよね」

「あぁ。どうした?」

「僕の住んでた集落の山に、風の精霊がいるんだ。シルフィードっていう精霊なんだけど」

「シルフィード、・・・・・・懐カシキ名ダ。自然ノ神ノ下、地上ヲ共ニ豊カニシタ」

「精霊をまとめているのは自然の神様なんだね。初めて知ったよ」

「神ト良キ時代ヲ送ッテイタ頃ガ、トテモ懐カシク感ジル。・・・・・・ナニ、昔ノコトダ」

 蝋燭の火が消えるようにサラマンダーは揺らめいて消えた。ラインは外を眺める。王都へ着くまで彩行船を散策しようと思った。窓の外を見ると帝都が遠くなっている。教会と役所の建物が小さく見えた。

「王国にも黒服が溢れかえっていたらどうしよう」

「その時はオレ達の出番だぜ。浄化の力を込めた弾はたくさん用意してきた。いつでもいけるぜ」

「いざとなったらラインの浄化の術式で、・・・・・・あれ?」

 いつの間にか彼はいなくなっていた。フェイラストは気にすんなと声をかけた。


 甲板に出てきた。ドーム型の屋根に囲われた甲板に、観光客や商人、貴族も乗り合わせている。ラインは人を避けながら、甲板の壁際へとやって来た。体を壁に預ける。耳に指を当てると通信術式が起動した。コールが鳴る。

「はいはーい!」

「聖南、久しぶりだな」

「うんうん久しぶりー!」

 彼女の反応を聞くに相変わらず元気そうだ。ラインはひずみの話をした。

「ひずみはできてないよ。砂漠の国にできた話は聞いてたけど、ルレインシティや帝都に王都もできてたなんて。ねぇ、あたしも合流したいんだけど、だめ?」

「王都の次に砂漠の国へ行けないか相談してみるさ。その時に会おう」

「うん。みんなと会えるの楽しみだよ! またね!」

 通信を切って術式を消す。ひとつ息を吐いて気持ちを落ち着かせる。人々の会話や笑い声が聞こえてきた。

(ひずみがないと平和だな)

 空間が突然割れるなど、普通に生きていてまずない現象だ。ひずみの出現したオアーゼはどうなっているだろうか。国王は今何をしているだろうか。ふと、ラインは窓の外を眺めた。海の上を飛んでいる。

(黒服の、仮面をつけた男は、いったいなんだったんだ?)

 他の黒服と違い知性が感じられた。黒服の親玉が彼ならば、彼を浄化すればひずみは収まるのではないか。理屈では簡単だが、現実はそういかない。

(情報が足りない。後手に回っているのが気に入らないな)

 人に話を聞いても、まだ発生して日の浅い現象は説明がつかないだろう。王国と帝国の研究者が前線に出ているだろうが、詳しい情報はまだ流していない。

「ライン、ここにいたんだ」

「探したぜ」

 キャスライとフェイラストがやって来た。小さく手を上げて返事をする。

「何考えてたの?」

「後手に回っているな、と」

「情報が足りないよね。僕達も調べられるといいんだけど」

「王都に行ったら王様に聞いてみようぜ。きっと少しくらい教えてもらえるだろ」

 軽く考えて気楽にいこうぜ、とフェイラストが笑った。キャスライもにこにこしている。二人を見て、ラインも安堵のため息を吐いた。


*******


 彩行船が王都のポートに着陸する。タラップから乗客が次々と降りてきた。

「さてと、ひずみのところに行こうぜ」

 三人はサラマンダーの感知を頼りにひずみへと向かう。街を突き抜け、湖へと移動してきた。

「あそこの人だかりがそうじゃねぇか?」

 フェイラストが指差す。王国騎士が立って道を塞いでいる。槍を立てて佇んでいた。

「こりゃあ近寄れそうにないぜ」

「いや待て。フェイラスト、魔眼を頼む」

「お?」

 疑問に思いながら魔眼を起動した。フェイラストがげっ、と声を漏らして顔を歪めた。

「ひずみに赤い亀裂が何本も走ってる。あれは空間断裂する寸前だぞ」

「くうかんだんれつ、って、何?」

「文字通り空間が裂けるんだよ。あれはやばいマークだ。早急に直さねぇとひずみが拡大するぞ」

「まずい。黒服が」

 ひずみから溢れる黒い澱みが人の姿を作る。黒服が生成されたのだ。王国騎士が反応して武器を構える。黒服は次から次へと出現し、騎士にまとわりつき始めた。

「赤い亀裂が範囲を広げてる。ライン、浄化の術式を頼む!」

「分かった!」

 ラインが術式の詠唱に入った。フェイラストはホルスターから銃を抜いて黒服を撃ち抜いた。キャスライも短剣を抜き黒服に肉薄する。回転しながら斬り裂いてもやへ返した。

 王国騎士が黒服にまとわりつかれ、暗闇に取り込まれた。すると黒服はマントを広げ、闇と穢れに染まった騎士を吐き出した。彼は狂ったように叫び暴れ回る。許容できない闇と穢れで満たされた騎士は湖に飛び込んだ。今度は騎士から穢れが流出し、湖が徐々に黒く染まる。

「湖に穢れが!」

「早く引き上げろ!」

 騎士は彼を引き上げようとするが、頭を抱えて暴れている彼は晴れない闇に狂って動き回っている。仲間が手を差し伸べるのすら見えていない。

「うわあっ!」

 キャスライが黒服の一体にまとわりつかれ、取り込まれそうになる。フェイラストが気づいて銃撃を浴びせた。間一髪取り込まれなかった。

 ――主、アレヲ叩キ斬レ!

 サラマンダーの声を聞いて、ラインは剣を亜空間から抜き、浄化の術式を剣にかけた。瞬速。一瞬で距離を詰め、ひずみを縦一文字に斬り払う。浄化の力が澱みを消した。黒服も消失していく。

「赤い亀裂が塞がってる」

 フェイラストの魔眼は修復の光景を映していた。ひずみも塞がり、元の景色に戻った。湖に落ちた騎士は。フェイラストが駆け寄る。引き上げられて地面に横たわっていた。

「ひでぇな・・・・・・」

 頭から爪先まで全身が闇と穢れに染まっていた。目と口をかっと開いたまま死んでいた。人間には許容できない闇と穢れを一気に浴びたせいだ。フェイラストは十字を切った。

 三人は武器を収め、その場をあとにしようとしたが。騎士に呼ばれて城へ来るように言われた。遺体となった彼を布を巻いて搬送するのを見送って、彼らは城へと向かう。


 白亜の城へと入り、ひずみの一件の話をして玉座の間へと入った。王は憂いの表情を浮かべていた。

「謎の亀裂の対処をしてくれたそうだな。感謝する」

 三人は一礼した。フェイラストが騎士の一人が犠牲になったことを伝えた。

「それは悲しきことだ。我が王国騎士から犠牲者が出てしまうとは。黒い服の敵はいったい何者だ?」

「正体は分からないんですが、騎士が闇と穢れに染まっていたことを考えると、そういう質を持った奴だというのは分かります」

「闇と穢れに。なるほど」

「シャンバル王は何か情報を聞いてないですか?」

 王は首を横に振った。

「いや、そなたらの知る以上のことは知らないのだ。力になれず申し訳ない」

 それから少し話をして、三人は玉座の間をあとにした。城を抜けて宿を取る。部屋に入って一段落だ。

「王様から情報聞けると思ったけど、オレ達の知る情報以外は知らないのか」

「振り出しに戻ったね」

「俺達で調べていくしかないな」

 ラインは通信術式を起動する。繋がった。聖南の声がする。

「今どこにいる?」

「また真国だよ。明日彩行船に乗って、砂漠の国に行くよー!」

「分かった。俺達も砂漠の国へ目指そう」

 通信を切る。二人に話を伝える。キャスライがにこにこしている。

「聖南とまた会えるんだね。やったね」

「嬉しそうだなキャスライくん」

「僕のことを元気付けてくれた人だからね。また会えると思うと嬉しいよ」

「砂漠の国へ行く。港町ロゼッタから船で行こう」

 フェイラストとキャスライは頷く。今日の活動はこれにて幕を閉じた。


*******


 魔劫界ディスアペイアの混乱は黒き彼女の協力によって終息していった。ひずみは消え去り、黒服の出現も収まる。

 黒き彼女は魔劫界ディスアペイアに存在する大樹のもとへ。異常がないか確かめると、大樹の生える島の周囲に流れる死地の汚泥の様子を見る。

「穢れだらけの黒服の襲撃に耐えたみたいでよかったよ」

 死地の汚泥は、世界中の不浄なる魂を集め泥に変えたものだ。大樹がそれを吸収し、彩星エルデラートへ向けて魔力変換する。天上界ファンテイジアにも同じような機能を持つ大樹が存在する。楽園の花園が、死地の汚泥と同じ機能を担っている。こちらは清らかな魂を花へと変える力だ。

「後手に回りすぎてる。ラインさん達もきっとそうだろうな」

 一刻も早くひずみを解消し、仮面の男の居場所を突き止めなければ。黒き彼女は転移して神域へと帰った。

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