戦火を越えて

 エイト・シャンバル王国とアポステル帝国による戦争の火は、砂漠の国オアーゼ、真国にも飛び火しかねない戦いとなっていた。帝国軍はルレインシティから輸入した銃を用いて、王国軍の先行騎馬隊を撃破。続く術式部隊と交戦している。そして、王都の背にあるミグラテール平原にまで、王国軍は追い詰められていた。

 帝国有利とされた現段階で、王国側に転機が訪れるとしたら。それは奇跡としか言いようがなかった。

 ライン達は森を抜け、ミグラテール平原の端に辿り着く。砂煙と硝煙入り交じる戦火が遠くでもよく見えた。

「ここをどうやって抜けましょう?」

 クロエが心配そうに問いかける。聖南は怖くて震えていた。ルフィアも気を強く持っているが、内心怖くて仕方なかった。フェイラストも拳をを握る力が強まる。

「真正面から突っ込めば確実に巻き添えだ。平原を西の海沿いに行こう。できるだけ端を通るんだ」

「戦いに巻き込まれたらどうするの?」

「その時に考えるさ」

 ラインを先頭に、一行はなるべく戦火の遠い西の方へ歩き出す。と、聖南がおもむろに麗鈴を取り出した。

「ちょっと待って! 今、新しい子呼べる気がするの!」

 聖南の声に皆の足が止まる。彼女を注視した。

「出てこい出てこい~」

 鈴をしゃらん、しゃらんと鳴らす。

優馬ユウマ、ここに!」

 彼女が鈴をかかげる。光から現れたのは見目麗しい栗毛の馬だった。

「聖南殿、わたくし優馬ユウマを召喚していただきありがとうございます。久しぶりの外界、走るに値するか楽しみでございます」

「お、お馬さんだ!」

「こりゃ、また綺麗な毛並みの馬じゃねぇか」

「ネズミと牛と来て、次は馬か」

「干支の順番通りじゃないけど、ま、いっかー!」

 聖南は優馬ユウマの顔を撫でる。そうだ、と閃いた。

「ねぇ優馬ユウマ、みんなが乗れる分の馬を召喚することはできる?」

「できますとも。ただ、聖南殿の魔力を多く使うことになります」

「じゃあ、もう二頭召喚して」

「お安いご用ですよ」

 聖南は少し離れる。優馬ユウマがいななき前足を高く上げ、地面を踏み込んだ。優馬ユウマが従える二頭の馬が召喚された。

「これでよろしいですな」

「うん、ありがと!」

 戦地を駆け抜ける足ができた。優馬ユウマは鞍と手綱を召喚し、乗せる準備ができた。聖南は優馬ユウマに乗ると言う。しかし馬はあまり上手く操れないため、ラインも一緒に乗ることにした。

一頭にはフェイラスト、もう一頭にはルフィアとクロエが乗る。

優馬ユウマ、できるだけ海沿いを走るよ!」

「承知しました」

 優馬ユウマを先頭に、三頭の馬は平原を駆ける。戦火が徐々にこちらへ迫っているのが確認できた。

「王国軍が破れる日も近いぞ、こりゃあ」

「負けちゃったら、どうなるの?」

「王国は無くなって、帝国の領地になる。元いた人間は街を追い出されるかもだぜ」

「そんなの、かわいそう・・・・・・」

「俺達に戦争を止める力は無い。関われば俺達が死ぬかもしれないんだ。見ているしかできないさ」

 平原の海岸線沿いを走る。

「帝国の領地が増えることは、帝国の民として喜ばしいことです。しかし、王国の民を追い出してまで手に入れる領地というのは、とても悲しいものです」

「うん。住んでた場所が無くなるっていうのは、とってもつらいことだよ」

 皆は思うことを口にした。戦争が何故起きてしまったのかは分からない。どちらの勝利であっても、負けた側は悲しく惨いことなのが分かりきっていた。

 平原を半分まで駆け抜けただろうか。走り続けていた馬も疲労を見せていた。無理をさせる訳にはいかない。乗ったままペースを緩めて歩くことにした。

 追い詰められていく王国軍。ここぞとばかりに攻め入る帝国軍。銃と術式の応酬が繰り広げられていた。戦火に散る者達の断末魔と悲鳴が聞こえてくる。何人か逃げ出す者も現れた。死にたくない。生き物として当然の感情を抱いた兵士は、しかし願い叶わず打ち倒された。平原に血が滴る。逃げれば背後の山の向こうにある王都に、帝国軍の食指が伸びるだろう。少しでもそれを阻止するために、王国軍は威信をかけて立ち塞がる。

「もう、やめてよ・・・・・・」

 聖南が泣きそうな声で呟いた。気がつけば馬も足を止めていた。次々にやられていく王国の兵士。どんな理念を、信念を持って戦っているのだろうか。

「こりゃあ、戦争じゃなくて虐殺じゃねぇか」

 フェイラストは気になって魔眼を起動した。眼鏡の奥から見えた景色は、異様な光景だった。

 帝国軍が人の姿をしていなかった。

「なんだよ、これ・・・・・・」

 闇色の人の形をした生き物が、王国の兵士を惨たらしく殺していく。見られている感覚に気づいたのか、一人の闇がこちらに指をさしている。まずい。ターゲットをこちらに変えてきた。フェイラストは魔眼の力を切った。

「まずい、走れ!」

「こっちに来てる!」

 迫る兵士を見て、ライン達は一斉に馬を走らせた。優馬ユウマが兵士を見て、違和感に気づいた。

「あれは、人ではありません。魔の者です!」

「人じゃない?」

「えぇ。人の形をした闇。帝国軍の姿をしているだけの、恐ろしい闇の者です!」

「なんで、なんでそんなのが王国軍と戦ってるの?」

「分かりません。ですが、もしかしたら、帝国軍の新兵器なのかもしれないですね」

「そんな新兵器を使うとしたら」

「ダーカーが一枚噛んでやがるな!」

 振り返りたくなかった。だが、振り返ってしまった。帝国軍の兵士が、手足を蜘蛛のように伸ばして関節をぼきぼきに曲げて追ってくるではないか。後方にいるルフィアとクロエが一番近い。彼女らも振り返って見てしまったのか、顔が青ざめている。

「気持ち悪っ!」

 聖南もラインにつられて見てしまったようだ。人の形をいびつに曲げた生き物がどすどすと音を立てて迫ってくる。

優馬ユウマ、もっと速く!」

「全速力ですよ!」

「私達の馬も限界まで頑張ってくれてるよ!」

「捕まってたまるかぁ!」

「くそっ、追い付かれる!」

 ふと、大きな影が落ちた。


 ――ドシャァァァン!!


 凄まじい衝撃が走った。ライン達は馬を止めて向きを変える。なんとも巨大な生き物が、いびつ化した兵士を両足で踏みつけているではないか。

「あれは・・・・・・?」

 聖南が口をあんぐりと開けている。

「竜だ。白い竜」

 ラインが静かに答えた。

「すごい、綺麗・・・・・・」

 ルフィアは壮麗な姿に見入る。クロエも黙って見ていた。

「白い竜・・・・・・たしか、神竜族っていう神に近い竜が世界のどこかにいるって、本で見たことがあるぜ」

「でも、なんで神竜族がここに?」

「それは分からないな。とにかく助かったみたいだ」

 神竜はこちらを一瞥した。青く澄んだ瞳は彼らを映したが、興味無さげに前を向いた。翼の羽ばたきひとつで空へ飛翔し、戦火ほとばしる戦いの場へ向かう。神竜は帝国軍に向かってブレスを何度も吐き出した。途端に浄化されていく帝国軍の兵士達。生き残った王国軍は、突如味方にやって来た竜に喝采を上げた。


 万歳!

 エイト・シャンバル王国、万歳!


 神竜にどのような意図があって、王国軍に味方したのかは分からない。しかし、明確なのはひとつ。帝国軍の闇を打ち払いに来たことだ。誰かに言われたのか、それとも頼まれたのか。知る由はなかった。

「帝国軍がいなくなっちゃった」

「浄化されて消えたということは、帝国軍はダーカーだったの?」

「分からないことだらけだな」

「なんにせよ、これで無事に山を目指せるって訳だ。気を取り直して行こうぜ」

 一行は馬を緩やかに走らせた。王国と帝国のことは、今は後回しだ。

 目指す山はもうすぐ。五人は目の前に広がるヴェルトゲーエンの山に胸を踊らせた。

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