【後編】真国

 東の海から日が上る。

 早朝、聖南は起きていた。朝は弱い彼女だが、興奮していたのもあってすっきりと目が覚めた。すぐに身支度を済ませ、慎重に部屋を出る。

(父上、待っててね)

 いざ、父のいるだろう居室へ。聖南は真剣な眼差しで向かっていった。


 聖南が動いてから少し日が昇った刻。牢屋。ライン達は聖南を信じて待っていた。聖南と彼女の父親を信じている兵と話したり、作戦を練ったりして過ごしていた。

「朝だな」

 ラインは唯一の窓から外の様子を感じ取る。いよいよ始まる処刑を少し恐れていた。しかし、暴れれば抜け出せることを考えて、自分を取り巻く心配を減らした。

「出ろ。時間だ」

 兵が牢を開ける。ライン、ルフィア、フェイラストの三人は、縄に手を縛られたまま連れられていった。


 代官――ラオブは、国が手の内に落ちる瞬間を今か今かと待ちわびていた。朱色と白に彩られた宮廷が、国が、全て自身の都合のいいように変えられる。

「奏輝の奴、今頃わしにひざまずいても遅いぞ」

 ぐはは、と笑う。背後で男達が指示を待っていた。

「奏輝の食事に毒を混ぜよ。銀のしずくを数滴垂らせば、死に至るだろう」

 指示を受けた男達はすぐさま厨房へと向かう。彼の言う銀のしずくとは。奏輝の運命はいかに。


*******


 宮廷閉鎖して以来久方ぶりに、宮廷には民衆が集まっていた。現在のみかどである奏輝が倒れた今、新たなみかどの誕生を待ち望んでいた。おおよその見当はついていて、娘の聖南が引き受けるのだろうと思っていた。宮廷から突きだした演説台に、代官ラオブが兵を連れて現れる。

「新たなるみかどの者よ、ここへ!」

 カーテンが揺れる。現れたのは聖南の妹、玲奈だった。姉に受け継がれた麗鈴レイリンを手に持ち、ゆっくりと民衆の前に姿を現した。彼女の姿を見た民衆がざわつく。

「聖南姫ではないのか?」

「あれは妹様じゃあないか」

「奏輝様、どうして妹様を選んだの?」

 ざわめく民衆に、ラオブが静まるよう声をかけた。

「聖南姫は悪しき者共の手により、この国から連れ出されてしまったのだ。その悪しき者共が、こいつらだ!」

 広い庭にライン達が縄で縛られたまま連れられてくる。民衆は静かに彼らを注視した。

「彼らは聖南姫を謀り、己の欲望のために売り払った逆賊共である! よって、死刑に値すると定められた!」

 三人は一人ずつ、絞首台へと進む。民衆の一人が怒りの声を上げた。つられるようにして一人、また一人と怒りの声を増やしていく。

「彼らの業によって、聖南姫は今、異国のどこかをさまよっている。さらに、奴隷として売り払ったと証言もした。なんと卑劣な連中よ!」

 民衆の怒りがヒートアップしていく。中には石を投げる者もいた。

「新たなるみかど、玲奈様によって絞首は完了される。皆の者、こやつらをどうするべきか、分かるか!」

 代官ラオブが民衆を煽る。石はさらに投げられた。三人は痛みに耐えながら、作戦の時を待つ。

「さぁ、玲奈様。姉様を惨い目に遭わせた奴等へ死の罰を!」

 玲奈は震えている。鈴がしゃらしゃら鳴るほどに。真実を知っていながら反論できない自分に嫌気がさした。涙ぐんだ瞳で、麗鈴を天にかざし振った。しゃらん、と音色が響いた。

「彼らの刑を執行せよ!」

 玲奈が兵に指示を出す。兵はすぐさま動き出した。彼らの首に縄を掛け、絞首台の中央に立たせる。中央の足場が抜ける瞬間。

「今だ!」

 ラインの合図によって、兵が彼らの首と手の縄を切った。ルフィア、フェイラストも切り落とされて無傷だ。亜空間から剣を呼び出し、絞首台を斬りばらばらにした。民衆へ見せつけるために。民衆は死刑囚が暴れだしたことによって次々と逃げ始めた。

「おのれ! 何をしているのだ! 殺せぇ!」

 代官ラオブが上から命令を下す。手下の男達によって玲奈は守られていた。

「裏切り者の兵は構わず殺すのだ! 生きて返すな!」

 逃げ惑う民衆で宮廷の庭はパニックと化していた。聖南の父親を信じる派閥がここぞとばかりに剣を槍を振るう。宮廷内も派閥争いが勃発して荒れ始めていた。

「玲奈様、こちらへ」

 なんとしてでも国を我が物にしたかった代官は、この状況が収まるまで自室にこもろうと考えた。何かあったら玲奈を人質に取ればいい。そうすれば、白羽はくばね家は手出しできなくなるのだから。

 ライン、ルフィア、フェイラストは武器を手に持ったが見せ掛けだけの戦いを繰り広げ、時間を稼いでいた。

「聖南、無事にお父さんのところへ行けたかな」

「心配しても仕方ねぇさ。きっとそこから顔出してくれると思うぜ」

「今は、できる限り時間を稼ごう。聖南を信じて、待とう」

「そうだね!」

 本気で斬りかかってくる兵士は峰打ちにして、こちらの事情を分かっている兵には手を出さずに、演技の剣を民衆に見せた。


*******


 代官ラオブが演説している頃、聖南は父親の居室を目指していた。抜け道を使って兵の目を誤魔化し、順調にスニーキングを続ける。

「あれ、給仕の人?」

 壁の中からこっそり覗く。美味しそうな料理が台車に乗せられ運ばれていった。後ろをついていく。到着した場所は父親の居室だった。

(父上のご飯運んでたんだ)

 給仕係なら大丈夫と思い、父親の部屋へ乗り込んだ。ばんと扉が開かれる。兵が反応して剣を抜いた。

「剣を収めよ」

 彼の声ひとつで兵は剣を収めた。給仕係が部屋を出ていく。

「父上ぇー!」

「おぉ、聖南!」

 聖南は父に駆け寄り抱きつく。父親はまだ若く、聖南と同じ明るい茶髪を短くしていた。左の頬にある入れ墨が目立つ。

「誘拐されてから俺は毎日心配してたぞぉ。無事に帰ってこれて良かったなぁ~」

「うん、ただいま!」

 ってそうじゃなくて。と聖南は真剣な顔になる。

「今すぐここを抜け出して! みんなに姿を見せてあげて!」

「・・・・・・あぁ、そういうことか」

 聖南の父親――白羽奏輝はくばねそうきは眉をひそめる。

「ここから出たいのは山々だが、俺にはラオブの監視の目が引っ付いててな。出ることは愚かこうして話すことも本来はできないぞ」

「じゃあ、今はどうして喋っているの?」

「帰ってきた娘と話さぬ親がどこにいる! はっはっは!」

 聖南はあっけらかんと見とれていた。彼女の頭に大きな手を置いて撫でる。

「よく戻ってきたな、聖南。お前が帰ってきたなら、俺はここにいる必要もなくなる。出るぞ。お前の連れていきたいところに何なりと連れていけ」

「うん!」

 給仕係の置いていった朝食に手を付けず、奏輝は聖南に連れられてベッドから降りる。奏輝の令で、兵は二人に付き添うこととなった。部屋を出て、奏輝のペースに合わせて歩く。

「長いこと軟禁されていたから、少々運動不足だな」

「ちょっと太ったでしょ」

「真に恥ずかしいが、太ったぞ。ははは」

 自分の腹をつまんで奏輝は笑う。と、向こうから代官ラオブの息がかかった兵士が数人現れた。

「もう察知して来たのか。情報の早い奴等よ」

「あたし、戦えるものないよ」

 付き添いの兵は、みかどである奏輝の近衛兵ではあるが、多対一となれば状況が悪い。

「抜け道を使うか」

 兵が止まれと静止するのにも関わらず、奏輝は壁をばんと叩いて、

「お前達に俺が刺せるのか?」

 流し目で圧をかける。兵が一瞬動きを止めた。聖南と付き添いの兵は壁の中へ消えた。

「父上すごいや。兵が止まったもん」

「元はといえば俺の下についていた者だ。軟禁されていてもみかどには代わらんからな。それを刺せるかと問われて刺せるなら、奴等はそこまで追い込まれているということよ」

 ははは、と奏輝は笑う。聖南も真似して笑った。

 抜け道を駆使して兵の目を避け、やがて演説台にやって来た。代官ラオブが玲奈を連れて逃げていったところだ。彼らの姿は既に見えない。

「よし、今なら行けるよ!」

「私が見張ります。お二人は先へ!」

 兵を残し、聖南と奏輝は演説台に姿を現した。

「皆の者、落ち着くのだ」

 奏輝の威厳ある声が宮廷に渡る。戦っていたライン達も兵も、皆が彼の声を聞き、動きを止めた。

「俺は白羽はくばね家当主、みかどの奏輝である」

 本当に彼なのか疑う声が上がる。そばにいる聖南を見てなおさら不審に思う。先の代官の演説で、誘拐されて売り飛ばされたという姫が、何故この国にいるのだろうか。

「みんな、代官の言葉は信じちゃだめ! そこにいる人達は、あたしの大切な仲間なの。あたしを家に帰してくれた、大事な人達なの!」

 聖南が大声で民衆へ思いを伝える。

「あたしは確かに誘拐されたし、怖い目に遭ったよ。でもね、ラインさんとルフィアが助けてくれたの。フェイラスト先生が、いろんな知識を教えてくれたの。砂漠の国に行ったり、機械の街に行ったり、たくさん冒険してきたよ」

 息継ぎして、尚も叫ぶ。

「代官に騙されないで。あたしの言葉を、父上の言葉を信じて。お願い!」

 ざわめく民衆。武器を下ろす兵。ライン達は聖南の見えるところに移動する。フェイラストは親指を立てて、グッドと示した。

「俺は代官に軟禁されていた。部屋から出られないようにな」

 奏輝の言葉に民衆はどよめく。

「今、奴は娘の玲奈を使って、この国を乗っ取るつもりだ。・・・・・・玲奈は俺が助ける。白羽はくばね家を、家族を傷つける者は、誰とて許さん」

「みんなお願い、信じて!」

 どよめきが止まらない民衆は、ライン達を見て、演説台の彼らを見て、お互いの顔を見合う。新たなるみかどを立てた代官、現在のみかどの奏輝。どちらが正しいか。考える。聖南本人が、絞首刑にすべき罪人は違うと言う。

 悩み、悩んだ。けれど、疑う余地はなかった。

「奏輝様!」

 民衆は長らくみかどとして働いてきた彼を信じる道を選んだ。膝をついて敬う者や、万歳する者などが増えていく。様子を見て、ライン達は武器を収めた。聖南に手を振る。彼女もぴょんぴょん跳ねて振り返した。

「さぁ、この国に巣食うあやかしを退治に行こうではないか!」

 奏輝が発破をかける。民から凄まじい雄叫びが上がった。聖南も大きな声を出した。

「聖南、行こう」

「うん。玲奈を助けなきゃ!」

 宮廷に戻り、兵を連れて代官の部屋へと向かった。彼らが歩くにつれて、兵が一人、二人と増えていく。皆、奏輝の復活を信じて待っていたのだ。残すは代官の首だけだ。島外に逃げられる前に、捕まえなくては。


 代官ラオブは身の危険を感じて慌てていた。袋に高価な物を詰めるだけ詰め込んで担ぐ。玲奈は静かに待っていた。

「くそ、くそ!」

 想定外だった。

「くそっ!!」

 軟禁していた奏輝が、今朝の食事に手をつけなかった。それどころか国民の前に出て演説しているではないか。なんのための銀のしずくだ。高い金で猛毒の薬を買ったというのに。

「くそぉおおお!」

 苛立ちを家具にぶつけた。桐箪笥に蹴りを入れる。高価な壺を床に投げつけ割った。興奮して鼻息が荒い。血走った目をぎょろぎょろさせている。

「来い!」

 乱暴に玲奈の腕を掴み、引っ張って部屋を出ていく。途中、兵が槍を向けてきたが鬼のような形相を向けると彼らはひるんで襲ってこなかった。裏口から外へ出ると、手下の男達が馬車を用意して待っていた。玲奈を投げるように離し、馬車に乗るよう命令した。玲奈は静かに馬車へ乗る。代官ラオブは周りを警戒して、馬車に乗り込んだ。


 代官の部屋へ来た奏輝と聖南は、辿り着くのが遅かったと知る。宮廷の裏から馬車が出たとの報告を受けて、奏輝は聖南を連れて宮廷を出た。走って出てきた彼らを見て、ライン達も後を追う。

「ほんと、似たもの父娘だね」

「急いで出ていっちまうんだもんなぁ」

「見失わないように追いかけるぞ」

 ライン達も少し距離を置いて走っていく。と、二人が止まるのが見えた。

「馬車を貸してくれ、金なら後できちんと払う。今は有事なんだ」

「お願い!」

 橋の手前で待機している馭者に話しかけているようだ。

「お願いって言われてもなぁ」

「急いでるなら他当たってくれ」

「乗りなよ」

 女性の声に振り返ると、女馭者のフロイデだ。後ろから追いついたライン達を見て、何か起こっていることを悟る。

「みんな乗って! さっき通っていった怪しい馬車を追いかければいいんでしょ?」

「フロイデさん、お願いします!」

 皆が中へ入るとき、ラインは乗らなかった。

「俺は飛んで先に行く。できるだけあいつらを押さえにかかる」

 ばさり、と背に生やすは翡翠色の一対の羽。ハーフエンジェル特有の、魔力を羽に形作ったものだ。羽ばたいて空に舞い上がった。

「装飾の多い赤い馬車を目指して! 女の子も乗ってた!」

「分かった!」

 ラインは羽ばたいて、猛禽類が獲物を狙うように空から橋の上を眺める。馬車組も発車した。ラインは駿足を用いて追いかけた。


 長い橋がいつもより長く感じた。馬車が止まる。手下の男達は扉を開け、代官を連れ出した。玲奈は少しためらったが、彼に何をされるか分からない恐怖から、ついていくしかなかった。ぎょろりと玲奈に目が向けられる。ひっ、と短く声を上げる。手を強く引っ張られ、痛いと言っても聞いてくれなかった。

 突然だった。紅い閃光が目の前に現れた。着地の瞬間に大きく羽ばたき、金髪のカーテンから鋭い深海色の瞳が覗いていた。翡翠色の羽は天に大きく伸びている。

「その子を返してもらおうか」

 低い声が渡る。すっくと背を伸ばして立ち上がった彼は代官を睨む。

「邪魔をするなぁ!」

 代官は玲奈を投げる。腰に控えた刀を抜いて、玲奈に切りっ先を向けた。ふーふーと荒く息を吐いて、ぎょろりと目が動く。手下の男達も剣を抜いてラインを警戒する。

「どーけーーーっ!」

 フロイデが馬車を急がせてやって来た。ラインは空を飛んで回避したが、代官は馬に蹴飛ばされた。その拍子に海へと落ちた。

「さぁ、次は誰が轢かれたいんだい?」

 フロイデの強気な態度と荒ぶる馬の圧に、手下の男達は剣を向けるもぶるぶる震えていた。

「玲奈!」

 馬車が止まったのを確認し、聖南達が降りてくる。その場に座り込んで泣きそうな顔をした玲奈を、聖南と奏輝は抱き締めた。

「姉様、父上、わたし・・・・・・!」

「うむ。よく頑張ったな。偉いぞ。我が娘は愛いのう」

「玲奈、ごめんねー! もっと早く助けたかったー!」

 わんわん泣き出した玲奈は、二人がいればもう大丈夫だろう。一連の騒ぎを嗅ぎ付けた兵士達が駆け寄ってきた。しかし、みかどの奏輝のおかげで捕まらずに済んだ。代わりに、代官とその手下はお縄になったのであった。


*******


 騒動が収まって数日が経つ。代官の残したたくさんの揉め事やいさかいを鎮圧しながら、ライン達は真国を過ごしていた。

 改めて、奏輝はフェイラストの診察を受けていた。軽い風邪以外には特に異常は無いとのことだが。先日の給仕係が仕込んだ、銀のしずくと呼ばれるものの成分を分析したところ。

「こりゃ濃度の高い水銀だな。飲んだら神経系をやられる。中枢神経や内分泌系をおかしくさせる。一言で言えば、猛毒だ」

「代官様は、気付け薬だとおっしゃっていました」

「嘘を教えられたんだな。なんというか、その日の朝食を食べなくて正解だったぜ」

「はっは、そんな危険な薬が仕込まれていたのか。あの日は食べる気が起きなくてなぁ。すまんすまん」

「いや、食べないのが正解だっつの」

 年が近いからか、フェイラストと奏輝は次第に仲良くなっていった。

 かくして診断は良好の文字で溢れ、軟禁されていたために運動不足、及び風邪という結果となった。すぐ職務に復帰できるという。

「聖南、皆を客間に集めよ。後に、兵が呼びに行くだろう」

「うん、分かったー!」

 彼女はライン達を客間に集め、自分は部屋に戻っていった。

「診察も無事に終わってよかったぜ。運動不足と風邪以外は良好だ」

「聖南のお父さん、元気だったねぇ」

「あの子供にしてあの親あり、だな」

「ふふ、そうだね」

 ところで、とルフィアは続ける。

「聖南、帰ってきたんだもんね。ここで旅はもう終わりなのかな」

 フェイラストが眼鏡を直す。ラインも顎に手を当てて考える。

「せっかく家に帰ってこれたんだ。残るんじゃないか?」

「オレもそう思うぜ。あれだけ真国に行きたいって言ってたんだ。親父さんと妹さんに会えてハッピーエンドで済ませるんじゃないか?」

 二人の意見を聞いて、ルフィアもそうだね、と呟く。

「なんだか寂しくなるね」

「元気な奴だったからなぁ」

「この先静かになりそうだな」

 などと話していると、客間の扉が開いた。兵士が入ってくる。謁見の準備が整ったので来てほしいとのこと。三人は兵士についていった。


 朱色の柱と白漆喰の壁が美しい。三段高くなった玉座には、みかどである白羽奏輝はくばねそうきがかけている。両脇の少し小さな椅子に、正装をした聖南と妹の玲奈が座っていた。

「近うよれ」

 奏輝が手招きしている。三人は玉座の段差のそばまで寄った。

「先日の一件だが。まずは礼を言おう。国を乗っ取ろうとした代官と手下は、昨日付けで島流しとなった。今頃、汗水垂らして働いていることだろう」

「し、島流し・・・・・・」

「死刑よりもつらいかもな。死は一瞬で終わるものだ。さて」

 奏輝は三人を一人ずつ見る。

「聖南から聞いている。紅の、お前は帝国のフォートレスシティに行きたいそうだな」

「はい」

「つい先程、良からぬ話が舞い込んできた」

 奏輝がラインを鋭く見つめている。ラインも真剣な眼差しで返した。


「戦争が始まった」


 脳裏によぎっていたが、実際に言われると衝撃的だった。フェイラストとルフィアが声を漏らす。ラインは目を見開いた。

「戦争って、エイト・シャンバル王国とアポステル帝国が、全面戦争に?」

「うむ。今、あの両国に行くのは得策とは言えぬ。国境は特に厳しい取り締まりをしていることだろう」

「おいおい、オレも帰れねぇパターンか、これ」

「機械都市ルレインシティは、どうなってるんですか?」

 奏輝は難しそうに眉をひそめる。

「無論、あそこも帝国の領地にある都市だ。少なからず影響を受けることだろう。医療に携わる者達が駆り出されているのではないか?」

「その通りだぜ・・・・・・」

 帝国の領地にある機械都市ルレインシティは、自治区と言えど帝国の影響を受けている。特に戦争になれば、ある年齢をこえた医療関係者――特に医療兵志願者――は、傷ついた兵士を治療するために出なければならない。フェイラストも規定の年齢をこえているためその一人に数えられていた。

「今から行くのはやめておいた方がいい。向かうならば帝国ではなく王国へと行くがいい。俺から渡航許可証と身分証明書を出そう。戦時中でもあの国ならば寛容だ」

 思わぬ出来事にライン達はなすすべがなかった。このまま王国に行っても、特に目的とすることがない。ならば。ラインは閃いた。

天上界ファンテイジアを目指そう」

「えっ」

「ふぁ、天上界ファンテイジアぁ!?」

「そうだ。ルフィアの故郷へ。お前も帰りたいと願っただろ?」

「そうだけど、天上界ファンテイジアにどうやって行くつもり?」

 何か言いたげなラインを遮って、奏輝が声をかけた。

「聞いたことがある。「世界を歩く山の天辺に、天界へと繋がる紋有り」と」

「世界を歩く山・・・・・・ヴェルトゲーエンのことかな?」

 地上界エルデラートには、星を一周する山が存在する。ヴェルトゲーエンと呼ばれていて、海に突き出た物は島となり、陸上に突き出た物は山となっている。神聖な山で、場所によっては無為に立ち入ることが禁じられている。いわば聖地だ。

「ヴェルトゲーエンを登った天辺に、天上界ファンテイジアへ通じる転移の紋がある、で訳は良いのかな?」

「なにそれ、あたしも行きたい!」

 先程からうずうずしていた聖南がついに玉座から立ち上がった。妹の静止も聞かずに三人のもとへ近寄る。

「あたしもルフィアの故郷に行きたい!」

「それはいいが、お前はせっかく帰ってきたのに、もう出ていくつもりか」

「えー、だめ?」

 ラインの顔を見て、奏輝の顔を見る。はっはっは、と奏輝が大きく笑った。

「愛い娘が旅に出るのは寂しいが、俺の娘だからなあ! ははははは、よいぞ! 許す!」

「やったー!」

「って、いいのかよ!」

 フェイラストが突っ込みを入れた腕に、聖南はしがみついた。うおおお、とフェイラストがうなりながら力を込めて聖南を腕にぶら下げる。そんな二人を見て、ルフィアとラインも笑った。

「ということで、これからもよろしくね!」

「うん、よろしく!」

「よろしくな」

 和気藹々とした光景に、奏輝も笑う。玲奈はため息を吐いた。

「玲奈よ。姉がいなくなるのは寂しいか?」

「いえ。また宮廷が静かになりそうだなぁ、とは思いますけどね」

「ははは、そうだな」


 こうして旅の目的は決まった。次に行くはルフィアの故郷、天上界ファンテイジア

 みかどからの渡航許可証と身分証明書を手に入れて、一行は王国行きの船に乗った。王国の領地にヴェルトゲーエンに連なる山が多いためである。

 ルフィアとラインは二人、甲板に出て海を眺めていた。

「戦争、長引かないといいけどね」

「・・・・・・そうだな」

 ラインは自分の故郷がどうなっているのか心配であった。家に一人残された母親の安否も気になる。

(母さん・・・・・・) 

 きっと、帰ったら自分を迎え入れてくれるはず。そう思って自分を励ました。

「行こう、天上界ファンテイジアへ」

「うん!」

 まだ見ぬ王国の地に向けて、彼らは一歩一歩踏み出していった。

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