【後編】砂漠の国

 砂漠の国オアーゼに来てから四日が経つ。未だ国王に会えず、足踏みをしている状態だ。

「今日も会えないよねぇ」

「ねぇ、私達、行ってない区画があるよね」

「赤の区画だな。ここ緑の区画から東に行ったところにある」

「何があるのかな」

「宿、装備品、占いと来たら、残るはなんだ」

「うーん、食料品かなぁ」

「青の区画行ったとき、美味しそうな匂いがするって思った。食料品で当たりだよ、きっと」

「行ってみるか、赤の区画」


*******


 三人は緑と青区画に隣接する、赤の区画へとやって来た。予想通り、食料品がたくさん売られている。新鮮な野菜やフルーツがずらりと並んでいた。

「わぁ、美味しそう」

「あたしの国の物もあるー!」

 聖南がテントへ駆け寄る。かごに入った菜っぱは見たことのあるものだ。産地には真国しんこくと書かれていた。

「こんなところで会えるなんて。ああ、帰りたい」

 思わずホームシックになってしまう。けれどすぐに元通りになった。

「さ、次にいこー!」

「あまり離れるなよ」

 はーい、と元気な返事が聞こえた。ルフィアは笑っている。ラインは小さく口元をつり上げた。


 赤区画を一通り見た彼らは、道を間違えて城壁側へ行ってしまう。そこで目にしたものは衝撃的だった。異常に痩せた人々が、壁に背中を預けて座り込んでいた。食事をしている者を見たが、手のひらサイズの固くなったパンだけだ。水分が無くなった固いパンをちぎり、口に入れていた。

「スラム街だ」

 聖南は見覚えがあった。宮殿を抜け出し、迷い込んだ地域が、目の前にある景色と同じようなものだった。腐った食料すら食べ、ぼろぼろの服を着た国民を。

 ふと、袖を引っ張る感覚があった。振り返ると、自分と同じくらいの子供が、痩せ細った腕で服をつまんでいる。

「・・・・・・っ」

「な、何?」

 聖南は耳を傾ける。子供の声がはっきり聞こえた。

「ヤク、もってる?」

 ヤクの意味は分からない。聖南は持っていないと伝える。子供は不満そうな顔で路地に消えた。

「聖南、大丈夫?」

 ルフィアが心配してこちらを見ている。大丈夫、と返して、子供の消えた方角を見つめた。

「地図によれば、ここをまっすぐ行けば青区画の方へ抜けられる。行こう」

 ラインは、痩せた人々に見られている感覚に体が震えた。ラインの生まれた街では、このようなことはなかった。もしかしたら、見たことないだけかもしれない。一刻も早く逃げたかった。

 青区画の公園にやって来た三人は、緊張状態がようやくとけた。ため息を吐く。全方位から見られているようで気味が悪かった。

「青の区画まで来れば、とりあえず大丈夫そうかな?」

「あぁ、気配が少なくなった」

「・・・・・・怖かった」

 聖南がルフィアに抱きついた。泣きそうになっていた。ルフィアがしゃがんで、頭を優しく撫でる。くずる聖南は泣くまいと我慢しているが、ショックが大きかったらしい。一筋涙が流れた。

「おぶってやろうか?」

 ラインの問いに首を横に振った。ルフィアが立ち上がり、聖南と手を繋ぐ。

 地図を見ながら青区画を進み、クヴィのテントまでやって来た。聖南はなんとか落ち着いてきたようだ。

「やぁ、どうしたんだ?」

 テントからクヴィが出てくる。今日は腰にサーベルを下げていた。ラインは先程見てきた光景を話す。クヴィの目が伏せられた。

「あれは、うん、この国のあってはならない一面だね。金を持たない者は淘汰されていった。それに、薬売りが夜な夜な歩き回っては薬を売り回っているし」

「薬売りは、なんの薬を?」

「ヤクさ。麻薬の密売をしている連中がいる。ここは商業の国だけど、そんな商売は望んでいない。排除したいけど、逃げ足も隠れるのも得意みたいでさ。依頼屋クライアに依頼をして退治してもらっているけど、しばらくするとまた現れるんだ」

「まるで雑草だな」

「そう、雑草だ。それも国民に危害を加える悪い草だ。刈り取らなきゃいけないんだけどねぇ」

 クヴィの口振りに、ラインは疑問を抱いていた。あまりにも内情に詳しすぎる。商売人で情報のツテがあるのかもしれないが、一介の占い師にしては詳しすぎないか。

 ラインの視線に気づいたクヴィが、困惑して笑う。

「怖い顔してるね。何か不満かい?」

「いや、詳しすぎると思ってな」

「自然と情報が入ってくるのさ。あ、そうそう。アンタ達に頼みたいことがあってさ」

 どうやら依頼屋クライアとしてライン達を頼りたいそうだ。

「依頼内容は、賊の排除だ。戦うことになるから、するかしないかは相談して決めてくれ。決まったら、明日の昼にテントへ来てくれ」


*******


 五日目の昼。相談した結果、依頼を受けると決めた。言われた通りクヴィのテントへやって来ると。

「て、テントが!」

 クヴィのテントは無惨にも破壊されていた。占い道具や内装の部品が砕かれて散乱している。

「クヴィさんは、どこに」

 ルフィアが辺りを見回すが、それらしき気配はない。三人は青区画の商業区域へ行って、店の人にクヴィの話を聞く。


「昨日の夕方に、すごい音がしたなぁ」

「悪そうな男が、集団で占いの多い区域に向かったのを見たよ」

「クヴィ? 見てないね」

 

 手分けして青区画を探し回ったが、それらしき人影は見当たらなかった。三人は再びクヴィのテントへ集う。

「そっちは?」

「だめだ。クヴィを見ていないそうだ」

「悪い人達を見たって話は聞いたよ!」

 三人はそれぞれの情報を繋ぎ合わせる。結果、悪そうな人の集団がすぐそばで動き回っていることは一致した。

「怖いね。一旦宿に戻って、考えた方がいいかな」

「そうだな。ここにいても埒が明かない」

「クヴィさん、どこいっちゃったんだろう」

 三人は宿に戻るため緑区画へ向かう。彼らの様子を見ている悪しき影があった。


 緑区画へ戻ってきた。宿まであと少しのところで、ラインは嫌な気配を感じた。立ち止まる。二人も止まった。ラインの様子を見て、ルフィアと聖南も警戒を強める。背後から大男の集団がぞろぞろとやって来て、周りをぐるりと囲んだ。武器や拳を構えている。

「ガキ共、あのひょろっちい男と関わりがあるようだな」

「ちょいと付き合ってくれねぇか」

 じりじりと距離を詰められる。聖南が威嚇するようにぐるると唸った。

「クヴィさんをどこへやったの?」

「あの男ならオレ達のところでおねんねしてるぜ。話が聞きたいならついてくりゃあいい。げっへへ」

 剣を突きつけルフィアを脅す。彼女は怖いながらもきっと睨み返した。ラインが彼女らを守るように前に出る。

(この前できたあの速さが使えれば・・・・・・!)

 白髭の爺を止めるために使った瞬間移動のような速さ。どう動くのかまだ理解できていなかった。できたとしても制御できるか分からない。それ以前に、抵抗しようと思っても力の差は明白だ。

「大人しく従ってもらうぜ」

 武器を突きつけられながら、ライン達は大男の集団に連れていかれた。


 オアーゼから出て馬車に乗せられ、山の影にある男達のアジトへ連れてこられた。土壁の牢へ入れられる。鍵を閉められた。

「ぶー、こんなとこすぐ脱出してやるんだから」

 聖南が頬を膨らましている。ルフィアがなだめた。

「ライン、どうする?」

「牢屋に入れられたまま過ごすのは御免だ」

 ラインはルフィアに耳打ちする。

「俺とお前の武器は空間から呼び出せる。聖南も大事な鈴を奪われなかった。やろうと思えばいつでも反逆できるはずだ」

「そうだね。暴れるのはもう少し待つ?」

「あぁ。クヴィがここにいるなら、あいつのことを助けてからだ」

 足音がする。ラインとルフィアは一旦離れ、ふてくされる聖南をなだめる。檻の向こうに男二人がやって来た。

「女二人、ちょーっと来てもらうぜ」

 牢が開けられる。嫌がる聖南と落ち着いているルフィアが連れ出された。ラインは一人残される。ルフィアとアイコンタクトを取る。姿が見えなくなった。

「さて、どうしたものか」

 ラインは一人考える。自分の手を見た。あのとき使えた力の瞬間を思い出す。体が溶けるような、風になったような感覚。瞬時に動けた力。

「変な気起こすんじゃねぇぞ」 

 見張りの男が、剣を軽く手で叩きながらにやにやしている。ラインはそっぽを向いた。


 ルフィアと聖南は、男二人に挟まれる形で連行される。連れてこられた先は、肌を露出した汚い男達が、下卑た笑い声を出して待っていた。他にいるのは裸の女性達。男達に嬲られ、性欲処理の道具にされている。乱交の真っ最中だった。女性の喘ぎ声と嬌声が響いている。

「おっ、なんだ新入りか?」

「白髪の嬢ちゃん、美味そうだな。口にしゃぶらせてやりてぇ」

「教育してしっかり叩き込んでやらなきゃな」

 げひひ、と笑いながら男が近づいてきた。ルフィアと聖南は後ずさる。汚れた手が伸ばされた。

「・・・・・・また、こんな光景を見ることになるなんて」

 奴隷鉱山に囚われていたときのことが思い出された。女性達を連行し、性欲を満たすための道具にされていく様を。きつく拳を握り、ルフィアは目を見開いた。瞬間、氷の術式が展開された。氷の粒は的確に男だけを狙っていく。セックスどころではなくなった場は、半ばパニックに陥った。

「このガキ!」

 男がルフィアを押さえようとする。とっさに聖南が腰帯から鈴を取り出し鳴らす。大地を司る術式が発動した。地面が盛り上がり、男達の邪魔をする。

「それっ!」

 聖南は女性達を助けるように地面を盛り上がらせ、手を上げようとした男達を遮断した。壁を上ろうとした男達は、天井に到達した壁に遮られ、なすすべを持たない。丸裸のまま取り残された。

「聖南、すごい!」

「えっへへー、どうだ!」

 性欲の吐き出し口となっていた女性達に駆け寄る。布など、かけてやるものは手元に無い。

「男の人は壁に塞がれて身動きが取れないし。ここに残しても大丈夫だと思うの。一旦ラインと合流しようよ」

「うん、分かった!」

 女性達を説得し、ここに残して部屋を出た。牢への道は覚えている。隠れながら進み、ラインの待つ牢屋へ。

「あれ、ラインさんいないよ」

「どうしよう。どこかに連れていかれたんだ」

 二人は焦る。と、ルフィアは牢屋の中に文字が書いてあるのに気づいた。

「えっと、クヴィを見つけ次第すぐに脱出してくれ、だって」

「クヴィさん、ここにいるのかな」

「ラインがいるって言うなら、探してみようよ。私も心配だもの」

「でも、ラインさん大丈夫かなぁ」

 二人は彼を心配しつつ、クヴィを探すため牢の部屋を出た。


 ルフィア達がセックスの部屋に連れていかれた後、ラインは見張りにばれないように、地面に文字を書いていた。書き終わった直後、見張りのもとへ男がやって来る。何か小声で話して、牢を開けた。ラインを連れ出すようだ。素直に従って連行されることにした。

(二人が牢に戻ってきたときに、読んでくれればいいのだが)

 連行される中、ラインは周囲に視線を投げる。いかにも悪人という面をした大小様々な男達が作業している。中にはラインが持ってきた水晶片と似たような鉱石もあった。様々な金品や鉱石が運ばれていく。クヴィのテントにあった道具も見つけた。襲撃した時に持ち去ったのだろう。彼らは金目のものを集めているのだろうか。目的はまだはっきりしない。

「おら、部屋に入れ」

 言われるがまま部屋に入る。後ろの男が驚いた。クヴィが連れの大男二人に守られて戦っていた。最後の男が顔面を殴られ倒れる。こちらを見た。はっとして、ラインは背後の男に振り返って蹴りを見舞った。顔面に入った蹴りに男は吹き飛ぶ。地に伏した。

「俺のテント見てきたかい? ばらばらにされちゃってたでしょ」

「いったい何があった。それに、彼らは以前の依頼のときにいた」

「赤い髪の彼がアズ、青い髪の彼はリドだ。俺の身辺警護をしてくれる。助けに来てもらったのさ」

 アズとリドは双子のように似ている。細身のクヴィと違ってたくましい肉体だ。岩のように固そうな筋肉を見せつけた。

「ますますあんたが怪しい人物に見えてくるな」

「正体をばらすのはもう少し待ってもらおうか。それより、ルフィアちゃんと聖南ちゃんは?」

 ラインは先ほどあったことを話した。クヴィの目が鋭くなる。

「女の子だから、まずいことされてなきゃいいけど」

「どういう意味だ?」

「ここ、男しかいないみたいなんだ。血の気の多い連中だ。彼らの鬱憤を晴らす捌け口に、女性達を使っているんだろう。要は、セックスの相手にするつもりさ」

 ラインの眉間にしわが寄る。二人を助けようと体が動くと、クヴィが待ったをかけた。

「一人で焦ってアジトを走ってもどうしようもない。俺達大人を頼ってくれ」

「・・・・・・すまない」

「いいさ。ほら、行こう」

 クヴィはいつもの陽気な口調で言う。焦る気持ちを抑えながら、ラインは三人の後に続いた。


 ルフィアと聖南は隠れながら慎重にアジトを進んでいた。クヴィを探し、部屋を開けては閉める。敵に見つかりそうになったが、誤魔化しては逃げ切った。

「ライン、どこまで行ったんだろ」

「ねー、どこにいるんだろう」

 汚い格好の男をかわし、見えた扉を開けてみた。きらびやかな宝石や鉱石、金銀財宝が棚に整然と並んでいる。

「わあ、綺麗!」

 聖南がひとつ手に取った。表面がきらきら光る赤い宝石だ。中には小さな竜のような塊がある。

「一個くらいもらっていっても分からないよね」

 聖南はルフィアの目を盗んで赤い宝石を懐にしまう。

「これ、ラインの持ってきた水晶とよく似てる」

 ルフィアが水晶片を手に持って確かめる。大きさも形もそっくりだ。もしかすると、クヴィのテントを破壊したときに持っていったのだろか。

「クヴィさんに返さなきゃ」

 ルフィアは水晶片を持って行くことにした。

「ねぇねぇ、早く戻ろうよ」

「そうだね。ラインを捜さなきゃ」

 二人は扉を少し開けて、一旦顔を出し、人がいないことを確認。部屋から出てきた。手がかりもない中慎重に進んでいく。曲がり角から人の気配がした。隠れられる場所はない。二人は覚悟を決めて曲がると。

「ライン!」

「ルフィアか。聖南もいるな」

「クヴィさんも一緒だね!」

 合流できてひと安心だ。ルフィアと聖南は宝物の部屋の話をした。ルフィアがクヴィに水晶片を渡す。

「これ、ラインが貴方に買い取ってもらったものですよね。色も形も似ていたので、持ってきちゃいました」

「ははっ、泥棒されちゃってたか。取り返してくれてありがと。あと、聖南ちゃん」

「ぎく」

「帯の中に隠しても無駄だよ。君も何か持ってきたね」

 観念して赤い宝石を取り出す。ふてくされながらクヴィに渡した。彼は赤い宝石を見て少し目を開いたが、誰も気づかなかった。

「じゃあ、敵に見つからないうちに脱出しよう」

 発言した直後、敵が怒声を出して現れた。クヴィが苦笑いする。

「てめぇら、逃げられると思うなよ」

 じりじりと距離を詰めてくる。前後を固められ挟み撃ちの状態だ。ラインとルフィアはそれぞれ火と氷の術式を展開し、敵に放った。前は火が、後ろは氷が占拠する。冷たさと熱さにやられ、敵がひるんだ。隙を突いて四人は走り出す。こうなってしまえば、あとは敵を避けながら逃げるだけだ。

「いたぞー!」

「早く捕まえろ!」

 男達が剣を構えて立ち塞がる。ラインは一瞬敵が止まって見えた。

(この感覚、あの時の)

 空気中の魔力が見える。どうすればいいのか体が覚えていた。地を強く蹴る。


 ヒュン!


 一瞬だった。ラインの姿が消え、敵の目の前に現れた。状況を把握できない男は呆然とし、ラインは剣を奪って男を袈裟斬りにした。もう一人の男に回し蹴りを放つ。地に伏した。

「ライン、今の動き」

「なんにも見えなかったよ! すごい!」

「・・・・・・なるほど」

 今ので少し理解できた。今は喜んでいられない。ラインは皆に声をかけて駆け出した。

「ゴルァッ!」

「待ちやがれガキ共!」

 次から次へと湧き出てくる敵を、ルフィアが氷で牽制し、聖南が地を盛り上がらせて封じ込める。

「このっ、うおあ!?」

 懐に一瞬で現れたラインに驚く。火をまとった蹴りが炸裂する。焦げた足跡をつけて男が倒れた。背後の気配を感じてしゃがめば、ルフィアが氷のつぶてを放つ。

「いででででで!」

「くそ、こいつらっ、いだだっ!」

 脇を抜けてひたすら走る。今まで見たことのない大きな重い扉を見つけた。

「出口かな?」

「そうだといいけどね」

 聖南とクヴィの会話を聞きながら、ラインとルフィアが力いっぱい押して扉を開けた。目の前に広がった景色は砂の海だ。人の通った跡は無い。僅かに道らしい道があるだけだ。

「ねえ、あそこに馬がいるよ!」

 聖南の指差す先へ向かい、馬にまたがる。ルフィアと聖南は二人で乗り、砂漠へと躍り出た。

「道は俺が知っている。見失わないようにね!」

 クヴィが先頭を切って馬を走らせた。


 十分ほどしてオアーゼの街に戻ってきた。馬を繋ぎ、ひとまず緑区画の宿へと急いだ。部屋に入ると、聖南が疲れたと言ってベッドに倒れた。ルフィアももう一方のベッドに座る。クヴィは付き添いの二人を部屋の外で見張らせた。

「ふぅ、なんとか逃げ切ったね」

「そのうち街に追っ手が来ると思う。これからどう動くんだ?」

「街には賊が追ってくるね。俺のテントも壊されちゃったし、占いもできやしない。困ったなぁ」

「ねぇ、大変なことになってるのに、国王様はいったいどこに行ってるんだろうね」

 聖南が体を起こす。頬を膨らまして文句を言った。

「だいたい、国王様とすぐ謁見できれば、こんなことにはならなかったじゃない。謁見できたら、どこ行ってたのか聞き出さなくちゃ。国が大変なことになってるんだって、伝えなきゃ」

 聖南の言葉に、クヴィがごめんと呟いた。

「・・・・・・なんでクヴィさんが謝るの?」

「反射的に、つい」

 クヴィは笑って誤魔化した。

「ライン、さっき敵のアジトであの動きができたね!」

 ルフィアがにこにこしている。ラインは自分の手を見た。握って、開く。

「どう動くのか少しだけ分かった気がする。次こそは習得してやるさ」

「素早い動きを得意とする戦闘かぁ。だんだんラインくんは強くなるねぇ」

「まだもう少しかかるけど、やってやるさ」

 瞳に強い意思を湛えて、ラインは頷いた。

「さて。今日はもう外に出ない方がいい。俺も家に帰るよ」

 クヴィは笑って手を振る。気を付けてねー、と聖南が返した。彼は部屋を出ていった。

「はぁー、つかれーたー!」

 聖南が再びベッドに転がる。腰帯の鈴がしゃらんしゃらんと澄んだ音を鳴らした。ルフィアが微笑む。と、ラインの方を見た。

「ライン、あのさ」

「なんだ?」

「クヴィさんって、もしかして」

「真実は一週間経ってからだ」


*******


 六日目。

 窓の外を見ると、昨日と比べて悪人面の男が多くなった印象を受けた。時折人を脅す声も聞こえてくる。

「今日は外に出ない方がいいよね」

 ルフィアがカーテンを閉める。ベッドに座っているラインに近寄った。

「外へ出れば、顔の知られた俺達は真っ先に襲われるだろうな」

「うん、そんな気がする。でも、関係ない人が襲われているのは、見ていていい気しないよ」

「助けに行くか?」

「・・・・・・ううん。今の私じゃ力不足だから、助けられないかな」

 部屋の扉が開いた。聖南がおやつを持ってきた。

恵鼠ケイソ、出てきて」

 しゃらんと鈴を鳴らす。聖獣のネズミが聖南の頭の上に召喚された。

「今日は外に出らんないから、恵鼠ケイソに情報収集してもらおうと思うんだー」

 おやつをひとつ取り出してネズミに与えた。カリカリと音を立てて前歯でかじる。味わったようで、一息吐いて腹をさする。

「砂漠の国の美味いもん、後でよこせよ!」

「分かったってば。お願いね、恵鼠ケイソ!」

 ネズミは聖南の頭上から飛び降り、開いた窓からパイプを伝って外へと出ていった。


 宿から飛び出てひたすら駆ける。彼は普通のネズミではなく聖獣である。砂漠地方の熱い日差しをサングラスが弾く。黄色のジャケットをぱたぱたさせ、ネズミ――恵鼠ケイソは街を歩く。路地裏に入り、ただのネズミに警戒されたが、威嚇すると向こうが逃げた。

「へへ、お前らと一緒にすんじゃねーよ!」

 人語を介し、主の巫女に遣える聖獣である。腰に手を当て、えっへん、と腹を膨らました。

 十字路や曲がり角を曲がり、においを頼りに先へ。すると、悪い面の男二人に絡まれる女性がいた。嫌がる女性の衣服を引っ張り、胸をはだけさせた。

「げっへへへ、ご馳走にありつけそうだ」

「ヒュー、いただくぜぇ!」

 男に両腕を掴まれて壁に押し付けられる。暴れようも力の差は明白だ。一人に服をナイフで裂かれ、胸が露になる。汚い手が揉み始めた。女性が悲鳴を上げる。男が殴った。黙らせるためだ。

「叫ぶんじゃねえよ。でも、イイ声で啼くんだぞ?」

 下卑た笑い声が二人から漏れる。恵鼠ケイソは歯を剥き出しにして怒りの表情を浮かべた。

「人間のクソみたいな奴め!」

 恵鼠ケイソはネズミの鳴き声を上げた。やがて近所のネズミが何十匹と集まってきて、恵鼠ケイソの言う通りに動き始めた。

「な、なんだぁ!?」

「どっから湧いて来やがった、このネズミ!」

 男二人によじ登り、噛みつき、糞尿を引っかけた。女性を襲うどころじゃなくなった二人はネズミ団子にされながら逃げていった。

「ったく、男の風上にも置けねぇ奴らだぜ」

 恵鼠ケイソは鼻高々にふん、と息を吐いた。女性は何が起きたか分からない表情をしていた。助かったことは理解できたのか、胸を押さえながらその場にうずくまってしまった。

「さて行くか。ガール、達者でな」

 サングラスを直し、恵鼠ケイソは次の場所へと移動した。彼の大きさでは緑区画内の半分も動くのがやっとだ。手近の悪そうな男についていき、ようやく掴んだ尻尾を、歩幅の違いで逃すことになるとは。通常のネズミよりも一回り大きくても、大男の歩幅には敵わなかった。

「くっそー、とりあえず報告に戻るか」

 聖南のもとへ帰ろうとしたとき、背後から大きな気配を感じた。そうっと振り返る。野良犬が見ていた。ぎょっとして尻尾と耳がまっすぐ立つ。

「ケッ、野良犬風情が聖獣に手を出そうってか!」

 犬は口を開けて恵鼠ケイソを捕らえようとした。が、彼の方が速かった。大きくジャンプすると、犬の頭の上に乗り、耳に前歯を突き立てた。急激に走る痛みに犬は悲鳴を上げる。暴れ回ったせいで、耳の一部を引き千切る形となった。恵鼠ケイソは華麗に着地し、犬は泣きながら退散した。彼は耳の組織をぺっと吐き出す。

「犬っコロはおうちに帰んな!」

 シャドーボクシングをして勝ち誇る。さて、聖南の所へ戻ろう。


 恵鼠ケイソが外を見に行ってから一時間が過ぎた。ラインはルフィアに頼んで浄化の術を弱めたものをかけてもらっていた。彼の背には、かつての大戦で暴れていた魔王、その息子の魂を封じた刻印が刻まれている。時折疼いてはラインを苦しめ、意識すら乗っ取ろうとしてくる。その抑え役にルフィアが買って出ていた。

「どう?」

「だいぶ楽になった」

「そう、それならよしよし」

 術式を少しずつ弱めていく。窓の向こうを気にする聖南を見た。

「ネズミさんが心配?」

「うん。どこまで行ったのかなーって。捕まってなきゃいいけど」

「オレのこと心配してくれた?」

 ひょこっと窓から現れて床に飛び移った大きなネズミ。恵鼠ケイソが帰ってきた。

「おかえりなさい、ネズミさん」

「おかえり恵鼠ケイソー! 心配したんだよー!」

 聖南が彼を両手で抱いた。彼は照れ臭そうに頭を掻いた。

「いやー、あとちょっとだったんだけどなぁ。犬も襲って来たからやめて帰ってきたぜ」

「犬が食べようとしたの?」

「そうだぜ聖南、犬に食われるところだった。それを一発痛い目に遭わせてきたぜ!」

「もぉー、無茶しないでよね!」

「わりぃわりぃ。じゃ、報告といくぜ」

 聖南がベッドに恵鼠ケイソを置く。彼はサングラスを直すと、探索の結果報告を始めた。女性が男二人に襲われていたこと。彼らを追い払ったこと。行く先に悪人面の男、柄の悪い奴らがいたことなど、事細かに説明した。

「賊が警戒に当たっているせいで、治安が悪くなっているな。他に何かないのか?」

「掻い摘まんで話すと、賊の連中はこの国を乗っ取ろうとしている。犬に襲われる前の男が、誰かと話しているときにそう聞こえたぜ。クヴィって単語も聞こえたな」

「国家の転覆を謀っているなんて、相当自信があるのね」

「賊の目的は分かった。もしかしたら、クヴィはこのことに気づいていたのか」

「クヴィって奴は知らねぇけど、けっこう重要人物みたいだぜ。なんとしてでも捜せ、って賊のせいで大騒ぎみたいだ」

「やはりクヴィは」

 ラインは言いかけて、口に出さないでおいた。聖南と恵鼠ケイソが首を傾げる。

「これ以上の深追いはやめておこう。明日に賭けよう」

「うん。明日で一週間が経つよ」

「国王様、会ってくれるかなぁ」

 三人と一匹は不安と期待でいっぱいだった。明日でついに七日目になる。果たして、国王は。


*******


 七日目。今日で一週間が過ぎる。ライン達は街に放たれた賊を警戒しながら宮殿へと向かった。スニーキングしながら道を進み、宮殿の中へ入る。さすがに賊もここまでは入ってこれないらしく、柄の悪い男はいなかった。何人もの兵士が巡回している。教会も併設されているため、中まで入り込むには分が悪いと思ったか。

「教会を一部でも壊すと、一生かかっても支払えないような金額を、全額請求されるもんね」

「神に奉公するための終身刑になる、と聞いたことはある」

「そうだったんだ・・・・・・」

 聖南はもっと小さい頃に、自国の寺院の柱に落書きしたのを思い出した。顔は少し青ざめていた。

 謁見の間、手前までやって来た。兵士に、一週間前、謁見できなかった旨を伝える。

「しっかり待ったんだな。偉い奴だ。王もお前達を待っている」

 王が待っている? ラインは疑問に思ったが、想像が当たるとしたら、きっと彼だ。

 ついに謁見の間へ続く大きな扉を開く。中へ入ると、赤い髪と青い髪の大男二人が待ち構えていた。服に、自らの髪の色と同じ色の宝石をあしらっている。彼らはアズとリドだ。

 長い赤絨毯を進む。一段高い玉座に、王冠をかぶった若い地黒の男が座っていた。

「えー、クヴィさん!?」

 聖南が驚いて大きな声を出した。兵士が動き出そうとするのを王は止めた。クヴィは真剣な眼差しで三人を見つめた。

「黙っててすまなかったね。俺はクヴィ。・・・・・・正確には、クヴェル・オアーゼ・ボーデン。現オアーゼ国の国王だ」

 陽気な声色はいつもと変わらない。ラインとルフィアはやっぱりそうか、と微笑んだ。

「薄々気づいてはいたけど、まさか本当に国王様だったなんて」

「ルフィアちゃんも驚いてほしかったなー、ちょっと残念だ」

 クヴェルは咳払いをして、改めてきりっとして彼らに語りかけた。

「現在、国に賊が入り込んでいる。それは知っているね?」

 三人は頷いた。

「君達に頼みたいことがある。依頼屋クライアとして引き受けてほしい。仕事内容は「国を脅かす賊を退治する」、これだけだ」

「クヴェル王、何故俺達にその依頼を? 国の兵を動かせば一網打尽にできるのでは?」

 ラインが疑問をぶつけた。クヴェルは困ったなぁ、と漏らした。

「兵を動員するのは最後の仕上げだ。君達には先発隊として暴れてほしい。顔は割れているけれど、君達を子供だと油断して攻撃するだろう。それが狙いだ」

「子供であることが狙い?」

「君達の戦いぶりや動きかたと考えかたは、アズとリドから聞いている。ただ者じゃないと思った。それにライン、君が見せてくれたあの動きを、力を、貸してほしい」

 国王は椅子から立ち上がった。ラインは、彼が被っている王冠が、白髭の爺から取り返した物と気づいた。ラインの前にクヴェルが立つ。

「報酬はできる限りのものを用意しよう。依頼屋クライアの仁義に則ってね」

 報酬。ラインは既に決めていた。そのために国王へ謁見しに来たのだから。

「俺の報酬は、帝国への渡航の許可証をいただきたいです」

「私もそれをお願い致します」

「聖南ちゃんは?」

「あたしは、家に、かえ・・・・・・」

 帰りたい。そう願ったはずなのに。ラインとルフィアとここで別れるのは、寂しい。置いていかれたくない!

「あたしも、同じものをください!」

 報酬は決まった。国王は快く承諾した。ラインの前に手が差し出される。

「国を転覆させようとしている悪しき者達を、綺麗さっぱり掃除する手伝いだ。よろしくな」

「はい。承りました」

 ラインも手を差し出し、握手を交わす。

「明日、太陽が天に達した時。先日捕まったアジト、あそこが本拠地だ。思いっきり叩く。国内に散らばる賊は、アズとリドの先導する軍が動き回る。既に包囲網を張り巡らせているから、心配いらないぞ」

 クヴェルはいつもの陽気な声色だ。気になって聖南をちらっと見た。びくっとして俯いてしまった。

「頼むよ、小さな召喚師」

「えっ」

 クヴェルがウインクした。顔を上げた聖南は目が合う。恥ずかしくなって顔を赤らめた。見せたくなくてそっぽを向いた。向いた先には兵士がいた。どうしようもなくてやっぱり俯いてしまった。

「今日は宮殿内でゆっくり過ごすといい。部屋を用意しておくから、好きに使ってくれ」

「ありがとうございます」

 ルフィアが丁寧にお辞儀をした。ラインも小さく頷いて返事をした。


 賊との全面対決を前に、ライン達は緊張で夜眠れなかった。ルフィアはバルコニーへ出て夜風に当たっている。聖南は恵鼠ケイソと何か話していた。

(明日、勝って帝国への許可証をもらう。海を渡り、家に帰るんだ)

 ラインは高揚感と不安とがない交ぜになってもやもやしていた。興奮して眠れないのだ。ベッドに座る。

「聖南、何故帰ると言わなかったんだ?」

 恵鼠ケイソと話していた聖南がこちらを向いた。

「二人と、離れたくなかったから」

 離れたら寂しい。小さく呟いた。

「あれほど国に帰りたいと言っていたじゃないか。チャンスだったのに」

「いいんだ。どうせあたしがいなくてせいせいしてると思うよ」

「いやそんなことは」

「あるの。あたし、家族に迷惑かけてばっかりだったし。姫らしくなれないし。だから、戻っても、このままだと嫌なんだもん」

 だから、と聖南は続ける。

「ラインさんとルフィアと一緒に、旅を続けたい。・・・・・・だめ?」

「お前がそう決意したなら、俺は何も言うことはないさ」

 聖南の表情が明るくなった。

「ありがとう」

「主のことよろしくな」

 恵鼠ケイソがぺこりとお辞儀をした。

「・・・・・・寝るか」

「うん。恵鼠ケイソ、おしゃべりしてくれてありがとう」

「おうよ」

 恵鼠ケイソは跳ねると光に包まれ姿を消した。聖南がベッドにもぐる。ルフィアもバルコニーから戻ってきた。

「明日、頑張ろうね」

「あぁ」

 短い会話を交わし、ルフィアもベッドへ入った。


*******


 オアーゼに来てから八日目。オアーゼ国王クヴェルは、クヴィとしてライン達に同行した。大丈夫なのかと聞いたが、国内のことはアズとリドに任せると返ってきた。二人を信頼してのことだ。追及はしなかった。

 馬を走らせ、アジトへ向かう。入り口の扉が見えたところで馬を降り、ゆっくりと近づいていく。見張りはいない。扉を開けた。

「なっ!」

 ラインが驚いて声を上げた。既に臨戦態勢の柄の悪い男達が待ち構えていたのだ。

「戻って来やがったな」

「ここに来ることは予測済みだぜ!」

「野郎共、かかれぇ!」

 ライン達は街道まで引き下がる。賊が一斉に襲いかかってきた。ルフィアが氷の術式で牽制する間、ラインは亜空間から聖剣を引き抜いた。左手に握る。右手に炎を喚んだ。

 ルフィアの術式を掻い潜り、賊がラインに剣を振り下ろす。すっと横に動いて避けて剣を薙いだ。

「ぐあっ」

 傷を負った賊は後退する。新たな賊がラインを襲う。右手に溜めていた火の術式をぶつけた。火炎に包まれた男は灼熱に痛み、惑う。

「大地よ!」

 聖南が鈴を鳴らした。地を司る術式によって地面の一部が盛り上がり、鋭い先端が敵を貫いた。

「ひるむな! 殺せぇ!」

 賊の勢いは止まらない。ライン達は彼らに圧倒され、少しずつ後退していった。ここを突破されれば、オアーゼは賊の手に落ちる。今ここに国王自ら赴いて戦っているのだ。国王を死なせないためにも、動きが偏ってしまう。

「おらおらぁ!」

「さっさとおっ死ね!」

 賊の勢いに負けてしまっている。このままではまずい。

「一か八か、やるしかないな」

 ラインは姿勢を低くして、目に魔力を集中した。空気中の魔力成分が手に取るように分かる。

(あの動きは、魔力と同化することで風のように動けた。ならば)

 地を蹴った瞬間、ラインの姿がふわりと風に溶けた。急に視界から消えた少年を見失い、賊は辺りを見回す。と、賊の背後へ一瞬にしてラインが現れた。剣を刺し貫く。血を吐いて賊は倒れた。

「な、なんだァ、今の!」

 賊があわてふためく。人間離れした動きに動揺していた。

「やっと、使い方が分かった!」

 ラインは再び風に溶けた。賊は、瞬間移動するような動きに対処できず、次々と打ち倒されていく。クヴィが敵の攻撃を防御していると、ラインが敵の背後から宙に現れ、剣を縦に一閃した。頭から背開きにされた男は血を噴出して倒れた。

 聖南とルフィアは、ラインの動きが全く見えなかった。突然現れては消える、それの繰り返しにしか見えていない。

「ラインさん、すごい」

「すっかり自分のものにしたみたい」

 しかし、急所を突いて敵を殺していく様は、少々恐ろしくも思えた。

「彼に負けてられないねぇ」

 クヴェルがサーベルを構え直す。ふと、賊の動きが止まった。アジト入り口から魔物が退去して攻めてきた。

「魔物まで飼い慣らしていたのか!」

 クヴェルが狼狽える。まだ賊もたくさんいるというのに、魔物まで来られては力負けしてしまう。

「どうしよう。恵鼠ケイソ喚んでもどうにもできないよぉ!」

「私の氷も、砂漠の土地とは相性が悪いから、すぐに溶けてしまうし」

 彼らのもとにラインが戻ってきた。

「クヴィ、兵を動員するのはいつ頃だ」

「兵ならもうじきやって来るはずさ。・・・・・・それまで耐えれば、こちらが優勢になる」

「分かった」

「兵が来たら、あたし達の勝ちってこと?」

「そういうことだ」

 聖南は頑張る、と言って前に出た。

「今なら、新しい子を喚べる気がする!」

 しゃらん、と鈴を鳴らす。彼女の周りに魔力が集まってきた。魔力が光の粒子となって姿を形作っていく。

嶽丑ガクチュウ、ここに顕現せよ!」

 聖南が鈴を高らかに掲げた。彼女の前に光が集う。光はシルエットを膨らまし、弾けるように霧散した。現れたのは、体長二メートルは越える二足歩行の豪腕の牛。雄叫びを上げ、筋肉で引き締まった体を見せつけた。

「お、おっきな牛さんだね!」

 ルフィアがびっくりして目を丸くした。冷静なラインも驚いて固まっている。クヴェルも賊も牛を見た。

「我が主に、儂の力を貸そう!」

 大きな低い声が砂漠を渡るかのように響いた。魔物が襲いかかってくる。砦のような牛は、魔物の首根っこを掴むと、片手で放り投げた。


 ぎゃんっ!


 投げた魔物は犬型の魔物にぶつかった。賊は怖じ気づいてじりじりと下がっていく。

「久しぶりの顕現じゃ。儂を楽しませろ!」

 大きく笑い、迫る魔物を掴んで地に叩きつけた。魔物は一撃で倒れた。巨体がぐんぐん敵の中へ入っていく。

「隙を逃すな!」

 ラインも駿足を用いて敵を屠る。はっとして、ルフィアも氷の術式を展開、氷紋から大きなつららを発射する。次々に魔物へ突き刺さり、息の根を止めた。クヴェルもサーベルを振るい賊を仕止めた。

 やがて、土煙を上げて援軍がやってきた。クヴェルに遣える兵士だ。騎馬隊が先行して賊を退治していく。後からやってきた歩兵の将がクヴェルに敬礼した。少し話して、彼は戦場へと走り去った。

「ライン、後は軍に任せよう」

「了解した」

 撤退すると伝える。聖南も牛の聖獣を呼び戻した。彼は不満そうにしていたが仕方ない。ルフィアもラインのもとに戻ってきた。

「しかし、でかい牛だね」

「儂は嶽丑ガクチュウ。十二聖獣が一人、丑を司るものよ。がっはっは!」

「声大きすぎ!」

「主よ、儂を呼び寄せたこと感謝するぞ。再び現世にて腕を振るえると思うと楽しみじゃ」

「だから、声大きすぎだってば!」

 聖南が吠える。嶽丑ガクチュウは、がははと笑って聖南の頭を撫でた。

「これで一件落着か?」

「そうなるね。今日はこれで終わりにしよう。お疲れさま。報酬はきっちり渡すからね」

「あぁ、頼む」


 かくして、国の転覆を謀った賊との対決は幕を閉じた。


 クヴェルは皆を宮殿へと招き、明日まで待ってほしいと伝える。ライン達も了承した。


*******


 オアーゼに来て九日目。

 ライン達は謁見の間に入った。玉座ではクヴェルが待っていた。

「昨日の賊との戦い、協力に感謝する。早速、依頼の報酬を」

 クヴェルがアズに指示を出す。丸めた許可証を開き確認する。身分を保証し渡航の許可を出すことが記されていた。ラインは三人分のそれを受け取った。

「それと、もうひとつ」

 リドが前にやって来る。ラインへ赤い宝石を渡した。中には竜のような形がある。聖南が賊のアジトから持ってきた宝石だ。

「それは、火の精霊サラマンダーを呼び寄せると言われた石だ。俺が持っていても宝の持ち腐れだ。ライン、君は火の術式を扱えるね?」

「はい」

「君ならいつか、サラマンダーに会えると思う。そして力を手にする。俺はそう思っているよ」

「本当にもらってもいいんですか」

「餞別だ。もらっていってくれ」

「ありがとうございます」

 ラインは一礼した。宝石を見る。火の力が宿った赤い宝石に自分の顔が映った。中にある竜の模様が動いたような気がした。

「君達の旅路に幸あらんことを。帝国目指して行ってくるんだよ」

 陽気な声で、クヴェルはウインクした。ライン達は一礼して、謁見の間をあとにした。


 こうして、砂漠の国オアーでの騒動は落ち着きを見せた。ライン、ルフィア、聖南は、砂漠の海の玄関口である港町ティモスへ出発する。クヴェル王の粋な計らいで馬車を用意してくれた。おかげで半日足らずでティモスへ到着した。

 砂漠の海の玄関口、港町ティモス。上裸の男達が船から積み荷を下ろしていたり、木材を運んでいたりしていた。

「わぁ、港町アイゼアとはまた違った雰囲気だね」

「砂漠で暑いしな。砂漠特有の植物も多く生えているな」

「すっごい筋肉むきむきの人ばっかりだぁ」

 三人は港町を進み、乗船の受け付けにやって来た。国王直々の許可証を見せると、少し驚かれながらも案内してくれた。

「これから出発する船が帝国行きだよ。港町ワイアットに着いたら、また許可証を見せるんだ。いいかい?」

「分かりました。ありがとうございます」

 ルフィアがお礼を言った。乗船する。甲板に出て、海風に当たった。

「これで、ラインのおうちに帰れるんだね」

「あぁ。母さんが待ってるはずさ」

「ラインさんのおうち、どんなところなんだろ」

「期待しても何もないぞ」

 ぶー、と聖南が頬を膨らました。見ていたルフィアは微笑んだ。

 

 いざ、海の向こうへ。帝国にあるラインの家へと向かう。


 しかし、彼らはまだ知らない。

 帝国と王国に起きようとしている惨事を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます