【前編】砂漠の国

 砂漠のオアシスに造られた国、オアーゼ。世界の商業の中心部として有名な自治国家である。王国、帝国どちらにも属さない、自由貿易の拠点だ。品物と同様に、様々な種族や人種が集まってくる。洋装もいれば和装もいた。見た目では分からないが、天使や人間が入り交じっている。

 宿で一夜を明かしたラインは、国王へ謁見しようと考えていた。ルフィア、聖南もそれに賛成し、宮殿までついていく。しかし、謁見への道のりは長かった。

「国王への謁見は、一週間待ってほしい。それに、子供達で謁見など、遊びに来ている訳ではあるまいな?」

 宮殿内で兵に睨まれた。

「遊びに来た訳ではありません。国王に謁見したいのは俺です」

「ならば、一週間待たれよ。謁見する者には国王が手配した宿屋がある。そこに用を話すといい」

 これを持っていけ、と兵はメダルを手渡した。オアーゼの国を表す紋章が描かれていた。

 言われた通り、宿へ向かう。メダルを見せると、快く部屋を案内してくれた。聖南がさっそくベッドへダイブした。

「つーかーれーたー」

 聖南が潰れている。ラインもベッドサイドに座った。ルフィアは備え付けの椅子に座った。

「一週間待て、って言われちゃったね」

「すぐに謁見できるとは思っていなかったから、予想通りの展開だったな」

「でも、ラインはどうして王様に謁見したいの?」

 ルフィアの正直な疑問だった。聖南も起き上がってラインを見た。

「砂漠の国オアーゼの北の街道を行くと、港町ティモスがある。そこから船に乗ろうと、俺は考えている」

「船に乗るだけなら、謁見は必要ないんじゃ」

「いや、帝国に行こうと思っている。国境を越えていくつもりだから、国王に許可証をもらうんだ」

 帝国と王国は、現在冷戦状態にある。いくら中立国である砂漠の国から向かうといっても、入国する際に許可証がいる。商人はパスを持っているから全国を渡り歩けるが、一般人が行くには、身分を保証するものが必要なのだ。

「ねぇ、あたしは真国しんこくに帰りたい。皇女だって言えば、信じてもらえるかな」

「今、聖南の身分を証明するものはないから、厳しいと思うな。第一王位継承者の証って、何かある?」

「んー、この麗鈴レイリンだけ、かな」

 聖南は腰帯の鈴を取り出した。白羽はくばね家に代々伝わる巫女の道具で、聖獣を召喚するための大事なものだ。亡くなった母親から受け継ぎ、今は聖南が聖獣の主だ。

「召喚術を見せたら信じてもらえるかも」

「そうかな。じゃあ、謁見したらやってみるね!」

「もし信じてもらえなかったら、どうする?」

 ラインが話に入ってきた。聖南は暗い顔をして、少し考える。

「そのときは、ラインさんとルフィアについていくよ。なんだか、一人で帰れるか急に不安になってきた」

「うん、そうだね。ところでラインは、どうして帝国に行きたいの?」

 ルフィアに聞かれ、ラインは逡巡した。口を開いて、閉じる。二人は答えを待っている。


「・・・・・・家に、帰るためだ」


 ようやく言葉を押し出せた。ルフィアと聖南が笑顔になる。

「それなら、許可証をもらわなくちゃね!」

「ラインさんのおうち、行ってみたいなぁ」

「来ても何も無いぞ」

「いいじゃん! 行ってみたい!」

「お前は帰らなくていいのか?」

「うぅ、そうでした」

 聖南はへなへなとベッドに倒れた。ルフィアがふふ、と小さく笑う。

「ラインが帝国に行くなら、私もついていく。私は、帰るに帰れない場所がおうちだから」

「ルフィアの家って、どこにあるの?」

「私はね。天上界ファンテイジアに帰る場所があるの。だから、一番最後でいいよ」

 聖南の顔が点になった。彼女にとって天上界ファンテイジアはおとぎ話の世界の話だった。天使が住まう神の世界、そう教わった。

天上界ファンテイジアってことは、ルフィアは天使なの?」

「そう。ラインもだよ。同じハーフエンジェルなの。でも、ラインは地上の生まれ。私は天上の生まれなの」

「色々あってルフィアと一緒にいるんだ。説明するには難しいから、聞かないでくれ」

「ほえー・・・・・・」

 聖南は溶けるようにベッドへ倒れていった。

「一週間、頑張って待とうね」

「あぁ。旅の資金を稼ぐためにも、依頼屋クライアはやらざるを得ないし。砂漠だから、水の調達が肝心だ」

「あっついもんねー、砂漠だし」

 かくして、三人は一週間の待機期間に何をするか考えることにした。


*******


 一日目は街を見て回ることにした。新しい場所に来たからには、まず情報収集が肝心だ、とラインは言う。

「オアーゼ産の魔物避けの飾りはいかが?」

「クリスタ洞窟の水晶を使ったアクセサリはどうだい。水晶には魔除けの効果があるよ!」

 テント張りの商店が軒を連ねている。威勢のいいかけ声につられて通行人が店へ覗きに入っていた。

「さすが貿易の国、色んなものが揃ってるな」

「ラインが洞窟で拾った水晶、鑑定してもらったら?」

 思い出したラインは、懐から握り拳大の水晶片を取り出す。きらりと淡く光った。

「おい、それはなかなかの上物だな!」

 突然隣にいた白髪髭の男に声をかけられた。

「わしは宝石商を営んでいてな。急に声をかけてすまんすまん。その水晶、一万ゴルフォスで、・・・・・・いいや、三万ゴルフォスで買い取ろう」

 ラインは困惑した。宝石商を名乗る髭爺は返答を待っている。

「三万ゴルフォスって言うと、真国の一級料理店で真ん中くらいのコース料理が食べられるくらいかな」

 聖南がおもむろに呟いた。さすが姫君、高貴なものは理解している。呟きが聞こえたのか、宝石商がむっとした。

「子供のくせに分かっているとは。ならば五万ゴルフォスで」

「それだと一級料理店で一番良いコース料理が食べられるくらいだね」

 聖南がかぶせてくる。宝石商はもっとむっとする。と、見かねた周りの商人が宝石商をたしなめた。

「じいさん、あんたその辺にしておけよ。この子供は価値が分かる人間なんだろ。やめとけって」

「お爺さん、あなたいつも旅のかたに話しかけては迷惑かけているじゃない。周りの人はみんなが知ってますよ」

 ぐぬぬ、と宝石商が唸る。ばつが悪そうにして、爺は退散した。周りの商人はやれやれといった様子だ。

「ごめんな少年。オアーゼにはああいう手合いもいるんだ。旅人の希少な物を安値で買い取るような奴がさ。あの爺さんの宝石商ってのは嘘さ。この界隈じゃあ有名人だ」

「じゃあ、さっきのは全部演技ということですか」

「そう。俺は宝石に疎いけど、お前の持ってる水晶なら、軽く十万ゴルフォスはありそうだ。ちゃんとした宝石商なら、この区画から東に行った青区画で、見てもらったらどうだい?」

「十万ゴルフォス以上なら、すごいお金になるね・・・・・・!」

依頼屋クライアで中堅層が稼ぐ額だな」

「ねぇねぇ、せっかくだし見てもらいに行こうよ!」

 商人にオアーゼの地図をもらい、言われた通り別な区画へと移動する。オアシスと宮殿を中心に四つの区画へ分けられていて、赤、緑、白、青、の四色で示される。ライン達が今いるところは白区画と言い、旅人向けの装備やアクセサリを中心に売買する場所だ。これから向かうところは青区画。宝石商や占い、呪術などを生業としている者が多いという。

「宝石は様々な力を宿す、いわば術式の媒体でもあるからな。宝石商のところに占いなどが集まるのは理にかなっている」

「宝石なんて、一粒でも万をこえる額だもんね。ラインの水晶はいくらになるのかなぁ」

真国しんこくも宝石を扱っているけど、あたしは神社や寺院から奉納されるものしか知らないなぁ」

「聖南はお姫様だけど、外で物を売り買いしたことある?」

「あたしは宮廷を抜け出して宮町みやまちへ遊びに行ってたから、物の売り買いは知ってるよ!」

 聖南は自慢げに語るが、それはしていいことなのかと戸惑うルフィアであった。

 話をしているうちに、青区画へ着いたようだ。活気溢れる白区画とは違い、物静かで厳かな雰囲気すら漂っていた。買い取ってくれる宝石商はいないか人に聞いて回ると、一人の男が浮上した。彼の営む占い屋のテントへ入ると、禍々しい装飾が出迎えた。

「よぉ。アンタ達がここに来るのは分かっていた。待っていたよ」

 装飾の禍々しさとは反対に、陽気な男の声だ。俯いた顔が上がると、まだ若い地黒の男性の顔がランプに照らされる。フードマントをかぶり、片膝を立てて座っていた。

「来て早々悪いが、この水晶を鑑定してもらいたい」

 ラインが懐から水晶片を取り出し、手渡す。男はルーペを使い、状態をくまなく確認していった。

「・・・・・・こいつは上物だな。どこで手に入れた?」

「港町の山側から入ったクリスタ洞窟の、入り口に落ちていたのを拾った。ライト代わりにして使っていた以外、何もしていない」

「ふむ。なるほど」

 男は納得して水晶を見つめる。虹のような淡い光を放つ水晶を真剣に鑑定している。

「・・・・・・二十万ゴルフォスでどうだ」

「に、ににに」

「にじゅうまんっ!」

 ルフィアと聖南が驚いて大きな声を出した。はっとして謝ると、男は手をひらひらしていいよと答えた。

「手を打とう。そんなに大金持って動くわけにもいかないしな」

「分かった。ならば」

 男は札を数える。二十万ゴルフォスきっちりあることを示し、紙袋に入れてラインに手渡した。

「クヴィだ」

「何?」

「俺の名前さ。クヴィ。よろしくな」

 突然の挨拶と握手を求める手に戸惑うも、反射的に握手を交わした。


 テントを後にする。聖南とルフィアは、大金にわくわくしていた。対照的に、ラインは冷静だ。

「二十万か。依頼屋クライアの中堅層で、それも高額賞金首を倒したような金だな」

「なんでもいいからさぁ、早くなんかに使おうよ」

「美味しいもの食べたいねぇ」

「金はあれば使いたくなる。だけど、使ってしまえばそれで終了だ」

「ちょ、ちょっとだけでいいから!」

「あたしもー!」

「だめだ」

「ぶー」

「けちー」

 女子二人が口を尖らせてぶーぶー文句を垂れた。


 テント。クヴィがラインの持ってきた水晶を眺めている。

「アズ、リド。彼らの様子を見ておけ」

 闇に語りかけると、二つの人影が動き出した。

 ライン達はまだ知る由もない。彼の正体を知るのは、まだ時間がかかるようだ。


*******


 二日目。ラインは、渋々ルフィアと聖南に一万ゴルフォスずつあげることにした。

「無駄遣いするなよ」

「はーい」

 ルフィアと聖南は二人して出かけた。ラインは、突然の大金に、依頼をこなさなくてもいいと考えたが。

「稼ぐだけマシになるか」

 一人、遅れて宿を後にした。


 地図はルフィア達に渡しておいた。迷子になるなよと伝えておけばよかったか。

「宿の区画は緑か」

 区画の色は、テントの色や外壁の一部にあるため、視覚的に分かりやすくなっている。緑区画は、主に宿屋が連なっている。貴族向けのホテルから、庶民向けの安い宿まで様々だ。彼らの宿泊している所は、謁見する者を一時的に待たせる用の宿で、貴族と庶民の中間層向けだ。

 近くの露店で水を買い、ラインは隣の白区画を抜けて、再び青区画へと向かう。途中スリに遭遇したが、大金は守りきった。逆に、こてんぱんにしてしまった。


 青区画。クヴィのもとを訪ねた。

「入るぞ」

 声をかけても返事はない。中を覗くと、照明が消えていた。と、背後に気配を感じて振り返る。

「よっ」

 フードマントを外したクヴィが手を上げて挨拶した。昨日はよく見えなかった顔がはっきりと見えた。黒い短髪、地黒に青い瞳の青年だ。

「金に不満があったかい?」

「いや、そうじゃなくて。あんたに頼みがあってきたんだ」

「なんだい?」

「あんたを占い師として訪ねてきた。少し、思うところがあってな。占ってくれないか」

「残念。今日は休業なんだ。明日出直して来てくれ」

 ウインクして返す。ラインは、困った顔をした。

「そうだ。少し手伝ってくれないか。明日の占いのお代替わりで」

「たしかに俺は依頼屋クライアをやってる。報酬は占いか。いったいなんだ?」

 クヴィは困惑した表情を浮かべ、頭を掻いた。

「実は、嘘を吐く商人がいてな。アンタも会っただろ、胡散臭い白髭の爺さん」

「占い師はお見通しか。確かに会ったことがある。宝石商を偽ったじいさんだな」

「そう。彼を捕まえてほしいんだ。もちろん俺も手伝う。どうやらバックに嫌なモノが付いているようでね」

「なるほど。だが、依頼屋クライアは俺でいいのか? もっと上位の依頼屋クライアに任せては?」

「いいや、君だから頼めるんだ。だいたいの依頼屋クライアは、貿易とかに興味ある人があんまりいないからねぇ。この国、基本的に平和だし」

「はぁ」

 気になる点はいくつもあるが、今は与えられた任務をこなすことが先決か。ラインは承諾した。

「君、二つ名とかないの?」

「二つ名は、・・・・・・まだ未熟だから無いんだ。無名の依頼屋クライアさ。だから俺でいいのかと聞いたんだ」

「いいじゃない。俺も出るから大丈夫。これから有名になっていこうよ」

 クヴィは微笑んでラインの肩をぽんと叩いた。

「今夜、月が空の天辺に上る頃に。白区画と緑区画の狭間だ。そこで落ち合おう」

「白と緑の狭間か。了解だ」


 夜。ラインは二人が寝ているのを確認して宿を抜け出した。白と緑の狭間へ向かう。活気で満ちていた区画はとても静かで、土を擦る足音すらはっきりと聞こえるようだ。

(白と緑の狭間)

 ラインは、辺りを見回した。白い色の建物と、緑の色が塗られた建物の間にいる。少し広い場所は噴水のオブジェが建てられている。

「やぁ、待たせたね」

 陽気な声が背後からした。振り返る。クヴィが手を振っていた。占い師の格好ではなく、砂漠の国特有の服装で、白く長い布を体に巻いたラフな格好だ。腰にはサーベルが鞘に入れられ吊るされている。

「協力感謝するよ」

「じいさんの場所は見当ついているのか」

「あぁ。ここからすぐさ。ついてきてくれ」

 クヴィが先を進んでいく。警戒しながら後ろをついていった。十字路を曲がり、城壁に沿って歩く。すると、怪しげな露店が連なっていた。白と緑どちらにも属さない、紫色のテントが張られていた。商品並ぶテーブルの向こうには、宝石商と偽った白髭の爺がいた。

「やぁやぁ、久しぶりだね」

 クヴィが声をかけると、爺は怪訝そうな表情で彼を見る。途端に、獰猛な獣でも見たような恐怖に怯える顔に変わった。

「ヒッ、た、助け!」

「人を騙して稼いだ品物は美味しいかい?」

 背後にいたラインは見えていなかった。クヴィの恐ろしい表情を。獣のような瞳で白髭の爺を見ていたことを。

「こ、これは全部やる! 金はいらないから、全部やるって!」

 白髭の爺は心底怯えていた。ラインは何故、一介の占い師に怯える必要があるのか理解しがたい光景に戸惑っていた。

依頼屋クライアさん、このテントの中には彼が掠め取った品物がたくさんある。それを回収してきてくれ」

「・・・・・・分かった」

 白髭の爺を避けて、ラインは店の奥へ進む。彼の言う通り、高価な品物が所狭しと積まれていた。ラインの持っていた水晶片に似ている鉱石や、金でできた食器の詰め合わせ、更には王冠までもが並んでいた。

 一人で回収はしきれないと判断し、ラインは一旦店の外へ出る。その旨を伝えると、クヴィの背後から大男が二人やって来た。敵かと思い身構えたが、どうやらクヴィの仲間のようだ。麻袋へ慎重に詰め込むのをラインは手伝った。

 白髭の爺は、クヴィに対して完全に怯えきっていた。小便すら漏らしている。他の違法露店は、店仕舞いをして蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 麻袋いっぱいに詰め込み、貴重な品々は回収された。ラインもひとつを担いだ。

「次やったら、今度こそアレに処すからね」

 クヴィはにっこりと笑って、一礼して背を向けた。白髭の爺は、魂を抜かれたように放心して、固まったままだった。


 回収した品々は、青区画にあるクヴィのテントへ運んできた。荷物を下ろして、ラインは疑問をぶつけた。

「アレに処すとはどういうことだ?」

「アレはアレだよ。うーん、簡単に言えば、兵に差し出す的なことかな」

 クヴィは体に巻いた布を直している。きちっと直ったのを確かめて、ラインに向き直った。

「依頼を受けてくれてありがとう。明日にまた来てくれ。彼女達も連れてきてよ。女っ気がなくてこれでも寂しいんだ」

「邪な目で見ているなら叩き斬るぞ」

「おっと、怖い怖い。冗談だって」

 両手を上げてストップとジェスチャーした。苦笑いをして、麻袋のひとつを漁る。宝石に彩られた王冠を取り出した。ふう、と一息吐いて。

「やっと探し当てることができたよ」

 小さな声で呟いた。

「何かその王冠に思い入れでもあるのか?」

 クヴィは王冠をテーブルの上に置いた。

「いや、ちょっとね。何て言うかな。いや、今はまだ言えないな」

「言えない?」

「そう。言えない。その時になったら言う。待っててね」

「・・・・・・あのじいさんの後ろに何かいると言っていたが、それは嘘だな?」

「あらら、ばれてたのか。そうだよ。本当は、剣なんて持ってこなくてもよかったんだけどさ。一応見栄えは大事じゃない?」

 何を言っているんだ、この男は。あの二人組の大男も気になるのに、はぐらかされて答えてくれない。ラインは少しイライラしたが、表には出さないでおいた。

「とにかく、明日またここへ来る。報酬の占い、頼んだぞ」

「うん。任せてよ」

 こうして、真夜中の一件は幕を下ろした。


*******


 三日目。

 ラインが占い師の所に行くと伝えると、ルフィアと聖南は青区画まで一緒に行くと答えた。到着すると、お店を見て回りたい、と言って別れた。

「さて」

 クヴィのテントへ向かう。中へ入ると、フードマントを着た、占い師の格好をしたクヴィがいた。

「昨夜はありがとう。約束の報酬をおこなうよ」

 テーブルの前に座るように指示が出る。草で編まれた丸い腰掛けに座る。クヴィはカードとダイスをテーブルへ並べる。動物の骨の破片を投げる。赤と青の鉱石を動かし、止める。ダイスをテーブルの端に置く。

 ラインには何が行われているのかさっぱり分からなかった。ただ占いの光景を眺めているだけしかできない。鉱石やダイスの意味も分からない。

 トン、とテーブルを指で叩く音に意識が戻される。一枚のカードが差し出されていた。

「アンタ、かなりまずいことを体に受けてきたんじゃないか?」

「・・・・・・そうだ」

「カードの意味は波乱。アンタには、どうしようもないくらいの難題が降りかかる。彼女達も巻き込まれる。それを越えられるかは、アンタ次第だ」

 真剣な眼差しを受けて、ラインの背筋が伸びる。カードを見る。波乱と書かれ、人間が引き裂かれるような絵が描かれていた。

「ルフィアも俺と同じような目に遭ってきた。俺はいいんだ。自分でなんとかすればいいから」

「でも、今後起きることは、アンタだけに起きることじゃない。二人のこと、しっかり守ってやりな」

「・・・・・・あぁ」

 占いは終わり。クヴィはテーブルの上を片付け始めた。そういえば、とラインが問う。

「昨夜集めた金品はどうした?」

 すっかり綺麗になくなっていることに気がついた。麻袋は全部で五つあったはずだし、重量もあったのだが。

「みんな運んでくれてね。あ、昨日の男衆が、だよ」

「あの二人はなんなんだ」

「それには答えられないな」

 またはぐらかされてしまった。疑問の尽きないラインを見て、クヴィは困ったなぁ、と呟いた。


 占いも終わったことだ。ラインはルフィア達を探しに青区画を回り始めた。通り過ぎざまに値札をちらりと見ると、二十万ゴルフォスでも買えない値段で売られていた。

(二十万がはした金に思えてくるな)

 苦笑いがこらえきれなかった。ふと、遠くから悲鳴が聞こえてきた。駆け出して現場へ向かう。なんと、白髭の爺が女性を盾にしてナイフを突きつけていた。

「わしはもうおしまいじゃ! 死んでも構わん! 殺してみやがれ!」

 自暴自棄になっているようだ。今飛び出すのは得策ではないと考えて、テントの影へ隠れて様子を見守った。止めようと説得を試みる商人もいたが、爺は既に覚悟を決めているらしい。女性の首元にナイフを当てて、殺す気を見せた。

(どうする。兵を呼ぶか、それとも出ていくか)

 探っていると、ルフィアと聖南の姿を見つけた。向こうもこちらに気づいている。するとルフィアが人の輪の一歩前に出た。

「おやめなさい」

 ざわつく場に澄んだ声が渡る。注目が集まった。

「お前、あのときの水晶持ってた奴と一緒にいた」

「覚えてくれていたのですね。・・・・・・お願い、その人を離して。これ以上罪を重ねないで」

「うるせぇ! わしは、もう終わりなんじゃ!」

「悪いことをしたと思っているなら、罪を償って、真っ当に生きる方法があるはずです」

「老い先短いわしが、罪を償ってまで生きるなんぞできるわけがないわぁっ!」

 白髭の爺は盾にしていた女性を突き飛ばした。ルフィアに向かってナイフを振り下ろす。ルフィアは防御の姿勢も取らない。

「ルフィア!」

 危険を察知して、ラインは考えるよりも速く体が動いた。人の目に捉えられぬ力を発揮して。


 ヒュン!


 風が抜けたのと、ルフィアに突き刺さらんとしたナイフが弾けとんだのは、ほぼ同時だった。気がついたら赤い服を着た少年が、少女の前に立っていた。周りからはそう見えた。

「なっ、何が起きたんじゃ・・・・・・」

 白髭の爺は固まって動かない。ラインも自分が何をしたか理解しきれていなかった。とっさにルフィアが機転を利かして、ラインの背後から白髭の爺の足を氷の術式で固めた。身動きのとれなくなった爺は、その場にうずくまった。騒動を聞き付けて、兵士が数人駆けつけた。

「ライン」

「・・・・・・今の、は」

 自分の起こした行動を把握できていなかったようだ。ただ、物凄く速く動いたのははっきり覚えている。風になった気分だった。

「一旦宿に戻ろうよ」

「あぁ」

 あとは兵士が片付けてくれるだろう。聖南と合流して、ライン達は宿屋に戻った。


 宿に戻り。三人は一息吐いた。ベッドに座ったラインが自分の起こした行動を思い出している。

「さっきのラインさん、すごかったぁ。いつの間にか出てきたんだもん、びっくりした!」

 聖南が目を輝かせている。ラインは自分の手のひらを見ていた。

「俺はいったい、さっきどうやって動いたんだ」

「分からないの?」

「いや、感覚は残ってるんだ。でも、始めどうやったのかが分からない」

「きっとまたできるようになるよ。ライン、かっこよかったよ」

 ルフィアが笑う。ラインは照れ臭そうに微笑んだ。

「明日で半分過ぎるわけだけどさ。本当に謁見してくれるのかなぁ」

 聖南が靴を脱いで本格的にベッドをごろごろし始めた。

「延期されたりしてな」

「そうなったら、どんだけ会うの嫌な国王様なんだろ。真国しんこくは、国民なら宮殿に誰でも入っていいし。みかどの父上なんかめっちゃ外を出歩くし」

「それはすごいね」

 ルフィアが苦笑いする。聖南の外を出歩く行動は、父親似であったか。親にして子にありらしい。

「だって外出るの楽しいもん。宮殿の中にだけいると腐っちゃうよ」

 本人がこの言いようなのだ。これからも外に出るのをやめないだろう。

「今日は、もう大人しくしよう。外に出るとまた面倒事に巻き込まれる」

 ラインの提案に、二人は頷いた。ルフィアが靴を脱いでベッドに転がる。ラインも同じく寝転がった。

(本当に、さっきのはなんだったんだ)

 一瞬で距離を詰めた行動を真剣に思い出す。あれができれば、成長できると感じていた。

(明日、少し試してみよう)

 ラインは睡魔に身を委ねた。



 クヴィのテント。彼はラインの持ってきた水晶を眺めていた。

「この純度を誇る水晶が、奴等の手に渡るのは避けたいな。アズ、リド」

 大男二人がすっと現れる。

「クリスタ洞窟の水晶を取り扱う宝石商を洗い出してくれ」

「自ら仕留めるつもりで?」

「いや、彼らの力を借りよう。顔と名の知れた依頼屋クライアを使うのは危険だしな。敵を油断させて、刺し貫く」

 垂れ目の青い目には、獣のような獰猛さを孕んでいた。クヴィが立ち上がる。大男二人は影に溶けるように消え去った。

「頼むよ、無名の依頼屋クライアくん」

 空を見上げて、にんまりと笑った。

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