囚われの姫君

 地上界エルデラートには大陸を征す王国と帝国。その他に閉鎖大陸と、オアシスの国、島国が存在する。

 今回は島国。首都、神威カムイで事件は起きた。なんと第一王位継承者である娘がさらわれたのである。兵は国中を探し回ったが影は無く、既に外へと連れ出されてしまっていた。

 船を乗り継ぎ、港町アイゼアに辿り着いた。誘拐犯達は麻袋に少女を押し込み、縄で縛った。足がはみ出ていたのは気になるが、また口を開ければ暴れだすだろう。それは避けたかった。


*******


 朝。ラインとルフィアは、フロイデに馬車へ乗せてもらっていた。前回とは違い、木で出来た荷車を引いていくとのことで、乗り心地は少し悪い。藁を下にしいてクッション代わりにした。

「ごめんね。お客さん乗せる馬車で行きたかったんだけど、私用で使うのはあんまりよくなくってさ」

「大丈夫ですよ。お馬さんもよろしくね」

 ぶるる、と馬が鳴いた。

「さぁ、どこに行きたいの?」

 ラインは地図を見せる。港町アイゼアのある大陸からは、砂漠の国の入り口である山が近い。そこへお願いした。

「ここからなら、半日で行けるよ。ただ、魔物も少し手強くなるから、その時はお願いね」

「はい。よろしくお願いします」

 フロイデは馬を操り、荷車を動かした。港町アイゼアから出て街道へ。途中、道が分かれている。片方は西の森に、もう片方は砂漠の国へと伸びていた。

 しばらく荷車で揺られていると、フロイデが異変に気づいた。前方、男達が麻袋を担いで歩いている。依頼屋クライアだろうか。いや、何かおかしい。

「ねえ、ちょっと!」

 フロイデが少し馬を速めた。彼らに追い付く。男達は凄みをきかせてきたが、振り返った先には馬の顔があった。ぶるると馬は鳴く。驚いて麻袋を落とす。

「いったぁい!」

 麻袋から声がした。男達は慌てて拾い上げると、何食わぬ顔で道を開けた。

「あなた達、もしかして奴隷商人なの!?」

「チッ、関わらねぇでとっとと行きやがれ!」

 荷車からルフィアとラインが降りてきた。男達を睨み付ける。ラインが右腕に炎を呼んだ。

「その袋の子を置いていけ!」

「おい、ガキがいるぞ!」

「捕まえろ!」

 男達は麻袋を置いて剣を抜いた。ラインは右腕に溜めた炎を、腕を振り払って放つ。男の一人が燃えた。人間松明となった男は水を求めて走り回る。剣を構えた男が攻撃してくる。フロイデが馬に指示を出した。


 ヒヒィン!


 馬が前足を上げ、剣の持つ男に全体重をかけて踏みつける。さすがの男も苦しくて動けず、踏みつけをもう一撃食らって気絶した。

「フロイデさん、すごい!」

「危ないもの振り回してるなら、こっちも応戦しなきゃね」

 ウインクして返した。ルフィアも笑う。ラインは麻袋の縄を解き外した。中からは、橙色を基調色にした和装を着た女の子が現れた。明るい茶髪のてっぺんから毛が一本みにょんと伸びている。

「え、ここ、どこなの?」

「大丈夫なようだな。立てるか?」

「え、うん。大丈夫だよ。・・・・・・大丈夫、だと思う」

 少女は泣きそうな顔をしていた。ここはどこ。おうちに帰りたい。不安な表情を浮かべてラインを見た。

「俺達は奴隷商人じゃない。今、砂漠の国へ向かおうと思って荷馬車に乗せてもらっていたんだ」

 ラインの後ろからルフィアが顔を出す。

「もしだったら、一緒に来ない? このまま一人にするのも、かわいそうだもん」

 少女は逡巡した。ラインとルフィアの顔を交互に見てから頷く。共に行くことを決意した。

「よし、それなら荷車に乗ってよ!」

 フロイデが声をかける。おどおどしていた少女はびっくりして体が跳ねた。


 改めて、砂漠の国の入り口がある山へ向かう。何度か魔物に遭遇したが、ラインの炎とルフィアの氷で追い払った。

「名前、何て言うの?」

「えと、聖南せいな白羽聖南はくばねせいな。ここはどこ? 真国しんこく神威カムイってとこから来たんだよ」

「しんこくのかむい?」

 ルフィアは初めて聞く国の名前に首を傾げた。ラインが世界地図を広げる。港町アイゼアからは少し遠いところにある、島が連なる国だ。一番大きな本島を中心とした細かな島々を、まとめて真国と呼ぶ。神威カムイは本島にある真国の首都だ。

「てことはお前、真国の人間なんだな」

「う、うん。あたし、第一王位継承者って呼ばれてる」

「第一王位」

「継承者」

「えっ、もしかしてその子、お姫様なんじゃないの!?」

 フロイデが驚いて振り返った。馬を止めて、聖南を見る。

「第一王位継承者ってことは、次の真国の女王になる権利があるってことでしょ!」

「そう。妹が、第二王位継承者。今は、父上がみかどを務めてる」

「すごい人に会っちゃった」

 ルフィアが目を丸くしている。聖南は、そんなに驚くとは思っていなかったらしく、おどおどしていた。

「・・・・・・帰りたい」

「え?」

「宮廷に、・・・・・・家に帰りたいっ」

 聖南は泣き出してしまった。それもそのはず、怖い男達に誘拐され、麻袋に入れられ、うるさくすれば叩かれた。幼い彼女にとって、どれだけ怖かっただろうか。

 しかし、ラインもルフィアも家に帰すすべを持たない。そして、彼女の言葉を聞いて、二人も思った。


 帰りたい、と。


「行き先は変更しなくていいのかな?」

「あ、はい。お願いします」

 ルフィアが泣きじゃくる聖南を胸に抱いてなだめている。ラインは見ているしかできなかった。




 予定通り半日で、砂漠の国の入り口に通じる山へ辿り着いた。ここから先は自分の足で行くしかない。荷馬車も通れるのだが、魔物が多いため、進むには神経を使うという。

「じゃあ、二人とも、頑張ってね!」

「フロイデさん、ありがとうございました!」

「また、どこかで」

 ラインとルフィアは彼女の後ろ姿を見送った。小さくなったのを確認し、二人は山のふもとにある洞窟の出入り口へ近づく。

「聖南ちゃん、怖いと思うけど、危ないから近くにいてね」

「うん。あ、あとさ」

「なぁに?」

「ちゃん、とか、つけなくていい。呼び捨てで呼んでよ」

「あら、そういうことならよろしくね、聖南」

「じゃあ、行くぞ」

 ラインを先頭に、三人は洞窟内へ入った。壁面のいたるところに水晶が淡く光っている。クリスタルの多いこの洞窟はクリスタ洞窟と呼ばれていた。砂漠の国へ続く道中にある洞窟だ。

 水晶は灯り代わりになりそうだ。ラインは地面に転がっている、握り拳大の水晶片を拾った。内側から明るく輝いている。ライトのように使えそうだ。

「水晶が、こんなにたくさんあるなんて」

 美しい光景にルフィアは感動していた。聖南は不思議なものを見る目で辺りを見回す。ラインは少し先へ歩いていた。商人が陸路で砂漠の国へ行くためか、人の手が加えられている。崖下に落ちないように、等間隔に並んだ木の杭を繋いでロープが張られていた。

「川の音がするね」

「下の方で流れているみたいだ。雨が降ったらこの洞窟を流れるようになっているらしい」

「詳しいんだね。ラインさん」

「そこの看板に書いてあった」

 指差す先に、案内板が立ててある。ルフィアも聖南も読むが、難しい言葉で書いてある部分は読めなかった。

「ともかく、魔物に気を付けて、崖に落ちないように進めば抜けられると思う。ルフィア、聖南、そばを離れるなよ」

 崖の下を覗いていた聖南が恐怖で身を引いて、ルフィアのそばに戻っていく。二人はラインに続いた。


 洞窟の中間。水晶の壁に突き刺さった剣や杖の欠片を何度か見てきた。魔物にやられた者が残したものだろうか。聖南は短剣を抜いてみた。先端の金属が水晶と一体化していた。

「わぁ、綺麗」

 声に気づいて、二人も聖南の持つ剣を見た。水晶化を始めた剣はきらびやかな光を放つ。売れば高値がつきそうだが、聖南は元に戻した。

「持っていくのかと思った」

「あたし、剣は苦手でさ。術式使うことは少しできるけど、それ以外だと」

 聖南は腰帯からしゃらん、と鈴を取り出した。見慣れない武器らしきものにルフィアとラインは興味津々だ。

「出てきて、恵鼠ケイソ!」

 しゃらん。澄んだ音が響く。聖南の頭の上に、サングラスをかけた大きなネズミが出現した。いや、召喚されたと言った方が正しい。

「わぁ、ネズミさん!」

「召喚術を使えるのか、お前」

「うん。まだ恵鼠ケイソしか呼び出せないんだ。でも、いつか辰流シンリュウを呼び出せるほど強くなるの!」

「そうは言っても、まだまだ駆け出し巫女様だけどな!」

「わっ、ネズミさんが喋った!」

「よぉ嬢ちゃん。こいつを助けてくれてありがとよ。ったく、まんまと騙されて誘拐されやがってよぉ」

 聖南の頭の上で、ネズミはあぐらをかいている。ラインは疑問に思って聞いてみた。

「騙された、というのは?」

「こいつの母親が、とある事件で、真国を守るために犠牲になってな。でも、聖南は死んだことを受け入れられなくってよ。「母親を探す!」って勇んで出ていったのはいいがさぁ。でかい男共にそそのかされてさ。で、捕まったって訳よ」

「それで、私達に助けられたってこと?」

「おう。感謝してるぜ。たぶん奴隷にするつもりだったんだろうし」

 ネズミは横になってくつろいでいる。聖南が手で掴んだ。

「おい、何しやがんだよ!」

「あたしの頭の上で寝転がらないでよ。もう!」

「へいへい、すんませんでしたっと。ところでよ、その後ろにいるカニって、食べられるのか?」

「あ、カニだ!」

 聖南とネズミが指差す。ラインとルフィアは振り向いた。


 カチカチカチカチ!


 三人よりも大きな鉱石カニが、ハサミを鳴らして佇んでいた。


 カチカチカチカチ!


「えっ、カニ!?」

「こいつは洞窟の水晶を食べて生きているカニだ。下手に動かない方がいい。俺達は、奴の縄張りに入ったんだ」

「兄ちゃんの言う通りだ。威嚇してるぞ、そいつ」

恵鼠ケイソ、分かるの?」

「まぁ一応はな」

 サングラスを直して、ネズミは聖南の肩へ移動した。

「動くな。通りすぎるまで待つんだ」

「ライン、この魔物知ってるの?」

「父さんに魔物退治へ連れていってもらったときに、似た種類のカニを相手をしたことがある。同じようにハサミを鳴らして、俺と父さんを威嚇していたから」

 じりじりとラインは後退する。ルフィアもゆっくり後ろへ動いた。鉱石カニはまだハサミを鳴らしている。一分、二分と時が過ぎ、ようやく鉱石カニは立ち去った。緊張がほどける。

「ふぅ。よかった~」

「戦わないで済む方法があるなら、こっちの方がいいな」

 聖南とルフィアが安堵する。ネズミも一息吐いた。カニのいたところまで進むと、先が暗い。遠くへ行った鉱石カニの、体にまとった水晶が淡く光っている。カニの方へ、ラインが水晶片を向けた。細い道が続いている。

「さ、行こう」

 先へ進む。カニを刺激しないように慎重に。水晶片の光を頼りに歩いていくと、なんとも幻想的な場所へ辿り着いた。

「わぁ、これって、みんな水晶?」

 聖南が駆け出して、崖の下を覗く。暗い洞窟は昼間のように明るかった。ラインも聖南の横へやって来る。水晶の花が咲き、水晶を削って川が流れている。水晶片がいくつも転がっていた。

「一個持っていってもばれないよね!」

 聖南が近くの大きな水晶片を持ち上げる。


 ガチガチガチガチ!


「へ?」

 思わず背後を見る。鉱石カニより遥かに大きな水晶カニがハサミを鳴らして威嚇していた。

「聖南、それを返してあげて!」

「う、うん! ごめんなさーい!」

 すぐに水晶片を下ろし、水晶カニへ向かってぶんぶんと頭を振って謝罪した。が、水晶カニは怒り心頭らしく、ハサミを鳴らして一歩、また一歩と近づいてきた。反対に聖南が後ずさる。

「あ、あぁ・・・・・・!」

 聖南にハサミが向けられる。目を閉じて頭を抱えてしゃがみこんだ。

「凍てつく氷よ!」

 ルフィアが氷の術式を放つ。ハサミが凍りついて固まった。水晶カニが驚いた隙にラインが聖南を抱いて飛び退いた。

「ルフィア、氷の壁を作るんだ!」

「分かった!」

 氷の術式を追加し、地面へと放つ。氷の壁を打ち立てた。水晶カニが近づこうとしたが、壁に挟まれ身動きが取れない。三人は急いで逃げ出した

 水晶カニは、ハサミで氷の壁を破壊する。固まったハサミの氷も砕き、三人を追いかけた。

「ねぇ、なんか音しない?」

「するね・・・・・・」

「追いかけて来ているんだ。急ぐぞ!」

 ラインが水晶片を前にかざし、道を照らす。曲がり道や分かれ道も即決で進み、とにかく水晶カニから離れようと必死に進む。

 洞窟の先が明るい。

「出口だ!」

 三人は駆ける。背後からどすどすと重い音がする。水晶カニが近づいてくる。

「ふぎゃっ!」

 聖南がこけた。ルフィアとラインが急ブレーキをかけて、聖南のもとへやって来る。肩に乗っていたネズミは髪を引っ張って、早く起きろと急かす。

「カニに食べられちゃう!」

 聖南は涙目になって、腰が抜けていた。ルフィアが立たそうとしても立てない。再び氷の壁を作り出した。ラインは聖南を背におぶって出口に向かう。ルフィアはもう一枚氷の壁を作って、ラインの後を追った。水晶カニはハサミを振り回して氷の壁を叩き割る。もう一枚の壁も。カニの足が迫る。ハサミが三人の道を塞ぐように地に刺さった。

「わぁあ!」

「くそっ!」

「食べられちゃう!」

 なすすべ無しか。三人が死を覚悟したその時。背後から黒い影が通り抜けた。


「踊れ」


 カニの両ハサミが切断された。水晶の甲羅がスパッと斬られる。カニ味噌の代わりに大小様々な水晶片がごろごろとこぼれ出した。どすん、と音を立てて水晶カニが倒れた。

 死ぬと思っていた三人は、音が静かになってようやく顔を上げた。水晶片の池の中に、全身黒ずくめの格好をした人が立っていた。振り返ったその人は、女とも男とも取れない顔つきをしていた。

「ぼうっとしてないで、早く洞窟抜けたら?」

 中性的な低い声。男だと思った瞬間、インナーに膨らみがあるのを見た。胸がある。女性だった。

「じゃ、そういうことで」

「待て!」

 彼女は転移を起動して消えた。ラインの声が洞窟に響くだけだった。

「今の、あいつは」

「知り合い?」

「・・・・・・いや、そんな気がするだけだ」

「ひっ、ぐすっ・・・・・・」

 背負った聖南が泣いていた。長居しても意味がない。先へ進もう。ルフィアに伝えて、ラインは出口へ向かう。


 熱砂が広がっていた。

 細かな砂が、日に照らされてきらきらしていた。

「あれは」

 陽炎の向こうにオアシスの国が見える。ラインは立ち止まって見ていた。

「あれが、オアシスの国」

「大きいねぇ」

 二人は砂広がる街道を進んでいく。入り口に着いた。テントを張った商店が立ち並ぶ。各国へ通商している商人の中継地点である砂漠の国は、物流が盛んで、ここに来ればなんでも揃うと言われても過言ではない。

「聖南、一旦宿に行こう」

「うん」

「疲れたしね。暑いし、お水も飲みたいし」

「じゃあ、決まりだな」

 ライン達は宿に向かった。


 砂漠の中にあるオアシスの国。ここを目的地としたラインの考えとは、いったい。


「なんでもいいけど、ちっとは力貸しますかね」


 黒き彼女は、上空に立って見守っていた。


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