第21話 黄泉の羅刹鬼、参上!(2)

 百目鬼家のメイドである牛首頭猛臣うすくびと たけおみ女史こと愛称「おタケさん」の部屋を訪ねると、そこは蔵子の部屋に負けず劣らず荷物が散乱している汚部屋だった。

 いや、「散らかっているのはコスプレ衣装だけ」という点で蔵子にはまだ救いがあった。

 それに比べておタケさんの部屋は、服やら本やら食べ残しやら飲み残しやらゴミ屑やら虫の死骸やらが混沌を生み出していて、分別のできていないゴミ集積所といった様相だ。

 綺晶が唖然としていると、俺たちを部屋に招き入れたおタケさんが恐縮しながらつぶやいた。


「申し訳ありません。掃除が苦手なもので……」


 家政婦にあるまじき発言!

 人の部屋を掃除するのが仕事なのに、自分の部屋は掃除できないおタケさんに導かれ、俺たちは「おタケロード」と名付けられた獣道のような細い足場を通り抜け、どうにかベッドにたどり着き、腰掛ける。

 おや?

 よく見ると、机や箪笥などの調度品は高価そうな年代物のアンティークばかりだな。


「家具は高級品のようだけれど、全部おタケさんの私物なのかしら?」

「いえ、これは前に住んでいた人のものを使わせてもらっています」

「前任者と言うと、例の行方不明になった家政婦ね?」


 俺は夕食の席でおタケさんが話していたことを思い出す。

 15年前。山を調べていた考古学者が姿を消したのと同時期に、百目鬼家の家政婦も行方不明になったという噂だ。

 ……そうだな。今後の展開を踏まえて、伏線を張る意味でもここで詳しい話を引き出しておくか。


「前任の家政婦はどんな人だったの?」

「さあ、私が夜神島に来たときにはすでに行方不明になっていましたから」

「たしか、前任の家政婦が黄泉隠しにあったのは15年前だったわね。そしておタケさんがこの島に来たのは10年前……」


 物覚えの良い綺晶がつぶやく。そうそう、夕食の席でもその話題が出たよね。


「おタケさんは、前の家政婦のことはなにも知らないの?」

「名前だけは知っています。たしか『餓鬼塚まひる』という女性の方です」

「餓鬼塚? 聞き覚えのある名前ね。前にヤスが言っていた、夜神島を支配する『鬼の御三家』の一つだったかしら」


 記憶力のいい綺晶に、俺は芝居がかった大仰な仕草でうなずいて見せた。


「その通りだよ。鬼村、百目鬼、餓鬼塚が夜神島に君臨する『鬼の御三家』だ。でも餓鬼塚家は俺が生まれる前に血筋が絶えたはずだけど」

「餓鬼塚まひるという女性が、最後の血脈だったのかもしれないわね。15年前に彼女が行方不明になったことで、餓鬼塚家の血筋は絶えた……」

「餓鬼塚さんと同時期に行方不明になった考古学者は関係があるのかな?」

「関係あると考えた方が自然でしょうね。考古学者は夜神島で財宝を発見した。その財宝の探索には餓鬼塚まひるが関わっていた……」


 御三家に数えられるほど夜神島と関わりの深い餓鬼塚家。

 その跡取りならば、島の伝承を詳しく知っていてもおかしくはない。

 考古学者は餓鬼塚まひるから島の伝承を聞き出して、それをもとに夜神島の財宝を見つけたのではないか。

 それが綺晶の推理だった。


「百目鬼夫妻は傾いた会社を立て直すために財宝を奪い、口封じのために考古学者と餓鬼塚まひるを殺害。神隠しならぬ『黄泉隠し』だと噂を流して行方不明扱いにした。そう考えれば、脅迫状に書かれていた『復讐』『十五年』『咎人』といった単語にも合点がいくわ」

「脅迫状? じゃあ、おばさんを襲った犯人は……」

「殺された考古学者と餓鬼塚さんの復讐をしているのかもしれないわね」


 さすがは名探偵。

 俺がヒントを出さなくても、いともたやすく正答にたどり着く。

 綺晶なら、きっと俺の完全犯罪を見抜いてくれるに違いない。

 このまま行けば俺は殺人犯らしく崖の上に追い詰められ、悲しい過去を自白することだろう。

 クライマックスの光景が想像できて俺はわくわくしてしまった。


「綺晶様。お言葉ですが、その仮説には同意致しかねます。旦那様は自他共に認める金の亡者ですが、だからといって人殺しまでするとは思えません」

「おタケさんは百目鬼夫妻を信じるのね。いいわ、だったら直接本人に聞いてみましょう」


 おタケさんに反論された綺晶が、自信満々の面持ちで答える。

 かくして俺たちは汚部屋を出ると、つづいて百目鬼のおじさんの私室に向かうことにした。

 あ、そうそう。

 おタケさんから聞き出したアリバイは「その時間は一人で部屋にいた」だった。

 牛首頭猛臣のアリバイ、なし。



※ ※ ※



 コンコン。

 百目鬼のおじさんの部屋の前で綺晶が扉をノックする。

 ほどなくして扉が五センチほど開き、警戒心も露わなおじさんが顔半分を覗かせた。


「誰だ!」

「希望ヶ丘綺晶よ。聞きたいことがあるのだけれど、部屋に入れてもらえるかしら」

「そんなことを言ってドアを開けた途端に私を殺すつもりだな! その手には乗らんぞ!」


 ノリノリで「疑心暗鬼な男」を演じているおじさんが、即座にドアを閉めようとする。

 すかさず俺はドアノブを掴み、強引に開けようと力を込めた。

 だが、扉にはチェーンが掛かっていて五センチほどしか開かない。

 これでは内側からチェーンを外さない限り、部屋に入るのは不可能だ。


「このままでも構わないわ。まずは私の話を……」

「断る! 話すことはなにもない!」

「せめてアリバイだけでも……」

「アリバイだと! わしを疑っているのか! わしは犯人じゃない!」

「餓鬼塚まひるという女性について……」

「知らん! わしはなにも知らんぞ!」


 怒鳴りつけると、おじさんは力任せに扉を閉めた。

 とりつく島もない意固地な態度に、さしもの綺晶も困惑気味だ。


「かなり怯えているようね。これでは部屋には誰も入れそうにないわ」

「おばさんがあんな目にあって気が動転しているんだ。今はそっとしておいてあげよう」

「そうね。話を聞くのは明日にしましょう。ヤスも部屋に戻ったら、おじさんを見習ってしっかり戸締まりをしなさい」

「綺晶は心配性だな。俺まで誰かに襲われると思ってるのか?」

「……念のためよ」


 そんなやり取りを経て、聞き込みを終えた俺たちは各自の部屋に戻っていった。

 百目鬼抄造のアリバイ、不明。


 ――結局、アリバイを証明できる人間は一人もいなかった。

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