第21話 淫夢の中でなら

 その後のことはあまり覚えていない。失恋のショックが大きすぎたからだ。


 晩飯の献立も覚えていない。味噌汁があったことは覚えている。

 風呂もいつ入ったのか、定かでない。

 テレビを見たような気がするが、何を見たのやら。

 気がついたら、自分の部屋に戻って明日の試験勉強を始めていた。もちろん、全く手に着かなかい。


 大きくため息をついた。「失恋だもんな」と独り言を言う。


 紗季にとって俺は兄。恋人ではない。それがはっきりしたことはいいことだ。

 淫夢のなかでは色々エロいシチュエーションがあるし、咲江さんが口でしてくれたように、そのうち紗季も口でしてくれるかもしれない。最終的にはセックスだって、してくれるかもしれない。淫夢の中でなら。


 別に付き合わなくても、そんなに大きな問題はない。むしろ、兄貴だぜーと言いながら、もう少し日常でもじゃれ合うことが可能になるだろう。


 紗季と恋人になれない以上、俺が誰と付き合っても問題ないはずだ。ただ、あの独占欲には注意しないといけない。紗季の目の前で彼女といちゃつくのは危険だ。


 独占欲が強いのは性格なのか、サキュバスの特質なのか。あまりに独占欲が強いのも困りものだが、その裏返しとしての甘えぶりだ。甘受しよう。


 ということは……雪と付き合ってもいいんだよな。


 ふっと、脳裏に雪のふとももが浮かぶ。いかん、まだフェロモンの影響下にあるようだ。


 時計を見た。夜の10時だった。

 紗季は機嫌が直ったようだ。黙々と自室で勉強している。あの調子なら、今日の夜も俺の夢に出てくるだろう。


 なんとなく、気まずい。かといって寝ないわけにもいかない。勉強にも集中できない。

 どうしたものかなーと椅子に座りながら考える。


 その時だった。窓ガラスからコツ、という音がした。イスを回転させ窓を見るが何もいない。


 コツ。コツコツ。


 3回連続だ。もう一度窓を見る。今度は音がする瞬間を見ることができた。


 石だ。小石が投げつけられている。俺の部屋は2階にある。誰かが外から2階の俺の部屋に向かって石を投げているのだ。

「誰だよ、うぜーなー」

 イスから立ち上がり、窓を開ける。下を見る。


 街灯の光の中に、下村雪が立っていた。


「雪ちゃん?」


 雪は唇に右手人さし指を当て「しーっ」と言った。そして、その指を下にちょんちょん、とやって、口パクを始めた。


「……き……て。来て?」

 俺も指を下に向けてちょんちょん、とした。雪が大きく頷く。

 こんな時間にどうしたんだろう。


「コンビニ行ってきまーす」

 リビングでテレビを見ている両親に言い置いて、俺は外に出た。

 外には私服のワンピース姿の下村雪がいた。


「どうしたの? 忘れ物?」

 俺は言った。

「……はい。そうなんです」

 紗季と気まずい別れ方をしたので、こうやって俺を呼んだわけか。

「もう大丈夫だよ。紗季は機嫌直った。さ、遠慮せず上がって……」

 紗季が俺の手を握った。


「そういう……物じゃ……ないんです」

「え? じゃあ何?」

「……話。大事なお話をするのを、忘れていたんです」

 俺の手を握った紗季の指が、エロチックに俺の手をまさぐり出した。

 どこからともなく、甘美な匂いが漂ってきた。


「……公園に行きましょ」

 俺は言われるまま、雪と手をつないで公園へ向かった。

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