第15話 下村雪

「でも、そのあとも毎日夢に出て来たぞ、お前」

「うん。本当はね、サキュバスは恋人できたり結婚するまでは、夜中に適当な男性の家の近くまで行って、その人の夢に忍び込むの。で、こう、ちょっとだけ、えっちな気持ちにさせてね、夢の中で血を吸うの。私、それ嫌いで。だって、夢の中の男の人、怖いんだもん。いきなり変なとこ触って来たり……脱がそうとしたり。だから、私、次の日からも兄貴の血を吸いたい、ってお母さんに言った」

「咲江さんはなんて?」

「まあ、いいんじゃない? って」

 なんだ、意外にあっさりしているな。


「ただ、普段の生活と夢は切り離す様にって。混同しちゃダメだよ、起きてる間は仲悪いくらいにしときなさいって。フェロモン放出しないよう注意しないとって。でないと……でないと……」

 紗季が口ごもる。


「でないと?」

「……でないと、興奮した兄貴に襲われるよって。無理やりえっちなことされて、子供できるよって」

「俺、信用ないんだな」

「違う、兄貴は悪くない。サキュバスの催淫フェロモンは……理性を麻痺させるから。悪いのは私なの。化け物だから」

 紗季が黙りこんだ。


 俺たちは腕を組んだまま、無言で学校まで歩いた。学校が近づくに連れ、生徒が増える。


 さすがに、俺たちは他の生徒の注目を集めて出した。紗季は男子生徒の間では密かに人気の生徒なのだ。ファンクラブがあると言う噂もある。


 漏れ出すフェロモンのせいもあるだろうが、もともとかなりの美人なのだ。その美人が男と腕を組んで登校。人目を集めないわけがない。


「ねえ、兄貴、なんかみんなこっち見てない? 気のせいかな?」

「気のせいじゃないな。美人で有名なお前が、俺みたいな男子と腕を組んでいるから、みんな似合わねーっと心の中で叫びながらこっち見てるんだ」

「兄妹だからいいのにね」

「いや、高校生の兄妹は、普通腕組んで登校しないぞ……」


「紗季ちゃん、おはよ。あ、紗季さんのお兄様もおはようございます。……な、仲いいんだね、紗季ちゃん」


 話しかけてきたのは、下村雪だった。セミロングのストレートヘア。身長は紗季より少し低い。やや垂れ気味の大きな目が印象的な、おとなしい感じの女の子だ。


 こんな女の子を催淫したのか、紗季は。こんなおっとりした女の子でも、紗季に催淫されると……。

 いかん、少し興奮してしまった。


「あ、雪ちゃん、おはよ。うん、そうだよ。仲いいの。ね、兄貴!」

「ん? ああ、そうだ。仲いいかな?」

 紗季がぎゅっとしがみつく。胸が二の腕にぐいっと押し付けられた。柔らかい乳房の感覚が腕を通じて俺の脳に届けられる。ずきん、と心の奥が疼いた。


 雪はじーっとその一部始終を見ている。


 兄妹とはいえ、高校生だ。男性の腕に胸を押し付けるなんて、普通の関係じゃないみたい……そうい言いたげな顔だ。


「いいな、優しいお兄様がいて。私……一人っ子だから、そういうの、憧れるの」

 雪が俺の目を見る。とても美しい瞳だ。ついつい見つめ合ってしまった。


「ご、ごめんなさい……」

 あわてて、雪が目を逸らした。

「ん? なに?」

 紗季が俺と雪を交互に見ながら言った。

「な、なんでもないの……。それじゃ、またね、紗希ちゃん。先に教室に行っとくね……」

「うん、あとでね」

 紗季が手を振る。


「ねぇ、兄貴。どう思う?」

「なにが?」

「雪。雪ったら、ずーっと兄貴の方見てたでしょ? おまけに顔が少し赤かったし。声も、なんか、妙にかわいい声だったし」

「あんな声じゃないのか?」

「うん、普段はもう少し、普通だよ。絶対兄貴のことが好きだよ、雪」

「そうかな?」

「絶対そう。ね、もし、雪が兄貴に告白したら、兄貴付き合う?」


 なんだよ、いきなり直球ストレートな質問だな、おい。

「んー、そうだな、どうだろう。付き合ってもいいかもしれないな。雪ちゃん結構かわいいしな」

 嘘だ。本当はお前が好きだ。紗季、お前とだけ付き合いたいんだ。

「ふーん。そうなんだ」

 紗季が俺の腕をつねった。

「痛い痛い! なんなんだ」

「べーつーにー。あ、もう学校だ。じゃーねー、兄貴。今日も放課後雪の家で勉強するからね。先に家に帰っててね」


 紗季は俺から離れて、下駄箱に向かって走っていった。


 やきもちだよな、あれ。俺が雪と付き合うかもって言ったから。やきもちを焼くってことは、やはり紗季は俺のことを好きなんだろう。


 だとしたら今夜。


 思い切ってもいいのかもしれない。

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