第11話 まったく、これだから童貞は困る

 勝手に俺の家から持ち出した親父の服のおかげで、Fさんから、ホームレスぽさは払拭されていた。


「なんで答えないんだ、P君。ちゃんと答えなさい。なんで、なんで紗季とえっちしなかった!」

 いきなり路上で「えっち」とか叫ぶ30代後半男性。道ゆく人の視線を集めないわけがない。


「Fさん、声デカすぎですよ! みんなこっち見てます」

「う……」

 俺たちを見つめる痛い視線。さすがのFさんも辛いようだ。


「ええい、めんどくさい、全員まとめて異世界へ送り込んでやる! 行くぞ魔法! パンプ・ルピン・プルパム・ポップン!」


 無茶苦茶だ、この人! 異世界転移の魔法使えるなんて聞いてない!


 ……ん?

 何も起こらない?


 いや、正確には起こった。いろいろ。


 まず、より多くの視線を集めた。

 次に何人かにスマホで警察に通報させた。


 だが、これらは魔法のせいではない。妙な動きで変なことを絶叫している中年男性という事実がこれらの現象を引き起こしている。


「……くそ、やはり魔法力は回復していないか!」

「とにかく、俺の家に行きましょう!」

 俺はFさんの手を引っ張って、俺の家まで走った。


「はあ、はあ、ひーっ。こんな炎天下に走らせるな、P君!」

 家に着くなり、Fさんは汗をダラダラ流しながら言った。

「水もらうぞ。熱中症で死ぬ」

 Fさんは勝手にキッチンへ行き、コップに水を入れて飲み出した。よほど喉が乾いていたらしく、何杯も何杯もおかわりした。


「はーっ、生き返った。途端に腹も減ってきたな。だが、飯など食べている場合ではない! P君! 君は、昨日、紗季とヤらなかったな!」

 ドカっと、ダイニングテーブルの椅子に座る。シャツのボタンを開け、バタバタさせて身体を冷却させながら、Fさんが怖い目で言った。

「ええ。しませんでした」

 Fさんがジロリと俺を睨む。口元が怒りで歪んでいる。


「な・ん・で・だ? なんで、ヤらないんだ! 君は30歳になるまで、いや一生童貞でいいのか? 夢の中で咲江さんのお口にドピュドピュ出すだけの人生でいいのか? ……まあ、あれはあれで気持ちいいけどな」


 ……ドピュドピュ出すだけの人生って。

 仕事とかしていないんだろうか?

 もしかして、童貞で引きこもりで無職でニートなのか?

 俺の人生、真っ暗じゃないか……。


「昨日は試験勉強大変で、徹夜したんですよ」

 正確にはギンギンに興奮してたせいだ。

「はああああ? 試験勉強だと? お前なあ、明日の定期試験で赤点取るのと、一生童貞のまま終わるの、どっちが悲惨だと思うんだ?」


 ……その二つのうち、どちらかを選ばざるを得ない状況そのものが悲惨だ。


「一生童貞ですかね」

 ふー……と長く息を吐いたあと、Fさんは落ち着いた口調で語り出した。

「わかってんじゃねーか。だろ? 期末テストで赤点とっても、死にはしない。明日のテストなんてな、そんなのどうでもいいんだ。だがな、一生童貞というのはだな、死ぬよりも悲惨だ。死んだ方がましなくらいだ」


 そこまで悲惨なら、いっそ、今この場で死んだ方がいいんじゃないだろうか、この人。

 

 Fさんは話を続ける。

「いいか。とにかく、今日は寝ろ。繰り返す、テストなんてどうでもいい。寝付けないようなら、親父の部屋からウィスキーを持ち出して飲め。サントリーの響という高級ウィスキーを後生大事に本棚に飾ってあるから。高校生にウィスキーはきついからコーラかなんかで割って飲むといい。響のコーラ割りなんて、ウルトラ贅沢だなあ、ハハハ」

「お酒飲むと寝れますか」

「そっか、まだ飲酒経験ないんだっけ。俺、つまり君だが、酔うとすぐ寝るんだ。酔うと暴れるやつ、説教するやつ、脱ぐやつ、全然変化しないやつ、いろいろなパターンがあるが、俺はスコッと一気に寝てしまうタイプだ」

「はあ」

「で、今日こそ、夢の中で紗季にぶち込むんだぞ。両方の膝をつかんでだな、こう、ぐいっと開く。そしてグイグイ奥まで突っ込んで、ちゃーんと中に出すんだ」


 生々しい描写をする人だな……。これが未来の俺なのか。


 そんな俺の気持ちなど知らないFさんは、羨ましそうな目で俺を見つめた。そして、遠い目で、

「いいなあ、俺、紗季とヤったことないんだよ……。お前が羨ましいぜ。高校生の紗季だぞ? たまらんな。なあ、あとでどんな感じだったのか教えてくれよな。色とか形とか匂いとかな。……あ、その頃には俺はタイムパラドックス発生で消えてるか。残念」


 Fさんは「ぐへっ、ぐへっ」と笑い出した。何を想像しているんだか……。


 ナニなんだろうけど。


 このとってもエロいオヤジが未来の俺なのか。泣けてくるな。本当にこんな大人になるのなら、もう死にたい。今死にたい。


「あのですね、Fさん」

「あ? なんだ?」

「俺、紗季とはえっちしません」

 Fさんの顔から笑みが消える。


「は? 何言ってんの、P君」

 Fさんが怒った顔で言った。構わず俺は話を続ける。

「紗季は本当に俺のこと好きなんでしょうか? 紗季は、単純にサキュバスである自分を受け入れてくれる家族、つまり兄として俺を慕っているようです。俺を最高に興奮させて血を吸いたい、とは言いましたが、その……精を吸いたいとか、えっちそのものをやりたい、とは言ってません」

「だから?」


 Fさんの顔が険しい。俺はややビビったが、深呼吸をしてから話を続けた。

「紗季は……紗季は、俺と兄妹以上恋人未満な関係でいたいんだと思います。どこまでエロいことしてくれるかわからないけど、それはサキュバスの命を繋ぐためであって、基本は兄妹愛なんです。そこには性行為そのものは含まれないと思うんです。それをやった瞬間、僕たち兄妹は……」


「あーうるさい、うるさい!」

 Fさんが椅子から立ち上がり、俺の話を乱暴に遮った。

「まったく、これだから童貞は困る!」


 いや、あんただって、童貞じゃないか!

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