第9話 シスコン兄貴

 俺はベッドから起き上がり、部屋を出て洗面所へ行き、顔を洗った。


「ふぅー」

 洗面所の三面鏡に映る自分は明らかにやつれていた。目の下にクマがある。


「おはよう」

 紗季が洗面所にやって来た。なんとなく機嫌が悪そうだ。

「おはよう」と俺も言った。


 朝食後、部屋に戻ろうとする俺を紗季が呼び止めた。

「兄貴、昨日寝なかったでしょ? なんで?」

「ああ、勉強していた」


 お前のフェロモンで興奮、かつ大胆サービス妄想していたらさらに興奮して眠れなかった、とは言えないので、無難な返事をしておいた。


「ふーん。せっかく、私がサービスするって言ったのに、その日に限って徹夜で勉強とかするんだね」

 紗季が怒ったような、悲しいような複雑な顔で俺に言った。


「本当は、私のこと軽蔑してるんでしょ。サキュバスだから。……そうだよね、こんなえっちな妹嫌いだよね。不潔でしょ。化け物だしさ」

 俺から目を逸らし、うつむく紗季。


「あ、いや、違う。実は今日のテスト、非常に厳しくてな。前回赤点だった日本史とこれまた赤点だった数Ⅱ、さらに赤点が予想されるコミュ英なんだ。泣きながら勉強してたくらいだ。で、気がついたら朝でなあ。いやはや、参った参った」


「……本当?」

 まだ納得できない、という顔だ。


「本当だって」

「……本当に、私のこと、嫌いじゃない?」

「ああ」

「だったら、手を繋いて学校に行ってくれる?」

「んあ?」

「だから、一緒に、手を繋いで学校に行こ」


 顔を赤らめながら紗季は言った。


 小学生ならまだしも、高校生だぜ? 兄と妹とはいえ、仮にも男女だ。もっと言えば、俺と紗季は血が繋がっていない。手を繋いで学校に行くのは普通じゃないだろ。


「いや、それはどうかな。こ、高校生だろ。俺たち、今まで一緒に学校に行ったことすらなかったじゃないか。なのに、いきなり手を繋いで一緒に登校というのはだな……」


「あるもん」

 紗季がむっとした顔で言った。


「一緒に学校に行ったこと、あるもん」

「ああ、始業式の日な。初日だけだ」

「嫌なの?」


 紗季の顔が曇る。


「嫌と言うか、非常識だと言ってるんだ」

「……いいよ、もう。どうせ化け物だもん、私。適当にその辺の男と、夢の中でえっちなことしてくる。別にいいでしょ、サキュバスだから。さーて、兄貴ともしたことないような、えっちなことしてこよっと。血以外のものも吸ってくるんだから! ちゅーって! どーせえっちなサキュバスなんだもん、私!」


 怒ったような顔をして、紗季は自分の部屋に戻ろうとする。


「待てよ。そんな悲しいこと言うなよ。俺は紗季が変な男と夢の中であっても、そういうことするの嫌だ。自暴自棄はやめてくれ。お前が、お前の身体が……汚されるのは、嫌だ」


 紗季の肩がピクっとなる。俺の様子を伺うように少しだけ頭がこちら側へ動く。


 俺は深呼吸した。そして、紗季に次のように言った。

「……わかった。手を繋ぐ。一緒に学校に行こう。兄妹なんだ。恥ずかしがる必要ない」


 紗季がくるっとこっちを向く。相変わらず顔は赤いが、笑顔だ。


「へへーん、引っかかった! 高校生だよ! 手を繋ぐわけないでしょ! 兄貴のえっち!」

「はあ? おい、紗季。お前なあ!」

「最初から手を繋ぐ、って言ってれば、ちゃーんと手を繋いであげたんだけどね! 高校生にもなって妹と手を繋ぎたいなんて、シスコンだね、兄貴!」


 うふ、と笑いながら紗季が洗面所から出ていった。が、すぐに戻ってきた。


「今から着替えるから部屋、覗かないでね、シスコン兄貴! あ、でも、正直に見たいって白状するなら、少しだけ見てもいいよ?」


 俺は「ふう」とため息をついた。

「いいから着替えろ。着替えは別に見たくない。あと、手も繋がなくてもいい。とりあえず、一緒に学校に行こうぜ」


「わかった。仕方ないなあ、シスコンの兄貴のために、優しい妹ちゃんは、一緒に登校してあげるっ!」


 そう言うと、今度こそ着替えに紗季は部屋に戻っていった。

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