第90話 入学

「ご主人様、こんな感じですか?」


 表情を緩めるサナトの視線の先で、リリスが恥ずかし気に身をよじった。

 フェイト家での一件から十日経ち、早くもティンバー学園の制服が送られてきたのだ。

 襟元に黄色い線をあしらった白い上着。首元には大きめの黒いリボン。下のスカートは白く、裾に黒い線が入っている。

 肩には茶色の盾紋が刺繍されている。

 リリスは薄紫色の髪を垂らし、不安げにスカートの裾を掴みながら、何度も引っ張っては頬を染める。


「こんなドレス着たことありません……」

「ドレスじゃなくて制服と呼ぶんだ。リリスが店で見てきた服と学園での服はまったく違うからな」

「でも少し短くないでしょうか? 足が無防備すぎるような気が……」

「だから最後にソックスを履くんだ。まあそういうものだ」

「そうなのですか?」

 瞳を揺らすリリスに、サナトは微笑みつつ言う。


「よく似合っているぞ。なあ、ルーティア?」

「うん。すっごく可愛い」

「ルーティアさんまで……」

「だってほんとのことだよ。それに比べて、マスターの衣装ったら……」


 負けず劣らずの白いドレスに身を包んで実体化しているルーティアは、渋い顔で「俺の評価はどうでもいい」とそっぽを向くサナトに視線を向けた。

 僅かに頬を染めている主人の顔を面白そうに眺め、くすくすと含み笑いを漏らして言った。


「いつものローブに比べて幼いね」

「ほっといてくれ。俺だって、まさかこの年齢で制服を着ることになるとは思わなかったさ。サイズが合っていてもこれだからな」

「似合ってないって自覚はあるんだ」

「言われるまでもなく、俺自身が一番違和感を感じている」


 サナトは二人の側から無言で離れ、姿見の前に立つ。見たくないものを見るかのように、恐る恐るのぞき込む。

 顔が瞬く間に仏頂面に変わった。


「コスプレ感が半端ないな。これで通わないとダメとは。頭が痛いな。それに――」


 ルーティアと談笑するリリスにちらりと視線を向けた。

 体の線が出るように作られた細身の衣装だ。

 明らかに男性の衣装と女性の衣装では違いがあった。一言で言えば力の入り方だ。

 どこにでもある既成品と特注品との違いとも言える。


「まあ……制服のこだわりは悪くないが」


 そう言って、サナトは胸のワッペンに指を当てた。

 銀色の盾紋の左上からレイピアを重ねた紋章が縫い付けられている。

 再びリリスを目の端で捉え、ため息をついた。肩にあるのは銅色の盾の紋章だけだ。

 サルコスに聞けば、入学者とお付きの者を区別するためだそうだ。


「露骨な差別はいただけんがな。ここまでする必要はないだろうに」


 サナトは憤りを小さく口にし、持っていたブレザーに袖を通した。

 ボタンを全て留めた姿に「子供か」と思わず毒づき、慌てて外して気崩す。

「恥ずかしい」という言葉を、何度も口の中で噛み殺した。


「ご主人様はすごくかっこいいです」

「そう?」


 首を傾げるルーティアとは対照的に、瞳を輝かせるリリスがサナトの前に回る。

 珍しいブレザーをまじまじと見つめ、ポケットに手を突っ込んだサナトをゆっくりと見上げた。


「やっぱり、かっこいいです!」


 サナトは「リリスに言われると嬉しいよ」と、優しく片手で頭を撫でた。

 そして「恥をかかせないように、がんばるか」と自分の頬を軽く叩き、再び姿見を確認しながら襟を正した。


 ***


 通学は馬車を使用する。

 ティンバー学園に通う者は、多くが名家の跡取りや、貴族の血筋だ。

 御者は二名。いずれも学園に属する兵で、通学中の守護も任務の一つだ。

 自前の馬車を有していない生徒には、学園が手配した馬車が定時に自宅前まで訪れ、送迎を行ってくれるのだ。


「やけに進むのが遅いな」


 サナトは車窓から、舗装されていない道をせわしなく行きかう商人たちをぼんやりと眺めて言った。


「道が悪いからでしょうか?」

「それもあるが、もしかするとわざとかもな」


 リリスの意見に賛同したサナトが「憧れを作り上げる意味もあるのだろう」と外を指さす。リリスが視線を向けた。


「子供ですか?」

「見物人が多いだろ? 子供だけじゃなく、街全体に学園の凄さを広める役割があるのだと思う。護衛の意味もあるんだろうが、短い距離でもこんなに立派な馬車で通う場所なんだぞ、ってな」

「確かに……走った方が早いですね」

「そういうことだ。一度通ってしまえば<時空魔法>で移動ができる。明日からは適当な場所に転移してしまうか。乗り心地はルーティアが逃げるほどだしな」


 リリスがくすりと笑い声を漏らした。

 馬車が来たときは「お姫様になったみたい」と実体化したルーティアだったが、走り出してしばらくすると「お尻が痛いから」とサナトの中に戻ったのだ。


『うぅ……だってほんとに痛かったんだもん。マスターもリリスも痛くないの?』

「強い揺れに合わせて腰を浮かせれば大丈夫ですよ」


 リリスのさらりと返された言葉にルーティアが驚いた声をあげた。


『そんなことできるのリリスだけだって。マスターはどう?』

「俺はそんな器用なことはできないさ」

『じゃあ痛いんだ』

「我慢できないほどじゃない。要は慣れだな。それに……」


 サナトが嬉しそうに口元を緩めた。

 遥か遠くに見える山間に視線を投げ、思い出すように言う。


「初めて一人で馬車に乗った頃を思えば、今は恵まれている。多少の痛みはいい刺激に感じるくらいだ」

『マスター……』

「あの時は自暴自棄に迷宮に挑戦しようと馬車に乗った。冒険者たちと乗合の、殺伐とした空間だった。明日の生活の為に、誰もが命がけで迷宮を目指していたんだ。俺もその一人だった」


 サナトは対面に座るリリスを優しい瞳で見つめる。


「だが、今は違う。リリスとルーティアだけが同乗者で、行く先は生死のかからない平和な学園。目的は勉学ときてる。これ以上ない馬車だよ」

「ありがとうございます」


 嬉しそうに微笑むリリスに釣られて、ルーティアが「うんうん」と相槌を打った。

 サナトが満足そうにうなずき、少しだけ表情を引き締めて言う。


「どんな学園か知らないが、勉学はリリスにとっても良い機会だ。まさかフェイト家に協力を約束することのお礼が学園への推薦とは思いもしていなかったが、それだけ価値がある場所なんだろう。今後の糧にもなるし、十分に楽しませてもらうことにしよう」

「はい。私もがんばります。……ところでご主人様、屋敷でお話に出たヒイラギという家名のことなのですが……」

「ん?」


 リリスがわずかに身を乗り出して尋ねたようとした時だ。

 馬車がゆっくりと速度を落として停止した。

「ついたようだな」とつぶやいたサナトが立ち上がるのを見て、リリスが慌てて先回りして扉を押し開いた。


「家名がどうかしたのか? 断る理由に使っただけだがまずかったか?」

「い、いえ……大したことではないので、またの機会で大丈夫です」


 早口でそう言ったリリスは馬車から身軽に降り立った。気づけば御者が二人を待ち、もう一人は学園の奥に小走りで駆けていく。

 大きな正門を潜り抜けた先には、色とりどりの花が所せましと植えられ、緑木が存在を主張していた。

 中央では装飾をあしらった白い噴水が水を噴き上げ、飛沫を輝かせている。


「すごいです……」


 ぽかんと口を開けたリリスの隣で、サナトも呆然と建物を見上げた。

 想像以上に大きく、思い描いていた学園とかけ離れていたのだ。


「これが、ティンバー学園か」


 サナトの声は自然と弾んでいた。

 今さら学園なんて――と心のどこかで斜に受け止めていた自分が恥ずかしくなり「さすが異世界だな」と認識を新たにする。


「とっても楽しそうな場所ですね」


 リリスは心の底から嬉しそうに言うと、自然とサナトの手を引いた。笑顔が弾け、束ねた髪が気持ちを表すように弾んだ。


「ご主人様、早く行きましょう!」

「ああ。遅刻はどこでも厳禁だからな」

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