第89話 新たな道へ

「サナト殿のお話は分かりました。家名とは誇りそのもの。残念ですが、捨てることなどできないでしょうから、専属という頼みも難しいでしょう」

「ええ」

「ですが――」


 サルコスは一端言葉を切ると、アズリーの隣に立って真摯な表情で続けた。


「それならば、せめて『最優先』ということでお願いできないでしょうか」

「最優先、ですか?」


 首を傾げたサナトに、アズリーが言葉を引き継いで説明する。体の前で合わせた拳にぐっと力が込められ、焦りがその顔に透けて見えた。


「我がフェイト家が危機に陥った場合や、軍を動かす際、他家からも声がかかるような非常時には当家に最優先で力を貸してほしいのです」

「……それくらいなら構いませんが、私個人の事情でお力を貸せない場面も――」

「もちろんその場合はサナトさんの事情を優先していただいて構いません」


 アズリーがきっぱりと言い切り、強い眼差しで見つめた。

 サナトが長考し、ゆっくりと首を縦に振る。


「それならばまったく異存はありません。せっかく声をかけていただいたのに、私の都合ばかりで申し訳ないです」

「とんでもない。お力を貸して欲しいのは私たちの方ですから、当然のことです」


 アズリーがにこりと微笑み、そのまま後ろに立つメイドに振り返り「お願い」と何かの紙を要求する。

 それは、静かにサナトの目の前に差し出された。


「契約書……というわけではないようですね」

「もちろんです。さきほどの話はとても曖昧で書面に残せるようなものではありませんから。お給金はもちろん、家名も名乗っていただけません。……けれど、そうなると現時点でフェイト家としてお示しできるお礼が何一つ無いことになります」


 アズリーはそう言って「ですから、せめて」と苦笑いする。


「ティンバー学園への入学を推薦します。失礼ですが、サナトさんは色々なことをご存知ない様子なので……もし希望なさるなら、この申込書ですぐに手配いたします」

「そこまで気をつかっていただく必要もないですが……ティンバー学園? どこかで聞いたような……」


 少し考え込んだサナトは「いや、まあいいか」と首を振った。

 そのタイミングでリリスが口を出す。


「ご主人様、ティンバー学園と言えば身分の高い方ばかりが通う場所です。確か、偉い方はそこに必ず入らないといけないと」

「リリスさん、それは少し違います」


 アズリーが静かに否定した。


「義務ではなく、身分の証明となるので『家名持ち』は誰もが通うのです。学園に在籍するだけで確実に周囲に認められます。けれど、閉鎖的なので誰かの推薦が無ければ入れないのです。もちろん学費は当家で負担します」

「通うこと自体に価値があると……確かに、私はこの世界でまともな勉強をしたことがありません……しかし、なぜそこまでしてくださるのですか? あまりフェイト家にとってはメリットの無い話に聞こえますが」

「申し上げた通り協力してもらうお礼です。形あるものではないですが、きっとこれから役に立つはずです。本当は勲章を授与することも考えたのですが、実績がないために難しくて……」

「……年齢的に無理ではないのですか?」


 サナトがおどけたように笑い、場の全員が釣られて苦笑する。

 だが、アズリーはあっさりと答えた。


「年下の人がとても多いはずですけど、推薦とお金さえあれば年齢に制限はありませんので大丈夫です。入学そのものは嫌というわけでは?」

「ええ。私は住む国のことすら満足に知らない人間なので、機会を与えてもらえるならば、是非お願いしたいです。個人的に学びたいこともありますし」

「……良かった。では入学が決まったら近日中に連絡いたします」

「リリスは入れるのですか?」

「サナトさんの奴隷として報告しておきますので大丈夫です」


 アズリーの言葉にほっと安堵の息を吐いたサナトが、興味深そうに尋ねた。


「アズリーさんはその学園のご出身なのですか?」

「はい。私も、そこにいるサルコスとアン、ルリもそうです。全員が、学園で学びました。私は在籍中に才能が開花しなくて、落ちこぼれ生徒だったんですけどね。……サナトさんくらいになると学ぶことは少ないかもしれませんが、歴史などはきっと勉強になると思います」

「……うまく馴染めると良いのですが」


 そう言ってわざとらしく肩をすくめたサナトを、アズリーが意味深に見つめた。

 そして真面目な表情で言う。


「もしも何か問題が起これば、当家を後ろ盾にしてください。それで大抵の問題は片付くはずです」

「問題が起こるのが前提のように聞こえますが……」

「まあ、中には我が強い者もおりますので。それに、今の学園は……」


 アズリーは言葉を濁しながら内心を隠すように微笑んだ。


 ***


「お嬢様、お疲れ様でした」


 サナトとリリスを見送ってきたサルコスは、疲労困憊の様子で上半身をテーブルに突っ伏しているアズリーに声をかけた。

「ほんとよ、もう」と顔を上げたアズリーが、ため息を吐いて言う。


「迷宮で話をした時より、ずっと風格があった。前は『僕』を使ってたのに、今日は『私』だったし」

「そうなのですか? 状況に応じて使い分けているだけでは?」

「かもしれないけど、違和感を感じたのよ。前は……えっと……何だか舞い上がっちゃう感じだったのに……今日は、すごく緊張したかな」


 アズリーが何かを思い出すように人差し指をこめかみに当てた。

「どうしてだろ?」と答えの無い独り言を虚空に投げかけ、ゆっくりとサルコスに視線を向けた。 


「引き込みの方は、まったく望んでなかった結果になっちゃったね。帰り際に、学費は自分で負担するって言ってたし。これで護衛の話も白紙かあ……」

「まだ心変わりはあり得ますが、結果としては最悪の一歩手前というところです。他家に取り込まれる前に約束を取り付けられただけでも良かったとしましょう。お嬢様の護衛の件は、例の新人を鍛えましょうか。なかなか筋がいいようです」

「うん……仕方ないよね」

「そう気を落とさないでください。断られるかもしれないとおっしゃっていたではありませんか。しかし……まさか冒険者のサナト殿が『家名持ち』だとは私も考えもしませんでした」

「確か、ヒイラギ……だったよね。サルコスは聞いたことある?」

「いえ」

「アンとルリは?」


 アズリーの視線に二人のメイドが揃って首を振った。


「だよね……私も聞いたことないなあ。疑うのは良くないけど、サナトさんってその辺りの家の事情に詳しくなさそうだし、他国のかな。でもシブーストを知ってるってことはここら辺の家だよね。サルコス――」

「分かっています。少し調べてみますが、慌てて考えた家名にしては特殊すぎますね。普通はヒイラギなどと思いつきません。ただ、リリス殿も知らなかったというのは間違いないかと」

「リリスさん、目が点になってたもんね。パーティまで組んでる奴隷に話してなかったとなると……やっぱり訳ありの家かな?」

「その可能性が濃厚かと。生まれた直後に追放か、もしくは不名誉な罪で堕とされた家かもしれませんね。……どうします?」


 サルコスの瞳に硬質な輝きが灯った。

 サナトはフェイト家の名に泥を塗るのでは。そんな考えが浮かんでいるようだ。

 アズリーはやれやれと首を振って、悪戯っぽく言った。


「そう思うなら、あの状況で『最優先』なんて条件をサルコスは言い出さないでしょ?」

「ご明察です。私はむしろ、そんな状況下での落ち着き払った態度が気に入りました。強さもそうですが、彼は大物になるでしょう。学園に入り名前も広がれば、力を借りる当家も十分見返りが見込めますし、うまくいけば彼の師匠である大魔法使いとも知り合えるかもしれません」

「まあね。そういう意味では半分は成功なんだけど……」

「……心配しているのは、お父上の件ですか?」


 声を落としたサルコスの言葉に、アズリーが無言で首を縦に振った。

 サナトを入学させる理由は名声を与えるためだけではない。

 アズリーの父――アースロンドは、とある理由から、学園を一度引っ掻きまわそうと企んでいる。

 アズリーとサルコスは「サナトを入学させることで、何らかのショックが起これば」という言葉を事前に伝えられている。

 言わば都合の良い時期に現れた駒の扱いなのだ。

 だがそれは――


「サナトさんの身に危険があるってことだからね」

「お嬢様……」

「あっ、ごめん、アンとルリはちょっと席を外してくれる?」


 アズリーは思い出したように後ろに控える二人に声をかけ、「承知しました」とメイドたちが部屋を出ていく。

 残されたサルコスに、アズリーは苦笑しながら言った。


「だって、サナトさんのレベルだと、本当は初等部なんだよ。ダレースさんに秘密裏に呼ばれたときには何の話かと思ったけど」

「私も未だに信じられませんが、バレットとの戦いを見る限りは嘘ではなさそうですね」

「『レベルを無視する冒険者』って、ほんとにそんな人いるんだね。リリスさんのレベルも異常だけど……戦いを見なくちゃ誰も信じないだろうね」


 アズリーはそう言って、しかめっ面のサルコスに視線を向けた。

 既にフェイト家の名を使って、ティンバー学園への根回しは済んでいる。

 話が話だけに、学園最高位の人物の耳だけに伝達して、あとはトップダウンで処理した。数点の細かい書類さえ渡せば、つつがなく入学手続きは完了する予定だ。


「さすがにあの年齢で初等部はありえませんからな。一桁の子供の中では……当家としても望ましくありません」

「レベル8って聞くと、どうしても子供の頃って思うもんね」

「まあ、学園でレベルがばれることはないでしょうが、当家が推した時点で、どのみち目はつけられるでしょう」

「だよね……あっ、そういえば結局、大魔法使いさんの話を聞けなかった。魔法銃の件も聞こうと思ってたのに」


 アズリーは物憂げな顔で「ダメだなあ」とつぶやきながら、視線を落とした。

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