第87話 接触

 サナトは奥行きのある広い室内に通され、サルコスに椅子を勧められる。目の前にあるのは白いクロスを載せた長大なテーブルだ。

 大きな窓ガラスはたっぷりと外の明るさを取り入れ、窓際の高価そうな置物が自分を主張するかのように輝いている。

 掃除は隅々まで行き届き、埃などあるはずもない。

 頭上を見上げれば、精緻なガラス細工で作られたシャンデリアが不規則に小さく揺れ、来客を歓迎しているかのようだ。

 程よい室温に、開放感のある部屋。

 高貴な人間の晩餐会とはこういうところで行われるのだろう。


「すごい数ですね」


 ぐるりと室内を見回したサナトが、部屋の一番奥の壁に立てかけられた何本もの武器に目を留めた。

 真っ白な壁には、魔法使い用と思しき何本ものロッドが斜めに設置され、武器の見本市でも見ているかのようだ。

 一定の長さがあるロッドに加え、中にはワンドと呼ばれる短杖も存在する。


「あれは我が家の歴史です」


 サルコスが嬉しそうに続ける。


「一番左上の黒い魔石を備えたロッドが、ノトエア様に見初められた初代フェイト・バックマンが使用した物です」

「フェイト家の創始者といったところですか」

「ええ。我々にとっては、あれらのロッドが代々名門を守ってきたという意味で家宝なのです」


 サナトが説明に深く頷くと、隣でリリスが「すごいです」と小さく声を上げた。

 思わぬ反応に、サナトが首を傾げて横顔を見つめる。リリスがそれに気づいて、小さな手を胸の前で合わせて、しどろもどろに補足する。


「えっと……フェイト家の歴史を見ているんだなぁっと思ったら、なんとなく嬉しくなってしまって。やっぱり『家名持ち』の家はすごいと……」


 リリスの瞳には純粋に好奇心が浮かんでいた。

 サナトは静かに考え込む。

 この世界では思っている以上に『家名』というのは大事にされているのかもしれない。名字のようなものだが、奴隷だったリリスですら驚くほどのものなのか――と。

 サナトは軽く考えていた『家名』の認識を改め、気になっていたことを尋ねる。


「家の歴史という意味では、当主の肖像画などは飾らないのですか?」

「肖像画では強さが分かりませんから」

 

 サルコスはきっぱりと言い切ると、少し説明が足りないと思ったのか「冒険者の方にはわかりづらいかもしれませんが」と言葉を続ける。


「憲兵団に名を連ねる家や、一部の貴族はそういった肖像画をありがたがりますが、我々や護軍に属する者は強さが全てです。そうでなければこの小さな領土を守り切れませんからな」


 そう言ったサルコスは「だからこそ」と胸を張った。


「当主が使われたロッドこそが、その方の強さの象徴なのです。純度の高い魔石の中でも選りすぐりのものを使用した武器を使いこなせた事こそが、代々最強の証明になるのです」

「なるほど……何分そういった世情には疎くて、フェイト家に招かれたというのに至極当たり前のことを尋ねてしまったようで申し訳ない」


 軽く頭を下げたサナトに、サルコスはゆっくりとかぶりを振った。

 そして意味深な表情で言う。


「サナト殿が冒険者である以上は、我が家の事情など知らなくて当然のことです。それにその点はすでに考えてありますのでご心配は無用です」

「……どういう意味ですか?」

「それは――」


 サルコスが表情を緩め、何かを付け加えようとした時だ。奥の両開きの扉がわずかな音を立てた。

 サナトがふと視線を向け、サルコスが口をつぐんだ。

 現れたのは、メイドと思われる二人と、薄い水色のドレスに身を包んだ女性。ミドルショートの茶髪にシックなティアラを身に付け、耳にはシルバー色のピアスが輝いている。


「ようこそおいでくださいました」


 フェイト=アズリーは長いまつ毛を瞬かせ、誰もを魅了するかのような明るい笑顔を見せた。


 ***


「ご招待下さり光栄です」


 サナトがゆっくりと一礼し、リリスが遅れて頭を下げた。

 隣に立つサルコスはサナトに意味深な視線を送りつつ、推移を見守っている。

 微妙な間が生じ、アズリーが少し気落ちしような顔を見せると、サルコスが小さなため息をついて言った。


「お嬢様、私が声をかけるまでは入室を待っていただきたいと申し上げたのに。それにその衣装はお気に入りのものとは言っても、お客様を迎えるにはふさわしくないのでは?」

「え? ……そ、そう? でもサルコスだって――」


 アズリーの続く言葉は、サルコスの鋭い視線に制された。

 わざとらしく肩をすくめたサルコスをぽかんとした表情で見やり、はっと気づいたように目を見開いた。

 少し沈んだ表情が一転し、代わりに薄らと頬を染め、非難めいた眼を向ける。口はわずかにへの字を描いている。

 サルコスがどこ吹く風で「それでいい」とばかりに首を小さく縦に振って言った。


「サナト殿には申し訳ない。主人は決して気後れさせる為にと、このような華美な衣装を選んだのではないのです」

「まさか。アズリーさんには迷宮で一度助けていただいた身です。そんな意図をお持ちで衣装を選ぶような方とは決して考えません」


 サナトは大きくかぶりを振って言う。

 そして「それは良かった」と目を細めたサルコスが次の言葉を期待していることに、サナトはようやく気付いた。

 アズリーの方に向き直り、礼を失しない程度に衣装を眺めて微笑む。


「それに、美しい衣装を見て気後れするなどありえません。見とれてしまって言葉にならないことの方が問題です」


 サナトの真っ直ぐな瞳を受けて、わずかに頬を膨らませていたアズリーは息を呑んだ。

 そして、「まあ……」と視線を外してから「お上手ですね」と押さえきれない笑みを口端に浮かべる。

 サルコスがそんな様子を見て「それならば良かった」と深々と頷いた。


「さて、ではティーブレイクと致しましょう」


「余計なことするんだから」というアズリーの半笑いの愚痴を無視して、サルコスはぱんと両手を打ち鳴らし、壁際で笑みをかみ殺している二人のメイドに告げた。


「アン、ルリ、お客様にご用意を」

「承知しました」


 流れるような動きでその場を後にした二人は、扉の外へと消えた。サルコスが「おかけください」とサナトに椅子を勧める。


「リリスも座らせていいですか?」

「申し訳ありませんが、奴隷の方にはご遠慮いただいております」


 サルコスはサナトの言葉に明確に答えた。

「すまない、リリス」と頭を下げたサナトに、リリスが「とんでもない」と勢いよく首を左右に振り「私はご主人様のお側にいられれば大丈夫です」とほほ笑む。


「リリス殿は、サナト殿の左後ろにてお立ちください」


 サルコスは所在無さげに立つリリスに「ここです」と案内して見せた。


「左側という決まりがあるのですか?」サナトが言う。

「例外はありますが、この国では左が多いですね。その辺りはまたの機会に。今は先に当家自慢のシブーストをご賞味ください」

「シブースト?」


 サナトの問いに、対面に座ったアズリーが「とてもふわふわしているお菓子です」と補足して両手を頬に当てた。

 好物なのだろう。

 サナトが僅かに首を傾げたのを見て、アズリーはさらに言う。


「りんごが甘くて美味しいんですよ。初めてお口になさるのでしたら、きっとびっくりなさると思います」

「……それは、とても楽しみですね」

「我が家でもいくつかお菓子はありますが、亡きノトエア国王が考案されたという意味で、特別なものなんです」

「……考案?」


 アズリーはサナトの考え込む様子に気づくことなく、説明を続けた。

「私も作り方を知らないんですけどね」と苦笑いしながら、戻ってきたアンとルリが差し出した白い皿に乗るシブーストに嬉しそうに目尻を下げた。


「これが……シブースト」


 サナトが心底驚いた顔でつぶやいた。

 りんごを乗せたタルト生地の上に、クリームチーズのアパレイユを重ねたお菓子。

 まさにサナトが知るシブーストそのものだった。


「ノトエア国王とは……まさか……」


 誰にも聞こえない独り言が、ぽつりと放たれた。

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