第79話 手札

「大勢を迎え撃つんですか!?」

 エティルが護身用の剣を強く握りながら言った。サナトの背後を伺う瞳はせわしなく揺れ動き、手が密かに震えている。

 刻一刻と迫る危険。戦う力を持たない彼女には絶望的な状況だ。


「少し話をしたが明らかに敵だ。この近辺で何かしているようだ」


 サナトは飄々と告げた。大した問題にはならない敵だという確信がある。

 自信を込めた声で、視線を泳がせるエティルに告げた。


「別にエティルに戦ってもらうつもりはない。今のうちに逃げてくれて構わない」

「そんな……」


 エティルが目を見開いて反論する。


「サナトさんが強いのはさっきのでよくわかりましたけど、どう考えても数の差があります。敵の強さも分かりませんし、トルドウルフがなぜ動かないのかも謎です。ここは撤退するべきです。それに――」


 不安を瞳に乗せて言い含めるように言う。ギルド員らしい分析だ。

 心配はしつつも、現状をしっかりと把握できる才能。サナトは優秀だなと舌を巻いた。

 追い詰められた状況で冷静な判断を下せる人間は少ない。


「……私はお役に立てませんが……その……実は戦力はお二人だけではありません」


 エティルが尻すぼみに言った。

 後ろの味方のことを言っているのだろう。おそらくこの依頼で最後まで秘密にすべき内容。ギルドから固く口留めをされていたはずだ。

 落ち込む表情を見れば、罪悪感に苛まれていることは一目で分かった。

 だからこそ――

 サナトは戦力の話に触れずに一笑に付した。


「敵は叩ける時に完膚なきまでに叩く。どの世界でも同じことだ。悪いやつがわざわざ集まってくれる以上、この機会を利用しない手はない。リリスがいればエティルの心配も不要になるから動きやすい」

「え? リリスさんを私に……」

 エティルの顔から血の気が引いた。


「それではサナトさんが一人で戦うことになります!」

 悲鳴に近い声がその場に響いた。


「最初からそのつもりだ」

 だが、サナトは微笑を浮かべたまま即答する。エティルは慌ててリリスに顔を向けたが、少女は一度深く頷くだけだ。

 二人の表情には、気負いも、焦りも、ましてや恐怖などかけらも存在しなかった。

 エティルは心の底から驚愕する。


「で、でも……敵はおそらく帝国の人間。最近、たびたび国境を越えている者がいるという話を耳にしています」

「ほお、帝国か」

 サナトはあごに手を当てて考え込む。


「外敵ならますます都合がいいな」

「ですが、帝国の兵は強いと聞きます。一人が他国の一般兵の十人程度を相手にできるとか……」

「尾ひれがついてるだけだ。同時に一人で十人も相手になどできないさ」


 サナトが泰然とした態度で肩をすくめ、エティルが唖然と口を開けた。


「それに、戦うのは俺だけじゃない。取りこぼしを防ぐ意味でもこいつらを使う。出てこい」


 エティルのちょうど右隣の大木の陰。

 誰かが足音もなく姿を見せた。エティルが驚いたように振り返る。


「……この子たちを?」


 そこには二人の白髪の子供がいた。

 十歳程度の少年と少女だ。あどけなさが残る顔には不気味な金色の瞳が煌々と輝いている。

 場違いにも見える上質な布をふんだんに使った襟のある半袖シャツに、膝上までの半ズボンを合わせた二人は、サナトに近づくと膝をついて頭を垂れた。

 まるでそこに絶対の掟があるように。

 呆気にとられるエティルを無視して、二人は甲高い声を揃えて言った。


「主よ、ご命令を」

「アミー、グレモリー、暴れてもらうぞ」

「御意」


 サナトの唇が静かに笑みを描いた。



 ***



 ラードス帝国第三師団所属騎馬大隊中隊長。

 それがイラドラという男の肩書であり、積み上げてきた全てであった。


「なぜ俺がこんな屈辱的な仕事を」


 憤りを漏らすイラドラは騎乗のまま後ろに続く兵を見た。目に留めたのは最後尾で二人乗りをしている兵たちだ。

 手綱を引くのが直属の部下。そして、ローブを纏って後ろに座るのが今回の指令で嫌々連れている兵だ。合計で四人いる。


「とりあえず終わりました……」


 遅れて並走してきた副隊長のザダスが浅黒い肌に玉の汗を浮かべて話しかけてきた。

 今回、上から降りてきた指令の処理を任せた人間だ。

 労いの言葉をかけても良かったが、燻る怒りが、ぬるい考えだとばかりに吹き飛ばした。

 代わりに吐き捨てるように言う。


「召喚隊など何の役にも立たんのにな」

「中隊長……聞こえますって。後ろにいるんですから」


 慌てたザダスは声を潜めたが、怒る男はさらに大声で言い募る。


「あんな長ったらしい呪文を唱えなければ使えん兵など戦場では不用だ」


 わざと言い放ったことで怒りは少し沈下したが、よく知る召喚隊の大隊長の顔が浮かび、即座に怒りが再燃する。


「……何が時代遅れだ」

「中隊長……」


 手綱を血が出るほどに握りしめ、呪詛のようにつぶやくイラドラをザダスは痛ましそうに見つめた。



 ***



 事の発端はちょうどひと月前だ。

 隊の宿舎で、最近候補者が減っている騎馬隊の戦力増強について頭を悩ませていた時だった。大隊長であるグランの部下が呼びにきた。

 気心の知れた仲間にいつものごとく「要件は」と問いかけたが、返ってきた言葉は「直接話したいそうです」だった。

 イラドラは珍しく固い表情を見せる仲間を訝しみつつも、即座に腰を上げた。

 それが軍の決まりだ。

 そして訪問と同時に大隊長に告げられたのだ。


「三日後からデポン山に召喚隊を連れて行ってくれ」

「おっしゃる意味が分かりませんが……召喚隊ですか? 第二師団管轄の?」


 イラドラの当然の問いにグランは苦々しげに頷いた。

 だが、それ以上の説明は無い。仕方なく食い下がった。


「説明をお願いいたします」

「……君の同期がこの間、戦果をあげたことは知っているな」

「はい」イラドラの瞳に敵愾心が灯った。


 それは神聖ウィルネシア国と一当たりしたときの話だ。

 並々ならぬ防御魔法を得意とするウィルネシア国に対し、ラードス帝国はいつも攻めあぐねる形で戦いを終わらせられていた。

 だが、その均衡が先日崩れた。

 魔法と物理攻撃に長けた帝国の手法を熟知していたウィルネシア国に対し、第二師団に新たに設置された召喚隊が戦線を突破したのだ。

 からめ手に状態異常、モンスター特有の体格と俊敏差を兼ね備えた機動力を活かし、様々なやり方で敵を翻弄したのだ。

 浮足立ったウィルネシア国に、第二師団主力の魔法隊が攻撃をしかけ、小競り合いながら何十年ぶりかの勝敗が付いたという話だ。


「その同期君が、召喚大隊長に昇進した話は?」

「もちろん存じています」


 グランが「うむ」と頷き、机の引き出しから一枚のペーパーを取り出した。一度握りつぶしたのか、全体に皺が入っている。最下部には将軍のサイン。決定事項だ。

「目を通すことを許可する」グランが言った。

 イラドラは唾を一度飲み込み、素早く走り読みを行う。

 そして読み進めながら、自分の背筋が凍り付いていくのを実感した。瞬く間に干上がった口内がしゃがれた声を出した。


「騎馬隊を縮小して召喚隊を増員……本当ですか」

「つい先日の御前会議で決まったことだ」


 他人事のように失笑するグランに、イラドラの怒りが灯る。

 思わず刺々しい口調で言い放った。


「これを大隊長は素直に受け入れたので」

「バカを言うな!」


 老齢に差し掛かろうというグランが両目を血走らせて執務机に拳を叩きつけた。歴戦の猛者の本気の怒りがほとばしる。

 イラドラは弾かれるように頭を下げた。


「申し訳ありません」

 

 しばらく頭を下げ続けた。グランのことはよく知っている。騎馬隊一筋の経歴と一本気質。この男が己の隊の縮小を告げられて悔しくないわけがないのだ。

 グランがふぅと長く細い息を吐いた。


「将軍がお決めになったことだ。致し方ない」

「将軍が騎馬隊を不用とおっしゃったのですか?」

「いや、第二師団長の熱弁に折れた形だ。召喚隊が功績を上げたタイミングで大隊長に昇進した同期君が『騎馬隊は時代遅れの産物』と団内で声高に叫んだらしい。在り来たりの突撃作戦では今の多様化する戦場には対応できんのだとよ」


 まるで間近で言われたかのように、グランは無表情でとうとうと語った。

 イラドラは同期の顔に脳内で唾を吐きかけ、固い声で尋ねる。


「では、デポン山に召喚隊を連れていけというのは」

「あの『飼い主』共は、モンスターを捕まえて隷属させねば兵の数が増やせんのだとさ。護衛にうちを指名したのも同期君らしいがな」


 『飼い主』とは軍内部で召喚士を侮蔑する言葉だ。グランがこれでもかと皮肉に口端をゆがめた。

 イラドラはようやく理解した。

 縮小が決まっている隊に未来のある隊の世話を焼かせようというのだ。更に輪をかけてひどいことに、デポン山はディーランド王国の領土内だ。

 隠れて領土侵犯をしつつ、モンスターを捕まえる手伝いをしながら召喚隊を育てろ、と。

 それは騎馬隊の仕事でも何でもない。

 王国に見つかれば即座に批判を受けるのは目に見えている。そうなれば責任問題だ。そしてその時にはきっと召喚隊ではなく騎馬隊が誹りを受ける――

 イラドラはとんでもない行く末に目の前が暗転した。


「連れていけと指示された『飼い主』は有能な者四名。こいつらにはトルドウルフをあてがいたいんだそうだ」

「トルドウルフ……」イラドラが絞り出すようにつぶやいた。

「まったく無茶を言ってくれるものだ。殺すならともかく、あれを弱らせて隷属など」


 グランが腹を揺すって立ち上がった。

 その瞳には冷酷な輝きが灯っている。「頼んだぞ」有無を言わせない言葉がイラドラに投げられた。

 怒るべきなのか嘆くべきなのか。

 混乱する思考に足元がおぼつかず、よろよろと立ち上がって部屋を出ようとした。

 その背中に、世間話でもするようにグランが言った。

 視線は窓の外に向けられたままだ。


「イラドラよ。有能な『飼い主』を失わないよう事故が無いようにな」


 身内からは更に重い仕事が投げつけられた。

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